発売5カ月で商品回収、そして倒産危機……。「MEDULLA」を手がけるD2C業界の風雲児・Sparty深山陽介の起死回生物語
『Forbes JAPAN』の「日本の起業家ランキング2021」で入賞するなど、日本のビジネスシーンを牽引する起業家として注目を集める「Sparty(スパーティ)」の代表取締役・深山陽介さん。大手広告代理店の博報堂退職後、2017年に29歳で起業。翌年、日本初のパーソナライズシャンプーとして「MEDULLA」をローンチすると、「パーソナライズ×D2C」を基軸とした事業を次々展開します。美容分野にデジタル技術やITを組み合わせた「Beauty Tech」の先駆者として一躍有名に。しかし、この成功の裏には倒産寸前に追い込まれるほどの苦難も……。大きな困難にもめげず、新しい試みを続ける深山さんの起業家としての歩みに迫ります。
100以上の事業を書き出し、「パーソナライズ×D2C」で起業
『俺って仕事できるわ』と勘違いした嫌な奴だったと思います――。博報堂に新卒入社した当時の自分をそう振り返る深山陽介さん。経営者が多い家系に生まれ、中高生の頃に村上世彰氏や堀江貴文氏の活躍に憧れ、大学生起業家を夢見ていましたが、志半ばで就活。その真っ只中に東日本大震災が起き、採用は相次いで延期や中止に。急きょ、インターン経験のある博報堂に入社が決まり、冒頭の発言につながります。
「クリエイティブをやるぞ! と張り切って入社したんですが、実際に配属されたのは営業部でした。上下関係に厳しい体育会系の先輩方にみっちりしごかれましたね。一人前として認められるまでは、名前で呼んでもらえなかったり(苦笑)。クライアントは大手通信会社で、休日返上で企画書を考える日々でした」
入社早々、先輩たちからの洗礼を受け、「いつかは追い抜いてやる」という闘志を内に秘めながら、深山さんが博報堂で学んだことは2つ。1つは礼節を大切にすること。
「仕事をつくっているのは人だから、義理や人情を大切にしなければならない。礼節を欠く人は、結局将来的に成功しないと上司から教わりました」
そしてもう1つは、仕事においてバカになるということ。
「僕らがクライアントに提供できるものは、実はほかの代理店と大きな差はない。だから、人としていかに好かれるかが重要になるんです。上辺だけの言葉ではなく、相手に喜んでもらうためにバカになることをいとわず、自分をさらけ出すことで初めて好いてもらえる。自分が心から楽しんで仕事をすることが大事だ、と先輩たちから教わりました。この言葉に通ずる『馬鹿になれ。とことん馬鹿になれ』で始まるアントニオ猪木さんの名言は、いまも変わらずに大切にしています」
そして博報堂を退職し、2017年7月に「Sparty」を設立。パーソナライズシャンプーの事業を思いつくまでには、実は紆余曲折があったそう。100個以上の事業のアイデアを書き出し、できるものから試すという地道な努力の末に辿り着いたのです。
「保険とテクノロジーを組み合わせたインシュアテック(※)やマッチングアプリなどを考えて試しました。マッチングは、トラブルの仲裁で現場に行って『自分、何やってるんだろう』と思って、辞めました(笑)」
※「インシュアテック(InsurTech)」は、保険(Insurance)とテクノロジー(Technology)を掛け合わせた造語
トライアンドエラーをするなかで、「波とサーファー」という条件で事業の将来性を見極めた深山さん。流行や時流といった“波”にうまく乗れる、親和性が高い“サーファー”となる事業を見つけられれば、成功できると確信。この条件に最も適合したのが、自社製品を直接顧客に販売するD2Cというビジネスモデルを使い、パーソナライズシャンプーの事業を展開することだったのです。
「美容に着目した理由は、博報堂でデジタルマーケティングの部署にいたとき、化粧品メーカーを担当している同僚から話を聞いていたから。当時、美容業界のデジタル化は発展途上だったので、海外でトレンドとなっていたBeauty Techやパーソナライズは、今後絶対に日本へ来ると可能性を感じました。シャンプーという商材に決めたのは、実は妻がきっかけです。妻が癖毛に悩んでいて、高価なシャンプーを次々と買ってはバスルームに並べていて。不思議に思って話を聞くと、世の中の多くのシャンプーのなかから、自分でベストな商品を選ぶのが難しいとわかった。ペルソナ像が身近にいたことが決め手になりました」
