クリエイティブディレクターの中村英隆が、電通の新制度「ライフシフトプラットフォーム」を利用して会社を辞めたワケ
IndeedのCMやアサヒ飲料「WONDA」のキャンペーンなどを手がけ、広告業界の第一線で活躍するクリエイティブディレクターの中村英隆さん。実は、約20年務めた大手広告代理店の電通を昨年退社し、今年1月に自身の会社*ASTERISKを立ち上げ、新たなキャリアをスタートしたばかり。そんな中村さんに、電通の新システム「ライフシフトプラットフォーム」を利用して独立した理由から、起業後の働き方や自身への値付けについてまで、根掘り葉掘りお聞きしました。
電通を飛び出し、「1人社長」になった理由
人生100年時代において、60〜65歳以降のセカンドキャリアにいまから不安を抱く人は多いもの。電通が昨年発表した「ライフシフトプラットフォーム」(以下、LSP)は、経験が豊富なミドル世代が、会社や年齢、肩書きなどの枠にとらわれず、長くビジネスにチャレンジし続けられる新たな制度として話題になりました。
LSPを希望する社員は、電通を退社し、個人事業主や法人代表となって、電通が100%出資するニューホライズンコレクティブ合同会社(以下、NH)と最長10年間の業務委託契約を締結。気になる報酬については、電通に務めていた給与から算出された固定報酬が段階的に減少しながら支払われます。一方、個人(もしくは法人)で発生した事業利益はNHに一部還元され、個人(もしくは法人)に分配されるインセンティブ報酬の割合は段階的に上がり、自立を促します。
この制度を利用し、電通を退社したうちの1人が中村さん。昨年夏頃にLSPを知り、もともと会社を辞める気はなかったものの、制度の仕組みに魅力を感じ、たった1カ月ほどで利用を決断したと言います。
「LSPが社内で発表されから検討期間は約2カ月あったのですが、僕が会社からのメールをちゃんと見ていなかったため、〆切の1カ月前に知ったんですよ(笑)。会社は居心地が良かったので退社する気はなかったのですが、仲の良い同期が僕より真剣に検討していて。『お前は会社をやめるのか、やめないのか』と問われ続けるうちに、少しずつ感化されました(笑)。きっかけは受け身な感じでしたが、徐々に真面目に考え、大きな会社に残り続けて定年を迎える人生と、会社を出て起業する人生を自分なりにシミュレーション。人生100年時代、LSPを利用したほうが、現役時代がより長く続いて楽しそうだと思って利用することに決めました。僕もそうですがクリエイティブ職は、現場が好きな種族なんですよ。この先、自分にとっての新しい挑戦が、後者の選択をした方が多くなるということも刺激的で魅力的に思えたので、それも決め手になりました」
今回LSPの対象となったのは、新卒で20年以上勤務、もしくは中途で5年以上勤務した40歳以上で、60歳未満の社員。中村さんは64〜65歳まで務めるとすると、だいたい折りお返しとなるタイミング。会社に在籍すれば、順当に昇格したはずですが……。
「多くの日本の企業は、年功序列や終身雇用を前提としない、若い人たちがもっと活躍できる組織体に変化することを求められています。そこでシニア・ミドル世代が社会でより活躍できるよう、電通の働き方改革の一環としてつくられたのが、LSPだと思うんです。この制度を使えば、経験を積んだ社員が会社の外に出て、新たなビジネスにチャレンジできる。しかも、電通とも良好な関係が続けばWin-Winになりますし、組織の若返りにも貢献する良いシステムだと思うんです。って、電通の広報みたいなこと言っちゃったけど(笑)」
とはいえ、不安な気持ちは「めちゃくちゃありました」と中村さん。
「会社には楽しい仲間や教えを乞うことができる先輩が多く、刺激的で良い環境でした。評価されていなくもなかったですし(笑)。いろいろなイメージがあると思いますが、僕は電通っていい会社だと思うんですよ。そんな電通を辞めることになったら、全部ではないにしろ、たくさんの何かを手放すことになる。自分の周りに当たり前にあったものがなくなっちゃうのは、やっぱり怖かったです」
二児の父でもある中村さんが最終的に退社・起業に踏み切れたのは、奥さんに相談したときの意外な反応だったとか。
「『好きにすればいいんじゃない?』と、意外とあっさりした反応で(笑)。こういう大事な判断は誰かのせいにしてはいけない。そう思い直し、家族のことも含めて自分で考えて決断しました。ちなみに、LSPへの応募に際して、上司に相談しなくてもいいというルールがあったので相談していません。もし引き止められたら決意が揺らいでしまうのでは、とも思っていたこともあって。それで退社を決めて、ものすごく丁寧なメールを書いて報告しました。『驚いた!』って言われましたけどね(笑)」
