LDH×サイバーエージェントの「CL」鈴村唯。アーティストとファンの距離を縮めるためにできること
LDHが誇るエンタテインメント・コンテンツと、話題の動画を楽しめる新しい未来のテレビ「ABEMA」で培ったサイバーエージェントの映像配信技術を掛け合わせた映像配信サービス「CL(シーエル)」。EXILE、三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE、GENERATIONS from EXILE TRIBEなど、LDH所属の人気アーティストのライブ配信やリアルタイムコミュニケーションが楽しめることもあり、国内外のファンを魅了しています。このCLの立ち上げに携わり、コンテンツチームと開発陣の橋渡しをしながら運営の指揮を取るプロダクトオーナーのサイバーエージェント・鈴村唯さんに取材。未経験からPM(プロダクトマネージャー)※に挑戦した経緯や新機能開発の意外なきっかけ、現在はプロダクトオーナーとしてファンファーストで尽力する仕事観について伺いました。
※プロダクトを成長に導く役割を担う、企業の中でも重要な職種。プロダクトに対して責任と最終的な決定権を持つ。
プロダクトオーナーとして「作り手が見せたいものより、ファンが見たいもの」を目指す
——鈴村さんはサイバーエージェント入社当初は営業職だったそうですが、CLのPM(プロダクトマネージャー)として事業に参画することになったきっかけを教えてください。
鈴村さん:2020年8月、サイバーエージェントとLDH JAPANの合弁会社「CyberLDH」からCLをリリースしましたが、CL事業部はその約1年前に立ち上げとなり、私は途中からジョインしました。実は、異動当初はデジタルマーケティング担当だったのですが、立ち上げ期はとくにPMの仕事が求められていたため、自らPMに立候補したんです。
————エンタメ業界を牽引する2社の協業事業のPMともなれば、相当なプレッシャーを感じそうですね。当時はどんな心境だったんですか?
鈴村さん:不安はあまりなかったですね。むしろ、新規事業の成長に貢献したいという思いが大きかったですし、自分のキャリア経験から「営業×PM」という掛け合わせが強みになるとも思っていました。
——PMはプロダクト開発の責任者として、全体の進行管理やメンバーのマネージメントなどを担う仕事かと思います。鈴村さんは未経験からどうやってPMの仕事を習得したんでしょうか?
鈴村さん:一般的に新規事業はメンバーが潤沢でないことが多いんです。CLも例外ではありませんでしたね。1人が担当する仕事の幅は広いですし、PMの仕事をイチから教えてもらえる環境ではなかったので、最初はPM経験者の仕事ぶりを見よう見まねでやってみるという感じでしたね。あとはわからないところは「わからない」と正直に伝え、エンジニアのみなさんにとにかく質問していました。
PMになって「転職並みに仕事の内容が変わった」と思いましたが、リリースの時期はすでに決まっているので、「もう、やるしかない」と自分を奮い立たせてました。
——メンバーの人数も少ないなか、初挑戦のPMとしてどういう想いでCLの開発を進めたんですか?
鈴村さん:CLは共同事業なので、エンタメの第一線で活躍されているLDHのみなさんと、アプリやサービス作り全般に長けたサイバーエージェントのエンジニアの意見をそれぞれ聞きながら、ベストな開発を進めることがPMの役割。いかにファンの方に喜んでもらえるサービスを提供できるかを考え、LDHとサイバーエージェント、それぞれが大事にしたいことを取り入れながら開発を進めました。
——あらゆる立場の人たちの意見を取りまとめるのは、なかなか大変だったのでは?
鈴村さん:ふふふ(笑)。ただ、CLはHIROさん(LDH JAPANの創業者・会長)と弊社の藤田(晋さん/サイバーエージェント社長)の会話がきっかけで始まった注力事業として、熱量高く意見を出し合えたことがよかったです。だから、その熱量をそのままプロダクトに生かせるよう心がけました。もちろん、ファンであるユーザーの喜びを一番大切にしながらです。
——ときには、「ファン目線」からズレてしまうこともありそうですよね。
鈴村さん:場合によってはありますね。すべて「ファンファースト」で生まれた意見であることは確かなのですが、CLの開発では「作り手が見せたいものより、ファンが見たいもの」が優先。ファンファーストを常に心がけないと抜け落ちてしまう恐れがあるので、その意識の統一と調整をするのがPMである私の大事な役割だと思っています。
劇団EXILE・町田啓太さんの発言から生まれた新機能
——過去に培った営業スキルが、新規事業の立ち上げやCLの運営に生かされたことはありますか?
