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突然ダサく感じ始めた「消費のアイデンティティ」 |りょかちのお金のハナシ#18

突然ダサく感じ始めた「消費のアイデンティティ」 |りょかちのお金のハナシ#18

文筆家として活躍するりょかちさんが、“お金にまつわるエピソード”をお届けする本連載。今回は、これまで好んでしていた消費活動に対して、急に嫌悪感を抱くようになったハナシ。

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ずっと手元にやってくるのを心待ちにしていた下着が自宅に届いて、梱包を開けた瞬間、自分でも驚くくらいにげんなりした。

注文していた下着が想像していたよりもしょぼかったわけではない。むしろ、その下着を取り囲む包装や装飾があまりにも想像以上なことに、心が3歩後ずさりしてしまったのだ。

カラフルな包装紙、ブランドのステッカー、ブランドの思いを美しい写真とともに説明した何冊にも及ぶ小冊子。箱いっぱいに詰まった “夢のような非日常” 。

いつからだろう。過剰に着飾った消耗品に嫌悪感を抱くようになったのは……。

現代に目を向けて生きていると「消費」に胃もたれする

自分でも身勝手極まりないと思うし、この連載を呼んできてくださった方なら「お前が言うか!」とおっしゃるような気がするんだけれど、最近 “消費に関する過剰さ”に少々食傷気味だ。

高級な下着の過剰包装もそう。昔はそういったキレイな包装に「かわいい〜♡」「世界観を感じられて素敵!」「自宅に届いてテンションがあがる仕組みが好きだな」とか言っていた。

だけどいつの間にか、必要以上に着飾られた消費対象を見ると、ちょっと心が萎える。そしてそういった世界観を表現するアレコレをゴミ箱に突っ込んでいる時、非常に心が痛む。私の心を一瞬もてなしてくれるために生まれたこのふわっとしたピンク色の包装紙や冊子は、その一瞬の役目を終えてゴミになっていく。その様子を見ていると、うんざりしてくるのだ。「私、何でゴミを増やしてんねやろ」と、冷静に思ってしまう。

以前連載にも書いたが、東京には消費を促す魔力がある。地元・京都に帰ってくると、少しそれが落ち着く

その心の胃もたれと呼応するように、最近の私は「すぐに消費ばっかりする自分、ダサいんちゃうか」と思うときまである。消費しては捨てる、刹那的な満足を追い求めては冷める。そんな自分に少々うんざりしていることに気づいてしまった。

もっと「本当に必要なものなのか」「この商品は世の中に対してEvilな方法で作られてはいないだろうか」「不必要な消費をしていないだろうか」と考えながら消費したいと、気づけば思っている。

それは、資本主義の是非が疑われている昨今の風潮があるのかもしれないし、単に経済的に未来が仄暗い状況下にいて、陽気な消費行動が羨ましくて仕方ないだけかもしれない。突然語られるようになったSDGsという言葉に感化されて、サステナブルでない消費行動にゆるやかな嫌悪感を覚えるようになってしまったのかもしれない。お金をかけずに楽しもうとする若者の姿に影響を受けた可能性もある。

コロナ禍の影響もあるのかもしれない。これまでノンストップで繰り返してきた日常がストップして、あらゆる消費行動に「本当に必要なんだっけ?」「必要不可欠ってなんだっけ」と問いかけるきっかけにもなったし、誰にも会えない小さなワンルームで、誰の声にも惑わされず、自分の声を聞くきっかけにもなった。

とにかく外側を向いていた精神が、内側に、内省的に傾いているのだ。内側に向かわずに、ただ顔を見たこともない誰かや常識に流されて無尽蔵に消費する時代は、もう終わりかけているのではないかと思う。

過剰な宣伝に押し流され、大量に消費し、消費がアイデンティティとなるようなスタイルが、最近は少し前時代的に思える。まだ景気も環境も良かった時代の残り香を感じるようになった。

複雑で面倒な消費を楽しむ仲間になってくれませんか?

私はお金が大好きだ。そして消費も大好きだった。
むしろ、好きなレストランや、ちょっと背伸びした洋服を消費できることが、自分のアイデンティティの一部でもあった。

そんな私が、消費を愛する心に飽きている。

もっと詳細に言えば、世の中が過剰にプッシュされたトレンドや、人工の消費意欲に振り回されること、必要以上にラッピングされた商品に飽き飽きしている。

一方「今やらなきゃ」という気持ちも大事にしている。先日、今行くべき、今景色を見るべきと考えた台湾に行った

この変化には自分でも驚く。こんなに人間は短期間に、ほとんど180度変わるものなのか。

浪費が大好きな私がそうなのだから、もしかしたら、周りの人も少しずつ、そんな気持ちを感じているのではないだろうかとも思う。もしそうであるならば、これまでひたすら経済成長を続け「欲」を拡張してきた私たちたちが、どのように消費活動を続けていくのか “おかね好き”のわたしにとっても興味深い。

今ではもう、昔自分の気持ちを高めてくれた「○○を買って、アゲてこ!」みたいなノリにそのままついていくことが難しい。

一方で、「これが欲しい」「でも本当に欲しいのだろうか?」と考える、この複雑な気持ちを喜んでいる自分もいる。世の中は、炎上リスクや多様な背景を持つ人たち達に配慮しながら消費・発信していくべきとする風潮に対して「今はあらゆる話題について難しいことを考えないといけなくて面倒」というけれど、私はこの複雑に分化していく自分の気持ちから、自分の成長を感じている。昔より難しく複雑に考えられるようになっていることは、喜びだ。

今でも消費が好きだ。何か新しいものを日常に迎え入れると、毎日に少しだけ新鮮みが灯って、うれしくなる。

しかし、湯水の如く、とにかく闇雲に取り入れることは、私の中では正直「ダサい」。深く考えず、いろいろなものを購入できることが、これまでお金を持つことの利点でもあり、羨望の対象だったけれど、今はそういった態度が “無責任” “軽率” に見える。

この気持ちが世の中にも伝染しているかはわからない。しかし、世の中のトレンド(といえばクリーンな言い方だが、環境や情勢)は少しずつこの方向に動いていっている気がする。

もし少しでも、この “奔放な消費” に違和感を感じているならば、私が最近むしろ心地よいと感じている「複雑で」「面倒な」「いちいち考えて」消費する日々を、一緒に楽しむ仲間になろうではないか。

りょかち

1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒業。学生時代より、ライターとして各種WEBメディアで執筆。「自撮ラー」を名乗り、話題に。現在では、若者やインターネット文化について幅広く執筆するほか、企業のコピーライティング制作なども行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎)。朝日新聞、幻冬舎、宣伝会議(アドタイ)などで記事の連載も。

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