迷ったら恥ずかしいほうへ。恥研究家・中川諒の“ありのまま”をさらけ出すスタイル
次世代を担う新しい職業を生業としている方々へのインタビュー企画「シゴトとワタシ」。今回ご登場いただくのは、大手広告代理店でコピーライターとして働く傍ら、恥研究家として活動する中川諒さんです。
これまで数々の広告を手がけてきた中川さんが、恥研究家として活動するようになったのは2021年のこと。恥というと、カッコ悪さが伴うものですが、なぜ中川さんは「恥研究家」という肩書きで活動しているのでしょうか。また、恥の研究とは一体どんなことをしているのでしょうか。本人に直撃しました。
選択で迷ったら恥ずかしいほうを選ぶ
——中川さんは恥研究家としてどのような活動をされているんですか?
中川さん:ひとつは、企業向けにワークショップを開催しています。恥にまつわる話をしたり、恥の克服方法を説明したりして、その後に著書『いくつになっても恥をかける人になる』の末尾につけた恥克服ワークシートをベースに、自分が恥ずかしいと思っていることや、理想の自分に近づくためのアクションプランを書き出して発表していくんです。そうすると、グループの組み方にもよるのですが、上司はこんなことを恥ずかしいと思っていたんだとか、今の若い子はこういうことが恥ずかしいんだとかって自己理解と他己理解を深めることができるんですよ。
——恥をきっかけに自己理解と他己理解が深まるのは面白いですね。
中川さん:また2022年12月からは、BRUTUSのWebで「赤恥研究所」という連載がはじまりました。街中で見かけた恥ずかしい出来事を綴っていくっていう。あと「自撮り修行」と称して、自撮りを自分のインスタグラムに2年ほど毎日投稿しています。
——自撮り修行?
中川さん:理想と現実のギャップが恥につながるんじゃないかという仮説から、自己受容を高めるために自撮りをするのはおもしろいんじゃないかと考えてやってみたんですよ。今は1,000日連続更新を目指して取り組んでいます。
——そうやって恥ずかしいと思うことを日々していると、普通の基準が曖昧になってきませんか?
中川さん:僕はそれをいいことだと考えていて。たとえば、今日着ている派手なライダースジャケットも「これ、本当に着るのかな?」と悩み、1週間くらい取り置きしてから購入しているんですね。でも実際に着てみると、気分は上がるし、話のネタにもなるし、街中で見つけてもらいやすいしと良いことばかり。恥ずかしいというためらいさえ取り除いてしまえば、ネガティブなことはほとんどないわけです。
中川さん:それもそのはずで、僕がどんな服装をしていようが、他人からしてみれば本当はどうでもいいことなんですよ。だから選択で迷ったときは、恥ずかしいほうを選ぶようにしていて。英語で「Pushing myself forward」って言うんですけど、自分の背中はなるべく自分で押すっていう。そっちのほうがいろんなことが好転すると思っています。
——中川さんにとって恥は、挑戦のような意味合いがあるのでしょうか?
中川さん:そんな大層なことでもないんですよ。勇敢なほうを選ぼうとか、挑戦しようとかではなく、普段と違うことを選んでみようぐらいのニュアンスです。人間って日々のなかでいろんな選択をしているじゃないですか。派手なライダースジャケットを着ていくか、それとも無難な服を着ていくかというのも選択ですし。
選択の積み重ねによって自分は形成される
——そうやって恥をかく自分はキャラクター化されているようなものなのでしょうか。そういう設定の自分を演じているというか。
中川さん:演じるというより「Be yourself」に近いですね。ありのままの自分をさらけ出すというか。たとえば、僕は名刺交換するときに「諒です」と伝えるようにしているのですが、以前はしっかりしなきゃいけないと思って「中川です」と硬めに挨拶していました。でも、なかなかしっくりこなくて。砕けた感じにしたことで、「中川さん、その派手なジャケットいいですね!」「ありがとうございます。実はこれ、めちゃくちゃ気に入ってるんですよ!」みたいに会話が弾むようになり、お互いに信頼して話せるようになったんです。
——ありのままの自分をさらけ出すのは、なかなか勇気がいる行為のような気がします。中川さんはどうやってハードルを乗り越えたのでしょうか?
