愛媛県・道後温泉で150年以上続く老舗旅館「大和屋本店」と「大和屋別荘」で経営手腕を振るい、ネットでは“いきなり若旦那”として知られる奥村勇太さん。大学卒業後しばらく家業を継ぐ気はなく、IT起業家を目指していた過去や旅館経営の苦悩、営業やリブランディングによって稼働率を2倍にした実績について、ユーモアを交えながら気さくに語ってくれました!
「マーク・ザッカーバーグになる!」とIT起業家を目指し渡米
はじめまして!
いきなり若旦那こと奥村さんは、家業である愛媛・道後温泉の「大和屋本店」「大和屋別荘」の経営をされているそうですね。
どうもはじめまして。
私は2018年から2020年まで主に大和屋別荘を任され、2020年10月からは大和屋本店の経営もすることになりました。代表である父はすでに経営から退き、女将の母は、「わからないことは任せる」というスタンスなので、入社時から営業、WEBやSNSの運営を含め、経営全般に関わっています。
SNSではよく拝見しているんですが、いきなり若旦那さんの正体が気になってまして。失礼ですが、今っておいくつなんですか?
となると、26歳から老舗旅館を経営されているんですね。家業に入る前は何をされていたんですか?
大学卒業後、帝国ホテルに入社して、営業企画や宴会手配、法人営業などを担当していました。
やっぱり、「家業を継ぐために修行するぞ!」と帝国ホテルに入ったんですか?
いえ、幼少期から家業を継ぐ気は全然なく、単純に「親がやってること=仕事」という考えから近い業種を選択したんです。
私は極めて意識の低い学生だったのですが(笑)、就活で拾ってくれたのが帝国ホテルだったというわけです。
ご本人が旅館を継ぐ気がなくても、親御さんからプレッシャーをかけられることはなかったんですか?
これが1回もないんです。私はいわゆる本家の人間ですが、親戚も数人経営に携わっているので、私にだけがその役目がある訳ではなかった。幼い頃からそれを感じ取り、家業に関しては気楽に考えていました。
なるほど。その後、仕事への意識が変わるきっかけがあったんですか?
私は意識は低いながら映画がめちゃくちゃ好きで。当時観た映画『ソーシャル・ネットワーク』にすごく感化されて、「自分はマーク・ザッカーバーグになってITサービスを作る!」と燃えてたんです(笑)。
それで、MBA(経営学修士)を取得するためにビジネススクールに入学しようと思い立って。IT起業家を目指してプログラミングの勉強もしましたね。今、全く覚えてないんですけど(笑)。
家業の旅館を継ぐためではなく、起業するためにMBAを取ったんですね。
その頃が人生で一番、意識が高かったんですよ。ただ、ビジネススクールでお会いしたある経営者の方から「キミはもう燃えているものがあるのに、なぜわざわざ火を起こそうとするのか?」と言われまして。
つまり、「家業があるのに、起業する必要はあるか?」と。意識ばかりが先行して、特段事業テーマも見えていなかった私にはとても刺さりましたね。とはいえ、それでも起業熱は冷めず、ハーバードビジネススクールでのMBA取得を目指しました。
ハーバード!? それって相当ハードルが高いんじゃないですか?
おっしゃる通り。私のGPA(成績評価値)では入学は不可能でした。それでサンフランシスコの語学学校に進学したんですけど、そこでは西海岸特有の開放的な空気にのまれてしまって……、ふふふ。意識は一気に低くなりました。
ところが、そんなとき大和屋グループの代表だった祖父が他界して。これは神からの思し召しだと自分に言い聞かせ、家業を継ぐことを決めました。
将来子どもができたとしても、旅館は継がせたくない
家業を継ぐことに不安やプレッシャーはなかったんですか? 150年以上の歴史を持つ旅館を自分の代で潰してしまったらと考えはじめたら……。
私は、いつ家業が終わってもいいと思っているんですよ(キッパリ)。
えっ。大和屋本店と大和屋別荘が、潰れてもいいっていうことですか!?
いやいや、もちろん従業員さんに迷惑かけることは絶対にしません。でもたとえば、別の会社に事業を売り、宿を存続させるのは全然アリだと思っているんです。
M&A(事業買収)ってことですよね。経営者の判断としてはアリかもしれませんが、歴史ある老舗旅館ともなると、さすがにご両親から止められるのでは?
