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アート業界に風穴を空けていく。ANDART代表取締役CEO・松園詩織の時代をつくるイノベーションの極意

アート業界に風穴を空けていく。ANDART代表取締役CEO・松園詩織の時代をつくるイノベーションの極意

複数人で1つのアート作品の小口権利を所有するという日本初のサービスを立ち上げ、アートの売買における常識を覆した「ANDART」の 代表取締役CEO・松園詩織さん。創業から3年経った今年9月、さらなる事業加速と組織拡大のために総額2億8,000万円の資金調達を実施したことでも話題になりました。時代の先を読み、前進を続ける松園さんに、閉鎖的なイメージのあるアート業界に挑戦した理由、周囲から無謀と言われながらも起業した経緯など仕事観を聞きました。

自分はアート業界に呼ばれてもいないし、買えもしないのが悲しかった

ーーなぜアートに関するビジネスで起業されたんですか?

松園詩織さん(以下、松園さん):大学生のときに、縁があってアート系のスタートアップに参画していたのですが、周りに学生起業家として成功している同年代の知人が多く、アートや起業に関して影響を受けたことが大きいですね。

松園さんはサイバーエージェントやW TOKYOを経て、2018年にANDARTを創業

ーーアートは昔から好きだったんですか?

松園さん:父が家に絵画を飾るのが好きで、子どもの頃からアートに親しみはありました。いま見ると有名な作品や高価な作品ではないんですけどね。学生時代は展覧会や美術館に行ったりと、普通の「好き」の範疇でした。アートって専門性が高いので、芸大や美大で学ぶなど専門的な知識がないと語りづらいですよね。でも本来は、好きなものについて誰でも自由に語ってもいいはず。そこに、ずっとむずがゆさを感じていました。

ーーアートって一般的に敷居が高いといわれるじゃないですか。それでもアート業界に参入した理由は?

松園さん:もちろん、難易度が高いんだろうなとは思っていました。だけど、ビジネスと交わりづらいといわれている業界だからこそ、起業家として真摯に向き合ってチャレンジする価値があると思ったんです。また、クローズドなマーケットだからこそ、個人向けのサービスを上手く成立できれば収益が見込めるのではとも思いました。ただ、正直に言うと、「挑戦してみたい!」という気持ちが一番でしたね。

ーーあえて誰もやっていない事業にトライしたい、と。

松園さん:そうですね。私が知る限り、アートを複数人で共同保有するというビジネスは当時、グローバルでも1つあるかないかだったと思います。

ANDARTのステッカーで彩られた松園さんのパソコンとスマホ

ーーえ、すごいですね! では、どうやってアートの共同保有というサービスを思いついたんですか?

松園さん:日頃からアートの購入に対して、もどかしさがあったんです。たとえば、私のような一般人がアートフェアに行くと、初日の時点で作品はその時点でほぼ完売している。前日に行われる招待者限定の内覧会で購入されてしまうからです。そもそもアートの価格は一般人にはオープンではないですし、公開されていても私には届かない。自分はアート業界に呼ばれてもいないし、買えもしないという現実が悲しかったんです。さらにビジネス的に深掘りすると、日本ではアートの鑑賞と購入の間に大きな隔たりがあった。それで、2016〜2017年に現在のサービスの原形となるアイデアを思いついて、2018年に会社を創業。翌年2019年に、アート作品の共同保有プラットフォーム「ANDART」をリリースしました。

アートを購入することは、誰かの未来のニーズを預かること

「アートをもっと身近なものにしていきたんです」と松園さん

ーー「ANDART」のサービスを開始して2年経ったいま、会員数はどのくらいですか?

松園さん:大変ありがたいことに、今年6月に会員数が1万人を超えました。そのうち、過去にアート購入の経験が全くない方が65.4%。その半数以上の方にサービス上で2作品以上のアートをコレクションしていただいています(2021年3月 ANDART 調べ)。これまでアートの価格や知識面に高いハードルを感じていた方々が、新たに購入体験をしてくださっていると感じています。

ーーアートの共同保有サービスって、具体的にはどんな内容なのでしょうか?

