さまざまな人気漫画家とタッグを組んできた小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ』副編集長の豆野文俊さん。『闇金ウシジマくん』『九条の大罪』を描く真鍋昌平先生の編集担当で、ほかにも『健康で文化的な最低限度の生活』『4分間のマリーゴールド』といった数々のドラマ化作品を手がけています。
フリーマガジンの編集長を経て、31歳の時に小学館に中途入社し、未経験で漫画編集者になって約15年。漫画編集者としての仕事術を伺うと、意外と知られていない漫画業界の裏側が見えてきました。
取材に5年!? 注目作『九条の大罪』の誕生秘話
今日はよろしくお願いします。早速ですが、豆野さんはなぜ漫画編集者になろうと思ったのですか?
フリーマガジンでミュージシャンや俳優のインタビューをしていましたが、編集長になり管理業務が増えたんです。仕事の半分が会議で「俺の人生このまま終わるのか……」と感じていた頃に、映画『ハウルの動く城』の時の宮崎駿さんと鈴木敏夫さんのドキュメンタリーを見て。天才とプロデューサーという2人の関係にめちゃくちゃ憧れて、大人数でやるよりも2人でできて世の中を変えられる仕事をしたいと思ったのがきっかけですね。
めっちゃしんどかったですね(笑)。漫画編集者は、大工や美容師のように自分の技術でしか表現できない仕事で、“腕”がないとやっていけないんですよ。
漫画編集者の“腕”ってイメージがつきにくいのですが、実際はどんなお仕事なのでしょうか。
平たく言えば、漫画家さんと伴走して、ヒット作を生み出すということでしょうか。パブリックイメージで言えば、漫画『バクマン。』に描かれているような、編集者が新人作家と組んで、新人育成をしてヒットを出す、という感じ。ですが、『スピリッツ』のような青年誌は、少年誌と違って、デビュー実績がある作家さんにお声かけすることが多いんです。ほかの雑誌で連載している作家さんにお願いすることもよくあります。要するに、ヘッドハンティングですね。
そこはお互いさまという感じですかね。人気作家さんを自分の雑誌に連れてこられるかも、青年誌の編集者としては腕の見せどころだと思います。もちろん声をかけたからといって、作家さんが振り向いてくださるわけではなくて、作家さん自身も編集者を値踏みします。
そうなんですね。作家さんって、編集部と専属契約しているのかと思っていました。
うちの編集部は一切やっていないですね。専属契約費をお支払いしている編集部は、集英社の『少年ジャンプ』くらいでは? と思います。
へぇ。では入社したときは、一緒に組みたい作家さんを探すことから始めたのですか?
そうですね。最初は会いたい人に会いにいっていましたが、もてなし方や、どうやったら漫画を描いてくれるのかわからなくて……。だから当時は、先輩の背中を見て学ぶことが大半でした。
技術を先輩方から盗む感じですね。作家さんをどうやって口説くんですか?
はじめてお会いする作家さんの場合、その作家さんが描いたらおもしろそうなネタ、ヒットしそうなネタを3つほど用意していきます。そのネタのどれかを作家さんにおもしろいと思ってもらえたら、漫画を描く前にまず一緒にその題材の取材に行くんです。試行錯誤の末ですが、いまはこういうやり方が多いですね。
はい。たとえば、いま連載中の『九条の大罪』は、作家の真鍋昌平さんから『闇金ウシジマくん』連載中に「次回作を考えたい」とお話をいただいて。弁護士という大きなくくりを提案したうえで、以前取材したことのある司法系のNPOの方のお話をしたら興味を持っていただき、連載に向けて取材することになりました。その段階で弁護士の知り合いは1人か2人しかいなかったんですが、そこから5年かけて、弁護士や司法関係者の方100人以上にお会いして、ようやく漫画化に向けて動き出すことになりました。
5年も取材したんですか!? すごいですね……。その間、作家さんにギャラは支払われるんですか?
