NexTone 社長・阿南雅浩が挑む。著作権管理“一大勢力”JASRACとのあくなき闘い
戦前から60年以上に渡り、日本の音楽著作権管理事業はJASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)が独占していましたが、2001年の法改正によって自由化。今、唯一の民間企業として、健全な著作権管理市場の形成のために奮闘しているのが、NexTone(ネクストーン)です。今回、代表取締役CEOの阿南雅浩さんに、音楽業界の発展のために行ってきたさまざまな苦労話をインタビュー。テレビやネット、飲食店、カラオケなど、身近な音楽に複雑に絡む著作権とお金の問題について、わかりやすく教えていただきました。
日本に2社しかない。歌詞とメロディの著作権を管理する「音楽著作権管理事業者」
──まずはNexToneの業務内容から教えてください。
阿南雅浩さん(以下、阿南さん):NexToneは大きく分けて2つの業務を行っています。1つは、デジタル技術を駆使し、著作物や音楽コンテンツを“管理”する音楽著作権管理事業者としての業務。さらに、“利用促進”を融合させたキャスティング事業やデジタルコンテンツディストリビューション業務(以下、DD業務)を複合的に行っています。
──音楽著作権管理事業者とはあまり聞き慣れない言葉ですが、なぜ音楽業界に必要なんでしょうか?
阿南さん:テレビやインターネット、CD、カラオケなど、音楽の利用方法は細分化・複雑化しています。そうしたなか、作詞家・作曲家といった著作権者が自ら全ての利用者と交渉して、著作権使用料を受領することは極めて困難です。そのため、私たち著作権管理事業者が、著作権者に代わって音楽作品の管理を行っています。音楽著作権管理事業者は国内において、JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)とNexToneの2社だけ。民間は当社のみとなります。
──えっ、2社しかないんですか。それは驚きです……。
阿南さん:音楽著作権市場の規模は大きく、その使用料徴収額は年間1,250億円(2021年度)。NexToneのシェアは約7%の84.8億円、残りはJASRACのシェアとなります。JASRACは国策の一環として、1939年に仲介業務法※の制定と共に設立。2001年に著作権等管理事業法が施行されるまで60年以上、国内唯一の音楽著作権管理事業者として存在してきました。だから設立23年のNexToneは、シェアにおいてまだまだ大きな差があります。
※著作権に関する仲介業務に関する法律のこと。著作権の仲介業務を行うには、文化庁長官の許可が必要となった
──NexToneは不利な状況下で、23年奮闘してきたわけですね。そもそも、著作権の管理をアーティスト自身ではなく、管理事業者が行うということがまだあまり理解できないのですが……。
阿南さん:実は、音楽業界の人でも著作権管理業務をよくわかっていないという人がいるほど複雑な構造なんです。説明させていただきますので、この図解を見ながら聞いてください。
作詞家が歌詞を、作曲家が曲を書き、楽曲が生まれると、歌詞とメロディの著作権は、慣習により音楽出版社にすべて譲渡されます。音楽出版社は大手レコード会社やプロダクション、放送局などの傘下にあり、譲渡された楽曲がさまざまなシーンで使用されるよう、テレビ局やラジオ局などにプロモーションを行う役割を担っています。そして、音楽出版社は楽曲の著作権の管理を、音楽著作権管理事業者であるJASRACに信託譲渡するかNexToneに委託しています。テレビやネット配信、カラオケなど「楽曲を使いたい」という申し出があると、私たち音楽著作権管理事業者は楽曲の使用料を利用者から徴収し、管理手数料を差し引いて音楽出版社、作詞家・作曲家へと分配します。
──うーん、何とも複雑ですね……。
阿南さん:お米の流通でたとえると、少しわかりやすいかもしれません。
農家(≒作詞家・作曲家)がお米(≒著作権)を農協(≒音楽出版社)に譲渡し、そこから市場(≒音楽著作権管理事業者)で販売され、消費者(≒楽曲利用者)の手に渡るという感じです。
──なるほど! ちなみに、著作権使用料はどれくらい作詞家・作曲家に分配されるのでしょうか?
阿南さん:NexToneではCDやDVDが売れた場合は5%の手数料を、放送やネット利用などは9.5%の手数料をいただいています。その残りを音楽出版社に分配。音楽出版社は使用料の半分、または3分の2を作詞家・作曲家に支払います。
──その音楽出版社と作詞家・作曲家との取り分の割合はどうやって決めるんですか?
