エイベックス クリエイター&事業開発管掌役員 加藤信介がART事業「MEET YOUR ART」を始動した3つの理由
2020年12月、エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社(旧:エイベックス・ビジネス・ディベロップメント株式会社)はアート事業「MEET YOUR ART」を始動させた。同事業は「アートと出会う」をコンセプトとし、森山未來がMCを務めるYouTubeチャンネルや番組内で取り上げた作家の作品を購入することができるオンラインショップを展開。また、2022年5月には『MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 ‘New Soil’』を開催するなど、オンライン、オフラインの両面からアートマーケットを盛り上げようとしている。
音楽業界で確固たる地位を築いたエイベックスがなぜアートを?エイベックス・クリエイター・エージェンシー代表取締役社長の加藤信介さんに聞きました。
新規事業担当者がいない。なら、自分がやる。
――最初に加藤さんのこれまでのキャリアをお伺いできますか?
2004年にエイベックスに新卒入社したあと、最初は札幌でタワーレコードや玉光堂などのCDショップへの営業をしていました。2年目で本社に戻ってからは、セールスプロモーションの部署で、販促の業務を6年間担当。そして、2011年にはエイベックス・マネジメントに異動になり、しばらくアーティストのマネジメント組織をまとめていました。
コーポレートサイドの業務に就くようになったのは、2016年の夏からです。社長室の責任者を任されることになり、当時、代表取締役社長CEOだった創業者の松浦勝人とともに、会社の構造改革を併走することになりました。改革が終わり新体制でリスタートした2017年1月に、グループ役員に就任しました。
――入社12年で役員就任はスピード出世ですよね。役員になられてからは、どのような業務を担当されていたのでしょうか。
役員として最初に求められたのは、新しい企業風土を設計していくことでした。未来を見据えてどのように若手スタッフを抜擢し、ローテーションさせていくか、どんな人事制度を導入するかなど、「守り」ではなく「攻め」の人事として動く必要があったんです。そこから2年ほど会社の中の若手をエンパワーメントしたり、ボトムアップでチャレンジできる環境を作るために動きましたね。ただ、そこで一つ課題があって。
――「課題」ですか?
近年は人気者もコンテンツも多様化しています。その中で、総合エンタメ企業であるエイベックスとしては、母体となる音楽事業以外にも新しい価値観やテクノロジーに併せて、IPや事業の幅を広げていかなければならないという強い思いが松浦の中にあったんです。それがボトムアップでチャレンジできる環境を作りたいなどの組織や人材戦略と直結していて。
当時のエイベックスには「発掘した新人をヒットアーティストにしたい」と考えている人はたくさんいるし、それを可能にする蓄積されたノウハウがあった。しかし、事業開発や新しいテクノロジーやスキームを使ったIPの開発となると、そのノウハウだけではイノベーションを起こせない。でも当時の社内には事業開発の専門組織や、事業開発でPDCAを回した経験のある人があまりいませんでした。そんな中で、やれボトムアップだ、若手のエンパワーメントだと会社側の視点で言っても、実際に行動に移す人がいなければ腹落ちしませんよね。社内の風土を変えていくためには新しいファクトを生む必要があるし、そのキッカケを作らなくてはいけない。だからこそ、まず僕自身がその役割を担うべきなんじゃないかと思い、2018年にビジネスディベロップメントの専門部署を立ち上げたんです。
――それが、現在代表を務めるエイベックス・クリエイター・エージェンシーの前身になるんですか?