払われないですね。取材にかかる経費は編集部が持ちます。当時連載していた『闇金ウシジマくん』は、どれだけ続けても誰からも文句を言われないくらいの人気作でしたから、じっくり取材に時間をかけることができました。本当は『ウシジマくん』の連載が終わった翌週にでも新連載を始めたかったのですが、結局はさらに追加取材が長引いてしまい、1年遅れで『九条の大罪』が始まりました。
長期的な取り組みなのですね。とはいえ、多忙を極める中で新しいことを始めるのは大変そう……。
でも、取材は楽しいですからね。新しい人に話を聞きにいくのはいつも勉強になります。連載の作業をしながら、今後の仕込みをする感じで。新連載をおこすときは、取材でいろんな方にお会いできるのが本当に楽しいんです。
豆野さんは、どのくらいの作家さんを担当されているのですか?
いまは校了者を兼ねていて、ほかの編集担当の漫画を読む作業もあるので、かなり少なめです。常時10人ぐらいの作家さんとやりとりをしていて、連載中の作家が2名です。多いときは同時に5、6人の連載作家を抱えます。このボリュームは編集者によってかなりバラツキがあります。なかには同時に150人の作家さんを抱えておられる編集者もいますよ。
平均点しか取れなかったからこそ、裏方として漫画家をサポートできる
さまざまな作品を生み出されていますが、豆野さんのターニングポイントになった作品はありますか?
うーん、難しいですね……。こけた作品も当たった作品もどちらも転機になっているので、毎回とお答えしたいですが、しいていえば沢田新さんの『バイオレンスアクション』かな。沢田さんは僕が駆け出しの頃に立ち上げた連載作家さんで、『エバタのロック』というコメディを一緒に始めたのですが、キレイに当たらなくて(笑)。でもダメだったことや、よかったことをお互いに反芻して、『バイオレンスアクション』を描いたら人気作になって。一緒に長く続けたことで、お互いに成長できたと思います。
理想的な関係性ですね! 作家さんと編集者さんの信頼関係が、作品づくりの肝になるんですね。
そうですね。1つの作品をつくるのには、時間がかかりますしね。反対に、『健康で文化的な最低限度の生活』の柏木ハルコさんはベテランなので、教えてもらうことばかりでした。その作品も2、3年かけて取材をしたんですが、柏木さんの取材量に圧倒されました。漫画には、取材によって理解を深めないと描き出せない要素がたくさんあることを学びましたね。
取材をしないで妄想で描く作家さんはいないのですか?
いっぱいいますよ。ラブコメや異世界転生ものは取材いらないんじゃないですかね。あと、少年誌も打ち合わせだけで描くほうが多いのではと思います。自分の携わる漫画は、取材してエピソードを拾って作りあげています。
そう思います。それが作品の深みや厚みになるとも信じていて。世の中にはいろいろな問題がありますが、芯の部分をちゃんと理解できているかどうかが重要だと思います。たとえば、「多様性」って言葉。最近よく聞きますが、多様性への理解が大切だと誰もがわかっていたとしても、それだけでは漫画にはならないんですよね。「多様性」の裏側には、「差別」や「分断」があることを理解しないといけない。差別した人がいて、分断した暗い歴史があるから、「多様性」が叫ばれるんです。もし漫画で「多様性」を描くなら、差別されている人を描き、残酷な加害者を描くしか、「多様性」は伝えられない。となると、被害者、加害者の気持ちを知らないと、表面的で薄い作品になってしまうんです。
人とめちゃくちゃ会います。あとは、映画や漫画、ドキュメンタリー、ラジオなどを観たり聞いたり。描くネタが決まったら、そのジャンルを、作家さんが腑に落ちるまで取材します。作家さんが漫画を描き出すには、具体性を伴う感情の動くエピソードが必要なんです。それは当事者の方に話を聞いて取材をすることで、見つかることが多いんです。たまに「編集者は物知り」と言われますが、取材したジャンルの数が増えれば、おのずと詳しくなるんですよね。作家さんは1つの漫画に何年も時間を費やしますが、編集者は複数の作家さんを担当するので、作家の数だけ取材をすることになります。だから、広い知識を得られて、いろいろなことに詳しくなりやすいですよね。
滅多にないですね。取材で、作家さんに感じとってほしいと思っているので、編集者だけで取材しても意味がないかなと。編集者は、あくまで裏方。作家さんの足りない部分を補佐する役目なので。
それはもう。傑出した才能があったら作家になってますよね。僕は子供の頃から何をやっても70点くらいの子で、どんなものも平均点なのがコンプレックスで。一方で、作家さんは突出していて、ほかの部分が平均点以下だったとしても、漫画では圧倒的な100点を取れる。だからこそ、僕は裏方から作家さんが苦手とするところをフォローして、70点までは引っ張りあげられるのかなと思って、編集者の仕事をしている部分はあります。
かっこいいですね! ちなみに映画やドラマなどでありがちな、作家さんと全然連絡が取れなくなることもあったりするんですか?
