再配達と荷物の増加、それに伴う人手不足。宅配の需要が高まる昨今、こうした“物流ラストワンマイル”の問題が課題とされています。その根本的な原因は、アナログで非効率な物流の古い体制。そこにいち早く注視し、効率化を目指したITサービスの開発・提供をスタートさせたのは、207株式会社の代表取締役・高柳慎也さん。2018年に創業し、2020年2月にサービス開始後、3,000人超の登録者を獲得。さらには、「Tech Crunch Startup Battle 2020」最優秀賞、「IVS LAUNCHPAD 2021」最優秀賞、「JOIF STARTUP PITCH 2020-2021」最優秀賞を立て続けに受賞したことで、その名と功績を業界内外に広めました。
いま、物流業界で注目を集める「配送効率化アプリ」の開発者・高柳さんに、業界の知られざる内情やビジネス成功のヒント、今後の展開など物流ビジネスの裏表を語っていただきました。
“ラストワンマイル”のアナログ体制を、テクノロジーを駆使して効率化!
物流のラストワンマイルにフォーカスしたサービスを運営しています。大きく分けると2つあって、
1つは配送員や受取人、物流会社向けのシステム「TODOCU」シリーズ。もう1つはギグワーカーを活用した配送サービス「スキマ便」です。
あの〜、初歩的な質問ですみません……。「ラストワンマイル」って何ですか?
物流のラストワンマイルとは、配送業者と荷物を受け取る消費者を結ぶ最後の区間のこと。このラストワンマイルの作業を効率化させるために開発したのが、「TODOCU」シリーズです。
TODOCUシリーズは、配送員向けの配送効率化アプリ「TODOCUサポーター」、受取人向けの再配達がなくなるサービス「TODOCU」、物流企業向けの配送業務管理システム「TODOCUクラウド」の3つのサービスから成り立っています。
なるほど。サービス内容を具体的に教えていただけますか?
配送員が朝イチにまず何をやるかというと、今日100個荷物を届けなければならない場合、100個の荷物の配送先をGoogleマップに登録するんです。この作業のことを業界用語で“地図見(ちずみ)”って言うんですけど、これが超めんどくさいんですよ。ベテラン配送員さんであれば「2丁目のこの人はあそこ」ってわかるからいちいち入力しないけど、新人配送員さんや新しいエリアに行くと必ず地図見から始める。そこで「TODOCUサポーター」を使えば、スマホで伝票を読み取るだけで地図上に配達先がピンで表示され、地図見の作業が不要になります。その上、最適ルートや効率よく回る順番のナビ、時間指定の荷物のアラートもしてくれます。
これまでは配送員さん個人の手入力と脳内で管理していたことが、アプリで一括データ化できるというわけですね。これは超便利!
それと、このアプリの大きなメリットが、ラストワンマイルの大きな課題である“再配達”の解消です。配送人は届ける前に、受取人の携帯電話にショートメッセージを送り、在宅・不在・置き配の回答をもらいます。それが「TODOCU」のサービス。これによって不在配達が減らせて、配送員・受取人お互いハッピーになるわけです。
例えば、自宅にいなかった場合、いまいる場所へ届けてほしい時も対応してもらえるんですか?
「TODOCUクラウド」は、どんなサービスなのでしょうか?
配送員さんの位置情報や配送完了報告を、物流会社側が共有・管理できるサービスです。配達が完了するとピンが消えて、配送状況が物流会社に伝わる仕組みになっています。導入いただいた企業さまからは、お客さまからの配送状況の問い合わせに対応するオペレーターの業務が軽減して、人件費が削減できたという声もいただいています。
「TODOCU」シリーズの一覧
サービス名 | 内容 | 対象ユーザー |
「TODOCU」 | 荷物の受け取り効率化サービス。在宅・不在状況をリアルタイムで配達員に共有で、チャットで配達員とコミュニケーションが取れ、ストレスフリーな荷物の受け取りを実現。 | 受取人 |
「TODOCUサポーター」 | 配送業務の効率化を叶えるアプリ。OCRで配送伝票を読み込んで荷物の登録、配送先が一目でわかるマップ上のピン表示、受取人の在宅状況の確認ができる。 | 配達員 |
「TODOCUクラウド」 | 配送業務管理システム。荷物ステータス管理や、配送員動態管理、置き配写真ログ管理などをリアルタイムに外部システムと連携できる。 | 配送会社 |
こっちも効率的で便利ですね。では、「スキマ便」とは?