松園さん:弊社が購入したアートのオーナー権を株式のように一株ごと買っていただき、複数人のオーナーさまで作品を所有するサービスです。オーナー権は1万円から購入でき、各アート作品の共有持分権(所有権)、優待を受けられる権利を有します。いままではアートの購入というと、1人がお金を払い、自宅やオフィスで所有することが主流でした。でも「ANDART」のサービスなら、高額で手が届かない、サイズが大きくて家に飾れないといった理由で諦めていた作品を新しい形態でコレクションすることができます。

ーー革新的なサービスですね! 実際に何人くらいでオーナー権をシェアするんですか?

松園さん:平均だと120人ほどですが、もっと多い例ですと、バンクシーの《Jack and Jill (Police Kids)》という作品はオーナー権1枠・1万円で、670枠を販売しました。そのエディション違いの作品は、先日オークションで約1,500万円で落札されました。

ーー作品によっては販売開始数分で完売することもあるとのことですが、作品は1つなのに、どうやって共同で保有するんですか?

松園さん:作品は弊社の美術品専用の倉庫で保管し、オーナーさま限定の鑑賞会や、公的な展覧会で定期的に鑑賞できます。また、オンラインでコレクションする楽しさも味わっていただけます。サービスの特徴としてほかには、1万円で買ったオーナー権を例えば1万2,000円で売却するなど、購入したオーナー権をサービス上で会員間で売買することが可能です

もちろん、作品へのリスペクトが大事なので基本的に長期保有期間を設けていますが、その期間を過ぎるとオーナー総会を開催できます。そこで半数以上のオーナーさまが売却したいという意思決定をされた場合は、我々が代理でマーケットに売却し、オーナーさまに売却益をお返しする仕組みになっています。

ーーなんだか株の売買みたいですね。

松園さん:はい。ただ、ビジネスモデルだけお話すると金融の要素が強いと感じられると思うのですが、それはあくまで一部なんです。私たちとしては、共同保有という体験を通して、アートを買って所有することへのハードルを下げたいという思いが大きいので。

実はリアルなコレクターさんのなかには、オークションで買った作品は倉庫やギャラリーに置きっ放しという方も一定数いらっしゃって……。それでも高いお金を出してアート作品を競り落とす理由は、買う瞬間にワクワクや楽しさがあるからだなって。人って物理的に飾るためだけではなく、概念的な所有欲も強いと思うんです。今後ますます、人の暮らしを豊かにさせるIT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んで、メタバース(仮想の三次元空間)などの思想やNFT(鑑定書・所有証明付きの偽造不可なデジタルデータ)の台頭が示すように、オンライン上のものの価値や実用的ではないものへの所有欲がスタンダードになっていくのではないかと感じています。

ーーとなると今後、所有の価値観が変わるかもしれないですね。

松園さん:美術館の仕組みに立ち返ると、公営の美術館って主に税金、つまりみんなのお金で運営・キュレーションされ、誰もが鑑賞できる。それって、みんなが平等に楽しめていいなと思うんです。だから、購入者が限られた空間で所有するだけではなく、複数人でシェアして定期的に鑑賞し、そのたびに感じ方が違ったり知識が深まったり、感想を共有できたらすばらしいなって。そういう選択肢が増えていくことが理想ですね。個人所有だけがすべてではないと。

ーーなるほど。松園さん自身はアートにどんな魅力を感じていますか?

松園さん:アートが生まれた背景やアーティスト本人を深く知り、自分のアイデンティティが豊かになることですね。それから、アートは資産になります。言語を問わず、世界中で不変の価値があるので。アートは本能に訴えかける力を持っているから、将来的にニーズはなくならない。アートを買うことは、「誰かの未来のニーズを自分がいま預かること」だと思います。

アートとビジネス、両方の界隈から止められた無謀な起業

ーーここで松園さんの起業までの道のりをお伺いしたいんですが、起業するにあたり、大変だったことはありますか?

松園さん:アートをドメイン(領域)にする起業って、SaaS(クラウド上のソフトウェア全般)の分野で起業するよりも、市場が見えにくくてハイリスクだと思うんです。起業するときに、アート界隈の人から経営者まで、いろいろな人に「成功するのに10〜20年かかる」「難しいから潰れるぞ」などと言われましたね。でも起業家として、たとえ失敗を経験してでもやろうという覚悟はありました。それほどこのドメインに大きな魅力を感じていたんです。だから起業時は、「なんと言われようと自分が粘り強く取り組めば成功する」「スタートアップが無謀なことをやらなくてどうする」という気持ちでした。