昔はありましたね(笑)。でも僕は、作家さんをとてつもなく尊敬していて。そもそも作家さんたちの才能に心酔しているので、なんとしてでも並走し遂げたいと思っています。まぁ、連絡が取れなくなるのはつらいですけどね(苦笑)。
豆野さんの語り口から、漫画編集という仕事が好きなのがビシビシと伝わってきます!
めちゃめちゃおもしろいですね。僕は大学で心理学を専攻していたのですが、人の心の動きを方程式のように考えるのが好きだったんですけど、いまも同じことしているように思います。漫画編集者は感情労働で、このシーンがあったら人はどういう気持ちになり、どういう表情をするかと、人の感情をずっと考えてるんです。だから僕は作品内でも人の感情を粗雑に扱いたくないし、誰かの心を動かすようなエピソードをずっと探しています。
ヒット作の共通点として、感情がリアルに描かれているものが多いですか?
多いと思いますね。同じテーマでも誰かの魂が救えるような話になっていると、心を動かすことができるんじゃないかと。そんなエモい作品ができるかできないかは作家さんの手腕なのはもちろんなのですが、編集者が作家さんに「そこが大事」と言い続けることも大切だと思っています。
連載の打ち切り、電子書籍の売上……。漫画界のリアルな数字とは?
編集部によって違うのでラインは明確には言えませんが、いわゆる「打ち切り」の基準は、単行本の売り上げです。そして「ヒット作」の基準は、1巻あたり10万部でしょうか。たとえば、新人作家さんで初版が1万部だったとしても、それが初手から話題になり、重版して早々に3万部いけば、その後5万部、10万部という数字が見えてきます。
シビアですね。作家さんに数字を伝えるときは、しんどい空気になりそうですね……。
必ずしもシビアではなくて、「数字がついてきてないので、ちょっと次回作に切り替えましょうか」という前向きな提案もあると思います。作品への思い入れはあるけれど、次のステージに進まないと、お互いに商売が立たないんですよ。作家さんへの印税は基本10%ですが、単行本が1冊650円だと1万部売れたら、収入は65万円ほど。これとは別に原稿料もありますが、アシスタント代に消えてしまうことがほとんどなので、がんばって年に4巻出して260万円。ただこれが1巻あたり10万部売れるとなると、4巻で2,600万円になるんです。
収入が260万と2,600万だと、だいぶ違いますね。映像化されると、売上はどのくらい伸びるものですか?
映像化したからといって、その映像化作品がヒットしなかったら、なかなか漫画の売上には返ってきません。ただ言えるのは、漫画の宣伝予算は非常に少ないので、書店の販促物を作るだけでも、毎回販促費のやりくりが大変なんです。一方で映像作品の宣伝予算って、私たちからすると桁違いの金額なんです。ドラマ化や映画化が決まれば、キャストの番宣も多く、作品の知名度は確実に上がりますし。あと、最近はアニメ化の影響力は絶大です。『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『東京卍リベンジャーズ』のように大ヒットしたら、たまらないですよね。全部他社作品ですが……(笑)。
そうですね。でも連絡が来たからといってすぐ組むのではなく、どのプロデューサーと手を組むのかの見極めは慎重にしています。テレビ、映画、 配信コンテンツのどのメディアになるのか、また監督やキャストは誰になるのか。もう見極めだしたらきりがないんですけどね(笑)。もちろん断ることもありますし、同時に数社からオファーが来て選ぶこともあります。たとえば、『九条の大罪』は、かなりの数の映像化の打診をいただいていますが、まだどこにも許諾していません。作家さんや社内のライツ・クロスメディアの部署と話し合って、じっくりと決めていきます。
映像化が決まると、編集者はどういったことをされるのですか?
