若手起業家を育成する澤田経営道場で、起業に向けて日々勉強に励む山下楓美香さん。前回は、道場の先輩である株式会社GLiN代表の占部智久さんから体験談を聞きました。
最終回となる今回は、変な商社株式会社のホ ヨンジュさんに、道場での研修時代から激動の創業初期までの体験談をお聞きします。「変な商社」という一風変わった社名に込められた思いとは……?
世の中を変える“変”な商社
ホさん、よろしくお願いします! ところで「変な商社株式会社」という社名、すごくインパクトがありますよね。
ですよね! どんな由来でこの社名になったんですか?
「変な」の“変”は「変化」の“変”なんですよ。 世の中に変化を起こす商社になりたいという思いが込められています。
あっ、その「変」なんですね。strangeやweirdじゃなくて、changeのほうの。
同じHISグループの「変なホテル」の由来と同じなんです。「変なホテル」は世界初のロボットが働くホテルです。ホテル業界があれだけ変化していくのであれば、間違いなく商社の機能も変化が起こるはずと思い、この社名をつけました。
そんな由来があったんですね。今日はその「変な商社株式会社」創業時の体験談をたっぷりお聞きしたいと思います!
夢へのタイムリミットぎりぎりで運命の出会い!
僕が高校生だった頃、ちょうど日本に立命館アジア太平洋大学(APU)が創立されました。世界各国からの留学生と日本人が半数ずつ在籍する大学で、英語・日本語両方の授業があります。APUに入学するために、初めて日本に来たんです。
その後、兵役のために一旦韓国に帰りました。軍隊の訓練って毎日ミッションがあって、全員がそれをクリアしないと団体責任で終われないんです。だから、自分1人でどれだけがんばってもダメなんですよね。
そこで、全員が同じ目標に向かってがんばり、達成するやりがいをすごく感じました。
訓練の目標達成にやりがいを感じる一方で、自分の人生の目標がないことに気付きました。そこで、4つの目標を立てることにしたのです。
・好きなことができる会社に入ること
・5年以内にもう一度海外に旅立つこと
・10年以内に起業すること
・20年以内に大きい資金を集めて、大きいビジネスを通して世の中に変化を起こすこと
好きなことができる会社としてHISに入社、4年目にはタイに赴任することになり、2つの目標を達成できました。タイで3年が経ち、10年目まで残り3年となったところで、運命のように澤田経営道場一期生の募集が出たんですよ。
発注の不便さから見えた商社のビジネスモデル
はじめから商社をやろうと決めていたんですか? それとも、道場で学ぶうちに?
ビジネスモデルが見えてきたのは、道場の研修中でしたね。
実地研修で、僕はハウステンボスの一角にある店舗の経営改善を任されました。そこは、立地はいいのに赤字の店舗で、僕は真冬に外の屋台でフードを売ったり、壁を壊して中が見えるようにしたり、もう必死でいろいろなことをやりました。
ひえ〜、大変そう。座学研修の後で実地に出ると、実践力が鍛えられますよね。
仕入れも担当していて、あるときハロウィンやクリスマスなど季節イベント用の資材を半年前に発注しようとしたところ「もうしめ切りました」と言われたんです。半年前にですよ?
