「漫画全巻ドットコム」で大逆転。TORICO社長の安藤拓郎が17年越しで叶える夢
漫画全巻をセットで販売する特殊なスタイルながら、爆発的に売り上げを伸ばしているECサイト「漫画全巻ドットコム」。運営する株式会社TORICO代表取締役・安藤拓郎さんは、どういった経緯からこのビジネスを着想し、軌道に乗せたのでしょうか。全巻セット販売など漫画事業を行う苦労や喜び、17年越しに叶える夢についてお伺いしました。
「漫画全巻ドットコム」は、スニーカー製造販売の失敗から生まれた
——「漫画全巻ドットコム」は、全巻をセット売りするというユニークなサービスですよね。どうやってこのアイデアに行き着いたんですか?
安藤さん:僕のビジネスの起点は、漫画は一切関係なくて。そもそもは、大学時代に世界一周旅行をしたのがきっかけで、世界を股にかけるような仕事をしたいと漠然と思い、新卒で外資系企業に入社したんです。アメリカの会社だから、世界を相手にできると思って。だけど、実情はアメリカはアメリカ法人、ヨーロッパはヨーロッパ法人が担当することになっていて、僕が入ったのは日本の販売が専業となる日本法人だったんです。
——せっかく外資系の会社に入ったのに、海外では働けなかったんですね。
安藤さん:そうなんです。入社してから気付きました(笑)。それでも5年ぐらいは働いていたんですけど、やっぱり海外で仕事したくて、今度は商社に転職をしたんです。そこでは日本と海外の貿易に携われたんですが、だんだんと自分自身で事業をしてみたいという気持ちが湧いてきて。在籍していた商社でも新しいことをやれなくはないんですが、何せ大きな会社なのでなかなか難しい。だったら、やりたいことをやるには自分で起業するしかないんじゃないかと。
——それで独立したんですね。
安藤さん:いえ、その前に1回、「着メロ」や「着うた」を配信しているベンチャー企業で半年ほど働いてみました。働きながらどんな事業をやろうか考えたかったし、起業の方法も知りたかったので。それで、僕はもともとスニーカーが好きだったし、当時は海外のスニーカーが人気だったこともあって、それならば日本発のスニーカーブランドをやったらおもしろいんじゃないかと思って、TORICOを立ち上げたんです。
——会社を設立した当初は、漫画にまつわる事業じゃなかったんですね。
安藤さん:はい。スニーカーを自分で安く作って、それを売ったら儲かるだろうって考えまして。起業前に会社員時代のボーナスを注ぎ込んで、中国の工場に依頼してオリジナルのスニーカーを100足作ったんですよ。それを販売してみたら、かなり売れて。これはいけると思って在籍していた会社を退職し、自分の事業に本腰を入れ始めたらスニーカーが全然売れなくなっちゃったんですよ(苦笑)。
——最初の100足は売れたのに、どうして第2弾以降は売れなかったんですか?
安藤さん:おそらく、新しいスニーカーが出たら飛びつくようなマニアな人が、日本に100人ほどいただけだったんでしょうね。TORICOという新しいブランドのスニーカーが出たから買ってくれただけで、特段デザインや履き心地を気に入ってくれたわけでもなかったんです。値段もそれなりでしたし。だから、第2弾を出しても、全く売れなかったんだと思います。
——第2弾以降のスニーカーはどのくらい売れたんですか?
安藤さん:月に2、3足ですね。年間の売り上げは50万円ぐらい。社員は僕ともう一人だけだったので、1人あたりの年収は25万円ほど。これは会社が潰れちゃうなと思ったんですが、せっかく起業したんだから、潰れる前にスニーカー以外のこともなんでもいいからやってみようって話になりまして。新しいアイデアを毎週1個持ちよって事業にして、お金がつきるまで続けることにしたんです。お金はなかったけど、アイデアはいろいろありましたからね。
——それで生まれたのが漫画全巻セット販売だった、ということですか?
