「半年仕事・半年旅人」から「半年仕事・半年育児」へ。ライフシフトの中で変化した村上アシシのお金や仕事の価値観
次世代を担う新しい職業を生業としている方々へのインタビュー企画「シゴトとワタシ」。今回ご登場いただくのは、コンサルタント、プロサポーター、著述家、研修講師と、多数の顔を持つ村上アシシさんです。
村上さんは、2006年に大手コンサルティング企業から独立した後、旅とサッカー観戦を思いっきり楽しむために半年で1年分を稼いで、残りの半年を旅して暮らす「半年仕事・半年旅人」という生活をスタート。ひたすら自分の好きなことのためにお金と時間を費やしてきました。
転機が訪れたのは2019年のこと。当時付き合っていたパートナーとの間に子どもが産まれたのです。以降、「半年仕事・半年育児」へライフスタイルをシフトさせた村上さん。「これまでは今が楽しくて仕方なかったけど、これからは未来が楽しみでしょうがない」と笑顔を見せます。
そんな村上さんに、仕事や育児に対する考え方やお金に対する価値観の変化などについて伺いました。
子どもが生まれて大きく変化したお金の価値観
——村上さんのこれまでの人生の中で、お金の使い方や価値観がどう変わって来たのかお伺いできればと考えています。コンサルタントとして独立される以前は会社勤めも経験されていますが、お金に対してどのような考えをお持ちでしたか。
村上さん:20代の頃は、豊かに暮らしたり、やりたいことを実現したりするために必要なツールだと捉えていました。
そのためにはやっぱりお金をがっつり稼げる業界がいいなと考えて、就職活動のときは20代のうちに年収1000万円になる業界に絞って選考を受けていました。
——それで、外資系コンサルティングファームのアクセンチュアを選ばれたわけですね。
村上さん:もちろん年収だけではなくて、20代のうちに管理職になれたり、できる人間はどんどん昇進できたりする環境がすごく魅力的だと思ったことも理由です。それもあって、入社後はスキルを上げるために仕事漬けの毎日を送りました。自分へのご褒美でブランド品を買うことはありましたが、遊ぶ時間がないから豪遊することもなく、だからといって積極的にお金を貯めようという考えもない。そんな会社員時代でした。
——その後28歳で独立され、「半年仕事・半年旅人」の生活が始まったわけですよね。
村上さん:半年間コンサルティングの仕事をして、残りの半年は稼いだお金を使って好きなことをしていました。旅とサッカー観戦という具体的に没頭する趣味ができたこともあり、僕にとってお金は明確に「軍資金」という位置付けになったと思います。
たとえば300万円が手元に入って来たら、「あ、このお金で欧州を数カ月旅しよう」と考えて実行に移すわけです。それはそれで、すごく楽しかったですけどね。定住もせず、マンスリーマンションを転々とする一人暮らし。スーツケースに入らないものは買わないようにしていたので、ブランド品などにもまったく興味がなくなって。ひたすら自分の好きなことを体験するためにお金をつぎ込む生活を12年ほど続けました。
——今はご結婚されて、お子さんもいらっしゃいます。ライフスタイルの変化にともなってお金への価値観も変化しましたか?
村上さん:すごく変わりましたね。それまでほとんど物欲がなかったのに、定住して家具を揃えて……、子どもが生まれてからは、将来必要になる学費や養育費のために積極的に貯金や投資をするようになりました。「半年仕事・半年旅人」の生活をしていたときは、入って来たお金はすべて「旅に出るためのもの」という考えだったので、大きな変化ですよね。
葛藤の末にたどり着いた「半年仕事・半年育児」
——「半年仕事・半年旅人」の暮らしは自分の意思次第であらゆることに挑戦できるだけに、やめどきを迷うのではないかと思います。村上さんの場合は、どのように「半年仕事・半年育児」へライフシフトされたのでしょうか?