確認したところ、中国でものを作って、それをヨーロッパでラッピングしてから届くため時間がかかるんだそうです。でも、流行の移り変わりが激しいこの世の中で、半年以上前までしか発注できないなんてあんまりじゃないですか。
だから、アリババ(中国のアリババグループが運営するBtoBマーケットプレイス)を通して中国から直接いろいろなものを買ったんですよ。勝手に。
「商品が届かなかったらどうするんだ」と心配はされましたね。「先払いなんてできない」とも言われましたが、当時の本部長になんとか頼み込んで支払ってもらいました。
で、しっかりした品質のものがちゃんと届いたんですよ。
商品がちゃんと届くのならば、支払いや決済、海外への送金、品質管理などを我々が担えばビジネスになるのではないかと思いました。商社のビジネスモデルが見えてきたのはその頃でしたね。
仕事は「運とタイミング」! 仲間との運命的な出会い
国をまたいだ事業となると、仲間を集めるのも大変そうですよね。
そうですね。日本での営業は僕1人でできますが、やはり取引をするにあたって中国に人を置きたかったので、仲間を探していました。
そんなとき、先輩の結婚式で韓国に帰った際に、たまたま中国の工場で輸出製品関連の業務をしている後輩と会ったんですよ。
「こういう商品を作れる?」と聞いたら、その場でWeChat(中国でメジャーなメッセンジャーアプリ)で工場に確認してくれて、すぐに回答が返ってきました。1週間後に中国に渡って、彼の案内で100くらいの工場を回ったところ、作れないものはないくらいいろいろな工場があることがわかりました。
それで、彼と一緒に事業を始めることにしたんです。
大学の創立や道場の募集開始もですけど、節目節目で運命的なタイミングのよさを感じますね。
そうですね。本当に仕事って運とタイミングだと思います。
旅行業界DX化のリーディングカンパニーを目指して
2017年1月に創業して、春頃には大きな仕事がどんどん来るようになりました。とにかく必死に製造と発送をしていましたね。なにしろ初めての経験でしたから、想定外の事態もいろいろ起こりました。創業当時のことは、ハンカチなしには語れないくらいですよ(笑)。
そ、そんなに……! そのお話もいつか詳しくお聞きしたいです。
夏には大手のテーマパークからイベント用の大口発注をもらったりと順調でしたが、一方で受注がイベント頼りになってしまうことのリスクも感じていました。
一時的な利益は大きくても、イベントが終わったら次の月からはもう発注されませんし、次回のイベントが必ずあるとも限りません。
たしかにイベント時しか仕事がないのは、売上の波が大きそうですね。
ちょうどその頃、ホテルにアメニティの納入を始めました。ひと月の売上はイベントよりも少なくても、毎月確実に売り上げがあがります。
経営を安定させるには安定した売上がないと厳しいため、そこからホテルアメニティに力を入れるようになったのです。
ホテルと取引するようになって知ったのですが、旅行業界では受発注にFAXがメインで使われています。FAXが一番多くて、メールや電話が続いて、システム化されているのは2割程度です。
そうなんですね。FAXって送信先を間違えたり、他の書類に紛れてしまったりと、トラブルもありそうなイメージがありますが……。
実際それで「商品が届かない」とクレームがきたこともあります。あわてて僕が段ボールを抱えて電車で直接納品しに行ったり(笑)。
だから今、旅行業界向けの受発注管理システムを自社で開発しているんです。
へ〜! 商品を販売するだけではなくて、受発注の領域まで!
たとえば、消耗品の残りが減ったら自動で発注したり、自動で決済したり、受発注を自動化できる仕組みを作っています。在庫の棚卸や商品の管理は、「変なホテル」のようにロボットに任せるのもいいでしょう。
「変な商社」は、旅行業界のIT・DX化におけるリーディングカンパニーとして、さまざまな「変化」を起こしていきたいと思っています!
大ピンチ! 売上があがっているのにお金が足りない
創業時にやっておけばよかったことや、「今ならこうするのに!」と思っていることはありますか?
一番は資金調達関連ですね。創業当時の僕は、資金調達の知識があまりなかったんです。調達をしなくても、どんどん売上をあげてさえいれば、その利益で事業を伸ばして成長していけると思っていました。
でも商社のビジネスって、売上が入金される前に仕入れ分の支払いがあるんですよね。
あっ、そうか! 大きな売上があがったら、仕入れのために必要なキャッシュも多くなるんですね。
そうなんです。どんどん売上をあげようとがんばっていたら、単月売り上げが2億超えた際、仕入れのキャッシュが足りないことに気付いたのです……。
ええっ!? 大変じゃないですか! どうやって乗り切ったんですか?