起業って、意外としんどくない!という気づき
こうして社員を雇わず、「1人社長」として起業することになった中村さん。意外や意外、実務的な煩わしさは少なかったと言います。
「株式会社の設立に必要な手続きは、税理士さんに依頼してほとんどやってもらいました。僕がやったのは資本金と印鑑証明や住民票などの書類を用意して、会社名やロゴを考えたくらい。『ASTERISK』という社名は、大学院時代に仲が良かった3人で組んでいたチーム名なんです。あれから20年以上経ったいま、初心に返るという意味で良いんじゃないかって」
電通時代、長年担当してきた複数のクライアントの仕事はNHを通じて継続。関わるスタッフもいままでと変わらないため、仕事のクオリティもそのまま。さらには自分自身で新規のクライアントを見つけ、仕事を受注できることから、仕事の幅はより広がったそう。そして外に出て改めて電通という企業の大きさを実感することも。
「電通の抱える事業の規模、予算の大きさを思い知りました。電通は国の事業も多く手がけていて、時には何千億規模の仕事もある。こうした莫大な予算の仕事依頼は、いまは100%僕の会社には来ないなって(笑)。また大企業は、年間何十億もの広告費やマーケティング予算のすべてを個人会社には預けませんよね。割と大きな規模・予算の仕事が僕の得意領域でもあったので、必要とされたらNHを通して声がかかるという立場。元の職場を『電通さん』と呼ばないといけなくなりました(笑)」。
課題発見から始まる、クリエイティブディレクション
クリエイティブディレクターは、おもに企業や団体などの商品やサービスを世に広めるためのCMやビジュアルなどの広告、イベントの制作を統括し、たくさんのスタッフを牽引する監督的な役割。ただ、中村さんはそれだけでなく、根本的なところからクライアントに関わる仕事が多いそう。
「僕のクリエイティブディレクションは、企業活動のアップデートや成長に携わり、クリエイティビティを使って方向性を示すこと。企業がイノベーションを起こしたり、新しいサービスをつくったりするときに、中の人たちだけではできないことをクリエーティビティーや経験を元に行います。パーパス、つまり企業の社会的存在意義や目指すところを明確にすることや、さまざまな課題に対してどうアプローチする方法があるか、アウトプットや結果を見据えながらディレクションする。パーパスを設定して言語化し、それを社内に浸透させてアクションを起こし、なるべく早く成功事例をつくる。そうしたお手伝いをしています」
企業の課題を発見し、解決に導くコンサルティング的な関わりをすることから、クライアントからの依頼が殺到する中村さんですが、実は一級建築士の資格を保持しています。一見、建築と広告はかけ離れた業界と思いきや、大学と大学院で建築を学んだ経験がいまの仕事に大きく活かされていると言います。
「電通入社後に勉強して一級建築士の資格を取得しました。広告の仕事の経験を積むうちに、クライアントのニーズをクライアントのお金と、自分のクリエイティビティをつかって最適解を出すという広告の構造が、建築とすごく似ていることに気づきました。僕のいた大学の建築学科では、ある土地を提示され、そこの有効活用をゼロから考えなさいという課題が多かったんです。その土地の歴史や背景を調べて、どういう機能をつくれば地域社会にとって最適なのかをひたすら考えさせられる。課題を自分で見つけ、解決するというこの時の訓練がいまの仕事の役に立っています」
現在の広告業界はソリューション業が主流。クライアントが把握している課題のほか、誰も気づいていない潜在的な課題への問いかけが必要だと中村さん。
「会社によっては1〜2時間話すだけで、課題が10個発見できたりします。それは電通で培った経験のおかげですね。電通にいた20年で100社くらいの案件を担当したんですよ。それもあらゆる業種で最先端のトライをしているクライアントと、割りと深く関わりながら。そんな経験を経ることで、1つの業界に長くいる人には見えない課題が見えるようになるんです。その業界では当たり前だと思っていたことが、別の業界では当たり前ではないし、新しい方法論を提示できる。自分が見聞きした経験をもとに、『こういう挑戦をしてみたらいかがですか』とクライアントに促してイノベーションにつなげます」
苦手な値付けを通して考える、Win-Winの報酬システムとは?