安藤さん:ええ。当時、スニーカーがとにかく売れなくて仕事が暇だったんで、家にこもって漫画ばっかり読んでいたんです。古本屋に行ってまとめ買いして、朝から晩まで1つの作品を読み続けるのを、それこそ毎週のようにしていて。でも、長編作品って全巻集めるのが思っている以上に大変なんですよ。間が何巻か抜けていたりして。それで書店を何軒か回ったりしていたんですが、それがすごく面倒なんですよね。これを誰かがやってくれたらいいな、しかも家に漫画全巻を届けてくれたら最高だなって。そんな僕自身の経験から、1つの漫画作品を全巻まとめて買うニーズってあるんじゃないか、これが商売になるんじゃないかと思って、2006年にECサイト「漫画全巻ドットコム」をスタートしたんです。
古本屋を駆けずり回る日々を乗り越えて
——「漫画全巻ドットコム」を立ち上げて、売れ行きは順調だったんですか?
安藤さん:今はほぼ新刊のみを取り扱っているんですが、最初は100%古本でのスタートだったんです。はじめは月にいくつか注文が入ればいいや、スニーカーよりちょっと売れればという気持ちで、在庫を抱えずに人気のあるタイトルを50作品ぐらいバーっと並べて、それっぽい値段をつけて販売し始めたんです。軽い気持ちで始めたんですけど、初日から結構な注文が入りまして。
これはいけると思ったんですが、当時は注文が入ってから漫画全巻を集めるというスタイルだったんです。朝、注文票を出して、僕ともう1人で都内の古本屋を駆けずり回って買い集めて、夜に出荷するというような。バンバン注文が入るんですが、古本屋にある漫画は巻数に抜けがある作品も多くて。全巻を集めるのはかなりキツかったですね。
——うれしい悲鳴ですね。
安藤さん:漫画全巻を探すのはめちゃくちゃ大変だったんですが、スニーカーが売れない時期が長かったし、いろいろなところを探し回るのは楽しかったですね。注文はすでに入っているから、確実に売り上げが立つわけですし。とはいえ、漫画全巻が揃わないものは揃わない。結局、全巻揃わないものは、売値より高く仕入れて出荷してました。
——売値より高く仕入れて、赤字になったりしないんですか?
安藤さん:めちゃくちゃ赤字になりました。そもそも僕らは、古本の価値がどの程度なのかもわかっていないから、値付けも適当にしていたんですよね。都内の古本屋を探し回って手に入らない作品や巻数があれば、車で名古屋まで探しに行っていたので、赤字になるのは当然ですよね(苦笑)。
——漫画全巻を揃えるのは想像以上に大変なんですね。ちなみに、全巻揃えるのが大変だったのはどんな作品なのでしょうか?
安藤さん:意外と大変だったのは、すでにすごい発行部数のある人気の作品ですね。前半はいくらでも見つかるんですけど、最後まで読む人が少ないのか後半が全然見つからないんです。スタッフ総出で探し回って、見つけたって連絡すると社内で英雄になれちゃうぐらい大変な作品もありました。見つかったとしてもプレミアムがついて1冊1,000円以上したり……。
——全巻セットで販売しないといけないから、高値の巻があっても揃えるしかないんですね。
安藤さん:そうなんですよ。だけど、やっぱり古本でも見つからないものがどんどん増えてきちゃって、注文に応えられなくなってきたんですよね。全巻揃えられるものだとしても、注文に対応しきれなくなって。古本屋で揃えた漫画は値段のシールを剥がしたりしなきゃいけないし、いたずら書きも消したりしないといけなくて、作業が追いつかなくなってしまったんです。このままじゃ無理だと思って、新刊なら揃えやすいだろうと取次の業者ともやりとりして、取り扱う商品を古本から新刊に切り替えることにしたんです。
——そこまでするほど、全巻セットのニーズが相当あるんですね。
安藤さん:僕たちも本当にびっくりしました。とくに売れるのは、もう一度読みたいと思うような人気作か、現在話題になっている作品のどちらかですね。だから、今人気の『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』はもちろん売れますが、随分前に完結した『ドラゴンボール』や『スラムダンク』といった伝説的な漫画も、ずっと売上ベスト10に入り続けています。
——どんなユーザーが多いんですか?
安藤さん:男女比は半々で、年齢では30代中盤あたりが多いですね。全巻セットの平均単価は1万円ぐらいなので、漫画にポンとその金額を出せる世代がその辺りなんだと思います。
圧倒的な作品数を揃え、業界No.1を勝ち取る
——「漫画全巻ドットコム」はリリース当初から多くの注文が入りましたが、宣伝活動などはどうしていたんですか?
