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新時代の“発明家”で起業家・popIn 程 涛の逆転劇。落ちこぼれが人生を明るく照らせたワケ

新時代の“発明家”で起業家・popIn 程 涛の逆転劇。落ちこぼれが人生を明るく照らせたワケ

国内最大級のネイティブアドネットワーク「popIn Discovery」といったソフトウエア事業だけでなく、世界初の照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」の開発でも成功をおさめるpopIn。2008年にベンチャー企業として創業以来、進化を続け、2015年には中国の検索エンジン大手「百度(バイドゥ)」の日本法人バイドゥ株式会社の子会社に。popIn創業者で中国出身の程 涛(てい とう)さんに取材すると、意外にも順風満帆なエリート街道とは程遠く、2度の受験失敗や資金ショートなど、苦労の連続だったことが明らかに。起業家で“発明家”の程さんから、逆境に負けない極意を教わりました。

大学受験に失敗。日本語学校とバイト、勉強に明け暮れる日々

コンピューターが大好きだった少年時代を振り返る程さん

中国の河南省で生まれた程 涛さん。コンピュータの世界に興味を抱いたのは、1994年。中学生のときに初めて買ってもらったパソコンとの出会いが、現在の仕事に繋がっていきます。

「『プログラミングを勉強するから』と親にねだって。本当はパソコンでゲームがしたかったのですが(笑)。中国のごく一般的な家庭で育ち、公務員である親の給料の数カ月分もするパソコンを買ってもらったんです。さまざまなパーツを自分で組み立てて、メモリはたったの1MB。データをコピーするのに、フロッピーディスクが20枚以上必要なことも(笑)。このとき、コンピュータに魅了され、将来は工学を勉強したいと強く思いました」

18歳で日本に留学するきっかけとなったのは、大学受験不合格という失敗でした。

「地元で一番の進学校に通っていたのですが、北京大学の入試で得意の国語でいい点数が取れず、不合格になりました。日本は志望する大学の入試日程が被らなければ、いくらでも願書を出して受験できますが、中国の大学入試のチャンスは一度きり。しかも、僕のいた河南省は中国でも人口が多いエリアなのに、定員がほかのエリアと一緒だからとくに競争率が激しかった。こうした不平等さに不満を持ちながらも浪人しようと思っていたところ、親戚が日本に留学するツテを紹介してくれて。日本の教育制度はフェアだし、自分にも可能性があると思って来日を決めました

こうして大阪で暮らし始めた程さん。午前中は日本語学校に通い、午後から23時までアルバイトに励み、帰宅すると休む間もなく深夜3時まで日本語や物理化学を勉強する日々を送ります。

「留学にかかった費用は、親が親戚からお金を借りて捻出してくれました。バイトを始めてから、学費や生活費は自分で稼ぐように。日本語がまったくできないときは工場で、少し話せるようになったらラーメン屋やコンビニでバイト。留学生が一般的に経験するバイトはほぼ経験しましたね。毎日新しいことの連続で、忙しいしお金もなかったですが、若さでなんとか乗り切れました」

大学院入試でまた失敗するも、東大大学院で起業のチャンスに恵まれる

大学受験と大学院入試の失敗と、苦難続きの程さんの人生を変えたのは、大好きなコンピューターだった

20歳で東京工業大学に入学。大学で工学の基礎を学ぶだけでなく、帰宅後には独学でプログラミングを習得します。

「この頃、3時前に寝ることはなかったです。毎晩毎晩、WEBの新たな表現を見つけるまでは寝ないという感じ。当時、僕は音やグラフィックで動きをつける『Flash』が大好きで、あらゆるFlash の表現を見つけては、どうやって実現するんだろうと自分で試していましたね。当時から活躍されていたWEBデザイナーの中村勇吾さんは僕にとって神様のような存在。彼が生み出す複雑な表現に驚き、その仕組みを研究していました」

そのまま大学院に進学するつもりが、またもや入試で不合格に……。

「学内で9割は受かると言われていたんですけど。僕は受験に落ちて、落ちての人生なんです(苦笑)。当時の僕の成績を見たら、悪すぎてみなさん笑うと思いますよ。東工大を卒業できるかどうかわからない中、東京大学大学院の冬季入試はまだ間に合うと聞いて。それで数年前に情報理工学系研究科に新設された創造情報学専攻を受験したところ、運よく合格できました。合格発表のとき、東工大の先生が留年の手続きをしている真っ只中だったので、『東大に受かったので留年しません!』と慌てて報告しました(笑)」

popIn の誕生のきっかけは、iPod touchを手に入れたいという思いから?