資金不足から自分で考え手を動かす。「何もできない人間だとわかった」
商品開発のために製造元となるOEMを探すも、実績のないスタートアップと契約する会社は多くありません。そこで、スポットコンサルティングに依頼して、大手化粧品メーカーに在籍したヘアケアの専門家を紹介してもらい、そのツテでOEMと契約を結ぶことに。
「そのOEMの社長は熱意が高く知識が豊富なだけでなく、僕と同年代で『これから会社を大きくしていきたい』という共通点もありました。小さい会社って、新しい挑戦をしないと勝てない。他と同じことをやっても、資金力がある会社には負けてしまいますから。そういった話で非常に気が合って、一緒に商品開発を頑張ろうと約束しました」
OEMとヘアケアの専門家、美容師、そして妻とともに連日徹夜しながら、シャンプーの試作とテストを重ね、2018年5月、ついに「MEDULLA」をローンチ。自社の資金でゼロからプロダクトの開発や製造販売をする事業は、クライアントの予算で広告宣伝のサポートを行う広告代理店の仕事とは大きく違い、始めは戸惑ったといいます。
「広告代理店は常にアイデア勝負で企画書を書くスキルは身についたのですが、 MEDULLAの立ち上げで、そのスキルはほとんど役に立ちませんでした。また、代理店のときは、WEBサイトの作成や広告撮影のコーディネートも基本は外注。自分で手を動かすことはほとんどなかったんです。起業して、いざ自社のWEBサイトを作るとなったとき、『ドメインってどうやって取るんだっけ』って基礎もわからない(笑)。自分は何もできないんだなと思い知りましたね」
顧客の診断結果ごとに成分の調合が異なるパーソナライズ商品は、膨大な種類の在庫を管理する必要があり、初期費用は多額に。Sparty設立時、エンジェル投資家の赤坂優氏からの投資と、日本政策金融公庫の融資により資本金1億円を調達しますが、それでも資金繰りは難航します。
「商品撮影やイベントはかなり低予算で行いました。従来の1/10ほどの予算です。いま思うと、値切っていたに近いんですけど、その分、食事を御馳走したり人を紹介したり、僕の持ってるものを総動員して何とか周囲に協力していただきました。資金があと数十万円しかないというギリギリの状態だったので、以前のように外部に丸投げなんてできなかった。自分で考えて勉強して、たとえダメでも後悔しないという思いでつくり上げました。仕事の仕方はすごく変わりましたね。いいものができたときの喜びと感謝は、起業前の会社員時代の何倍も感じられるようになりました」
ローンチから5カ月、取り引き先が起こした大事件で倒産危機に
さまざまなメディアに取り上げられ、順調なスタートを切ったMEDULLA。しかし、ローンチから5カ月後の10月、東京都福祉保健局から突然連絡があり、取締役の榊原幸佑氏とともに都庁へ出向きます。
「事態がよく飲み込めないまま質問に答えていると、当初僕らにかけられていた疑いは晴れました。ただ、『あなたたちが製造を依頼しているOEMが化粧品製造・化粧品製造販売業の許可証を偽造しています。ただちに販売を停止して、11月30日までに商品回収をしてください』と告げられ、頭が真っ白に。『倒産か……』と都庁で泣きました」
これが原因で日本政策金融公庫の融資は取り消しに。深山さんが考えていた事業展開や、資金繰りなどの全業務の予定が狂い始めます。
「数日後に株式会社アイスタイルから資金調達をして、何とか10月分の支払いを乗り切る予定でしたが、この状況では投資契約は破棄されるはず。社員が7人もいるのに……と」
絶望の淵に立たされながらも、「泣いてもしょうがない」とすぐに手段を講じた深山さん。まずは、投資家の赤坂氏に連絡し、その日の夜に六本木のホテルで会う約束を取りつけます。
