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ビジネスにはアート思考が必要?CD萩原幸也から学ぶ「アートとの距離の縮め方」

ビジネスにはアート思考が必要?CD萩原幸也から学ぶ「アートとの距離の縮め方」

仕事のマンネリを解消したい、斬新なアイデアを生み出したいというビジネスパーソンには、アート思考が必要だと話すクリエイティブディレクターの萩原幸也さん。大手企業で数々のサービスやブランドのディレクションを行うだけでなく、Twitterで国内外のアートやデザインの事例を紹介し注目を集めています。そんな萩原さん自身が、日々のクリエティブに欠かせないのがアート鑑賞。アートを観ることで、ビジネスにおける課題や問題を見つける力が養われると言います。今回は、アートが苦手、センスも知識もないから……と苦手意識を持つ人が、気軽にアートを親しむ方法を教えていただきました。

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アート思考とは自分の中にある衝動をかたちにすること

ーー萩原さんは企業でクリエイティブディレクターとして働きながら、Twitterで定期的に国内外のアーティストやアート作品、展示などを紹介されていますよね。こうした活動を始めたのはなぜですか?

萩原さん:もともと飲みに行って人と話すのが好きだったのですが、コロナ禍でその機会がなくなってしまって。時間ができたので、以前からTumblrなどで収集していたアーティストの作品をTwitterで発信してみました。そうしたら思いのほかリアクションがあり、定期的に発信するようになったんです。コロナ禍前はフォロワーが1000人もいなかったのですが、今では約8万人になりました。

アート作品を発信している萩原さんのTwitter。8万人以上のフォロワーを持つ(2023年5月時点)

ーーそれほどアートに関心が高い人たちが多いのかもしれませんね。Twitterで発信する際に心がけていることはありますか?

萩原さん:2つあります。1つは自分が行った美術館やギャラリーの展示情報をつぶやくこと。もう1つは、ネットで探した海外のアーティストの作品で自分がいいなと思ったり、もっと知ってほしいと思ったものを紹介しています。Tweetを見た人が先入観を持たないように、最低限の情報だけつぶやくようにしています

萩原さんがおっしゃる通り、アートにまつわるツイートは実にシンプル

ーークリエイティブディレクターとして、アートを見ることがアイデアの源泉になるんでしょうか?

萩原さん:そうですね。僕自身、美大出身ということもあって、ものづくりへの関心は高い方だと思います。ただ、展示を観に行くときは「アートや芸術を見るぞ」という意識はなく、ふらっと見に行っています。Twitterでも「アートを紹介します」「これは芸術です」と言ったことがないんです。

ーーきれいな写真をシェアするような感覚でアートを紹介しているということですか?

萩原さん:きれいというよりは、刺激をうける、おもしろいと感じたものですね。作家の皆様には大変失礼に当たるかもしれませんが、「アートって身近だし、自由だ」と思ってもらえるといいなと。

ーーでも、普段からアートに触れる機会が少ない人は多いですよね。教養が高い人やお金持ちの趣味という感じで、敷居が高いと感じている人も多いと思います。

萩原さん:たしかに、僕はTwitterで「アート」や「芸術」という言葉を使っていないのにも関わらず、「これだから芸術はわからない」といったリアクションが結構来ます。もちろん、教養ですので一定のリテラシーが必要ではありますが、アートや芸術に対して、「よくわからない」「理解が及ばない」と遮断している人は多いという印象です。でも、世の中にたくさんあふれるおもしろいことの1つとして、アートへの敷居を下げてみてほしいなと思っています。

「わからないという理由で、アートを遮断するのはもったいないと思うんです」と萩原さん

ーーアートに触れることで、仕事にいい影響があったりするのでしょうか?

