社員時代に2,000万の損失、起業した会社の倒産危機…。起業家の成井五久実「失敗したら責任を取ればいい」
5年前、わずか28歳でWEBメディア運営会社を起業した成井五久実さん。その1年後には、当時の女性起業家として最年少、最短期間で最高の売却額で株式譲渡を果たし、大きな話題に。現在は、大手PR会社「ベクトル」グループ傘下の「スマートメディア」の社長として、事業を拡大し業績を上げています。20歳のころから起業を志して以来、数々の失敗を重ねたからこそ、いまがあると言う成井さんのヒストリーに迫ります。
大学時代のフリーペーパー制作が起業家を目指すきっかけに
福島県の起業家の父と臨床心理士の母のもとに生まれた成井さん。何不自由ない暮らしをしていたところ、14歳のときに父の会社が倒産し、一家離散の危機に。絶望のなか、母がカウンセリングルームの経営に手腕を振るい、家計を立て直しました。
「母の背中を見て育ってきたこともあって、大学は心理学を専攻しました。でも田舎から上京すると、心理学以外にもおもしろいことがたくさんあると知って(笑)。なかでも、東大の起業サークル『TNK』に入部し、先輩や同学年の人たちと出会ったことが大きな刺激となりました」
TNKの活動の一環で、2誌のフリーペーパーを創刊。それが起業を志すきっかけになったそう。
「1誌は、大学生の視点から社会問題を伝えるという硬派なフリーペーパーで、実際にタイに行って人身売買について取材もしました。もう1誌は、女子大生が夢や興味関心を見つけるための啓蒙的なフリーペーパー。この2誌を制作するうちに、自分で企画し、人を集めてプロジェクトを組むことが好きだと気づいたんです」
さらに、成井さんの強みである「営業力」がこのとき開花。
「5000〜1万部のフリーペーパーを作るにあたって、近所の下落合の印刷所に掛け合ってみたら、制作費が約50万円必要でした。そこで、大学生向けに広告を出したいという就活関連の企業や自動車教習所などに数万円で広告枠を販売。そうしてお金を集めることが楽しかったんです。起業の基盤は、ヒト=人脈、モノ=スキル、カネ=資金だと思うのですが、フリーペーパー制作でそのことを学び、『自分は起業家に向いているかも?』と。いま、企業から広告費をいただいてメディア運営をしていますが、フリーペーパー制作がそうした私の生業の原点になっていますね」
入社2年目で、会社初の減給処分になるほどの大失敗!
大学卒業後、当時ベンチャー企業だった「DeNA」に入社し、自身のコミュニケーション能力と行動力をいかし、営業スキルを磨いた成井さん。オンラインモールの「ビッダーズ」営業部で1日100件ものテレアポをこなし、目標金額達成に向けて試行錯誤。面識のない個人事業主の方に「うん十万円で ビッダーズを始めませんか?」と電話し、「楽天やってるよ!…ガチャ」といった過酷な業務も、「自分で決めた目標に向かって愚直に励むのが好きなんです。だから、テレアポも苦ではなく、むしろ大得意でした」と成井さん。
入社2年目で頭角を現し、念願だった「モバゲー」営業部へ異動。しかし、成井さんのビジネス人生で最大の失敗を犯してしまいます。
「大手企業とのタイアップ広告で1億円近い大型受注を取ったのですが、想定される効果の試算でミスしてしまったんです。あろうことか、メルマガの新規登録件数の桁を1つ間違えるという……。実際の結果は10分の1となり、会社に2000万円相当の補填をしていただきました。もちろん先方は相当お怒りで……。なんと私は、新卒入社社員として当時初の減給処分となったのです」
「20代で起業家になる」という夢を叶えるため、DeNAで営業のスタープレイヤーになって、新規事業を経験しようという計画を立てていた成井さん。しかし、入社2年目の失敗により、その計画を成し遂げることは不可能だと痛感します。
「大きな失敗により社内でマイナス評価がついてしまうと、そこから挽回することは相当難しいと感じました」
起業に必要な「ヒト・モノ・カネ」を補完するため、年収を下げて転職
成井さんは失敗を経験しても、起業という夢はあきらめませんでした。
「セールスの力を磨き直し、起業に必要なヒト・モノ・カネを補完するため、背水の陣で転職を決意。当時、東証マザーズに上場したばかりの『トレンダーズ』に入社しました。転職によって会社の規模は縮小し、年収も50万円ほどダウン。でも、最終面談で『営業で成績を出したら新規事業部に異動していい』と言っていただいたことが決め手になりました」