ーーアート業界でゼロからの起業となると、取引先などとの信頼を築くのが大変そうですが……。

松園さん:もう草の根運動的な感じですね。ただ、狭い業界だからこそ共通言語を押さえると、コミュニケーションが取りやすいという側面もあるので、起業しながら美術そのものの歴史や、現在の業界のことを勉強しました。それでもまだまだなので、学芸員さんたちと知識を競ったら負けてしまうレベルですが(苦笑)、私たちはこの業界に新たな仕組みを提案し新たな層をマーケットに連れてくることが命題。業界のリアルを知るためにギャラリーに伺ったり、関係者の方と会ったり、行動量は誰よりも多かったと思います。最初の頃はギャラリーに門前払いされたこともめちゃくちゃあります。アポを断られたり、「儲からないよ、お嬢ちゃん」ってあしらわれたりして。

「何度も心が折れそうになりましたが、どうしても自分の信じたアートビジネスを叶えたかったんです」と振り返る

ーー話を聞いてくれるギャラリーなどを少しずつ増やして、業界で信頼を勝ち取ったという感じですか?

松園さん:そうですね。全然まだまだではありますが、本当にそこは地道な道のりでした。それからコロナ禍のいま、アート市場は拡大し続けているんですよ。2020年度の世界の美術品のオンライン売上高は、前年度の約2倍の過去最高を記録(※1)していて。社会の動きや個人のニーズの変化によって、レガシーな美術関係者もIT化やDX化を意識せざるを得ない状況になりました。そういった業界の環境の変化もあり、サービスをリリースしてからいままで、たくさんの人の賛同を得ることができました。そして、ANDARTから得たデータをもとに、「実はいままでよりもっと多くの方がアートに対して好意的で、買いたいというニーズはこんなにも高いんです」と美術関係者に説明して、潜在的なニーズを理解していただきました。この現象って実は世界的なトレンドで、アートのニューコレクター層といったキーワードが各国で盛り上がっており、国内だけでなく、アメリカや韓国、シンガポールなどでANDARTと類似したサービスが続々と登場しています。

ーー松園さんは誰よりも先に時代を見据えていたんですね。

松園さん:そう言えたらかっこいいんですけど(笑)、当時は「誰もやっていないからやろう」くらいの感じでしたね。世間的に、まだニュースタンダードになったとは言えないですし。でも同様のサービスが海外で急成長していることを踏まえると、より一層チャレンジのしがいがある事業だなと思っています。

ーーもともと、テクノロジーに関する知識はあったんですか?

松園さん:サイバーエージェントに務めていたころ、ある程度の知識は身につけました。新規事業責任者だったので、クリエイティブ系の新規事業を鬼のように考えていて(笑)。その経験もいま役立っているかもしれません。

ーー起業するとき、どんな勝算があったんでしょうか?

松園さん:先ほどお伝えしたアートへの潜在的なニーズが高いこと。さらに、世の中の流れですね。「個の時代」が到来して、一部の富裕層の方だけではなく、誰もがアートを自由に楽しめる時代になるべきだと。個のエンパワーメントと言いますか、一人ひとりのアートに対する感度も上がっていますし、個のお金が集まって大きな力になるクラウドファンディングが一般化した背景もあり、アートを共同保有するというサービスが成り立つと思いました。

また、以前から「メタバース」についても考えていて。デジタル空間で生きる人たちが増えた場合、デジタル上のアートを買って、デジタル上の部屋に飾り、その空間内で披露し合って生きていく。そういう世界観はこの先絶対訪れる、と確信していたのも勝算の1つです。


※1 オンラインでの売上高は過去最高の124億ドル、2019年の約2倍に増加/出典:「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2021 『Figure 5.1  The Online Art and Antiques Market 2013–2020』

アートの評価や売買の仕組みをイノベーションしたい

ーー実際にアート業界でビジネスを展開して、課題を感じることはありますか?