道場のつながりで助けて下さる方がいたんです。本当にありがたかったですね。それ以来、キャッシュフローや資金調達を意識するようにしています。
思いが伝わらなくて痛感した、社内コミュニケーションの重要性
社内のコミュニケーション不足も反省点ですね。会社のミッションやビジョン、社会的な意義、方向性を社内のメンバーに示せていなかったのです。そのため、僕がお金のことばかり考えて、メンバーを大切にしていないように見えてしまったのでしょう。思いのすれ違いから、3カ月で6人のメンバーが辞めてしまいました。
そんなに!? スタートアップで6人抜けるって、大量離職ですよね。
僕なりにメンバーを大切にしているつもりだったのですが、それをちゃんと伝えていなかったし、メンバーの本音に向き合ってもこなかったんですよね。
致命的にコミュニケーションが不足していたと反省しました。24人の会社なのに、前にいつ話したかわからないメンバーもいたくらいでしたから。
やっぱり人と人って、ちゃんと話をしないと思いがすれ違ってしまうものなんですね。今はどう改善されているんですか?
「旅行業界のIT・DX化のリーディングカンパニーになる」という目標を明確にして、社会的意義やそのためにやりたいことをしっかりメンバーに伝えるようにしています。
以前は社外から「どんな会社ですか?」と聞かれても、みんな答えられませんでした。
1日に一言でもいいから、みんなと話すようにしています。週に1回、情報共有をする「シェア会」も設けました。気軽に話しやすくなったり、問題が起こった際に助けを求めやすくなったり、そういう文化が少しずつできてきたかなと思っています。
人とのつながりを大切に、ポジティブシンキングで!
ホさん、ありがとうございました! 最後に、これから起業する人へ向けたアドバイスがあればお願いします。
起業するといろいろなことが起こるし、何度も壁にぶつかることになります。それを乗り越えるためには、「自分はできる」と信じることが大事です。何があってもポジティブシンキングで、悔いのない人生を過ごしてほしいですね。
僕がこれまで壁を乗り越えられたのは、道場つながりで出会えた方々のおかげでもあります。どれだけDX化が進んだとしても、使うのは人間です。やっぱり人が全てなんです。
それは私もすごく感じます。これまで取材させていただいた道場の先生方も先輩方も、連絡するといつもやさしく相談に乗ってくださって。
僕も、これから増えていく後輩たちとどんどんつながりたいですね。自分が苦しんだ部分をサポートして、後輩育成にも力を入れていきたいと思っています。
心強いです! これからもどうぞよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました!
12回の取材を終えた山下さん。先輩起業家の皆さんのアドバイスや体験談を通してさまざまなことを学び、自身の起業へ向けての準備も整ってきたようです。本連載の最後に、山下さんからこれまでの振り返りと今後の展望を語っていただきました!
12回にわたり取材の機会をいただき、たくさんの学びを得ることができました。お話を聞かせてくださった方々は共通して、「自分を主語にして語れる事業」をやっていると感じています。だから目が輝いていて、エネルギーにあふれ、話をしていて気持ちのいい人ばかりなのでしょう。
私自身も地方創生をテーマにした起業の準備を進めていて、現在事業内容を詰めているところです。協力企業や人も見つかってワクワクしていると同時に、今日ホさんがおっしゃっていた「人がすべて」というのを実感しています。
私はインドで事故に遭い大怪我を負った際、インド人の持つ「身内のような優しさ」と「つながり」に心を救われました。その経験をもとに、国籍・ジェンダー・年齢、全ての壁を取り払い、超絶ボーダレスにつながれる世界をつくりたいと考えています。
志に向かって走っていると、助けてくれる人や運命的なチャンス、いろいろなことは後からついてくるのだと取材を通して学びました。これからも人とのつながりを大切にしながら、自分の志に正直になって走り続けます。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました!
ホ ヨンジュ
韓国出身。立命館アジア太平洋大学で学ぶため来日。 2009年に新卒で株式会社HISに入社し、澤田経営道場にて2015年から2年間企業経営を学ぶ。 2017年「変な商社株式会社」を設立。 テクノロジーの活用や新しいビジネスモデルに挑戦、観光業界のDX分野でのNO.1の商事会社を目指す。
変な商社株式会社 Webサイト:
https://www.hennnatrading.com/
山下 楓美香(やました ふみか)
株式会社JALスカイ退職後、インド旅行中にバイク事故でリハビリに8か月かかる大怪我を負う。生死に関わる経験を経て、助かった命を多くの人の力になるために使おうと起業を決意。2021年、7期生として澤田経営道場に入門。
取材・文/内島美佳