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元NewsPicks編集長・佐々木紀彦が新会社「PIVOT」を起業。経済メディアを再定義する目論見とは?

元NewsPicks編集長・佐々木紀彦が新会社「PIVOT」を起業。経済メディアを再定義する目論見とは?

業界の第⼀⼈者に事業成功の秘訣や経営のノウハウについて話を伺う企画「THE PIONEER」。今回は今年6月にPIVOT株式会社を設立し、同社のCEOに就任した佐々木紀彦さんに登場いただきます。

週刊東洋経済の編集者からキャリアをスタートさせた佐々木さんは、東洋経済オンラインとNewsPicksで編集長を務め、従来の堅苦しかった経済ニュースをエンタテインメントのような面白いコンテンツとして発信。経済ニュースの新たな境地を切り開いてきました。この度、新たに立ち上げたPIVOTで、どのようなコンテンツを世に届けようとしているのでしょうか。佐々木さんの元を直撃しました。

「コンテンツの力で、経済と人を動かす」というビジョンで創業

――これまで経済ニュースをエンタメ化したコンテンツを発信されていたこともあって、PIVOTさんではそれをより強化していくのではないかと想像しています。そもそも“経済ニュースのエンタメ化”という発想は、どうやって生まれたのですか?

佐々木さん:経済というと固いイメージが強いですよね。これを真面目な文体のまま活字で書いているだけでは、どうしても1万人とか、せいぜい10万人程度にしか広がりません。私としては、経済やビジネスというテーマをより多くの人たちに知ってもらい、日本全体における経済やビジネス、マネーなどのリテラシーを高めなければいけないという思いがあります。そこで、より多くの人たちに伝える手段として、エンタメ化というスタイルを選びました。

経済ニュースにエンタメ性を取り込み、これまでメディアの中でもマイナーだった経済・ビジネスという分野をメジャーに

――エンタメ化自体が目的ということではなく?

佐々木さん:そうです。経済をエンタメ化したいわけではなく、手法としてそうした方がより幅広い人たちに経済の話題や知識が届くだろうという、テクニック論としての話ですね。

――なるほど。佐々木さんが新たに立ち上げたPIVOTさんでは「コンテンツの力で、経済と人を動かす」というビジョンを掲げていらっしゃいますが、これってNewsPicksでも実現できるようにも感じていまして……。

佐々木さん:確かに、NewsPicksではさまざまなコンテンツをつくることはできるんですが、なんでも自由にできるかというと、そうもいかないんですよね。当然ながらコンテンツをつくるのって、お金がかかるじゃないですか。とくに動画だったら費用は膨大。いままでのようにサラリーマンという立場でいると、コンテンツのための資金を出してほしいというときに会社に対して、これはどれだけ再生数があり、どれだけ課金がされて、というようなことをまず証明し、コンテンツ制作の予算を勝ち取るために説得しなければならないんです。これは会社として当然の話だと思います。ただし、コンテンツは半分バクチというか、アートに近いところがあるため、過去の数字だけで判断できるものではないんですよね……。

動画コンテンツも豊富なNewsPicks。だからこそ、佐々木さんが創設した新会社で発信するコンテンツが気になるところ

――NewsPicksでは取締役、NewsPicks Studiosでは代表取締役CEOでしたけど、そうした立場でも難しいものでしょうか?

佐々木さん:いままでNewsPicksでやっていたトーク番組などは、どちらかというとそれほど大きなコストをかけずに制作することが多かったんです。比較的ローリスク、ローリターンでした。ですが、私が現在やろうと思っているのはそれらとはまた違う、新しいコンテンツであり、プロダクトです。必要になるお金の桁がこれまでとは違ってきます。となると、取締役だったとしても周囲を説得するには、また一苦労することになる。本気で大きなリスクをとるなら、会社に頼るのではなく、自分でリスクを取る方がフェアですよね。そこで起業しようと思ったんです。

気になるPIVOTの事業計画とは?

PIVOTでは、すでに3億円の資金調達を実施

――起業された方が資金を円滑に工面できる、ということなのでしょうか?