萩原さん:一概には言えませんが、アートに触れると観察力や批判力が養われ、ビジネスにおいて他の人が気づかないような課題や問題に気づけるようになるかと思います。昔は、データを収集してロジカル思考で課題を導き出し、それを解消すればものが売れ、社会が豊かになりました。しかし、経済成長がピークに達してものやサービスがあふれる今、そう簡単には企業活動やビジネスの課題は見えてきません。データの収集やペルソナを用いた分析だけでは、そうそうイノベーションは起こせないですから。これからのビジネスでは、自分の中にある衝動を大事にし、それをかたちにする思考、「アート思考」も大切になってくると思います。客観的・論理的な思考だけでなく、独自の視点や発想を大事にする思考があればきっとイノベーションは起こせる。アップルのスティーブ・ジョブズ氏は『iPhone』でイノベーションを起こしました。自分が信じるものを作るという原動力を大事にし、唯一無二のプロダクトを作ることに成功した。不確かな未来に自らの意思や美意識で道を開く「創造的な思考」が大事だという良い事例です。

――それにも関わらず、日本でアート思考がそこまで広がらないのはなぜですか?

萩原さん:主観的な思いや意見に対し、「それはあなたの意見でしょう」と否定する世の中になってしまったこともありますよね。そもそも日本では「答えは正しいか」「絵はこういうふうに描きなさい」という型にはめた義務教育が主流で、それが創造的思考を育ちににくくしている原因の1つだと思います。ヨーロッパの美術教育では、名画を鑑賞しながら意見を交わすことが普通ですが、日本は「モナリザは良い絵である」と教えることから教え始める。幼い頃から自分なりに考えたり、人と議論する機会が少ないことも原因だと感じています。

「わからなかった」を「つまらなかった」に翻訳しない方がいい

ーー絵を描くのが苦手でセンスもないと感じる人が、アートに親しむにはどうしたらいいのでしょうか?

萩原さん:僕は年間200件くらい展示を見に行っています。年間400以上の展示を見る方もいるので、全然多い方ではないですが。海外旅行へいくような感覚で、美術館やギャラリーを訪れています。海外旅行って、言語や文化の違いといった違和感が多く刺激になるからおもしろい。この違和感をアート鑑賞にも求めています。

ーーそうすると単純に「今話題だからアンディー・ウォーホール展に行っとこ!」だと違和感は得られないですか?

萩原さん:いやいや、そういったきっかけで全然いいと思いますよ。ただ、すべての展示に言えますが、鑑賞後に「わからなかった」と感じても、それを「つまらなかった」に翻訳しない方がいい。わからない作品とわからない自分がそこにあったということを、楽しめるようになったらいいですよね。

萩原さんの思考と言葉は、アートとの距離を縮めてくれる

ーーわからないことは悪いことではないんですね。

萩原さん:そうそう! 海外旅行でも異言語だからと情報をシャットダウンしたら気づきを得られないので、すごくもったいないですよね。アートも一緒で、「自分はこの展示がわからなかったけど、なぜみんなは惹かれるのか?」という疑問から探求することが大事。歴史や文化背景、制作意図を知ると、その作品が生まれた理由がわかり、「なるほど」と感じられる。「わからなかった」で止めちゃうと、この気づきは得られないんです。

ーーアートを見て自分なりに解釈したり、深掘りしたりすることが大事なんですね。

萩原さん:そうですね。すべてのアートを手放しに賞賛するのではなく、「なぜこれが賞賛されているのか」と批判精神を持っているとより楽しめると思います。そういった視点を育てていくと、世の中にあるちょっとした違和感にも気づけるようになります。たとえば、道路にあるわずかな段差に対して、「もしかしたら車椅子の人にとっては危険なんじゃないか」とか。

普通、こういった違和感を見つけるとスムーズに行動できなくなるので、違和感をスルーしがち。でもの違和感が、社会が抱える重要な問題かもしれない。批判精神を持って世の中を観察すると、新しい課題に気づくことができ、さらに解決に向けた行動を起こすことによって世の中がどんどん良くなると思います。