このとき26歳。20代で起業するなら最後の転職だと考え、夢に一番近い道を選択。高条件の内定をもらっていた大手企業からのオファーは辞退することに。トレンダーズは、起業に必要な経験を積めること、さらに女性が起こした会社であることが成井さんにとって大きな魅力でした。
「DeNAは、創業者で当時の社長だった南場智子さんに憧れて入社。トレンダーズを創業した経沢香保子さんは、当時女性として最年少上場を成し遂げた方。大変恐縮ながら、10年後は経沢さん、20〜30年後は南場さんのような女性起業家になりたいと思っていたんです」
トレンダーズは、ソーシャルメディアを使ったプロモーションを軸にしたPR会社。主軸となるブロガーによるインフルエンサー・マーケティング以外にも、自分で企画したPR戦略を提案し、新規のクライアントを開拓するといった営業スタイルでした。顧客基盤ゼロから、得意のテレアポやDeNA時代に築いた人脈を駆使し、「1〜2年で営業を極めよう」とマインドセット。毎日細かくタスクを書き出し、時間配分してスケジュール管理を徹底。地道な努力を重ね、前人未到の7カ月連続で売り上げ目標を達成します。
「そのとき、会社に今ある商品を売るだけでは目標は達成できないと考えました。だから自ら商品を作って売っていこうと。これがブレイクスルーになったと思います。自社の利幅に固執せず、クライアントの利益を軸に考えるという発想に切り替えました」
営業実績が認められ、念願の新規事業部に配属となり、プレゼントやギフト情報を提供するWEBメディアの「Anny」を立ち上げます。新規事業の立ち上げ方やノウハウを学ぶうちに、収益化できるビジネスモデルを思いつき、起業に向けて一気に加速。
「当時はキュレーションメディアの全盛期。女性向けは『MERY』や『LOCARI』といったメディアが充実していたのですが、男性向けは少なく、『後発参入でも成功できる!』と判断。そのとき、起業に協力や応援をしてくれる人たち、立ち上げに必要なノウハウ、資金調達に必要な営業力という、『ヒト・モノ・カネ』がすべて揃っていました。あとは自分がやるだけだったんです」
起業して5カ月で黒字化するも、広告出稿ストップの大ピンチに!
2015年12月に男性向けキュレーションメディア「JION」のテストサイトをリリース。起業のベストなタイミングを逃さなかった成井さんはこう振り返ります。
「起業は見切り発車でよかった。周りに遠慮せず、わがままにならないと実現できなかったと思います」
翌年3月に株式会社JIONを設立。オフィスは自宅マンションの1室でしたが、「自分の会社がついにできたと、すごい喜びを感じました。感慨深かったです」と成井さん。ところが、起業するにあたって、貯金はほぼゼロだったそう。どうやって資金調達を?
「JIONが1年間無収益だった場合のリスクに備えて、1500万円の資金が必要でした。そこで、これまでに築いた人脈から、投資してくれそうな4社にJIONの価値をプレゼンすると、『VOYAGE GROUP』、DeNAの先輩が立ち上げた『iSGS』の2社が投資を決定してくれました。また、起業のノウハウを提供してくれたDeNA時代の同期からの出資、父からの資金援助もありました。多くの人の協力のおかげで、起業という夢を叶えることができたんです。元同期には株主になってもらい、後の株式譲渡で恩返しができて。このとき、人の役に立つという喜びを初めて感じられました」
JIONはリリースから順調にPV数を伸ばし、記事広告の発注も右肩上がりで、会社は5カ月で黒字化。しかし、思わぬ苦難が成井さんに訪れます。その年の12月、信憑性の低い記事を掲載していたキュレーションサイトが問題に。それを受けて、多くのキュレーションサイトが閉鎖する事態になりました。
「世間的にキュレーションメディアの信頼性が落ち、描いていたビジネスモデルが崩壊。私がどれだけ営業しても、すべての広告主が出稿をストップするという状況で『これは自分の力ではどうにもならないな』と。最終的に会社に残ったお金は350万円でした……」
実は以前から、起業後にM&A(企業の合併や買収の総称)やIPO(未上場の企業が上場し、株式を新規で公開すること)を目標としていた成井さん。広告出稿がなくなってからすぐJIONの事業売却のために動き、ベクトルに株式譲渡が決まります。これは、当時の女性起業家として最年少、最短期間で最高額という快挙でした。
