不動産賃貸の古い慣習をDXで革新。「イタンジ」社長・野口真平が巻き起こす新しい改革
「不動産賃貸業における管理・仲介業務の課題をテクノロジーで解決する」をモットーに、古い慣習が蔓延する不動産業界の改革を凄まじい勢いで実現しているイタンジ株式会社。現在は、リアルタイムな物件情報を確認できる不動産会社向けサイト「ITANDI BB」、不動産取引を一気通貫でサポートするDXサービス群「ITANDI BB+」、各種不動産仲介業務をサポートする「nomad cloud」、内見予約から入居申込、契約までもスマホで行えるネット不動産賃貸サービス「OHEYAGO」を展開しています。不動産業界のさまざまな課題にどう向き合い、デジタル化をどのように実現してきたのか。そして今後の行方は? イタンジの代表取締役社長執行役員CEO・野口真平さんにお話を伺いました。
「おとり物件」は必ずしも意図的なものではない
——イタンジは「テクノロジーで不動産取引をなめらかにする」と掲げられていますが、そもそもどんな課題があるのでしょうか?
野口真平さん(以下、野口さん):不動産賃貸取引って、お客さまにとって使い勝手の悪い仕組みがたくさんあるんです。例えば、賃貸物件を探すときにお客さまが物件ポータルサイトなどで見ている情報は限定的でタイムラグもあります。不動産会社とお客さまでは得られる情報に非対称性があるんです。住みたいお部屋の情報を自分で正確に入手することが難しいので、不動産会社がオススメしてくれた中から選択せざるを得ず、 結果的に妥協して希望していた部屋とは別の部屋を選んだり、想定外の費用がかかってしまったり……。そういうお客さまにとって不利益なことがよく起こるのは、業界の古い構造によるものが原因なんです。
——確かに、そういう流れで住む家を決めていたかもしれません……。不親切な感じですね。
野口さん:おっしゃる通り。ただ、これは不動産会社で働いている人たちのモラルが低いからというわけでもないんです。今年放送されたドラマ『正直不動産』(NHK)は正義のある不動産会社の姿を描いてヒットしましたが、実際には意図的に悪質なことを行う不動産会社はそれほど多くありません。問題は悪質な会社や人材というより、そうせざるを得ない業界の構造にあるんです。今私たちが業界改革に挑んでいることも、個々のモラルを変えるためではなく、そうした業界の構造自体を変えようとしているものなので。
——不動産会社とお客さまが見ている情報の非対称性って、 どうして生まれてしまうんですか?
野口さん:まず不動産の物件情報を掲載している業者間サイトが大きな要因でしょうね。業者間サイトはオーナーから預かった物件を管理会社が掲載しているもので、閲覧できるのは不動産業に関わる会社だけなんです。各不動産仲介会社はこの業者間サイトを見て、エンドユーザー向けの物件ポータルサイトや自社のサイトに物件情報を転載し、エンドユーザーに紹介する、という仕組みになっています。物件ポータルサイトで、同じ物件が複数重複掲載されているという現象が起こるのもこのためです。不動産管理会社から業者間サイトへの情報更新が遅くなったり、不動産仲介会社が募集終了の更新情報を取り逃がしたりするので、賃貸借契約が締結しているのに「まだ紹介できる物件」として物件サイトに情報が残ったままになってしまう場合があるのです。
——故意でなくても借主募集の物件情報が残っていると、実際に借りられないお客さんは「おとり物件」だと思ってしまいませんか?
野口さん:本来、おとり物件とは、他社で契約が締結しているのに故意に自社サイトに物件情報を掲載し続け、お客さまを呼び寄せる材料にしているもの。ご指摘の通り問題なのは、そのつもりがなくても「おとり物件化」してしまっていること。そうならないように不動産会社は常時確認するべきですが、転載している物件は数百件以上。正確な情報を絶えず掲載するには、管理会社やオーナーに毎日ずっと連絡し続けなければならなくなってしまいます。こうした不動産賃貸業界の構造上の問題によって、不動産会社の大半が「おとり物件」を意図的に掲載しているわけではないけれど、結果的にお客さまにはおとり物件だと捉えられてしまうことがあるんです。
——そういえば、不動産会社で物件案内をしてもらうとき、担当者の人ってやたらと電話やFAXしていますよね。
野口さん:不動産会社は情報を転載しているイチ企業なので、リアルタイムな空室状況がどうなっているのかはすぐにわからないんです。そこで、お客さまがその物件に興味を示されたら、他社が案内していたり、すでに契約していないかをその都度管理会社やオーナーに確認しなければならないんです。
——となると、業者間サイト自体を私たちお客側が直接閲覧できるようになればいいのでは?