村上さん:親も兄弟も仲がいい円満な家庭で育ったので、将来的には自分も家庭を持ちたいと若い頃から思っていました。
ですが、いざ社会に出てみると、30代・40代の所帯持ちの管理職は多忙で家に帰れなくて、みんな不幸そうに見えたんですよ。会社員時代、終電がなくなった深夜にオフィスのエレベーターホールで奥さんと電話越しに「何時に帰れるかなんてわからないって!」と喧嘩している上司を見たことがあって、今は絶対に結婚はしないでおこう、と思っていました。
——独立後はどうでしたか。
村上さん:独立した後も、しばらくは一人の時間がとても楽しいと感じていました。2018年に開催されたロシアワールドカップのときは、日本代表サポーターをサポートするプロサポーターとして情報発信することで、収益を得ることができたんですよ。それが自分の中ではけっこう達成感があって。
でも、サッカーの応援って刹那的なものじゃないですか。サポーターは「俺らが勝たせた」なんて言いますが、実際は自己満足でしかなくて。具体的にその勝利に何%貢献できたのか明確に言えるものでもない。
その場その場の一瞬の出来事を追い求めるのは、楽しいし、自分の中にも思い出は残ります。とはいえ、年間何百万円もかけて得られるものが、単なる感動や経験だけでいいのかと「半年旅人」だった12年間の後半はずっと悩んでいました。
——なるほど……。葛藤されていたわけですね。
村上さん:もう少し報われる要素ってなんだろうと考えたときに、趣味や仕事ではなく、自分のプライベートな部分をもっと充実させたいなと思ったんです。妻や子どもに対して自分の時間を使うほうが有意義だなと。もちろん、報われない部分は子育てにも往々にしてあるんでしょうけど、子どもの笑顔や家族の時間から得られるものは、サッカーの応援とは違う喜びがありますよね。
そんなふうに思っていたときにお付き合いしていた人との間に子どもができたとわかって、いいタイミングだと考えて結婚しました。
——村上さんの場合、考えていることと出来事が重なる瞬間があるのですね。
村上さん:そうですね、サッカーの魅力にとりつかれた時は「これだ!」と思って会社を辞めたわけですが、そのときと同じように子どもを授かったときも運命みたいなものは感じましたね。何かひとつのことを追求した後、もうそろそろ次のステップへ行っていいかなと考えているときに転機が巡ってくることはありますね。
——ちなみに、村上さんはどのように育児に向き合っているんですか?
村上さん:育児に関しては、半年だけしか働かなくていい、という自分のライフスタイルを最大限生かして積極的に関わっていくべきもの、と捉えています。「べき」と言っても、決して消極的なわけではありません。もともと子どもは好きだし、実際にやってみるとすごく楽しくて。
「ワンオペ育児」などという言葉もありますが、うちの子はとにかく走り回るので、一人で面倒をみるのはまず無理なんですよ。費用対効果とかはいったん置いておいて、やはり二人で育児をするのが合理的だと思います。
——具体的に、どういうところが楽しいと感じますか?