「M&AやIPOは、会社が社会から評価される機会。社長としての最大級の評価でもあると思っています。私自身の発信が行き届いていないせいで、高額な調達金額の情報が1人歩きし、お金の権化と捉えられることもありますが、私にとって、起業は自己実現。だから頑張れるんです」
アメリカの心理学者アブラハム・マズローの心理学理論では、人間の欲求は5段階のピラミッド型で構成されています。第一階層の「生理的欲求」から始まり、「安全欲求」「社会的欲求」「尊厳欲求」の階層に進み、それらが満たされると「自己実現欲求」が生まれると言います。
「私の自己実現の定義は、自分の強みを発揮して、それが社会に受け入れられていること。会社をやりたいという欲求の根底には、私個人、それから働くメンバーの自己実現ため、という思いがあります。私は起業家と名乗る以上、会社の生産性の高さ、上場するなら時価総額が社会からの評価になる。30代はそこに注力して、自己実現を目指していきたいです」
「失敗はゴムパッチン」という言葉を胸に、常に挑戦
JIONを含めた第三者メディアを運営する3つのベクトル子会社の合併により、スマートメディアが誕生し、成井さんは代表取締役に就任。その後は2社の合併を経て、社員50人を束ねる立場に。
「スマートメディア設立から、黒字化までに2〜3年。異なる場所で仕事をしていた社員と意思疎通を図るためには、ある程度の時間の共有が必要でした。また、私はもともと営業だったので、『社内で私が一番利益をもたらす存在になって統制を取る』という自分なりの手法がありました。『社長が1人で1〜2億円も稼いでくるのだから自分たちも頑張ろう』と言われるなど、徐々に社内統制が取れるように。セミナー1回で200件のリード(見込み顧客)を獲得する方法を編み出し、今はそれをナレッジ化して社員に浸透させています」
多くの社員をまとめ上げる社長としての苦悩も。
「最初は、会社からメンバーが去ることが悲しくて、退職者を出さないことが基本姿勢でした。でも、社員がバラバラの方向を向いていると、会社という船は進まない。そこで、会社の目的を具体的に決めました。5年後にIPOを実現するという数値的な目標や、会社のビジョンを明確にして、そこに共感できる人にいてほしいという経営方針にシフト。この3年間で同じ方向を向いているメンバーだけが残ったので、会社の統制は取れています」
起業して5年。「会社を魅力的にすることは、メイクやファッションなどのあらゆる手法で自分を着飾ることに似ている」と語ります。
「M&Aや自ら新規事業を起こすといった最善の手法を選んで、魅力的な会社にするのが私の使命です。実は今年4月、ミレニアル世代向けの動画メディアの『McGuffin』を『オプト』から事業譲受しました。それまで弊社には、若年層向けのポップカルチャーを切り口とした媒体がなかったので、その補完になりました。今後は若年層へのリーチを広げ、動画制作などのクリエイティブの幅を広げていきたいですね」
成井さんが大切にしている言葉の1つが「失敗はゴムパッチンだ」。新卒2年目で大きな失敗をしたときに、当時の部長がかけてくれた言葉だそう。
「ゴムパッチンのように、たとえ失敗しても、いつかはそれが大きな成功になって返ってくる。失敗が大きいほど、大きな成功が待っているという考えを部長から学びました。失敗を恐れて何もしないよりも、リスクを冒して挑戦するほうが大きな成功が得られると、いま実感しています。また、執行役員やマネージャーにも、『失敗しないこと』は求めません。失敗を恐れずに挑戦して、自分で責任を取ることが最も大事。その経験が必ず次の事業の糧になるので」
新たな挑戦として、5月にインターネットテレビ事業の「LotusTV」と連携し、渋谷・スペイン坂に体験型スペース「no-ma」をオープン。no-maを拠点としたライブコマースも開始しました。
「弊社はずっとWEB専門でしたが、初めてライブコマースを始めるにあたって、手軽にポップアップ・ストアとして利用できるリアルスペースを作りました。今後も可能性を感じたことには、どんどん挑戦していきたいです」
成井五久実(なるい いくみ)
スマートメディア:https://sma-media.com
撮影/武石早代
取材・文/川端美穂(きいろ舎)
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