両親も「全然ええんちゃう」って言うと思います。なぜなら、旅館業はとてもしんどい仕事だという共通認識があるので。
私は今、旅館業、IT業、あと小規模な広告代理店業という3職種の会社をやっていますが、ダントツでしんどいのは旅館業。もしも将来、結婚して子どもを授かることができたとしても、その子に旅館は絶対継がせたくないんですよ。
具体的に、旅館業のどういうところがしんどいんですか?
辛辣な話になってしまいますが、旅館業ってコストパフォーマンスがかなり低いんです。
今まで出会った年収1,000万円超の会社員の方って、しんどい業務を深夜までこなしてもその分の対価はちゃんと得られる。でも、旅館業って従業員さんにそこまでの対価を支払うこと自体が難しい。だから、旅館側がいくら心を尽くしたサービスをしても、そんなに稼げないんですよ。
現実は相当厳しいんですね。実際に旅館で働いてみて、今まで抱いていたイメージにギャップを感じることはありましたか?
入社して2年間は、大和屋別荘のフロント業務や客室の掃除など、給仕以外の業務は全部経験し、想像以上にしんどいかったですね。アメリカで1年ほど生活した経験から、日本はサービスに対する報酬が極端に低いとも感じました。
昔、牛丼チェーン店でバイトしていましたが、当時時給850円ながらめちゃくちゃいいサービスしてたと思うんです(笑)。アメリカだったらこの倍以上の稼ぎになるでしょうね。文化の違いはあれど、日本はサービスの対価を履き違えていると感じています。その結果、今サービス業が苦境に立たされているんです。
だから、業界全体はもちろん、国単位でサービスの対価について今一度捉え直す必要があると思います。じゃないと、サービス業をやる人が日本にいなくなっちゃいますから。
なるほど。サービスを受ける側にもマインドチェンジが必要なのかもしれませんね。
そうしたサービス業の課題に直面するなか、いきなり若旦那さんは2020年に大和屋グループの役員になられますよね。長く勤めている従業員さんとうまくやっていけているんですか?
うまくやっていけているかどうかはわかりませんが、100人ほどいる従業員とは、しっかりとコミュニケーションを取りたいと思っていて。年に1回必ず全員と1対1の面談をし、お互いの考えや意見を気軽に言い合っています。
3年間サラリーマンをした経験から、いいマネジメントをするには上司からのフィードバックが不可欠だと感じたからです。
経営陣が社員の頑張りを認めたり、やりたいこと・やりたくないことを聞き出さないと、彼らのモチベーションも上がらないし、会社としても成長できない。私は社員から「○○がしたいです」って言われた場合、大金がかからない限りは「失敗を恐れずに、どうぞやってください」と伝えています。
それは頼もしいですね。そんないきなり若旦那さんのように「もっと働いて役員になりたい!」という、情熱的な従業員の方もいらっしゃるんですか?
ほぼいないですね。むしろ、休みたいという人の方が多い。実際、2018年に大和屋別荘に入って半年後、その要望に応えるために、別荘は平日の水曜日を定休日にしました。
最初は、「定休日を作ったら、その分の売り上げが減って困るなぁ」と悩みましたけど、蓋を開けてみたら人件費が減って、売り上げも利益も上がりました。今まで水曜日に来てくださっていたお客さまはほかの平日に来てくださるから、売り上げへの影響もほとんどない。従業員は毎週休みを満喫できるし、いいこと尽くしのように感じています。
OTA各社と契約、WEBサイトのリニューアル、SNS運用で、旅館の稼働率が2倍に!
今さらですが、そもそも大和屋本店と大和屋別荘って、どんな旅館なんですか?
私が入社する前、大和屋別荘は19室の小規模旅館で、どっちかというとアッパー層向けでした。地元・愛媛県松山市出身の正岡子規やゆかりのある夏目漱石の俳句や掛け軸をたくさん飾り、「俳句の宿」がコンセプトだったんです。
一方の大和屋本店は91室の大きな旅館で、屋外に建てた大きな能舞台が特徴。1996年に45億円かけて旅館を建て替え、7億円かけて新たに総檜造りの能舞台を建てました。能楽を大成した観阿弥の書名に基づいて、「風姿花伝」がコンセプトでした。
現代に能舞台を建てられるとは、能楽に相当な思い入れがあるんですね。
そう聞いていますが、当時の代表の道楽だったのでしょうね(苦笑)。
私が入社してすぐ、「今後、このような道楽を続けるのはやめましょう」と役員に話しました。なぜなら、「風姿花伝」というコンセプトって、全国民の1%にも刺さらないじゃないですか。大和屋別荘の「俳句の宿」も同様。愛媛で18年育った私でさえ、俳句を詠まないですからね。それで両館のコンセプトを変えました。
老舗旅館のコンセプトを変えるって、大胆な試みですね……!