「WEBサイトを停止したら社員はやることがないので、みんなでお昼を食べに行って。渋谷で『とりあえずビールでも飲むか』って飲んで、社員には帰ってもらいました。その夜、赤坂さんに会って事情を話すと、『来年1月までに会社を潰さないためにはいくら必要?』と聞かれて必要な金額を答えると、『そのお金は全部自分が出す。君たちは別のOEMを探すだけだ』と言ってくださって。すぐに『一旦お金の目処がついたから、工場を探そう』と社員に伝えることができ、誰も会社を辞めずに済みました」
翌日、OEM製造において最も信頼のおける株式会社サティス製薬の社長・山崎智士氏に、「どこにでも行きますから10分だけ時間をください」と連絡。その後、株主であるアイスタイルの本社に行き、取締役 CFOの菅原敬氏に「事態を説明するので時間をください。お時間をいただけるまで下にいます」と、ビルの1階にあるカフェでしばらく待機。そして、菅原氏に会うと「いろいろとトラブルはありましたが、何とかするのでぜひ出資を引き続きお願いしたい。でも最終判断はお任せします」と伝えます。すると、その3時間後に「役員と相談しました。こういう事態だからこそ助けるのが株主の役目です」というメッセージが届き、即座に入金されます。「おかげで、赤坂さんには頼らず何とか持ち堪えることができました」と深山さん。
そして翌朝、サティス製薬の山崎氏に事情を説明し、「工場探しが難航しているのでできれば一緒にやっていただきたい」と話します。すると「わかりました。僕らが責任を持って、商品回収日までに事業を再開させることを約束しますので一緒にやりましょう」とその場で快諾され、深山さんは驚きを隠せなかったといいます。
「サティス製薬さんは、既存の業務をやりながら1カ月という短期間で従来の処方と同じ製品をつくってくださいました。商品回収も無事に完了して、12月頭には販売を再開。お客様の半数は契約を継続してくれて、回収した商品のなかに『回収お疲れさまです』といった温かいお手紙も。いろいろな方に助けていただき、感謝の気持ちでいっぱいでした」
その後、出資してもらう予定だった複数の投資家に謝罪し、出資は取り止めに。追い込まれた深山さんは、ベンチャーキャピタルのXTech Ventures株式会社の共同創業者・手嶋浩己氏に掛け合い、翌年3月に新たな出資を受けられることに。しかし、それまでの数カ月間、役員報酬ゼロにしても資金繰りはままならず、とうとう消費者金融のカードローンを検討します。
「勇気を出して消費者金融に出して電話したら『あなたの限度額は5万円です』って(苦笑)。あまりに少なくてやめました。 最終手段で親に連絡するしかなくなり、『いますぐ現金が必要なんです』と言ったら翌日には振り込んでくれて、何とか乗り切れました。もちろん、会社が軌道に乗ってすぐ返しましたけど。この時期はとにかく大変でしたね。人生で初めて『自己破産』でネット検索しましたから……」
博報堂で培った迅速さや礼節を大事にし、株主や投資家といった一人一人と真摯に対話することで信頼を得て、最大のピンチを乗り切った深山さん。当時のことをこう振り返ります。
「MEDULLAのローンチ後、早々にメディアで話題にしていただき、売り上げもついてきていました。ビジネスなので当たり前ですが、もし売り上げが良くなかったら、誰も助けてくれなかったのではないかと正直思います。また、出会いってどこで繋がるかわからない。いつも人とのご縁を大事にして良かったと、そのとき思いましたね」
薄利多売である化粧品業界の構造を変えたい
2021年8月、第三者割当増資・融資による総額約41億円の資金調達を実施。「パーソナライズ×D2C」の主要3ブランドの累計会員数は40万人を突破しました(2021年9月時点)。歌手の華原朋美さんのダイエットサポート企画をスタートさせるなど、快進撃を続けるSparty。現在は、遠隔診療で処方する医薬品や医療サービスの開発を行い、健康とITを組み合わせたヘルステックにも注力するといいます。