東大大学院に進学したことが、創業への足掛かりに。アメリカのシリコンバレーで自身が開発したソフトウエアをプレゼンする機会を得て、名立たる大学や企業から高く評価されたのです。

「入学時に自分のアイデアを提出し、認められると必要な資材や機材を提供してもらえるだけでなく、大企業の経験者がメンターとして1年間教育してくれる、技術者育成のためのプログラムがありました。2年目にはシリコンバレーで自分の作ったものをプレゼンできたんです。僕はこのプログラムに参加し、今の『ポップイン』の原型を生み出しました。当時、アメリカでiPhoneが初めて発売されましたが、日本はまだ未発売でiPod touchが売っていた時期。僕はこのiPod touchがほしかったので、機材として提供してもらうためにプログラムのアイデアを考えたんです。動機は実に不純でした(笑)

当時はWEBアプリのみで、「Apple Store」もない時代。当時のiPod touchは文字列のコピペができず、ブラウザで検索する際に一文字ずつ打ち込む必要がありました。程さんはその不便さに着目し、ソフトウェア開発を思いつきます。

「ページ内のコピーや翻訳、検索が簡単にできるよう、『JavaScript』を作成。iPod touchの小さな画面でも見やすいよう、インターフェースにインサートして検索結果を表示できることから、『ポップイン』と名づけました。スタンフォードとUCバークレーの2校、マイクロソフトと現在のサン・マイクロシステムズの2社に苦手な英語で何とかプレゼンし、十数個のプロジェクトのなかで最も高い評価をいただきました」

この経験で自信をつけ、起業を志す程さん。自ら調べてみると、東大の中に「UTEC」(東京大学エッジキャピタルパートナーズ)というベンチャー企業の投資会社と「TLO」(技術移転機関)という特許の管理組織があるとわかりました。

「先生に相談すると、 UTECとTLOを研究室に呼んでくださり、プレゼンできることになったんです。『ポップイン』は双方から評価をいただき、東大へ特許を譲渡して、投資を受けるために会社の設立をすすめられました。そうして2008年7月、『popIn』を創業。東大の産学連携のシステムやあらゆるリソースをフルに使ったおかげで実現できたのだと思います」

売り上げゼロに資金ショート……。とにかく節約して乗り切った3年間

「失敗だらけの人生です」と程さん

在学中、ビジネスの経験も知識もないまま起業。事業計画書を書くのに四苦八苦しましたが、「本当に大変なのはその後でした」と程さん。黒字化に約3年かかり、その間キャッシュは出て行く一方だったと言います。

最初の2年は売り上げがゼロでした。今はありえないことですが、ソフトウェアの研究や開発に関して、当時はユーザー数だけ見ればいい、それ以外のKPI(重要業績評価指標。目標達成において、達成度合いを評価する指標のこと)はなかった。なぜなら、Facebookが躍進し、広告費を稼ぐよりもユーザー数を増やすことが重視されていたからです。しかし、さまざまなプロダクトを作ってもダウンロード数が全然伸びず、うまくいかなかった。これでは立ち行かないと、広告収入で稼ぐビジネスにシフトしました」

2009年末に初めて広告でマネタイズできるサービスを生み出し、ようやく月1万円の収益に。その後、toCからtoBのメディアに対するソリューションを展開。2011年3月には初めて黒字化する見込みでした。そんな矢先、東日本大震災が発生します。

「3月から大手新聞社にサービスを導入することが決定していました。しかし、震災で導入が延期になり、初めて資金ショート。僕はその後4カ月間休まず、死に物狂いで働いて、何とか黒字になりました