佐々木さん:自分の裁量が大きくなるというのは確実にありますね。調達したお金をどう使うのか、何に使うのかといったことが大幅に自由になりますから。大きな会社や組織に所属していると、資金や予算もありますけど、それを自由に使うのは難しいんです。

――とはいえ、起業したらしたで資金調達の苦労などがありそうですが……。

佐々木さん:スタートアップがいくら資金調達をしたという話って、毎日ニュースで出てくるじゃないですか。スタートアップ市場では、ある種のビジョンや計画、夢を語ることで、お金を出してくれる投資家は世界中に増えているんです。そう考えると、NewsPicks内部にいるよりも、起業した方が自由に使えるお金を集めやすくなるかもしれませんね。

――もちろん、誰でも起業すればOKというわけでもないんでしょうけど。

佐々木さん:もちろんその通りです。ただ、大企業以上に良い構想や、過去の実績があれば、独立した方が大きなチャレンジができる時代がやってきたのではないでしょうか。とくに、いまはその大きな転換期。日本はまだこれからですが、世界ではコンテンツ業界にその流れが来ていて、Netflixなどはその代表例ですよね。クリエイターエコノミーのような文脈が盛り上がっている状況ですが、日本ではまだコンテンツをつくる側としてこの状況をうまく使い切れていない。でも確実に流れはきているんですよ。社内でリスクを取るより、社外に出て自分で経営もやってみる方が、新たなことや大胆な試みができるんじゃないか。それを自ら試してみたいという思いもあって、PIVOTを立ち上げた側面もあります。新しい生態系や時代をつくるためには、クリエーターやプロデューサー自身が、経営に深くコミットする必要があると思うのです。

会社に縛られない新しい生き方を綴った佐々木さんの新著『起業のすすめ さよなら、サラリーマン』は、10月26日に発売。購入はこちらより

――PIVOTさんではIPOを目指すことを発表されていますが、どんなマイルストーンを描かれているんでしょうか?

佐々木さん:アメリカのスタートアップの歴史を見ても、ベンチャーキャピタルやスタートアップファイナンスが発展すればするほど、上場までの期間が長くなっているんですよね。時間をかけてIPOをするスタートアップもいますしね。5〜10年以内にはIPOをできたらと考えていますが、無理に急いで3年後とか最短でやろうとは思っていません。とくに私たちが行うコンテンツ事業の場合は、投資にお金がかかるし、コツコツと時間をかけてつくる必要があるもの。いわば農業のように、土地を耕して種を植えてやっと収穫できる。急ぎすぎると、畑が痩せちゃって良質な作物が育たないのと同じように、丁寧に時間をかけないと良質なコンテンツがつくれない。もちろん、会社として急成長を目指しますが、短期的な数字をちゃんと獲得しながらも、中長期的な仕込みもしていきたい。こうした絶妙なバランス感覚を大切にしていきたいですね。

――最近では20代や30代で起業する人が多いですが、40代で起業することに焦りはなかったんですか?

佐々木さん:全くないです。いま私は42歳ですが、40代って結構若いじゃないですか。この業界は若ければいいというわけでもないですし、むしろ、ある程度年齢を重ねて経験や人脈がある方がそれを事業に活かせると思うんです。スタートアップの起業家としてはちょっと年齢が高いですが、40代でも結果を出せれば問題ないと思っています。

――海外には40代以上で成功したスタートアップの起業家も多いですもんね。

佐々木さん:そうですね。日本の起業家のイメージが若すぎるのかもしれませんが、アメリカでは40代以上の起業家がたくさん活躍していますからね。これからは40代起業家の全盛期が来る予感がしています。

――そしてやっぱり気になるのは、PIVOTさんがどのようなコンテンツを制作・提供していくのかということ。佐々木さん、その辺りいかがでしょうか?

佐々木さん:そこはですね……、まだあんまり話せないんですよ。

――そこをなんとかお願いします(笑)。一応こちらの予想をお伝えすると、それこそNetflixやAbemaTVのような本格的なエンタメや、映画やドラマなどのコンテンツにも進出されるのかなと思っています。そこに経済ネタを掛け合わせた『半沢直樹』的なものや、『テラスハウス』のビジネス版のようなリアリティ番組とか?