加藤さん:そうですね。ある程度事業の数が増えてきたタイミングで、部署として続けるよりも会社化したほうが分かりやすく、責任範囲も明確になると考え、それまで作ってきた事業を内包する形で2020年に法人化しました。
新参者だからこそ、唯一無二のポジションが得られる
――2020年12月には、アート専門番組「MEET YOUR ART」を立ち上げられていますが、事業の軸として「ART」を選んだ理由を教えてください。
加藤さん:まず、エイベックスは企業理念の中に「人が持つ無限のクリエイティビティを信じ、多様な才能とともに世界に感動を届ける。」と掲げていて、クリエイティビティや多様な才能、世界に発信できるコンテンツを語る上で、アートはその最たるものだと考えます。
さらに、アートは音楽と隣接する領域で、CDやアナログレコードのアートワークに、アンディ・ウォーホルやバスキアなど現代アートの作品が用いられるように、音楽とアートは深くつながっている。
だから事業開発において、アートを選択することは自然でした。
――アート領域のビジネスは、マネタイズしづらいイメージがあります。市場の状況を踏まえて、どのような戦略を描いていたのでしょうか。
アート業界の市場規模は現状だとグローバルが7兆円で、日本が2200億。現代アートだけの市場規模だと、日本では700億くらいのまだ小さい市場です。しかし、ここ最近アーリーアダプターや富裕層がアートに興味を持ち、確実に参入し始めていて、さらにNFTの文脈も足し合わされて大きなムーブメントを感じています。
2030年に向けた東京都の文化戦略や国の構想の中でも、アートは非常に需要な領域に位置付けられています。
ビジネス面で見るとアート業界って歴史の長いものなので、僕らのような異業種のプレーヤーが入りにくいのは事実です。でも、成長の可能性とエイベックスの他事業とのシナジーは感じていたし、チャレンジする価値は大いにあるんじゃないかと。ただ、立ち上げ当初の戦略はある程度立てていましたが、目指していたポジションに到着するための道筋は実際にやってみてわかったことが多かったですね。
――立ち上げ当初にどういったポジションを目指していったのですか?
僕たちのような新参者は、まず僕たちならではのやり方で現在のアート業界にきちんと貢献する目線を持たないと、シーンの「真ん中」には行けないと考えました。だからこそ「MEET YOUR ART」というメディアを立ち上げて、アート業界で真摯に活動する人を紹介することで、アート業界に対する価値貢献とMEET YOUR ARTとしての信頼を築き、その後そこにエイベックスの強みを掛け算すると、唯一無二のプレイヤーになれると思ったんです。
アート業界って音楽業界にすごく似ているんですよ。どちらの業界もアップデートしないといけないものがたくさんありますが、今まで続いてきたことも素晴らしい。だから既存のものをリスペクトした上で、皆さんにとって必要なイノベーションを起こしていけたら、業界全体、そして市場としてもブレイクするだろうと考えました。
――「MEET YOUR ART」立ち上げにあたって、最も難しさを感じたところはどこでしょうか?
やりたいことは最初からたくさんありましたが、事業開発のチームなのでそもそもコアメンバーが数人しかいなくて。さらに未開の領域だったので、まず何を優先して最初の一歩を踏み出して、どのタイミングで次の1手を打っていくか、この辺りのプライオリティや時系列の解像度を上げるのに苦労しましたね。
――「MEET YOUR ART」で、エイベックスにとって素地がないところを耕しているんですね。
そうですね。僕らのノウハウを活用すれば100%できるというわけじゃないので、生かせるところと0から考えるべきところの両方が存在しました。
「作家・アーティストが食べていけるマーケット」を作りたい
――「MEET YOUR ART」では、若手作家も積極的に取り上げている印象があります。先ほどおっしゃっていた、「若手のエンパワーメント」という思いも反映されているのでしょうか?
アート業界って若手作家が発信できるメディアやイベントが少ないんです。音楽業界だったら、SpotifyやApple Musicのようなサブスクサービスや音楽系メディア、全国各地のライブハウスやフェスが存在するから、若手アーティストでも発表の場は確保されていますが、アートの領域にはあまりそういう機会がありません。
毎年たくさんの優秀な作家が輩出されているのに、活用できるプロモーションツールがあまりにも少ないし、さらに作家自身は本業である作品制作に時間を使わないといけない。そうすると、なかなか自分たちの活動内容が世の中に伝わらず、作品も売れない。本業で食べていくことができなくて、バイトをしながら続けるか、やめるかという選択を迫られることになります。そういった状況を見て、才能のある人がアートだけでご飯を食べていける環境にしたいという思いはありましたね。なのでまずYouTubeとECサイトを通して彼らがどんなものを作っているか、どんなコンセプトを持っているのかをちゃんと掘り下げたかったんです。
――今年5月には「MEET YOUR ART」初のリアルイベント『MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 ‘New Soil’』が開催されました。イベントの開催は、立ち上げ当初から予定されていたんですか?