「スキマ便」はギグワーカーを活用した配送サービスです。この会社の地下のガレージも配送拠点の1つになっています。ヤマト運輸や佐川急便、日本郵便などの大手物流会社は、通常、配送員を束ねる企業に業務委託をしていることがほとんどですが、彼らは配送のプロなので人件費が高い。でも、我々に頼めば業務委託会社より安く発注できます。ネックとなる配送ノウハウについても、配送初心者向けの配送効率を上げるオペレーションアプリを使って配送するので、ギグワーカーも参入しやすく、物流会社の人手不足の悩み解消とスキマ時間に働きたいワーカーの需要を満たせます。
インド旅で着想した「リアルなモノのクラウドサービス」が、物流ビジネスの出発点に
高柳さんは“物流のラストワンマイルをテクノロジーで再定義する”ことをビジョンに掲げて事業を取り組んでいらっしゃいますが、その概念に行き着いたきっかけは?
大まかな構想は2007年くらいからありました。学生時代にバックパッカーでインドを旅していた時、インドなら1泊50円で泊まれるのに、日本の家は使わなくても家賃が発生することが不満で。でも家具家電があるし、捨てるわけにもいかない。それが不便に思えて、トランクルームのようなサービスをつくって、家具や家電を預けて好きな時に取り出せたら旅がしやすくなると思っていたんです。リアルなモノのクラウドサービスですね。
社会人になっても、その“リアルなモノのクラウドサービス”の概念が忘れられず、いつか事業化したいと考えていました。そしたら2015年に、
サマリーさんが「Sumally pocket」というサービスを始めたんです。着なくなった夏服を段ボールに詰め込んで送り、1個ずつアプリで見られて好きな時に取り出せる、というものなんですけど、「僕のやりたかったことと超似てる!」と思ったんですよ。それでサマリーさんに話を聞きに行って、「Sumally pocket」にジョインさせてもらうことになって、
そこで物流の現状を目の当たりにしまして。
「Sumally pocket」は株主として寺田倉庫さんがサポートしているので、倉庫のオペレーションやアプリのUIは、サマリーさんに優秀な開発者が在籍していたから問題なく解決できました。一方、配送や集荷は一部の物流会社に限定されており、物流サービスの柔軟な対応自体はサービス全体のUXを規定するのに、物流を行っている物流会社はデジタル化が進んでおらず、UXの改善ができないことにジレンマを感じていました。そこで気づいたのは、自分が預けたものをいつでもどこでも取り出したい時、一番重要なのは物流のラストワンマイルにあるということ。それが、物流に興味を持ったきっかけでした。
アプリ開発の失敗で1,000万円が水の泡。口座の残高が5,000円弱に……!
“物流のラストワンマイル”の非効率が当たり前とされていた物流業界に、一石を投じるべく207株式会社を起業。ズバリ、開業資金はどのくらいかかりましたか?
実は開業資金は全然かかってないんです。最初の頃はECサービスなどの受諾開発をやっていたんですが、僕はクライアントに仕様をヒアリングして、外部のエンジニアとデザイナーに投げるだけ。当時からフルリモートワークだったので、オフィスも要らなかったですし。受諾開発で売り上げをつくって、それを「TODOCU」の開発資金に費やしました。
最初に、荷物の受取人側のアプリを作ったんです。受取人の在宅・不在の情報を集められたら、物流会社に買ってもらえると思っていたんですけど、全然買ってもらえなかった(笑)。それより配送員向けのアプリが必要だってことがわかって。最初につくったアプリは不要だったんですよね。まぁ、よく考えればわかることなんですけどね(笑)。
わぁ、なんと……!! ちなみにそれって、どのくらいの損失だったんですか?
1年くらいかけて開発したので。その時間と資金は無駄になりました(苦笑)。
素人質問で恐縮ですが、そういったアプリの制作費って、どのくらいかかるもんなのですか?