佐々木さん:探りますね(笑)。ただ、考えていることとしては似ているところもあります。確かに、初めから派手な展開にするのはかっこいいですけど、だからといって10億や20億するドラマを制作してハズしたらもうゲームオーバー。一発勝負のギャンブルはしたくないんです。構想は大胆に、足元は地道に、事業を創っていくつもりです。もともと私は活字メディアの出身なので、そこに映像や音声を結びつけながら、徐々に大きなものにチャレンジしていこうと思っています。いま話せるPIVOTの事業計画はこれくらいです、申し訳ないです……。

「いまはこれくらいしか話せませんが、これからPIVOTが届けるコンテンツを楽しみにしてください」と佐々木さん

いまはPIVOTという新しい国の憲法を作っている段階

――ここで話題を少し変えさせてください。起業されたことでお金の動きに対する裁量が大きくなったとのことですが、ほかにどんな変化がありましたか?

佐々木さん:ここれまではコンテンツメーカーやコンテンツプロデューサーとしての仕事が8〜9割でしたが、起業したことによってその割合が半分ぐらいになりました。その代わりに増えたのが、資金調達のための行動やプロダクトの設計、スタッフ採用にまつわる人事周り、あと当然ですが経営者としての業務ですね。

膨大な業務があるけれど、経営者という仕事の面白さを実感中だそう

――経営者って、やっぱり大変じゃないですか?

佐々木さん:経営者としての動きを苦痛に感じる人もいるでしょうけれど、私の場合、いままでの自分の仕事の方程式がどんどん増えていく感じがあって、むしろ面白いです。資金調達やプロダクトマネジメント人事採用など、それぞれの仕事をどう組み合わせるのかという部分は、編集者としてのスキルも活かされますしね。

――それこそ専門のスタッフを入れて、分業するのかと思っていました。

佐々木さん:良いメンバーがいっぱい入ってきてくれているので、それぞれのプロフェッショナルにお任せしますけど、最初の枠組みはやはり自分でつくらなければいけませんからね。いまのPIVOTにとって、どうするのが最善かというところから考える、国でいうところの憲法をつくっている段階ですね。

――本当に会社を一からつくり上げているんですね。

佐々木さん:そうですね。たとえばファイナンスについて私はプロでもなんでもありませんが、そうしたお金の話も一から学び、どういう資本構成にしたら良いのか思考を重ねたり、人事についてもミッションバリューなどを考えて、どういう報酬制度でやっていくべきかを調べたり。著作権戦略についても深く考える必要があると思っています。とにかく、これまでのように大きな組織にいたら各部署に任せていた知識が必要になりました。とはいえ、これまでやっていた編集という仕事でも、毎月のように違う分野の人たちと付き合い、深く調べてコンテンツをつくっていたので、新しいことを学ぶのはこれまでのスキルが十分活かせるな、とも実感しています。もしかしたら、編集者としての経験を積んだ人は経営者にも向いているのかもしれませんね。

経済メディア&コンテンツはこれからどうなる?

――PIVOTさんでどのようなコンテンツを提供するのかはまだ秘密ということですが、経済コンテンツのあり方について佐々木さんはどう考えているのでしょうか?

佐々木さん:いままでのメディア、とくに経済メディアは評論家という立場としての発信だったように思います。そういう時代はそろそろ終わりだなと感じています。どういうことかというと、結局は経済メディアの記者よりも、実際にビジネスをやっている人の方が実情に詳しいんですよね。記者は文章のプロだから上手という意見もあるでしょうけど、文章が上手い人は記者以外にもたくさんいます。それに文章が上手くないビジネスパーソンだって、良いライターと組んで良質なコンテンツをつくることはできます。経済メディアの主体は、経済の現場にいる個人や企業に移ってきていると感じています。

――企業自ら発信するオウンドメディアのようなものですか?

佐々木さん:オウンドメディアはあまり流行りませんでしたけど、記者や編集者がメディアから企業サイドへ移る流れは、アメリカなど諸外国では10年以上前からあるんです。日本でもそれが加速していくのは間違いありません。そうした時代が訪れるので、今後は経済メディア自体を再定義していく必要があると思っています。

「企業は面白いコンテンツの宝庫」と語る

――PIVOTでやろうとしていることは、ジャンル的には経済メディアではある、という認識で合っていますか?