まず、大和屋別荘は「泊まれる美術館」というコンセプトに変えました。書筆だけでなく、ほかの日本美術も多数所蔵していますので、それらを飾り、愛でていただけるようにシフトチェンジしました。
大和屋本店は「瀬戸内のいいとこどり」といったコンセプトを実現するために、2年前からリブランディングしている真っ只中です。
マーケティング的なことで言うと、大和屋本店は旅館とホテルの中間のような中途半端な存在だったので、サービスも造りも“ザ・日本旅館”に振り切りました。今では「旅館ならではの雰囲気を味わいたい」という需要に応えられていると実感しています。
いきなり若旦那さんは2年で大和屋別荘の稼働率を2倍にされたと聞きました。ズバリ、その秘訣は何ですか?
私が入社した2018年当時、大和屋別荘に営業という肩書のスタッフは1人もおらず、JTBや日本旅行などのリアルトラベルエージェント(以下、RTA) での集客が50%以上、残りを自社の常連さま、一休や楽天トラベルなど数社のオンライントラベルエージェント(以下、OTA)でまかなっている状況でした。
そこで、私自身が営業マンのようにRTA各社を周り、販促を依頼したのですが、早々に「手数料率の高いRTAに対して努力をすべきなのか?」「OTAの契約社数を増やし、より多くの顧客にまずは目につく状態にすべきでは?」と考えるようになったんです。それで、OTAの契約社数を増やして比率を上げたところ、売上純増につながりました。今、大和屋別荘のRTA比率はわずか10%です。
大和屋本店も、OTAの契約社数を増やしたんですか?
大和屋本店のRTA比率は別荘と同様だったので、OTAの契約社数を増やそうと考えていたんですが、2020年に本店の役員になった途端、コロナ禍に突入しまして……。
お客さま自身も旅行代理店の店舗に行けないので積極的にOTAを利用してみたところ、急速にOTA比率が上がっていきました。
OTAに旅館を掲載するだけでは簡単に予約は増えなそうですが、何か秘策があるんですか?
OTAに掲載すれば単純に人々の目につく機会が増えるので、自然と予約数は増えるんですよ。それにも関わらず、実はまだOTA掲載が後手に回っている旅館やホテルが多い。「設定が面倒くさい」「費用がかかるからやりたくない」という気持ちはわかるんですが、予約数を伸ばしたいなら何がなんでもOTA掲載に力を入れるべきだと思います。
SNSは宣伝よりもメディア化を優先し、フォロワー8万人超に!
いきなり若旦那さんといえば、SNSをはじめとした巧みなネット運用術ですよね。ネット運用で気をつけていることってありますか?
ネット運用の重要さに気づいたのは、OTAの契約社数を増やした後ですね。自宿WEBサイトのPV数を上げ、ネットを駆使し営業しなくても売れる状況を作る必要があると思ったんです。
そこで、まず一切の営業活動をやめ、2019年にWEBサイトを刷新。たとえSNSを頑張ったりWEB広告を出しても、その後に予約するWEBサイトが不便だったら全く意味がないですからね。
たしかに、20年近くアップデートされてない感じの旅館のホームページって結構ありますよね。
その後、SNSのフォロワーはどうやって増やしたんですか?
まずは2019年にインスタを始めて、半年でフォロワー5,000人弱に。当時は今ほどインフルエンサーがいなかったので、珍しがられて調子に乗っていたのですが、その後なかなか伸びず……。
2020年に「いきなり若旦那」でTwitterを始めたら、8カ月でフォロワー2万人を達成しました。Twitterの攻略法を深く考えたことで、フォロワーを増やせたんだと思います。
バズったツイートには法則があると考え、その構文をひたすら真似しました。「この構文を旅館に落とし込むなら」という感じでツイートし続け、それがたびたびバズり、今では8.7万人にフォローしていただいています。
「バズるために自分の個性を出そう!」ではなく、構文に倣うほうが確実なんですね。
そうですね。実はフォロワーが2万人になる前、1年間ほど暗黒の期間があって。当時、まだ起業したい欲が強くて、意識高い系の起業家みたいなツイートばっかりしてたんです(笑)。「こうやったら時価総額が上がるんじゃないか」とか。でも、1年で200人しかフォロワーは増えませんでした。それから改心して、自分の本分である宿の情報を発信し始めたんです。
「いきなり若旦那」というアカウント名は1回聞いたら忘れられないインパクトがあります。とはいえ、ご自身の名前や旅館名を入れないのはもったいない気も。なぜ、入れないんですか?