起業して初めて、自ら見積もりを作成し提出するといった業務を経験。自身の仕事に対する値付けは「めちゃめちゃ苦手」と苦笑します。
「お金の交渉をすると安請け合いしてしまうんですよ、性格的に。クライアントがスタートアップだと『いいっすよ、いくらでも』と言ってしまったり……。だから僕の代わりにお金の交渉を担ってくれるプロデューサーがほしいですね。いまは、プロジェクトに対してフィーをいただく以外に、年または月単位でクライアントと契約する場合もあります。あるクライアントの場合は、社長を含めた数人のメンバーで月に1回、壁打ちミーティング行って、それに対するフィーをいただいています」
自身とクライアントでWin-Winの関係を構築するためには、従来の報酬システムに固執せず、クライアントのステータスや案件の内容によって、報酬システムを変える必要があると感じているそう。
「たとえば、今後の成長が期待できるベンチャー企業がクライアントなら、フィーの代わりにストックオプションをいくらかいただくとか。また、サービスやアプリを開発するのであればレベニューシェアをして、販売後に売り上げのいくらかを支払ってもらうのも1つの選択肢ですよね。面白いものをつくるのは大前提として、僕はクライアントの成長にもコミットしたい。だから、企業が成長したら利益のいくらかをいただくという成功報酬のほうが合っていると感じています。そのほうがお互いに得しかないのではと。
クリエイターに対する値付けに関しては、電通はあまり上手ではないと思っていて。だから、僕自身がLSPを利用して、値付けに成功したという事例をつくりたい。電通から外に出たほうがそうした事例をつくりやすいし、起業したいま、自分の値付けを怠ると生活していけないという切迫感がありますからね。電通では『このプロジェクトはメディアで利益がでているから、クリエーティブチームの利益はそこまで追求しない』ということがたまにあったのですが、組織から独立した個人や法人のフィーが発生するというのは明白なので、クライアントにも請求しやすくなりますよね。クライアントも僕らもWin-Winになるような報酬のシステムを考えなければと思っています」
地方の中小企業から広告出稿費がトップクラスの大企業まで、中村さんが手がける案件の予算はさまざま。相手がどんな規模の会社でも共通しているのは、「自分がその会社の社長だったらまず何をするか、という視点で考えること」だと言います。
「クライアントの課題を発見して、解決するべきことの優先順位を決めます。もしCMをつくりたいというオファーであっても、その企業がCMをつくるステージでないなら別の案を提示します。何億も使ってCMを打って知名度を上げたところで、現状の10倍の問い合わせがきて処理できる体制がなければ、無駄になってしまいます。その場合、生産性をあげるなど組織を強くする方が優先順位が先ですよね。また、広範囲に告知するよりも、確度の高いお客さんに注目されるほうが良いと判断したら、効率良くメディアに取り上げてもらうための方法を提案します」
一流を目指すなら「挑戦を楽しむマインドセット」を持て!
国内最大級の広告賞である「ACCゴールド」をはじめ、数々の受賞歴を持つ中村さんですが、当初は「電通の社員でなくなったら、仕事の依頼はないんじゃないか」という不安もあったそう。しかし、独立して3カ月後には「意外と何とかなる」という手応えが。
「クライアントはお金持ちな企業ばかりではなくなりますが、その代わりさまざまなベンチャー企業と仕事することがいまは楽しいです。LSPを利用しようか迷っている電通の人には、『何とかなるから挑戦してみれば』と言いたい。外に出てみると、電通では当たり前だった基本動作が、世の中にでた瞬間に価値になると実感できます。さまざまな業種のクライアントを多岐に渡って経験している人なら、客観的な視点やマーケティングのアドバイスが各所で重宝されると思いますよ。もしうまくいかなかったら、もう一度電通を受けたら入れるかも(笑)」
「失敗を恐れずに、挑戦を楽しむ」というマインドセットをつくり上げ、斬新な発想で多くの作品を世に生み出してきた中村さん。いま、クリエイティブディレクターを目指す人に対し「挑戦は裏切らないから、何でも挑戦してほしい」とエールを送ります。
「たくさん挑戦して、失敗すればいいんじゃないかと。失敗は学ぶことがすごく多いので。とはいえ、何か1つを突き詰めないと中途半端になってしまうので、1つの分野を深掘りしながら、横の広がりも持った、バランスの良い『T型』を目指すといいと思います。僕は性格的に飽きっぽいので、とにかく新しいことに挑戦する瞬間が一番ワクワクするし、知らなかった業界についてゼロから勉強するときは毎回めちゃくちゃ楽しんでますよ」
中村英隆(なかむら ひでたか)
Twitter:https://twitter.com/nakamuman
撮影/酒井恭伸
取材・文/川端美穂(きいろ舎)
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