鈴村さん:今はPMからプロダクトオーナーになり、CL事業部のメンバー25人のマネージメントをしていますが、かつて営業マネージャーとしてチームを率いて目標を達成するために身につけた「巻き込み力」が、今の仕事にいきていると思います。
また、営業でクライアントとコミュニケーションするために、相手の意図を汲み取るスキルを培ったことも役立ちましたね。LDHの方々とやりとりする際にも、一言感謝を添えたり、言葉の選び方次第で伝わり方が変わると実感しています。とくに協業事業では、共通言語や考え方が少しちがう場面もあるので、一方から聞いた話を咀嚼し、もう一方にわかりやすい言葉を選んでから伝えるようにしています。
——なるほど。通訳的な役割もあるんですね。
鈴村さん:そうですね。LDHとサイバーエージェント、それぞれの考えをプロダクトオーナーである私が“翻訳”し、どの方向性が一番最適であるかを考え、意思決定や情報の共有をしています。
——なかなか話がまとまらないこともありますよね。そんなときの秘策ってあるんでしょうか。
鈴村さん:素直に本心を話すことですね。その場を納めるために言葉を取り繕うと、ますます話がまとまらないことも……。本心を伝えた方が相手に気持ちが伝わりやすいので、建設的な議論ができると思います。
——CLを通してLDHの方々と密に関わることで、新たな気づきはありましたか?
鈴村さん:もう数え切れないくらいありますね。たとえば、ユーザーの意見の反映の仕方。キャス配信(ライブキャスト配信)中に、アーティストとコメントでやりとりするのが楽しいというユーザーの声に気づいたアーティストさんがいらっしゃいました。そういうお話を聞いて、ユーザーが見落とさないよう、アーティストのコメントをより目立つデザインに変更しました。コメントが読みやすくなればアーティスト同士に新たなコミュニケーションが生まれ、さらにユーザーのみなさんが盛り上がるはずというLDHのみなさんのアイデアから生まれた機能なんです。
また、ライブ中にアカウントから1曲だけキャス配信ができる「CL LIVE」があるのですが、これもLDHの方からの発案で実現しました。キャス配信用の自撮り棒をアーティストの方々が自ら持ち、会場中を撮影し生配信するというコンテンツで、コロナ禍でライブに来られない人たちが配信を通じて、参加した気持ちになれるんじゃないかという発想から生まれたんです。推し目線で撮った「推しカメラ」として楽しむ方が多いですね。こういったファンの方が喜ぶような仕掛け作りに常に貪欲なLDHのみなさんの姿勢には、私自身も学ぶことばかりです。
——CLの機能というと、キャス配信中の「リアルタイム字幕機能」が話題になりましたよね。これはどういった機能なんですか?
鈴村さん:リアルタイム字幕機能は、キャス配信者の音声を認識してリアルタイムで変換し、日本語を含む7言語の字幕を自動で表示するもの。エンタテインメントコンテンツ配信プラットフォームでは、国内初の機能なんです。大型機能なので、開発からリリースまでに4カ月ほどかかりました。
——日本初なんですね! どのように開発されたんですか?
鈴村さん:LDHのファンの方々は海外にもたくさんいらっしゃるので、その方たちに向けた機能拡張をしたいという話は以前からCL事業部にありました。そんなとき、「劇団EXILE」の町田啓太さんがキャス配信中に「海外の人たちともコミュニケーションを取りたい」とおっしゃってくださって。リアルタイム字幕機能できてからは、アーティストと全てのユーザーのコミュニケーションが取りやすくなりました。
——アーティストからのアイデアも取り入れているんですね。リアルタイム字幕機能の機能面で工夫した点はありますか?
鈴村さん:いざ開発を進めると、画面にコメントと字幕の両方を共存させるのが難しいことに気づきました。ユーザーがコメントを記入しながら、アーティストのトークの字幕を読むのは無理だなって。そこで、目的によってコメントと字幕を切り替えられるようなUI/UX※にしたところ、読みやすい仕様に改善することができました。
さらに、複数のアーティストによるコラボ配信もできるのですが、字幕にすると誰がどの発言をしているかがわからない。そこで、音声の自動判別によって配信者を特定し、字幕の横に発言したアーティストのアイコンをつけることにしたんです。
※UIはユーザーインターフェイスのことで、サービスやプロダクトの外観のことを指す。一方のUXは、ユーザーエクスペリエンスのこと。システムやサービスなどの利用を通じて、ユーザーが得る体験のことを指す。
——ファンの方の反響はいかがでしたか?