阿南さん:音楽出版社と作詞家・作曲家の契約で定められますが、一般的には、新人の作家の場合は半分で、大成すると3分の2になるといわれています。たとえば、1人の新人が作詞・作曲をしたら使用料は25%ずつの計50%、同じく大御所が作詞・作曲をしたら使用料は33%ずつの計66%が分配されるといった仕組みです。作詞家・作曲家が受け取れる分配は、半分か3分の2かの2択しかなく、それ以外は交渉の余地はほぼありません。
──となると、作詞・作曲をしない、歌唱や演奏が専門のアーティストは著作権使用料をもらえないんでしょうか?
阿南さん:その通りです。著作権使用料、いわゆる著作権印税に関してはゼロです。ただし、アーティストやバンドメンバーには、作詞・作曲の有無に関わらず、アーティスト印税が支払われます。アーティスト印税はレコード会社との契約により、CDの売上の1〜3%支払われるのが一般的です。
法改正によってJASRACの独占が終焉。対抗軸・NexToneが登場
──冒頭、日本の音楽著作権管理事業は約60年もの間、JASRACが独占していたというお話がありました。どのようにして民間であるNexToneが、著作権管理事業に参入できたのでしょうか?
阿南さん:2000年に成立し2001年に施行された著作権等管理事業法によって、音楽著作権管理業が民間に開放されたのがきっかけです。デジタル技術の進歩などによって目まぐるしく変わる音楽業界において、一社独占状態が長く続いたため競争原理が働かず、硬直化した管理体制に不満の声が多く上がったのです。しかし、2000年以降、28社もの民間企業が設立されましたが、10年も経たないうちに撤退、倒産、廃業し、残ったのはイーライセンスとジャパン・ライツ・クリアランスの2社だけでした。しかも、2015年時点で各社シェア1%ずつと少なく、JASRACの対抗相手には到底なり得ませんでした。そこで、エイベックスが両社の筆頭株主となって、イーライセンスとジャパン・ライツ・クリアランスを合弁し、2016年にNexToneを設立。もとは敵対していた薩摩藩と長州藩が、徳川幕府を倒すために薩長同盟を組んだような感じです(笑)。当時、エイベックス・ミュージック・パブリッシングの社長だった私が、NexToneの代表取締役CEOを兼務しました。
──阿南さんはNexToneのCEOになり、地盤を築くためにどんなことをやられたのですか?
阿南さん:エイベックス色が強すぎると、業界全体の協力を得られにくくなる。そう考えて、多くの企業から資本を集めつつ、エイベックスの資本を減らしていきました。将来、上場することを約束し、「オーナーシップを持ってぜひ参加してほしい」と呼びかけると、私の古巣であるソニー・ミュージックエンタテインメントやアミューズ、フェイス、さらにはコーエーテクモホールディングス、セガサミーホールディングス、バンダイナムコミュージックライブといったゲーム会社などからも出資を得られました。その後、私はエイベックスを退職し、2020年に東京証券取引所マザーズに上場しました。
──多くの企業から資本を得られたのはなぜでしょうか?
阿南さん:JASRACの管理体制への不満が大きかったからだと思います。JASRACとの契約は「信託契約」といって、作詞家や作曲家、音楽出版社が契約期間中に将来取得するすべての著作権をJASRACに信託譲渡します。この場合、海賊版などが流通した際、著作権者に代わり、JASRACが訴えを起こしてくれるというメリットがあります。
一方、「どういった条件で、いくら徴収するか」といった著作権使用料に関する事柄は、一部の例外を除きJASRACの裁量で決められます。たとえば、一部の例外の条件を除いて、アーティスト(著作権者)が作詞作曲した曲を自ら演奏した場合にも、JASRACに対する著作権使用料が発生するわけです。また、ゲーム音楽の場合、自社発売のゲームに収録されるゲーム音楽にも原則的に使用料が徴収されます。
これまで私は、ソニーで音楽配信などに携わり、エイベックスで法務部や契約部などを管掌するなかで、JASRACの一方的なやり方に不満と憤りを抱えていました。NexTone設立にあたり、アーティストや音楽出版社のなかにも同じ想いの人たちが多いことはわかっていました。
──では、JASRACに対してNexToneならではの強みは何でしょうか?