松園さん:アートの評価の仕方が曖昧なところですかね。専門家がアートを解説してくれて「わかる?」って聞かれたら、なんとなく「はい」って言わざるを得ない空気ってあるじゃないですか(苦笑)。こういった曖昧さが私自身、あまり好きではなくて。だから、いまよりも客観性の高い根拠を軸にした、定量的なアートの評価の方法を模索してみたい。そのためには、過去の落札実績などをデータ化して公開する必要があると思っています。ただ、アートが本来持っている感覚的な魅力や変動性を認め、偶発的な出会いを提供することも大切。このあたりをどうバランシングしていくかが、現在の課題ですね。

いままでのアート業界はクローズドかつアナログで、その都度データが残らないコミュニケーションによって大きなお金が動き、売買が成立していますが、私は「何となく評価が高いから」ではなく、買う人自身が客観的なデータも同時に見て、心から納得して購入してほしいと思っています。

松園さんはアート本来の魅力を引き出しながら、ビジネスとしても成り立つ新しい仕組みを構築している
 

ーー長年続いて来た慣習を変えるのはなかなか難しそうですが、すばらしい心意気ですね。

松園さん:アートの市場には、展覧会などを通じてアートが最初に販売される一次市場の「プライマリー」と、プライマリーで購入したアートが売買される二次市場の「セカンダリー」があるんですが、この2つがうまく手をつなげてないという現状にも問題意識を持っています。たとえば、プライマリーで10万円で販売された絵画が、10年後のセカンダリーでは億単位の値がつくこともあります。でも、セカンダリーで値上がりしても作家本人には1円も分配されません。ただ、現状ではセカンダリーで高値がつかないと、プライマリーの値が上げにくいというジレンマもあって、この流通のあり方は単純な話ではないんですよね。

また、コレクターさんの立場になって考えると、セカンダリーは必要です。たとえば、私が買いたいと思ったアートが100万円以上する場合、のちのちセカンダリーでのリセール(売却)という選択肢があるなら、購入時は売却を考えていなかったとしても、心理的安全という意味でもアートは確実に買いやすくなります。実際に売る・売らないは別として、リセールできることで、アートを購入するハードルが下がるという側面もあるんです。そんな現実も踏まえて、アートに関わるすべての人が最大公約数的に笑顔になる方法を模索していていきたいと思っています。

ーー現在、取り扱っているのは絵画や立体作品ですが、今後インスタレーション(空間全体を観客が体験する作品)などを扱う予定はあるのでしょうか?

松園さん:観客参加型のアートや大きなパブリックアートなどの取り扱いも、いつかはチャレンジしたいですね。現時点で、ユーザーさんのアンケートでANDARTを利用した目的で一番多いのは、「純粋にアートとの接点を持ちたいから」「これまで買いたかったけど買えなかったから」という声です。そしてその次に多いのが、資産運用なんです。だからこそ資産として手堅いのは、絵画や立体作品など物理的に持ち運べるもの。そんな背景もあってANDARTでは、絵画や立体作品などを優先して取り扱っているという側面があります。

ーー最後に今後の目標を教えてください。

松園さん:現在ANDARTが所有しているアートは、我々が買いつけたものだけでなく、コレクターさんから出品されたものもあります。今後はこれまで以上にコレクターさんから出品いただく数を増やして、サービス上でオーナー間で売買できる仕組みを構築していきたいですね。実は、あるコレクターさんから言われ、心に残っている言葉があって。「いままでは、アートを持つか売るかのどちらかだった。所有には倉庫代などの維持費がかかることがネックだけど、愛着もあるし、資産的な魅力も感じているから手放すのも惜しい。そうしたときに、いま持っているアートの所有権の何割かをANDARTに売却し、オーナーさんとシェアするという選択肢が増えた。おかげで、そのアートを好きな人と共有できるだけでなく、その資金で新しいアートを買うこともできた」と言ってくださったんです。こうした言葉を励みにANDARTのチーム一丸となって、この先もイノベーションを起こしていきたいと思っています。

この先も松園さんは、アート業界に新しい風を吹き込んでいく

松園詩織(まつぞの しおり)

1988年生まれ。神奈川県出身。株式会社ANDART 代表取締役社長CEO。2014年に株式会社サイバーエージェントに入社し、新規事業責任者として企業のデジタルマーケティングなどに従事。その後東京ガールズコレクションを運営する株式会社W TOKYOでは、社長室として大手企業、行政、国連との取り組みなど多岐にわたるプロジェクトの企画運営に携わる。2018年9月、株式会社ANDARTを設立し、2019年にアート作品を複数人で保有できる共同保有プラットフォーム「ANDART」をローンチ。2021年9月に2.8億円の資金調達を実施し、さらなる事業加速と組織拡大に向けた経営体制の強化を図る。
 
ANDART HP:https://and-art.co.jp/
松園さんのTwitter:@shiorimatsuzono

撮影/武石早代
取材・文/川端美穂(きいろ舎)

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