だって私の名前はもちろん、大和屋本店や大和屋別荘という旅館名に、誰も興味ないじゃないですか(笑)。
一番目につくところに人々が興味のないワードを入れることほど、無価値なことはないですよね。
た、確かに。
しかも、いきなり若旦那さんのTwitterでは、ほかの旅館やホテル、サウナなどの情報を積極的にツイートしていますよね。なぜ、ライバルでもある施設の“宣伝”をするんですか?
SNSは自分の宿の宣伝よりも、“メディア化”を意識して運用しているからです。
大和屋グループに興味のある人に対してだけリーチするのではなく、もっと大きな枠でホテルや旅行、四国などの情報を発信すれば、自分の宿に親和性の高いフォロワー=潜在顧客を集められます。それから適切なタイミングで自分の宿の宣伝を投稿するようにしていますね。
なるほど。では宿や観光地などのネタ集めはどうしているんですか?
Twitterのおかげで各地に旅好きな友人ができ、おすすめ情報を教えてもらうことが多いですね。月の半分くらいは旅行して、それをコンテンツにしているという感じです。もちろん、お金はもらわず自腹です。私のツイートでお客さまが増えたと喜んでくださっているオーナーさんがいると聞くと、素直にうれしいんですよね。
旅館業全体を盛り上げているんですね。では、IT以外で取り組まれた施策はありますか?
せっかく多くの方に知られる機会を得たとしても、自分の宿の実評価が伴っていないと、ディスブランディングにつながります。だから自宿の強みを作り、洗い出すことの方が先決ですね。
具体的に言うと、無料のビールサーバーやアイスバーの設置、アメニティの変更、日本旅館らしさの強化などを行いました。
そういったアイデアはどうやって生まれるんでしょうか?
旅館の口コミに書かれることは、そのお客さまに刺さったサービスなので参考にしています。
とくにこのご時世、「無料の○○がありました」という声が多いので、大和屋本店と大和屋別荘でも無料のサービスを取り入れました。それ以外の魅力もめちゃくちゃあるんですけど、口コミに書きたくなるような、わかりやすいサービスも集客につながると実感しています。
お客さんやフォロワーの心を掴むのがお上手なんですね!
いきなり若旦那という名がSNSを中心に広まり、大和屋本店と大和屋別荘も旅好きたちに浸透しつつありますが、今後はどんな展開を目論んでいますか?
大和屋本店のリブランディングは2023年4月に完了する予定です。大きな変化としては、宴会やレストランのランチ営業をやめ、原点に立ち返って“宿泊特化”に切り替えます。
そして、瀬戸内の豊かな食材や文化、娯楽をお客様にご提案できればと思っています。その一環として、今年始まった「sio」の鳥羽周作さんとのコラボによる「極上のすき焼きコース」、2023年4月より開始予定の朝食「瀬戸内ごちそうビュッフェ」などがあります。また、新規客開拓のためにインバウンド向けの英語によるSNSの準備も進めています。
原点に立ち返るけど、やはりSNSは上手に活用していくんですね。これからの大和屋グループの展開と、いきなり若旦那さんのご活躍を楽しみにしています! 今日はどうもありがとうございました!!
いきなり若旦那
奥村勇太(おくむら ゆうた)
大和屋本店 代表取締役専務
愛媛県出身。同志社大学経済学部卒業後、帝国ホテルに入社し、営業企画、宴会手配、法人営業を担当。2018年1月、一族が営む有限会社大和屋本店旅館に入社。愛媛・道後温泉の「大和屋本店」「大和屋別荘」の経営に携わり、別荘の稼働率を2倍に引き上げる。現在は有限会社大和屋本店 代表取締役専務、株式会社大和屋別荘 取締役。また、HR事業やSNSマーケティングの株式会社ロコフル取締役も務める。YouTube「サウナ猫しきじ」では、保護猫2匹の生活を配信。
取材・文/川端美穂、おかねチップス編集部