「現在、コロナ禍の暫定措置として電話やオンラインによる診療が実施されていますが、今後、法改正により永久的に初診から遠隔診療が可能になるといわれています。そういった時代の変化に対応するために、ニキビ治療の飲み薬や外用薬を開発。自由診療にはなりますが、弊社所有のクリニックで遠隔診療により処方箋を発行し、薬を発送したいと考えています」
次々と未知の領域にトライする理由について、「単純に楽しいから」と笑う深山さん。さらに、「世の中に残る誇れるものを生み出したい」といいます。
「2年前、子どもが産まれて、意識が大きく変わりました。SDGs(持続可能な開発目標)は2030年までの指針なので、子どもが20歳になるまでに解決すべき問題は山積みです。だから、ポーズではなく、子どもに向けて誇れるものを世の中に残したいという思いが強くなりました。いわゆるドラッグストアコスメと呼ばれる商品って、仕入れや販売状況によってセールが行われて値崩れしたり、商品の横流れが起こりやすい。そのため、メーカー側は利益率を上げるために薄利多売にならざるを得ず、大量生産・大量廃棄という構造に。このままの構造では世の中に誇れるものが生み出せるわけがない。だから、これまで問題視されてきたヘアケア・スキンケアをはじめとする業界の構造を僕らが変えていきたいと考えています」
Spartyが展開する『パーソナライズ×D2C』は、使う人に合わせた商品を直接その人に届けられるから、ヘアケア・スキンケア業界における既存の構造に変革が起こせると深山さん。
「自社のECサイトや実店舗、美容院で販売する『パーソナライズ×D2C』は、価格や販路を自社で統制が取れるので、こちらが意図しないセールや商品の横流れが起こりにくいんです。僕らが行っているD2C事業をお笑いで例えると、通販業界の第7世代だと思っていて。第7世代である限り大事にすべきは、過去の世代がやらなかった領域にチャレンジすること。これまでやらなかったことにチャレンジしていった結果、ECという業界全体が盛り上がるといいなと思っています」
商品の成分調合からECサイトやカートシステムの構築まで、自社で行っているSparty。創業5年で、従業員は約120人に。さらなる組織拡大に向け、毎月十数人を採用。監査法人の受け入れ体制を整えるなど、株式上場(IPO)の達成に向けて準備を進めています。ただ、「売り上げや利益ばかりを追求して他社と比較すると、上には上がいて行き詰まる。心惹かれるままに楽しい事業をやったほうが結果うまくいくという思考を大切にしています」と深山さん。その思考は、レコード会社で成功し航空会社まで事業を広げた、ヴァージン・グループの創業者・リチャード・ブランソンへの憧れから生まれたのだそう。
「ブランソンがセックス・ピストルズを売り出したように、後世に誇れるものを生み出したい。いままでにない価値を提供できる商品を作ったり、ある分野をブレイクスルーさせたり、会社のみんなで力を合わせてそういった体験ができたらいいな、と。星の数ほど会社があり、わざわざ会社に所属しなくても稼げる世の中で、なぜSpartyの一員として働くかといったら、この会社でないと生み出せない“誇り”があると信じてくれているから。その期待に応えられるよう、アジアを中心とした海外展開も視野に入れ、常に新しいことにチャレンジしていきたいです」
深山陽介(みやま ようすけ)
Sparty:https://sparty.jp/
MEDULLA :https://medulla.co.jp/
MEDULLAのInstagram:https://www.instagram.com/medulla_jp/
Waitless :https://www.wait-less.com/
深山陽介:https://twitter.com/miyama_yosuke
撮影/武石早代
取材・文/川端美穂
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発売5カ月で商品回収、そして倒産危機……。「MEDULLA」を手がけるD2C業界の風雲児・Sparty深山陽介の起死回生物語
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