村上さん:子どもって毎日のように成長していくので、すごくおもしろいんですよ。今、うちの子は2歳なのですが、Youtubeでいつも見ている動画の1小節をはじめて完璧に歌った、なんて出来事が今朝あって。
「もう少ししたらもっと喋れるようになっているんだろうな」とか「来年の今頃はどんな遊び方をしているんだろうな」とかって、この子が大きくなったときのことをあれこれ想像しているのが至福の時間なんですよね。
自分軸から他人軸へ。少し先の未来へ思いを馳せて
——村上さんはこれまで、サッカーのプロサポーターに関することやご自身のライフスタイルなど、さまざまな情報発信をされてきたと思いますが、昔からそうだったのでしょうか。
村上さん:情報発信に関しては学生の頃からやっていました。就職活動をしていた当時はまだSNSが存在していない時代で、何千人ものコンサル志望者が登録しているメーリングリストがあったんですよ。僕はその中で、アクセンチュアの面接の様子や内容を、先陣切って発信していたんです。
情報を受け取った人たちから、「あなたの情報のおかげで内定がもらえました」といった嬉しい声ももらって。最近は、他者貢献や社会貢献に力を入れているところなのですが、学生のときのこの経験は、ある意味、現在の活動につながる原点になっていると思います。
——人に役立つ情報を公開するような活動を「他者貢献」と捉えると、サッカー観戦関係でやって来られた発信も含まれそうですね。
村上さん:2014年のブラジルワールドカップでは、無償で現地に下見に行って得た情報をすべて公開して、『ブラジルワールドカップへの行き方』という本にまとめたりしていましたからね。知り合いに限らず、日本代表選手の家族からも「あなたが書いた本のおかげで現地へ行けました」などと感謝の言葉をもらって嬉しかったです。ただの趣味だったものをマネタイズできるのでは、と気づくきっかけにもなりました。
——その気づきが、2018年のロシアワールドカップのプロサポーターとしての活動に生かされているわけですね。
村上さん:そうです。このとき僕は、単に情報を発信するだけではなくて、ロシアワールドカップへ行く300人ものサポーターを集めてコミュニティを作ったんです。コミュニティは無償ではなく、あえて有償の形を取りました。事業化するためだけではなくて、利用者の安心感を高めるために必要なことだと思ったからです。
趣味の領域でお金儲けをすると、いろいろ批判を浴びることもあります。でも、喜んでもらえるサービスを提供し続けるために、そして安心して利用してもらうためには、やはりお金を払って参加してもらうのは必要なことだと僕は考えています。
それに何より、コミュニティの中での出会いや経験を活かして次のステップへ進んでいく人がいるというのは嬉しいですし、お金以上の価値があると思います。
——最近は、IT企業の外部講師などもされているようですが、そのあたりの活動も他者貢献につながってくるのでしょうか。
村上さん:そうですね、講師として教えて、その人たちの成長を見守るというところは、とてもやりがいがあります。30代までは、ひたすら自分の経験を積むためにお金や時間を使っていましたが、今は、プロサポーターにしても、講師業にしても、子育てにしても、自分の活動が自分軸から他人軸へ移行している気がします。
——これからお子さんもどんどん大きくなっていくとともに「半年仕事・半年育児」というライフスタイルもさらに変化していくと思うのですが、今後どのようなことに取り組みたいと考えていますか?
村上さん:自分の好きなこと・得意なことで稼いで生きていくという点では、僕自身、ひとつのロールモデルになるかなと思っています。2017年に『半年だけ働く。』という書籍を出版しているのですが、そういったノウハウを今後もどんどん提供して、同じようなライフスタイルを選ぶ人を増やしていきたいですね。
また、他者貢献や社会貢献を軸に新たな事業をはじめるのもいいなとも考えていて。やりたいこととのバランスを見ながらいろいろ探っていきたいなと。若い頃は今をどう楽しくするかを考えて生きていましたが、最近は少し先の未来を考えながら、次は何をしようかと考えるのが楽しいんですよね。
撮影/小財美香子
取材・文/村上広大、瀬口あやこ
村上アシシ(むらかみあしし)
1977年札幌生まれ。東京理科大学卒業後、外資系コンサルティング会社のアクセンチュアに入社。2006年に個人コンサルタントとして独立以降、半年で1年分稼いで、残りの半年を旅して暮らす「半年仕事・半年旅人」のライフスタイルを確立し、継続している。大企業を中心としたコンサルティングに従事する傍ら、サッカーW杯の出場32カ国を訪問する「世界一蹴の旅」などを遂行。また全国各地で講演会を行い、自由な働き方のヒントを多くの人に与え続けている。著書に『世界一蹴の旅』(共著、双葉社)、『日本代表サポーターを100倍楽しむ方法』(朝日新聞出版)、『半年だけ働く。』(朝日新聞出版)がある。
村上アシシさんのTwitter:https://twitter.com/4JPN
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