違和感をスルーしなければイノベーションは生まれる

ーー違和感、そして課題に気づくためにもたくさんアートを見た方がいいんですね。

萩原さん:そうですね。クリエイティブディレクターの水野学さんは「知識を蓄積することでセンスは向上する」といったことを著書などで述べています(『センスは知識からはじまる』参考)。ファッションのセンスがいい人は自分で情報を得たり、店舗によく行ったりしている。要はファッションが好きで、その勉強してるからこそ、センスが育つという。生まれつきセンスがあるわけではないんですよね。僕はアートに関しても同じだと思います。

ーー最初はよくわからなくても、アートをたくさん見るうちにセンスが磨かれて理解できるようになるんですね。

萩原さん:たとえば、単純に美しい、かっこいいといった評価が高い作品を無数に浴びるだけでも、自分のセンスや価値観の構築につながるはず。アートの根源的な部分だけでなく、表層的な部分をちゃんと見ることも良い影響になると思います。

「何事も学びがセンスにつながるんです」と萩原さん

ーー気軽に美術館やギャラリーに行ってみたくなりました。

萩原さん:SNSやメディアで見て気になった展示はどんどん行ってみるでもいいと思います。さらに言うと、実は街なかにもアートはあるんですよ。芸術家のヨーゼフ・ボイスは「人間の行う活動は労働あれ、何であれ、すべて芸術であり、すべての人間は芸術家である」という言葉を遺しています。社会のためになることや、社会をより良くするためにしたことは美しく、芸術であると。街中にあるアーティストやデザイナーの作品ではない造形物で言うと、僕は「駅もれ」が好きで、長年写真を撮っているんですけど。

ーー「駅もれ」って何ですか???

萩原さん:駅構内の雨漏りや漏水の対策です。ホースやビニールシートなどを使い、駅の利用者を濡らさないようにした人間の営みにグッとくるんです。アート作品ではないですが、良い体験をしてほしいという気持ちの表れがいいですよね。必ずしも美術館に行かなくても、こういうものに価値を見出して、好きになるのも十分いいと思います。

萩原さんは「駅もれ」の発信も行っている

ーーたくさんのアートを見て広い視野を持っている萩原さんだからこそ、街中の無作為のアートを見つけられるのでは?

萩原さん:ある程度美術館やギャラリーで作品を観て、観察力や批判力を養い、ちゃんと違和感を持てるようになったら、その感覚を街に拡張すればいいだけなんです。そこに存在するモノすべてが人間の所作から生まれているものだから。

ビジネスに繋げると、仕事の現場でもそうで、新規事業でもPowerPointの資料でも工場のライン作業でも、人間による作品があり、そして美意識に対する問題や課題がたくさんあります。でも大概の人は効率化を目指し、その違和感に気づいても気づかないふりをしていますよね。違和感スルーをした方がラクだから。でもちゃんとそこに違和感や課題があると気づければ、イノベーションのタネも見出せると思います。

ーー今日の萩原さんからお話を聞いて、とくに挑戦が必要になる経営者こそアートに親しむことが大切なのではないかと思いました。

萩原さん:そうですね。経営者は日々数字を見て経営判断をするだけでなく、不確かな状況で「ここでピボット(方向転換)しよう」「資金を投入して新製品を作ろう」といった重要な決断をすることが多い。アーティスト的な側面があるので、決断に対する自分なりの美意識や基準を持つことが重要です。そんなとき、アート思考が役に立つと思いますよ。

母校の武蔵野美術大学の客員研究員も務める萩原さん。OB会「校友会」の副会長としても活動する。武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス内のコワーキングスペース「Ma」の開設が6月に、アーティスト・デザイナーを一堂に集めたイベント「アート&デザイン2023 大人の芸術祭」の開催が8月に控えている

萩原 幸也(はぎはら・ゆきや)

クリエイティブディレクター。
1982年山梨県生まれ。2006年、武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業後、(株)リクルートに入社。
リクルートグループのコーポレートサービスのブランディング、マーケティングを担当。
武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員。
武蔵野美術大学大学校友会 副会長。
JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員。
県庁公認山梨大使。
複数企業のブランド/デザインコンサル、「駅もれ」といったプロジェクトも手がける。

撮影/武石早代
取材/おかねチップス編集部
文/川端美穂

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