阿南さん:音楽出版社が自ら著作権を持ったまま、NexToneは委託された音楽著作物を管理するという「管理委託契約」をとっていることです。契約期間は1年で、それ以降、委託条件は変更することが可能です。委託契約なので、音楽出版社の要望によって使用料を減額、もしくは免除するといった融通が効きます。たとえば、プロモーションのために、楽曲を無料配信する場合は使用料の免除ができる。こういった柔軟性の高い契約内容が支持を集め、順調に管理楽曲数を増やしています。2021年から2022年で約6万曲増加しました。
──管理する楽曲数を増やすために、NexToneが行っていることはありますか?
阿南さん:新曲の発売前にレコード会社や音楽出版社にアプローチしたりということもありますね。JASRACもNexToneも、1年ごとに管理委託範囲の変更が可能です。旧譜も年に1回、著作権管理事業者を変更するチャンスがあります。だから、私たちはそこへのアプローチも積極的に行っています。
また、NexToneは、ライブの協賛企業を斡旋したりライブ配信をコーディネートするキャスティング事業、デジタル配信の流通を担うDD業務といった楽曲の利用を促進する独自の強みがあり、これらをきっかけに管理委託につながるケースも増えています。DD業務とは、アーティストの音源や映像といったデジタルコンテンツをお預かりして、YouTube、Apple Music、Spotify、Amazon Musicなど約100社・約500サイトに一斉配信するためのサービス。2019年にはこのDD業務が評価され、Apple社の“Preferred Program Award”を受賞しました。2021年には国内で唯一のYouTube認定推奨配信パートナー企業にも認定されています。もともとは著作権管理業務だけでは経営がままならなかったため“副業的に”始めたのですが、実績を重ね、DD業務の取扱高が著作権管理業務の取扱高に迫る成長を続けております※。
※著作権管理業務;売上=取扱高のうちNexToneの手数料分のみを計上。DD業務;売上=取扱高の全額。
ライブやカラオケ、喫茶店のBGMなど「演奏権使用料」をめぐる闘い
──初の民間参入で数々の苦労があったと思いますが、特に大変だったことは何でしょうか?
阿南さん:最も大変だったのは、JASRACが独占していた「演奏権」の壁を壊すことですね。といっても、まだ苦労は続いているのですが(苦笑)。2001年、著作権等管理事業法の施行時に、民間が参入しやすいように著作権管理が11区分に細分化されました。それまではJASRACが独占管理していたので、区分する必要性がなかったのです。たとえば、「録音権」は、「CDなどへの複製」「ゲームで使用する目的で行う複製」などに細分化され、民間でも区分ごとに著作権者と契約できるようになりました。
しかし、唯一、演奏権だけは細分化されず、コンサート演奏、店舗内BGM、映画館での上映などがすべて含まれるため、民間は立ち入ることができませんでした。使用料のなかで演奏権の割合は、コロナ拡大前は約25%とシェアが高く、JASRACにとって大事な収入源。JASRACが徴収する演奏権には、「喫茶店のマスターが購入したCDを自身の店内でかける」ことや「商店街でクリスマスソングを流す」といったケースも含まれており、JASRACは訴訟を含め厳格な徴収を行っていました。こうしたことが続くと人々は萎縮し、世間は「音楽を使うのをやめよう」となり、音楽文化の衰退につながるのではという危機感がありました。
また、2020年にJASRACが音楽教室に演奏権の使用料を請求したことに対し、約250の音楽教室が原告となってJASRACを相手に訴訟を起こしました※。これに対し、大物ミュージシャンが「無料で使ってほしい」とSNSで発信したことが話題になりましたよね。著作権者の立場や考えによって、受け止め方はさまざまだと思いますが、NexToneが演奏権の管理に参入し、著作権者と利用者、双方の立場を尊重する仕組みを作れば解決できる問題も多いのではないかと考えました。そこで、JASRACの監督官庁である文化庁や公正取引委員会に、独占禁止法で禁止されている優越的地位の濫用に当たるのではないかと陳情しました。その効果かどうかはわかりませんが、2021年に演奏権は「コンサートなどでの演奏」「カラオケ演奏」「映画館での上映」の3区分に細分化されるようになりました。足掛け6年かかって、やっと達成できたのです。
※2022年、最高裁の判決により、音楽教室の先生の演奏には使用料が義務づけられ、生徒の演奏には支払い義務は生じないとなった。
──6年も戦われたのですね。今ではNexToneでも演奏権の管理を行えるのでしょうか?