鈴村さん:海外ファンの方々からの反響が大きくて、とても喜んでいただけました。なかには「アーティストのトークを通じて日本語の勉強をしたい」と、あえて日本語字幕を表示して勉強されている方までいらっしゃって。とくにすごく嬉しかったのは、リアルタイム字幕機能が聴覚障害をお持ちの方のお役に立てたこと。私たちは開発当初、そこまで想像が及ばなかったんですけど、SNSのコメントで知り、とても感激しました。
プレッシャーを感じるくらいの事業じゃないと、大きなことは達成できない
——LDHのファンをさらに魅了するために考えていることはありますか?
鈴村さん:CLは、ファンとアーティストを技術の力で結ぶ「FanTechサービス」と銘打っています。今は動画配信コンテンツがメインですが、今後はテクノロジーの力で国内外のファンとアーティストの距離を近づける仕掛けを提供していきたいですね。コアなファンの方々はもちろん、「最近、興味が出てきた」というファンの方にも楽しんでもらえるようなコンテンツも作っていきたいです。
——プロダクトオーナーとして邁進している鈴村さんにとって、仕事とはどんな存在ですか?
鈴村さん:「自分の生活の中心」ですね。見城徹さんと弊社・藤田の共著のタイトルの『憂鬱でなければ、仕事じゃない』(講談社)といった感じで(苦笑)。仕事は苦しいことが9割ですが、1割の感動や達成感がそれ以上に大きく感じられるからまた頑張れる、この繰り返しのように感じています。
——社会人なら誰しも一度は転職を考えたことがあると思いますが、鈴村さんはいかがですか?
鈴村さん:過去担当したプロジェクトの節目のタイミングで、ほかの会社の求人などを見たこともあったんですが、むしろ「サイバーエージェントの文化が好きだな」と気づいたんです。「仕事で青春している人」が多いこの環境は自分にぴったり。事業が多岐に渡るので営業からCLへ転向したように、社内でイチからチャレンジできることがまだまだあると思いましたね。
——ちなみに、鈴村さんが仕事で一番青春したのはいつですか?
鈴村さん:やっぱりCLのリリースの瞬間ですね。グランドオープンしたとき、自分たちが作ったものを実際にファンの方が使ってくれたり、会員数がゼロからどんどん増えていくのを見てすごく感動しました。営業ではそういった経験がなかったので新鮮でしたね。アーティストのみなさんもInstagramのストーリーズなどで告知をたくさんしてくださって。LDHはアーティストもスタッフもチーム一丸となって盛り上げるパワーがすごい!と改めて思いました。その日は1日中、アーティストのみなさんのSNS告知をスクショしまくりました(笑)。
——大反響で、逆にプレッシャーを感じませんでしたか?
鈴村さん:「より一層頑張らないと」と思いました。キャス配信ひとつにしても、LDHのみなさんにとって大事なファンとの交流機会なので、画質が悪い、途中で停止してしまうということはあってはいけない。ファンの方にとっては「この機会を逃したら、次いつ見られるかわからない」ものでもあるので、常に気を引き締めています。「環境が悪かったから仕方がない」という言い訳は許されないと思っています。
——そこまで情熱を注げる仕事を任せられるのは名誉なことですね。
鈴村さん:今回はCLという共同事業にチャレンジできる、またとない機会だったので全身全霊で取り組んでいます。プレッシャーを感じるくらいの事業じゃないと大きなことはできない、と思います。
——ストイックですね……! 社内のみなさんも同じくらい仕事への志が高いのでしょうか?
鈴村さん:もちろん、いろいろなタイプの社員がいますが、前向きに全力で頑張る人が多いですね。私は、「十人十色の女性の働き方を応援する」と掲げた社内の女性横断組織「CAramel(カラメル)」の責任者もしていますが、そこで年齢や職種、生き方がさまざまな女性社員と接点を持っていて思うのは、「いろいろなキャリアの築き方や、考え方があって良い」ということ。この先も多種多様な働き方の人に刺激を受けながら、仕事を楽しんでいきたいですね。
鈴村唯(すずむら ゆい)
CL:https://www.cl-live.com/
撮影/酒井恭伸
取材・文/川端美穂、おかねチップス編集部
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