う〜ん、そうですねぇ。どこまでつくったかにもよりますけど……。どれくらいなんでしょうね(汗)。
いや、もっとかかってます(キッパリ)。サンプルや試作段階のモックアップではなくリリースしたので。
そうっすね…そのくらいですかね。まぁ、けど時間とか考えるともっと……。
ひえっ。それだけの金額と時間が無駄になると、さすがにヘコみますよね。
でも、それがあったから現在のサービスに繋がっているので後悔はしていません。
やっぱり人件費ですね。エンジニアの給料って高いんです。いまって、弁護士になるよりエンジニアの方が稼げたりしますから。会社の口座残高がギリギリになることも日常茶飯事で、一番少ない時の残高は4,747円でした(笑)。
4,747円ですか……! でも高柳さん、全然焦らなそうですね。
いやぁ、ヒヤヒヤしましたよ! でも無事に着金してなんとか生き延びました。ギリギリは何度もありますね。
ちなみに、前回はいくらぐらい資金調達したんですか?
株式会社環境エネルギー投資、Logistics Innovation Fund、Headline Asia、DG Daiwa Venturesの計4社を引受先とする第三者割当増資を実施し、総額約5億円の資金調達をしました。
ご、5億円……!!! 4,747円から飛躍しすぎて、ちょっと理解が追いつきません(苦笑)。
ところで物流の世界って簡単に入り込めるものなんですか? 例えば配送の仕事とか。
そうですね、結構さっくり入れますよ。配送市場の7割が個人事業主ですから。
運送会社のユニフォームを着ていても、実際はほとんど個人事業主です。運送会社から直接個人に業務委託している場合と、運送会社から発注受けてる下請け企業が個人を束ねている場合とがあるんです。その7割が個人事業主3割が正社員といった構造ですね。
知らなかったです。個人事業主と正社員の違いってあるんですか?
多くの場合、正社員は固定給、個人は成果報酬なんですよ。だから、正社員には配送効率が高い都内などを担当させて、配送効率の低い郊外は業務委託に回して利益にブレが出ないようにしているんです。
例えば、12月はお歳暮があって仕事が多いですが、かといって正社員を多く抱えると、翌月1月は仕事がドンと減るから固定給の社員を抱えると大変。なので、人手が欲しい12月は業務委託で補填するんです。
なるほど。物流の配送員って全国にどのくらいいるんですか?
配送員は宅配以外も含めると70万人程いて、宅配だけに絞ると20万人くらい。そのうちの1万5千人が弊社のサービスを利用しています。
利用率10%以上ってすごいですね。かなり宣伝費をかけたんですか?
いえいえ、ほとんど何にもしてなくて。正直、クチコミが大きいです。やったことでいうと配送系YouTuberさんとコラボしたくらいで。
いらっしゃるんですよ。紹介している内容が配送のコツとか配送テクニックとかなので、配送員がメインのターゲットになっています。ほかには、物流会社にアタックしてそこが束ねている業務委託にも繋げたり。そういった方法でサービスの認知を広げました。
今後のラストワンマイルは、配送の“一貫したシステム化”が必要
昨今のEコマース市場(インターネット上で商品やサービスの売買を行うこと)の拡大や、コロナ禍の巣ごもり需要で物流業界に追い風が吹いていますが、実際、高柳さんもその勢いや手応えを感じていますか?
いま、物流市場は25兆円あると言われていますが、22〜23兆円は企業間配送が占めています。実際のところ宅配は、たった2〜3兆円のマーケット。もちろん、ECサイトの拡大で伸びてきてはいますけどね。
宅配の割合って思っていたより少ないんですね。宅配って、どんな仕組みで成り立ってるんですか?
例えば僕が、大阪にあるショップのECサイトで商品を買ったとします。そうすると、大阪から目黒のこの会社までその商品を運ぶ場合、ショップ→梅田デポ(デポ=集荷センター)→大阪ターミナル→東京ターミナル→目黒デポ→弊社に宅配、という流れになります。僕ら宅配業が携われるのは、都内の物流企業の集荷センターに集まった荷物の宅配。いわゆる、“ラストワンマイル”なんですよ。
その僅かな割合の中で、今後どんなビジネス展開ができると考えていますか?