阿南さん:昨年から、コンサートなどでの演奏、映画館での上映の演奏権管理は行っています。ただ、カラオケ演奏に関しては、参入できていません。なぜかというと、全国に14の支部を持つJASRACは、1980年代からスナックなどを含むカラオケ利用店を一軒一軒周るという人海戦術で使用料を徴収・管理しているから。その数は約18万軒にも及びます。規模や人員数で圧倒的に劣る私たちが、そこに新規参入するのは現状困難なのです。カラオケ利用をするスナックやカラオケボックスなどは、JASRACと「包括契約」を結び、店舗の定員数や床面積によって月額などの使用料を支払います。原則、お店は再生した楽曲の曲目を提出する義務がないため、カラオケで歌われている回数が使用料に反映されておらず、著作権者に正しく使用料が分配されないという問題も招いています。この問題を解決することが、当社の当面の課題です。
──なるほど……。JASRACの壁は高く分厚いわけですね。
阿南さん:振り返ると、前身のイーライセンス時代にも苦労がありました。JASRACが放送局などと結んでいた「包括契約」を「独占禁止法には当たらない」とした※公正取引委員会を相手取り、この審決の取り消しを求めて、イーライセンスは訴訟を起こしたのです。3年後の2015年、最高裁の判決により、イーライセンスの訴えが認められたかたちに。2016年以降、NexToneが管理する楽曲分の使用料を放送局から徴収できるようになりました。
※2008年、公正取引委員会がJASRACに立ち入り調査を行い、翌年に独占禁止法違反を認定し、排除措置を命令。JASRACが公正取引委員会に審判請求を行い、2012年に公正取引委員会は排除命令を取り消す審判を行った。
アーティストの期待に応える健全な市場形成のための3つのアクション
──阿南さんの一大勢力であるJASRACに立ち向かうためのモチベーションは、一体何なのでしょうか?
阿南さん:アーティストサイドの期待や要望に応えるためですね。彼らの要望は、ライブや喫茶店での使用料を免除してほしいなど、演奏権に関することが多いのです。そこでNexToneが演奏権すべてを管理できないと、「演奏権はJASRAC、その他の著作権はNexToneに管理委託する」という分断が生まれてしまい、当社を支持してくださっている著作権者にご不便をかけてしまう場合もある。NexToneはアーティストや著作権者のための著作権エージェントになることを掲げているからこそ、現状では100%期待に応えられないことが心苦しい。「フルコースを用意できないので、デザートを食べたいならJASRACへ行ってください」なんて不作法なことは言いたくありません。そのため、引き続きこの問題の解決に全力で取り組んで参ります。
──では、最後にNexToneの今後のアクションについて教えてください。
阿南さん:健全な著作権管理市場の形成に向けて、10年以内に50%までシェア拡大、徴収額600億円を目標にしています。そのためにやるべきタスクは主に3つあります。
1つは、アイドルの楽曲の管理シェアを獲得すること。2021年の日本のシングル&アルバム年間売上チャートは1〜10位までアイドルグループの楽曲が独占していました。しかし、その中でNexToneが管理する楽曲は1曲もなかったんです。アイドル人気は今後も長く続くことが予想されるため、今まで注力出来ていなかったアイドルの楽曲の営業にも力を入れていきます。
2つ目は、タイアップ曲の著作権の管理を増やすこと。実は、民放キー局のタイアップがついた楽曲の著作権は放送局傘下の音楽出版社に属することが多く、現状、その大半がJASRACと契約を結んでいます。アーティストサイドの意向を踏まえて、さまざまな放送局系音楽出版社に働きかけ、この状況を打破したいと考えています。
そして最後の3つ目は株主であるレコード会社や音楽出版社に所属されているアーティストで、まだ契約に至っていない方に楽曲を預けていただくこと。そのためには管理業務はもちろん、キャスティング事業やDD業務でも強みを磨き上げ、実績を積み重ねていきたいと思います。
この3つのアクションでJASRACの良きライバルになり、健全な市場を形成していきたいと思っています。
阿南雅浩(あなん・まさひろ)
1986年、CBS・ソニーグループ(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社。音楽配信や着うたサービスに携わった後、ミュージック・オン・ティーヴィ取締役を経て、2007年にエイベックス・グループ・ホールディングスに入社。法務部や契約部、国際部、経営企画部などを管掌し、2014年エイベックス・ミュージック・パブリッシング社長に就任。2015年からイーライセンス社長を兼務する。2016年、エイベックスによる資本提供でイーライセンスとジャパン・ライツ・クリアランスを合併し、NexToneを設立。代表取締役CEOに就任。
写真/武石早代
取材/おかねチップス編集部
構成・文/川端美穂
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NexTone 社長・阿南雅浩が挑む。著作権管理“一大勢力”JASRACとのあくなき闘い
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