佐々木さん:現時点では、経済コンテンツサービス事業を掲げています。メディアの運営も行いますが、企業と組んでコンテンツを発信することも考えています。これまでの経済メディアやコンテンツがいまいち薄味だったのは、コンテンツをつくる側にビジネス経験がなかったことが原因だと思っているんです。サッカーをしたことがない人がサッカー評論をしても、説得力があまりないですよね。

――なるほど。佐々木さんはPIVOTでそういった課題を打破する、と?

佐々木さん:そうですね。自分のやりたいことがこれまで以上に広範囲になってきたこともありますし、スタートアップエコノミーはこれからさらにとんでもない勢いで大きくなるはずなので、傍観者としてただ眺めていたくないんです。自分がその渦の中に入り、プレイヤー、インサイダーの立場からコンテンツ化した方が面白いはず。だからPIVOTが提供するコンテンツは、ある意味、我々自身のリアリティショーと言ってもいいかもしれません。

――それは新しいし、面白そうですね。

佐々木さん:これまでのコンテンツ制作は、あくまでも部外者の立場からのものでしたからね。距離感は難しいかもしれませんが、今後は従来のような経済ジャーナリズムとは一線を画すことになると思います。もちろん、政治ジャーナリストのように、政治的な権力から独立して評論するメディアは社会のために不可欠です。ただ、経済の場合、誰もがコンテンツを発信できる時代において、それをメディアが監視する正当性がどこにあるのかは、じっくり考えるべきテーマだと思います。

――確かに、私企業に対して経済面で評論・監視を行うのは違うのかもしれません。

佐々木さん:株主には企業に意見する権利はあると思いますが、記者やジャーナリストが企業を追及するのはどうも違和感があるんですよね。もちろん、企業は公共的な存在ですので、企業が公共の利益に反していないかを監視する必要はありますが、それだけが経済メディアの役割ではありません。メディアと企業の間には、コンテンツサイドとビジネスサイドにファイヤーウォールが敷かれていましたが、そうするとビジネスに無知な人がコンテンツをつくるため内容が薄くなってしまう。そのジレンマを乗り越えて、メディアのあり方を再定義する時期が来ているのではないでしょうか。私自身、これまでビジネスパーソンに何百人と会ってきましたけど、今回起業してみたことで、自分は何も見えていなかったということに気付かされましたね。自分はビジネスの表面的な知識は持っていても、真の実践知を全く持っていなかったのだなと……。反省と学びの毎日です。

――今後、佐々木さんがされるチャレンジングな試みに期待が高まります。

佐々木さん:いまのメディアコンテンツ業界って、試していないことがまだまだたくさんあるんです。経営のレベルも、私を含めて高いとは言えない。それこそ新聞なんて、戦前にできた個別宅配というリアルなサブスクモデルをいまだに続けている。だからこそ、いろいろ試してみればその中から新たなもの生み出せるのではないか。そのために、私もこれまで以上に幅広い分野を毎日勉強していきます。メディアコンテンツの新たな可能性は絶対にあります。それを証明するためにも、さまざまな工夫と取り組みをPIVOTで行っていこうと考えています。

今回の起業を「人生で最高の選択」と話す佐々木さん。新たに届ける経済コンテンツサービスに期待が集まる

佐々木紀彦(ささき のりひこ)

PIVOT 代表取締役社長。
「東洋経済オンライン」編集長を経て、NewsPicksの初代編集長に。動画プロデュースを手がけるNewsPicks Studiosの初代CEOも務める。スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』、『5年後、メディアは稼げるか』(ともに東洋経済新報社)、『日本3.0』(幻冬舎)、『編集思考』(ニューズピックス)。2021年10月26日に『起業のすすめ さよなら、サラリーマン』(文藝春秋)を刊行。大のサッカーオタク。

PIVOT HP:https://pivot.inc
佐々木さんのTwitter:@norihiko_sasaki

撮影/酒井恭伸
取材・文/田中元

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