野口さん:私もそう思います(笑)。だけど、業者間サイトは不動産会社にとって必要で、お客さんにとって必要のない情報が記されている場合があります。なかでも一番大きいのは契約フィーについて。賃貸は契約が締結すると不動産会社にフィーが支払われるんですが、オーナーとお客さま両方からフィーが入るものと、お客さまからだけフィーが入るものがあって、業者間サイトではそうしたことも記されているんです。いわゆる両手仲介と片手仲介と呼ばれるものですね。こういう事情があるので、お客さまが住みたい物件よりも両手仲介物件など不動産会社が都合のいい物件を優先的に紹介する、という問題も起こり得るんです。こういった状況を抜本的に改善するために、私たちイタンジは不動産賃貸にまつわるサービスを開発し提供しています。
不動産業界の旧態依然とした体質が衝撃的だった
——野口さんはイタンジ創立メンバーではないんですよね。どうしてイタンジに入社されたんですか?
野口さん:もともと知人だった創立メンバーが声をかけてくれて。不動産業界未経験の開発エンジニアだったんですけど、なんかおもしろそうと思い気軽な感じで参画しました。そうしたら、まぁ衝撃で(笑)。不動産業界って今でも電話とFAXが主な連絡ツールなんですよ。もともとエンジニアだったこともあって、当時はFAXの使い方もわからなくて。これは大変な業界だぞって思いましたね。
——エンジニアさんからしたら、古い仕組みや慣習が残る業界は驚愕だったんじゃないですか。
野口さん:ええ、それはもう(苦笑)。アナログな面がとにかく多くて。当時のイタンジはIT化を進めようとしながらも、まだ従来通りの不動産業務を行っていたんです。私も不動産業務を担当していたんですが、とある物件を見たいというお客さんが地方からいらっしゃって。その時は業者間サイトからの転載に頼っているだけに、すでに希望の物件が他社で決まっている可能性があったので、事前に電話やFAXでできる限り確認したうえで「いける!」と意気込んでいたんですけど……。なんと、当日になったらその物件がすでに他社で決まっていたんですよ。事前準備が全部無駄になって私は何もできず、お客さまはとんぼ返り。ちゃんと物件情報を連携できていれば、こんなことは起こらなかったのにって。
——それはつらいですね。遠方から来たお客さんも不憫ですし……。
野口さん:時間とお金をかけて弊社を頼って来てくださったのに、一瞬で無駄足になり、残念そうに帰っていかれました。こうした無駄なことが繰り返されているのが、今自分が身を置いている業界なんだと実感しました。そこで気づいたのは、リアルタイムで物件の情報共有ができていないことが一番の問題だということ。まずはそこをどうにかしようと最初の目標が決まりました。本来、業者間サイトがそのようなシステムになっていれば問題なかったのですが、さまざまな理由から機能や技術はアップデートされないままでした。だったら私たちがそれらを改善し、充実した機能を搭載した業者間サイトを作ってしまおう。それで立ち上げたのが「ITANDI BB」です。
——ITANDI BBのサイトには「物件掲載、内見予約受付、申込受付、契約、更新・退去管理まで、すべてが一つで完結する不動産業者間サイト」と書かれていますね。
野口さん:はい。契約が締結した物件は自動で消えるので、不動産会社が取引可能かを確認する必要はありません。内見予約のための電話やFAXなども不要で、すべてオンラインで管理、リアルタイムに反映されるサービスを作りました。
——現在、約3,000店舗の管理拠点で導入、約47,000店舗の仲介拠点で利用されているそうですね。どうやってシェアを拡大していったんですか?