苦労の多い3年間で役に立ったのは、大学生の頃に10社ものベンチャー企業で、プログラマーとしてバイトしていたときの経験でした。

「僕から見て成功したと言えるのは、10社中たった1社でした。その1社とは、現在フリークアウト・ホールディングスの社長である本田謙さんが当時創業した『ブレイナー』。起業後3年ほどで『ヤフー』に買収されたんです。ポップインはシンプルで簡単な検索インターフェースなので、それを主軸に会社を上場させるというイメージはなく、M&Aを志望していたので、本田さんのビジネスは理想的でした。そこで、僕が起業したときにちょうど本田さんがヤフーを辞められたので、『うちの社外取締役になっていただけませんか』とお願いしました。広告ビジネスが成功したのは、本田さんの適切なアドバイスのおかげです」

「黒字化までの道のりは長かったです」と程さん

成功する会社と失敗する会社の差は何なのか、目を向けていた程さん。無駄な出費を抑えることが大事だと気づき、黒字化まで節約を徹底します。

多くの人を採用し、ものを買って、サービスを使って……と無駄遣いをして失敗したベンチャー企業をたくさん見て、自分は絶対に無駄遣いはしないと決めました。人材に関しては、『Google』と同レベルの人がほしいけど、高額の給料は払えない。だから、東工大や東大の先輩・後輩で腕がいい人に声をかけ、バイトとして働いていただける10人ほどで最高のエンジニアチームを結成。家賃やサーバー代や、人件費など、毎月のキャッシュアウトは150万円ほどに抑え、3年間ひたすら開発を続けました。

創業時に4000万円の投資をいただいたときに、僕が書いたプログラムは約50行。1行80万円ほどの価値を生んだことになりますが、2008年の世界金融危機もあって、追加投資はしばらく受けられなかった。その後、一度だけ追加投資をいただきましたが、実際にはトータルで6000万円しか投資を受けていないんです」

当時の営業スタイルは、なんとテレアポ。パートナー会社がテレアポを取って、程さんが営業を行い、大手新聞社やWEBメディアなど約50社ほぼすべてで導入が決まったと言います。その成功の秘訣は、「相手にノーと言わせないために入念な準備をすること」。

「もう後がない。営業に失敗したら生きていけませんから、あらゆる工夫を考えました。まず、紙の書類は使わないこと。代わりにクライアント用のデモを作成し、PDFの資料を渡します。こうすると、社内でデモを試して、メール添付でPDF資料をみんなで閲覧できるから話が早い。訪問先の担当者が社内で説明しやすい仕組みにしたんです。準備に時間はかかりますが、僕の場合はトークよりも確実。あとは『導入は無料。いま以上の広告収益が見込めるから、その収益をレベニューシェアしましょう。まずはお試しを』といった作戦です」

ハードウェア業界に初参入。日本と中国を奔走し、販売10万台突破で大成功!

2015年、popInはBaidu Japanと経営統合することに

2013年末、日本でネイティブ広告が導入されると聞き、早速開発に着手。2014年2月、いち早く国内でサービスをリリースしたことで、popInは急成長。2015年5月にBaidu Japanと経営統合が実現します。

「買収交渉は他にも1社あったのですが、Baidu Japanに決めた理由は、3つのやりたいことを実現できると思ったからです。1つ目は海外展開。2つ目は、AI技術を使うこと。Baiduは世界的にトップクラスの技術を持っていますから。最後は僕のプログラミングを中国で利用してもらうことでした。経営統合後、台湾オフィスと韓国支社を設立し、これらを達成することができました」

「popIn Aladdin」の制作を実現するため、程さんはプロジェクターを改造し自ら試作を重ねた

2018年11月には、照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」を発売。アイデアを思いついたのは、家で3人の子どもとくつろいでいるときでした。