1つは配送の一貫したシステム化ですね。ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の三大宅配企業があって、それぞれ個社ごとにシステムをつくっているんです。でもこれからは、横串で一貫したシステムを作る必要が絶対にある。それを弊社が開発して提供していきたい。昔は、みずほ銀行のATMではみずほ銀行のカードしか使えなかったけど、いまはどの銀行カードでも使えるじゃないですか。
消費者にとってはそのほうが絶対便利ですよね。でも、配送システムを一元化することで、配送員の効率化はできても消費者の便利にはどう繋がるのでしょうか?
例えば、朝は佐川急便、昼はヤマト運輸、夜は日本郵便から1日にバラバラと荷物が届きます。でもこれって、1回でまとめて届けたほうが、配送員も受取人もどっちも効率的だしお互いハッピーですよね。
そうするには、各社の荷物を集約する場所をつくらなければなりません。先ほどの配送の流れで、東京ターミナルから目黒デポに荷物が届くと言いましたが、この目黒デポがヤマト、佐川、郵政それぞれ分かれているから、配達員もそれぞれ必要になり、受取人は一度に荷物を受け取れない状況が生まれるんです。
1箇所に集荷すれば、宅配企業の配達員の人件費がカットできるし、配送員も効率が上がってメリットづくめですね。
各社も自分たちでデポを持たなくてよくなるから、そのコストカットもできます。
ということは、その一括保管するデポの運営も計画しているということですか? 都心だと土地も高いですし、膨大な費用がかかりそうですが。
まだ詳細は話せませんが、鉄道会社とコラボしてデポを作る実験を始めようとしているところです。僕らが土地を持つんじゃなくて、よそが余らせている土地を拠点にしようという考え。これならローコストで実現できます。駅って利便性が高い場所にあるのに、結構使ってないスペースがいっぱいあるんですよ。オフィスやAirBnBの空きスペースを利用するのも1つですね。
物流のパラダイムシフトが起これば、この業界はもっと面白くなる。
地方の人口が少ないエリアで、ラストワンマイルでデポを持ったら赤字になりませんか?
実はいま、過疎地域で共同配送に向けたサービスの実証実験を行っているんです。配送をまとめたほうがみんな助かるし、赤字も出ませんし。過疎地域からそのモデル作りを始めています。
すごい! すでに動き始めているんですね。問題点やトラブルはないですか?
都心と大きく違う点が、山間部への配送にはドローンを使うことがあること。車で30分かかるところを、ドローンなら5分で行けてすごく効率的。配送状況は「TODOCUサポーター」で一元管理しています。
ドローン物流って、もう実現化されているんですか!?
はい、でも限定的ですよ。いまはまだ、日本では5〜10kgくらいまでしか飛ばせませんが。でもアメリカだと1,000kgぐらいの荷物もドローンで運べるし、コンテナで何トン運べるかの実験もされています。これが可能になると、船で運搬する際にこれまでかかっていた入港料が必要なくなり、物流のビジネスモデルがすごく変化するでしょうね。ドローンや自動運転などの技術によって、物流のパラダイムシフトが確実に起こると思います。これからの物流業界は、ますます面白くなっていきますよ。
高柳さんが目指す「いつでもどこでもモノが届くようになる社会」の実現も、そう遠くはなさそうですね。みんなが幸せになる、物流サービスのさらなる効率化に今後も期待しています。高柳さん、今日はありがとうございました!
高柳慎也(たかやなぎ しんや)
1989年生まれ。山口大学を卒業後、福岡のベンチャー企業に入社し訪問営業を経験し、その後、京都にて同事業を起業。2012年に上京して、設立半年のITベンチャーに2人目の社員として入社し、Webシステムやアプリの受諾開発ディレクションを経験。 2015年に株式会社チャプターエイト創業と同時に参画する。システムおよび事業の開発責任者として4つのプロダクト開発を推進。「ABCチェックイン」という民泊チェックインサービスの事業売却を経て退職した。2018年に、物流のラストワンマイル領域にフォーカスし207株式会社を創業。「Tech Crunch Startup Battle 2020」最優秀賞、「IVS LUNCHPAD 2021」最優秀賞、「JOIF STARTUP PITCH 2020-2021」最優秀賞。
207株式会社:
https://207-inc.com/高柳慎也さんのTwitter:
https://twitter.com/sinrush
撮影/酒井恭伸
取材・文/坂井あやの