薬のお届けと服薬指導を24時間行う。「きらり薬局」社長・黒木哲史が目指す在宅医療のインフラ
薬剤師として調剤薬局勤務したのち、製薬会社のMR※として感じた“あること”をきっかけに、29歳の時に独立・起業。在宅訪問薬局事業を手がけるHYUGA PRIMARY CARE株式会社の代表取締役社長・黒木哲史さん。現在では「薬のお届け」と「服薬指導」を365日24時間を行う調剤薬局「きらり薬局」を全国40店舗以上も展開し、医療介護の社会インフラの構築に着手し、マザーズ上場を果たしました。
まだまだ一般的ではないこの事業を15年前からはじめたきっかけと運営の秘訣、そして高齢化社会に向けた課題解決の取り組みについて、黒木さんに伺いました。
※ 製薬会社などに所属し、医師や薬剤師といった医療関係者に対し自社の医薬品を販売する人のこと。「Medical Representatives(医療情報担当者)」の略。
「コロナ渦」が在宅医療の在り方を加速させた
──今でこそ、コロナに対するオンライン診療や薬の宅配が行われる時代になりましたが、なぜ15年も前から在宅訪問薬局事業を始めたのでしょうか?
黒木哲史さん(以下、黒木さん):薬科大学を卒業して製薬会社に就職し、MRとして病院に営業に行っていたんですけど、そこで医療の流れが変わっていくのを実感したんです。例えば、入院日数の問題。昔と違って、長く入院することが少なくなっていました。入院期間が短くなると在宅療養者がどんどん増えていくことがわかっていたので、これからは在宅医療に向けたサービスが必要になると感じたんです。
それで「薬のお届け」「24時間365日服薬指導」を行うきらり薬局を福岡で始めたんです。僕も薬剤師として薬のお届けに行っていたのですが、そこで末期がんの患者さんを看取ったことが自分自身、そして会社の大きな転機となりました。薬を届けたのが他の薬局がやっていないお正月だったこともあり、ご家族の方から「あなたが薬を持って来てくれなければ、私の妻は痛みに苦しみながら死んでいた。ありがとう」と涙ながらに伝えてくださって。その言葉から、「24時間365日薬を届け、自宅で安心して療養できる社会にしたい」と強く思うようになりました。
──その時の思いが今も御社の理念として息づいているのですね。しかし、在宅訪問薬局事業を推し進めるのは容易なことではありませんよね。
黒木さん:それは厚労省が「地域包括ケアシステム」を提言していたことが大きいですね。地域包括ケアシステムは2025年問題といわれる超高齢化社会に向けて、在宅医療ができる医療体制の構築を目的としているのですが、私もそれに賛同した形です。さらにこのコロナの影響でその構築が早まりました。コロナ禍が訪れたことで10年かけてやろうとしていたことが、2年でやらなければいけなくなった、という感じです。
──その点では、早くから在宅医療事業を始めている御社は短期間で体制を構築しやすかったのでは?
黒木さん:一瞬大変だった時期もあったんですけど、変化が早い時の方がマーケットシェアを取りやすいんです。10年かけていたら他の人たちもその事業を始め出していたけど、コロナが起きたことで短期間で先にマーケットが急速に拡大した。だから、先行して在宅医療の体制を構築する事業を行う私たちにとっては大きな追い風となりました。
──「10年かかるものが2年に縮まった」ことの中で、私たち生活者が実感できるものって何かありますか?
黒木さん:今ではコロナのオンライン診療を始めたりしていますけど、これまでの服薬指導は薬局でしなければいけなかったんですよ。つまり、「薬局」という施設を持つ人しか対応できなかった。ところがコロナ渦をきっかけに、薬機法が変わったんです。それで電話やオンラインでの対応でも服薬指導ができるようになりました。
──御社のホームページに「薬のかかりつけ薬剤師」と書いてあります。処方された薬をほかの薬局で受け取っていても、その後、薬の飲み方や副作用について、きらり薬局で相談することは可能なのでしょうか?
黒木さん:もちろんです。薬って学校で習うものではないので知識がないじゃないですか。飲み合わせだったり、副作用のことだったり、それをきちんと理解するのは難しい。私たちはもともと「薬についての相談役」ということできらり薬局をスタートしていますから、どなたの相談も受け付けます。もちろん、うちの薬局で薬をお渡ししていたほうが、体の状態の把握をしやすくはなりますが。
「薬のかかりつけ薬剤師」と掲げているのは、ひとりの患者さんがどんな薬を飲んでいるかをきらり薬局でまとめて把握する、という意味です。病院ごとに薬を処方されると、なかには飲み合わせの悪いものがありますし、同じ薬を重複して処方されていることもある。それを一箇所の薬局で取り扱うことによって服薬指導をすることができる、という考え方です。
──なるほど。薬の飲み合わせの良し悪しは自分では判断できませんし、お医者さんに薬の詳細について聞きづらいこともありますよね。その間に入って通訳してくれるのがきらり薬局の薬剤師さん、ということなんでしょうか。
黒木さん:その通りです。結局、薬って「物」ですよね。それを提供するだけなら自動販売機だってできる。それよりも、不安に対する相談ができることが「バリュー」だし、安心感がありますよね。物に対する使い方の提供。知識のある薬剤師の価値ってそこにあると思っています。
カウンター型の調剤薬局と「ぜんぜん違う」
──きらり薬局では処方箋の薬を24時間365日対応で自宅に届けてくれますよね。正直、そんな調剤薬局があるとは知りませんでした……。
黒木さん:そうですよね(笑)。通常の店舗型の調剤薬局って「お店」が主体になるじゃないですか。でも在宅訪問を行う私たちの場合、基本的には伺った「現場」が主体なんです。だからオペレーションも全然違うんですよ。イメージしやすい例えで言うと、宅配のピザ屋さんと路面店のピザ屋さんのような違いですかね。「ピザを作る」ということは基本的に一緒でも、オペレーションやサービス内容が全く異なるんです。
──実際、どのような体制で24時間、365日対応する体制を運営されてるのでしょうか?