安藤さん:実はとくにやってなかったんですけど、初期に突然サイトがダウンしたことがあったんです。原因がわからないまま2日ぐらい繋がらなくて、ようやく復旧してもまたダウンしての繰り返しで。こりゃまずいぞと思いながら原因を調べていたら、中川翔子さん、しょこたんがご自身のブログで「このサイト最高!」みたいに取り上げてくれていたんです。「漫画全巻ドットコム」を利用してくれていたみたいで。
——しょこたんのブログで火がついたんですね。
安藤さん:しょこたんのおかげで一気に、「漫画全巻ドットコム」が認知されたんです。最初は「まんが全巻ドットコム」という表記だったんですが、しょこたんのブログに「漫画全巻ドットコム」と書かれてたので、それに便乗して「まんが」から「漫画」に表記を変更しました。いつかお礼を伝えたいと思っていたんですが、ライブに招待していただいてご挨拶することができました。めちゃくちゃ嬉しかったですし、本当にありがたかったですね。
——そうして軌道に乗って、扱う商品が古本から新刊が中心になりましたが、現在も古本を扱われていますよね。
安藤さん:先ほどお話しした通り、古本だけでは見つからない巻があるので新刊に切り替えたんですけど、100巻を超えるような長編作品になると、今度は出版社に在庫がない巻も出てくるんです。こうなると新刊だけでは全巻揃えられない。だから、新刊と古本を合わせてセットにしようと考えたんです。
——揃わない作品は扱わない、ということにはしなかったんですか?
安藤さん:当初のように売れ筋100作品だけ販売する方法だと回転率もいいし、在庫管理もしやすいんですけど、僕らが「漫画全巻ドットコム」をスタートして半年後には類似サービスが出てきちゃったんです。そこと差別化するには取り扱い作品を増やすしかないし、できる限りなんでも扱おうという方針にしたんです。
ただ、取り扱う作品数を増やしたら、今度は利益率がどんどん悪化してしまって……。最初の2年は黒字だったんですけど、その後10年ぐらいは赤字がずっと続きました。それでベンチャーキャピタルから資金調達を行いながら、さらに取り扱い作品を増やし、サービスのレベルも上げて、運営の仕方を改善し無駄を省くということを地道に続けました。そのおかげで、3年前あたりから黒字に転換し、今年3月には上場も果たすことができました。具体的に大きな出来事や経営戦略があったのではなく、あくまでも地道な努力の積み重ねで、なんとかここまでやって来られました。
——10年間の赤字の時期に、やっぱり取り扱う作品数を減らそうとは思わなかったんですか?
安藤さん:ここまでの作品数を扱ってるのは僕ら以外にいませんし、それが「漫画全巻ドットコム」の強みだと思ってたので、そこは譲れませんでしたね。それに、作品を扱う・扱わないのジャッジする時間がもったいないし、振り切ってやっちゃおうと考えてました。実際に、Amazonよりも僕らのほうが扱っている作品数は多いはずですし、うちのラインナップになければ他では全巻セットは手に入らないという自信があります。
——でも、そこまで作品数が多いと、不良在庫のようなものも出てしまいそうな気がします。
安藤さん:もちろん、認知度がそんなにないから、売れないだろうと思うような作品もあるんですよ。だけど、扱っていれば、どんな作品でも少なくとも年に1回は必ず売れるんです。今までに一度も売れなかった作品は1つもないんですよ。だから、漫画がある限り、僕らはどんな作品でも扱うのをやめません。結局、そこまで尖らないと、ビジネスとして成功できないと思うんです。
——今でこそ黒字に転換されましたが、途中で心折れることはなかったんですか。安藤さんのモチベーションは、どうやって保っていたんでしょうか。
安藤さん:ただただ、目の前の仕事を楽しんでいたように思います。古本に貼られたシールを剥がすのが大変だと言いましたけど、それだって仲間と笑いながら楽しんでましたから。社長という立場だと、よく「孤独感ありますか」とか「眠れない夜もあったんじゃないですか」と聞かれるんですけど、僕は仲間がいたのでそんなのほとんどなかったです。自分が好きでやってるのでサボろうとも思わないですし、飽き性で続かない性格ですが、この仕事だけは辛いと思うことなく続いているんです。
リアルイベントで対価以上の感謝も。TORICOは世界進出へ
——現在TORICOさんでは「漫画全巻ドットコム」に加えて、漫画アプリの「スキマ」や、リアル店舗で原画展やサイン会などを行う「マンガ展」、海外向けサービス「MANGA.CLUB」など、漫画を軸に多彩な事業を展開をされています。今後はどうなっていくんですか?