基本、脚本チェックくらいで、あとは作家確認や稼働、プロモーションの手伝いですかね。
意外と少ないのですね。映像化作品がヒットすればその分、収益も入ってくるんですよね?
製作委員会に名を連ねて出資をしていれば、収益は入ります。弊社でいえば劇場版『名探偵コナン』などは代表的なヒット映画だと思います。ただ、出資していない場合は原作使用料だけなので固定額です。映画がどれだけヒットしてもその利益配分はありません。副次的に単行本が売れるぐらいですね。
運命のわかれ道ですね。漫画をつくるときに、映像化しやすい題材を選んだりしますか?
最近イケメンが大事とよくいわれるので、漫画にイケメンを増やさないと、と思ったりもしています(笑)。
映像化のほかに、収益を得る戦略は考えたりしていますか?
ブロックチェーン上で発行されたデジタルアートの所有権を売買するサービスのことです。いま世界的に流行っているんですよ。漫画は海外でも人気なので、いろんな可能性を見出せそうだと思っています。
そんなサービスがあるのですね。最近では、電子書籍の需要も増えてきていますが、紙と違いがあるものですか?
自分はあまり、紙と電子の違いを感じてないほうでして。リアル書店の方々と同様に、電子書店さんも非常にしっかり本を売ってくださっているので。とにもかくにも、天才作家とおもしろい作品をつくることのほうに注力するのが役割だなあと感じています。
業界全体ではコミック市場における55.8%が電子書籍と試算されていますが、僕のように紙をドメインでつくっている作品は、7割が紙、3割が電子かなあという実感です。日本は電子書店が増え、ちゃんとお金を払って本を買える環境ができているんです。昔、「漫画村」などの海賊版サイトが蔓延していた時代に比べると、すごく健全になりましたね。でも、海外はまだまだ海賊版サイトが多く、問題になっていますね。
電子書籍限定の漫画がヒットすることも多いですが、スピリッツ編集部でも仕掛けていることはありますか?
電子書店と組んでいろいろな取り組みをやってます。ストアごとに売れているジャンルが違うので、ストアが強いジャンルの作品を作ってくれないかというオファーをいただくこともあります。
この5年で戦略の立て方もだいぶ変化していそうですね。
そうですね。あらかじめデジタルマーケットを狙って、作品開発をする漫画編集者も増えましたよね。
敏腕漫画編集者が明かす、いい作家の基準とは?
努力する才能がある人ですね。努力できる人は漫画家になれると思います。もちろん努力しても悩みすぎて描けなくなるときもあるでしょうけど、描けない理由はアイデアや情報、取材が足りないことが多いのかなとも思います。そこは編集者として最大限手助けします。
漫画編集者さんは、作家さんのメンタルケアも意識されているんですね。
うまくできているかわからないですけどね。作家さんを追い込んでいるだけかも。
ムチしかないですよ(にっこり)。すごく厳しいって言われます。
意外……! では、最後に漫画編集者さんを目指す方にメッセージをお願いします!
漫画編集者は狭き門ですが、めちゃめちゃ楽しい仕事なので、なれるならなったほうがいいです。誰も見たことがないけど、絶対にみんなが感動する作品をつくるために、漫画家と編集者のいい大人が2人で一生懸命話し合うってすごくないですか? 作家さんが打ち合わせた内容を超えてきた時は本当に凄まじいですよ。僕は『月曜日の友達』のラストシーンは、ネームの時点で3回泣いて、ゲラになって嗚咽して泣きました。そういう素晴らしい原稿が来たとき、どうしようもないくらいの感激が押し寄せて……、本当にすごい仕事です。
撮影/酒井恭伸
取材・文/高山美穂