黒木さん:お医者さんがたまに「今日電話待機なんだよね」というのと同じで、シフトを組んで「オンコール待機」をしています。
──なるほど。薬局といえば病院のそばにあるものだと思いますが、きらり薬局さんは、あまり病院周辺の立地に出店されていませんよね。それはなぜですか?
黒木さん:「病院前には出店しない」と決めているわけではないんですけど、私たちが行っているのは在宅訪問薬局事業なので、立地というよりエリアが重要なんですよね。
つまり、在宅医療を必要としている方……主に高齢者が多く住んでいる地域が要。既存の調剤薬局とは違って、薬をお届けできる効率のいい場所を選んでいます。たとえば、高度経済成長期にたくさん家が建てられた住宅街。高齢者の人数も多いですし、介護施設も多いところが基準になります。
薬だけじゃない、全国展開の社会インフラ
──御社では「きらりプライム事業」という事業も手掛けられてますよね。これはフランチャイズのような事業なのでしょうか?
黒木さん:私たちが蓄積しているノウハウやシステムを加盟店さんに提供しているんです。この事業を始めたのが2019年。そこから加盟店は毎年600店舗増えていき、スタートから3年ほどで1400店舗になりました。フランチャイズではなく、より自由度の高い薬局を運営できるボランタリー事業※で展開しています。
※小売店同士がつながりを持ち、組織化するビジネスモデルのこと。フランチャイズに比べて自由に店を運営できるのが特徴。加盟店は本部に商品の提供やリテールサポートに対しての対価を支払うのが一般的。
──なぜボランタリー事業にしたんですか?
黒木さん:「上」「下」みたいな構図になるのが嫌で、あえてフランチャイズにはしなかったんです。フランチャイズにすればロイヤリティが発生して儲かるのでしょうけど、私たちは共に同じ方向を向いて横並びでやっていくパートナーとして、在宅訪問薬局を広めていきたい思いが強いんです。
というのも、私の信念であり会社の理念は「24時間365日、自宅で『安心』して療養できる社会インフラを創る」ということ。それには薬のことだけでは足りないサポートがあることに気づき、次のステップに向けて舵をきっているんです。
──社名を創業時のHyuga Pharmacy株式会社からHYUGA PRIMARY CARE株式会社に変更されたのも、そうした背景からですか?
黒木さん:そうです。私たちは薬を届けに要介護の患者さんのお宅や施設などに訪問を続けていたんですけれど、そこから見えてくるものがたくさんありました。なかにはゴミ屋敷状態の家で暮らす独居の方もいらして……。そうした生活環境に触れる中で、薬だけで解決することってそんなに多くはないと気づいたんです。
その方の住んでいる環境、家族構成、食事の量や内容などを見守ることを「医療介護」といっているんですけど、厚労省が掲げる地域包括ケアの概念もそこと通じるんです。「対ひと」というところに重きを置き、「ケア」を大切にしながら事業を展開していきたいと、だから2020年に社名も変更しました。
──地域包括ケアをさらに促進するために、新たなサービスを開発する予定はありますか?
黒木さん:私はサービスローンチだけが、在宅医療の体制を整える道筋ではないと思っているんです。なぜなら、たとえば都心に住んでいる人と地方に住んでいる人だったら、訪問看護と在宅医療のどちらを重視するかは違うじゃないですか。私たちが目指しているのは地域包括ケア。だから一律のサービスではない、安心して暮らしてもらうための「見守り」をやっていきたいと思っているし、すでに始めているところです。
──黒木さんがおっしゃる「見守り」は、福祉では補えないものなのでしょうか?
黒木さん:福祉もとても重要ですが、福祉にはできないことがあります。それこそ、福祉では患者さんに服薬指導ができませんが、私たちならできる。だから、福祉の方にとっての「薬についての相談役」になることも大切だと思っています。
──福祉の方や地域のボランティアの方との連携ができているということでしょうか。
黒木さん:はい。これは私たちの事業のような形であれば可能なのです。そして、今後は「ひとりの患者さんの情報をチームで共有する」という見守りの形態にすることが、地域包括ケアの一丁目一番地だと思っています。
──では、この先の展開や展望があったら教えてください。
黒木さん:今までは日本初の事業形態に取り組んでいたので困難なことも多かったですが、これからはますます高齢者人口も増えていき、地域包括ケアは絶対的に必要になってきます。だから、私個人として会社を大きくしたいという話ではなく、私が寿命を全うした先にも、こうした概念や事業がしっかり残っていくようにしなければいけないと考えています。私にも子供がいますが、次の世代にとって安心して暮らせる世の中を作っていくことが使命なのかなと思っています。
黒木哲史(くろぎ・てつじ)
撮影/武石早代
取材・文/浅井ユキコ
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