はい、最初から想定していました。ただ、既存のアートフェアと同じことをやっても僕らがやる意味がない。お客さんやアーティストからしたら今までと同じフォーマットの新興アートフェアに参加するメリットは少ないし、何より僕らがやるべきイベントじゃないとも思ったんです。だから、アートを中心に音楽やファッション、ライフスタイルなどのコンテンツを含んだ総合型のアートフェスティバルにして、自然にアートに触れられるような回遊型のイベントを作ることにしました。
――社内や、周りの方からの反応はいかがでしたか?
イベントに出展してくださった作家やギャラリーの方々からは、「今までとは違う人との出会いがあった」と言っていただけました。音楽もファッションも好きで、その延長線上でアートにも興味があったけど今まで触れてこなかった……という人と接点を生み出せたのは、エイベックスだからこそ生み出せた価値だと自負しています。
社内や取引先の人たちからは「エイベックスっぽいイベントだね」という言葉をもらいました。実はアートを中心に隣で音楽ライブやファッションの展示を開催するのって、海外では当たり前なんですよ。でも日本ではなかなか無かった。このやり方はYouTubeでアートメディアを1年半継続してきた経験と元々保有しているライブやフェスのノウハウの掛け算であり、エイベックスだからこそ出来たんだろうと言ってもらえたんです。
――今後の「MEET YOUR ART」ではイベントでの収益以外に、どのようなマネタイズポイントを考えられていますか?
『MEET YOUR ART FESTIVAL』が終わってから、YouTubeチャンネルや次回のフェスティバルに関しての企業サポーターのお問い合わせが増えたので、そこは今後の基盤の一つです。
また、アートイベントとしては異例の3万人という動員が実現できて、多くの方に新たにアートに触れる機会を提供できたことは、都や省庁からも前向きな反応をいただいています。
加えて今回、アートのフェスティバルをミックスカルチャーで実施したことって結構異質なことだったと思うんです。
でも、業界内外から前向きに受け入れていただけた事に非常に大きな可能性を感じていて、チャレンジングなイベントのアイデアが他にも浮かんでいます。
なので、メディアとイベントという軸は変えずにMEET YOUR ARTならではの厚みのある事業展開ができれば持続可能なアート事業になると考えています。
――「MEET YOUR ART」ではNFTをはじめとしたWeb3領域にも今後進出していくのでしょうか。
中長期的にはあると思います。外から見た時にアート業界は窓口や選択肢が分かりづらいので、ギャラリーや作家の皆さんと日々お付き合いさせて頂いている我々が業界横串のエージェンシー的な立ち位置を担うことができれば、クライアントワークからNFTまで、いろんなもののマッチングに貢献できるだろうと考えています。でも、まずは今動かしていることをしっかり形にするのが先で、横串の貢献や他のものへの転嫁はその先に見えてくることだと思うんです。
――最後にこの先の展望を教えてください。
「MEET YOUR ART」が手がける、YouTubeメディアやミックスカルチャーフェスティバルなどの今までのスタンダードとは異なるアプローチを、いろんな方に楽しんでいただけている事に非常に大きな可能性を感じています。
それも全て、「MEET YOUR ART」ブランドの信頼が基盤にあってこそだと思いますので、今後もYouTubeメディアでもイベントでも、まずはきちんと業界とユーザー両方に貢献できるアートプロジェクトであり続けたいと思ってます。
その上で、時にはエイベックスらしく「こんなことやっちゃうんだ」っていう驚きを付加して、派手にアート業界を盛り上げて、特異性を持つ日本を代表するアートプロジェクトに育てて行きたいと考えています。その後は、デジタルアートの世界や、それまでに培ったIPやブランドを海外に持っていくようなこともやっていきたいですね。
加藤信介
文/石澤萌(souLLC.)
撮影/石橋 優希
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