野口さん:さまざまな苦労はありましたが、一軒ずつ管理会社にねばり強く営業をかけて開拓していきました。私たちは不動産会社で当事者でもあったので、エンジニアとしての技術以上に、業界で何が必要とされているのか、不動産取引を便利にするためにどんな機能を搭載すべきかを理解していたのも大きかったですね。かゆいところに手が届く商品を作ることができたからこそ、たくさんの会社に導入していただけた。古くからある業界なのでさまざまな考え方はありますが、 業界として商売を成り立たせるには必要なサービスと認知されてシェアが伸びていったんだと思います。
不動産業界の異端児も、かつては倒産寸前まで追い込まれていた
——イタンジのサービスは導入社数も多く、会社としても順調に成長されていますよね。
野口さん:いえいえ。実は失敗も多いですし、これまでに3回も倒産しかけていますから。「ヘヤジン」という、管理会社からのデータをそのままお客さまに公開するWEB メディアを作ったんですが、情報の正確性を担保できず、申込手続きや契約といった仲介機能もなかったので、リアルに不動産仲介をしなければならなかったんです。結果としてコストが全く落ちず、電話やFAXの手間も減らず……、倒産寸前にまで追い込まれました。
——そんな苦労があったんですね。
野口さん:はい……。40〜50名ほどいたスタッフが一気に8名にまで減ってしまいました。
——そ、そんなに……。よく心折れずにいられましたね。
野口さん:もともとイタンジは私が入社した時点でうまく行っていることは何一つなく、活路を見出そうとしている会社でした。当初から不動産賃貸業界の改革を目指していましたが、思った以上にその道は険しいし、後何十年も地道にやっていかなきゃいけない。そんな厳しい現実にもがき苦しみました。そうした中で私が代表に就任したんですが、アナログな業界だからこそ、テクノロジーで解決できるという確信がありました。お客さまや不動産賃貸業に関わる人たちが必要としているのだから、絶対に叶えられると。この思いは代表に就任してから今でもずっと変わりません。
——お客さんにとって便利で有益なサービスを提供するという信念があるからこそですね。
野口さん:そうですね。その考えから、内見予約から入居申込、契約までスマホ一つで完結できるサービスとして、ネット不動産賃貸サービス「OHEYAGO」が生まれました。物件を借りるときって、正確に素早く物件を選びたいと思うじゃないですか。そのニーズに答えるために開発しました。さらに入居希望者の疑問や相談にもチャットで即対応し、物件探しから契約まで圧倒的にスムーズにできます。お客さまに寄り添ったサービスの開発を続けていれば、この業界で確実に勝てると思っています。
——着実に変革を遂げていますね。
野口さん:まだまだ志半ばです。「OHEYAGO」が扱っている物件は、不動産賃貸全体の30〜40%ぐらい。これを私は100%に近づけて行きたいと思っていて。今の賃貸におけるお客さまの最大の関心ごとって、扱っている物件数なんですよ。やはりみなさん、自分が住みたい部屋選びにすごく敏感。だから物件カバー率、取り扱い物件数は極めて重要になると考えています。
——取り扱う物件数って、今後どうやって増やしていくんですか?
野口さん:サービスの認知度を上げていくのはもちろんですが、管理会社側にとっても「OHEYAGO」に載せておくと入居率が高まり、無駄な対応がいらなくなるという価値を伝えていくことですね。これまでは地道に物件数を増やしてきましたけど、ここ1年で需要が急激に高まってきました。コロナ禍で外出を控えつつ、物件を探したいという方が増えているのも要因の一つにありますが、2022年5月に宅建業法の改正案施行されたのも追い風になっています。
——宅建業法の改正案施行ですか?
野口さん:平たくいうと、それまでは物件の賃貸契約を結ぶとき、郵送や手渡しなど物理的な書面が必要だったんですが、今回の改正によって電子契約が可能になったんです。宅建業法の改正案施行がされてからは、この半年ほどで累計約400の管理会社がイタンジが提供する不動産関連電子契約システム「電子契約くん」を契約してくれました。
法改正前から弊社ではデジタルサービスを提供していたんですが、それでも業界に古くからある慣習は根強かった。ただ単に今まで通りの方法でやっているところも多々あります。そうした業界の中で、私たちがデジタル化で目指しているのはスピードやクオリティ、そしてそれを価値に還元するという考えそのもの。従来の不動産賃貸業がハイエンド向けのおもてなしをするスタイルだったとしたら、イタンジはユニクロ。正確な情報をスピーディに伝えて利便性を高めることを大事にしています。利用されるお客さまは20〜30代がボリュームゾーンで、自分でネットで部屋を探せ、スピードと安さを求める人をコアなターゲットにしています。
——今後、イタンジではさらにサービス内容を拡充していくのでしょうか?
野口さん:これまで入居者はその物件の管理会社がどこなのか、その会社のクオリティはどうなのかといったことが事前にわからない状態でした。でもこれからはそうした評価がどんどんWEB上に蓄積されていくと思います。だからイタンジとしては、その記録をお客さまが見られるようにし、入居後のサービスもより良く受けられるようにしていきたいと考えています。
——不動産賃貸の課題は、まだまだ尽きないんですね。
野口さん:課題は山のようにあります。不動産賃貸ではお部屋探しに限らず、お客さまと会社側が持っている情報の非対称性による不公平な事象がたくさん発生している状況です。原因はやはり旧来の業務効率の悪さ。だから、そこを新たなサービスで是正しながら、同時にお客さまにとっても便利になるシステムを開拓していければと考えています。これまでも業界内でITを導入しようという動きがありましたが、失敗例も非常に多かった。それが原因でDX化に否定的な方もたくさんいます。私たちの使命は、そういう方々に成功体験を積んでもらって、業界のDX化を少しずつ前へ進めていくことだと思っています。
野口真平(のぐち しんぺい)
撮影/武石早代
取材・文/田中元
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