「子ども3人、妻、自分が1つのリビングにいながら、それぞれ違う端末でYouTubeなどのコンテンツを見ていることに違和感を覚えて。スマホなどの進化によって、家族の団らんが減っているんじゃないかと思ったんです。そんなとき、子どもの教育用に壁に貼ったひらがなのポスターと世界地図が目に入って、『これだ!』と(笑)。あれってずっと存在しているのに、必要なときだけ見て、必要ないときは見なくていいですよね。スマホと違って、常にフォーカスする必要がない情報って存在するんだ、という発見でした。それで、学習ポスターからYouTubeや映画まで、家族みんなが気軽に楽しめるプロジェクターを作りたいと思ったんです」

popIn Aladdinは、時計や窓からの景色、その日の月の満ち欠けなどを投影し、インテリアのように使うこともできる
家庭の引掛シーリングに装着可能

天井にあるシーリングライト用の電源プラグに、簡単に取り付けられる画期的なプロジェクターを考案。試作品を作っては、子どもや妻、母親に対して使い心地を検証し、3歳から60歳までお墨付きをもらい、商品化に踏み出します。しかし、ハードウェア業界への初参入は想像以上に大変でした。

「パソコンの製造販売で有名な『バイオ』を友人に紹介してもらい、受託生産を依頼しましたが、断られました。僕がハードウェア未経験なので、当然ですよね。その後、4回訪問して説得すると、『未経験だから2年はかかる。早く作るには、プロジェクターの既製品が必要』と言われました。そこで、Baiduの力を使って中国ナンバーワンのメーカーを見つけ、製造を依頼。『バイオ』には、最初の設計と最後の組み立てを担ってもらい、日本のクオリティーと中国のスピード、この両方を担保した商品を実現。最終的には、日本と中国にある6つの都市で7つのチームによるプロジェクトに。人生初のハードウェア開発で、こんなに複雑でいいのかっていう(笑)。幸いなことに、どの会社も優秀なPM(プロジェクトマネージャー)をつけてくださり、『あなたが求めているものは十分理解しているから、アイデアを提案してくれるだけでいい』と。自分が本当にほしいものを提案すれば、各社のPMとバイオの方々が担保してくれるといういい仕組みのなかで商品開発ができました」

popIn Aladdin はクラウドファンディングで投資額1億円を達成。2020年5月、「popIn Aladdin 2」を発表すると、シリーズ累計の販売台数は10万台を突破。この成功の秘訣について、「自分のニーズを100%満たす商品を作ったから」と程さんは断言します。

「僕は開発時に、アンケートによるユーザー調査をしません。アンケートの質問の解釈は人それぞれで、本音を聞き出すのが難しく、本当のニーズは探れないと思うから。僕が世界中で唯一調査するのは、自分自身。100%の本音がわかりますからね。自分が使いたければイエス、使いたくなければノー。これを繰り返せば、理想のプロダクトは完成する。ものづくりの一番の近道は、自分が満足することなんです

「魔法のランプのように、いつでも魔法の体験ができることからpopIn Aladdinと名づけました」と程さん。少年のようなキラキラした瞳で、使い方をレクチャーしてくれるのが印象的だった

程 涛(てい とう)

1982年中国・河南省生まれ。高校卒業後、18歳で日本に留学。東京工業大学卒。東京大学大学院情報理工学系研究科創造情報学専攻、修士課程修了。大学院在学中に、大企業の技術者がメンターとなって創造的技術者を育成するプログラム「実践工房」を通して、「ポップイン」という新しいサービスを発明し、特許を取得。2008年、東大のベンチャー向け投資ファンド「東京大学エッジキャピタル(UTEC)」の制度を利用して、popInを創業し、「ネイティブ広告」「READ」の2つのサービスを開発。2015年、中国の検索エンジン大手「百度(バイドゥ)」の日本法人バイドゥ株式会社と経営統合。2017年、プロジェクター、Bluetoothスピーカー、シーリングライトを一体化した「popIn Aladdin」を開発。2020年5月には「popIn Aladdin 2」を発表し、シリーズ累計販売台数10万台を突破。
 
popIn:https://www.popin.cc/

撮影/武石早代
取材・文/川端美穂(きいろ舎)

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