安藤さん:電子書籍の台頭もあって紙のコミックの今後に危機感はありますが、僕らのスタートは紙のコミックの全巻セット販売。だから、これからもニッチなところを狙いながら事業を展開していこうと考えています。なかでも、これからさらに拡大していこうと思っているのが、「マンガ展」です。
というのも、漫画家の先生のサイン会は、来てくださったお客さんの喜びようがすごくて。読者にとって漫画家の先生って神なんですよね。そんな神のような存在の人がお客さんの目の前でキャラクターを描くと、その場で泣き崩れちゃう方もたくさんいるんです。僕らはいろんなサービスを提供して対価を得ているけど、その対価を超えるくらいのレベルで感謝されると、本当にこのビジネスをやっていて良かったと思います。
——現在「マンガ展」は、東京2カ所と大阪、名古屋で展開されていますが、今後も拡大していく予定ですか?
安藤さん:はい。実は僕らのサービスって海外からのアクセスもすごく多いんですよ。だけど、コミック単体だと翻訳も大変ですし、何より海賊版も流通しているから、事業として海外向けに展開しにくいんです。だけど、リアル店舗でのイベントでは、そういう問題をクリアできる。それでまず、台湾でマンガ展を展開することにしました。
——海外進出の第一歩となる場所に、どうして台湾を選んだんですか?
安藤さん:海外からのアクセスが最も多いのがアメリカ、次いで台湾で、人口比で考えると台湾が圧倒的に多いんです。台湾には、日本が好きで日本語が読めて、日本の漫画が好きな人たちがものすごく多い。しかも、コロナ前は日本国内のマンガ展に台湾から来てくれる方がかなりいらっしゃったんです。だったら台湾でマンガ展を開催したら、もっとすごいことになるだろうと。最初は原画の展示、グッズの販売を行い、いずれは先生もお連れしてサイン会も開ければと考えています。
——台湾の次も考えているんですか?
安藤さん:台湾の次に狙っているのは、シンガポールですね。東南アジアでの日本漫画の人気がすごいので。TORICOを起業して17年目ですけど、学生時代の「世界を股にかけるような仕事をしたい」が現実になりつつあります。起業しなければもっと早かったかもしれないですけど、自分が立ち上げた事業で長年の夢が叶うのは感激ですよね。
これまでは国内に向けて漫画にまつわる事業を行ってきましたけど、TORICOが海外進出することによってさらに漫画市場は伸びていくと信じています。漫画は人気の割に海外での市場規模はまだまだ小さいですし、今のところ世界の市場を狙うライバルも少ない。だから、僕らが海外の漫画市場を切り開き、拡大していければと思っています。今後は日本の漫画を発信するだけでなく、海外のコンテンツを輸入することも考えていて、すでにタイのBLドラマを紹介したりしています。世界各国の漫画カルチャーの商社のようなスタイルで事業を展開していけたら。
——安藤さんが長年抱いていた「世界を股にかけるような仕事をしたい」という夢に向かって、今、ついにスタート地点に立っている状態なんですね。
安藤さん:そうですね。海外の漫画市場で全力で戦うために、まずはシンガポールに現地法人をつくる準備をしています。
シンガポールを第二の本社と位置付けて海外市場を狙っていきます。17年かかってやっとスタートラインですが、これからも仕事を楽しみながら全力を尽くしていくつもりです。
安藤拓郎(あんどうたくろう)
1973年生まれ。早稲田大学卒業後、IT系の外資系企業を経て、三井物産株式会社へ。その後、転職したベンチャー企業の在職中に、高校時代の友人とともにスニーカーを中心としたブランド「TORICO」を2005年に設立。2006年夏に、漫画・コミックの全巻セット専門店「漫画全巻ドットコム」をスタート。現在は、「漫画全巻ドットコム」のほか、「スキマ」「ホーリンラブブックス」「マンガ展」などマンガに特化したサービスを運営する。
撮影/武石早代
取材・文/田中元
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「漫画全巻ドットコム」で大逆転。TORICO社長の安藤拓郎が17年越しで叶える夢
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