中川さん:大きな成功体験になっているのは、「ヤングカンヌアカデミー」という世界の若手クリエイターが集うプログラムに参加したことです。自己紹介をする時間が1分ほど用意されていて、「東京から来た諒です」とフレンドリーにスピーチして受け入れてもらう方法もあったわけですが、それだと僕のような英語も流暢に話せない人間だと埋もれてしまうと思ったんですね。
中川さん:みんなに僕のことを覚えてもらうにはどうしたらいいんだろうと自分なりに考えた結果、人数分の筆ペンを用意したうえで、メンバーそれぞれの名前を漢字の当て字で書いてストーリー仕立てにしてプレゼントしていったんです。そうしたらすごくウケて、みんなとめちゃくちゃ仲良くなれたんですよ。それだけじゃなく、オーストラリアに住むメンバーの家に遊びに行くような出来事までありました。そうした発展が起きたのは、間違いなく恥ずかしいと思うほうを選んだからなんですよね。
—— 恥ずかしいとはリスクがあるほうを選ぶ、ということでもあるんですかね?
中川さん:リスクが高いように見えるだけだと思います。ヤングカンヌアカデミーのときも「変に目立つようなことをしたら、印象が悪くなるんじゃないか」と悪い方向に考えていたんですけれど、実際はそんなことは起こりませんでした。勝手にハードル高く設定して、勝手に自分の可能性を潰しているだけなんですよね。ただ、僕もすぐに恥ずかしいほうを選べるようになったわけではなく、細かい成功を積み重ねながら、少しずつ恥ずかしいほうを選べるようになった。
——恥ずかしいほうを選択することで、自分自身がアップデートされていく感覚もあるのでしょうか?
中川さん:実は自分という存在は、さまざまな選択の結果によって形成されているんですよね。だから恥をかくということは、想定された未来からの脱却でもあるわけです。著書の帯にも「脱・無難な自分」と書いていて。恥ずかしいほうが予期しない出来事や出会いがあるのかなと。
ただ、これはどちらが心地良いかというだけの話でもあって。恥ずかしくないほうを選ぶのって、自分を守る行為でもあるんですよね。だから、今のまま変わらず生きていくのが幸せな人は、無理に恥をかくような選択をしなくてもいいと思うんです。
恥をかくカッコ悪さをスタイルのあるカッコ良さに
——そういう意味では、「恥をかく」には失敗のニュアンスが含まれている気がします。だから、多くの人は恥をかきたくないと思うんですよね。その点、中川さんはうまくいかなかったり、失敗したりすることも多いのでしょうか?
中川さん:基本的にはうまくいかないことばかりですよ。実のところ、成功した記憶はほとんどなくて(笑)。たとえば、著書の出版と併せて「#恥部(ちぶ)」というオンラインサロンを運営したことがあるのですが、実際に集まったのは20名くらい。その後も人がまったく集まらなくて1年で閉鎖しました。もちろん、そのときはまさか1年で終了するとは考えてなくて。大勢に参加してもらいたいと思っていたし、その期待もあったわけです。
——でも、現実は違ったと。
中川さん:ただ、オンラインサロンを運営したことで出会えた人たちは、僕にとってとてつもない財産で。本を出版したときに歯痒かったのは、読者と接する機会があまりにも少ないことでした。それこそ、SNSで感想をつぶやいてくれた人に「いいね」を押すとか、感謝の言葉を述べるくらいしかできないじゃないですか。でも、こちらも時間をかけて書いたし、読者も時間をかけて読んでくれたからこそ、深い関係を築きたかった。それがオンラインサロンを運営することで実現できたのは、すごく良かったと思うんです。
中川さん:つい先日も、サロンのメンバーの一人が福井県に単身赴任をすることになってヘコんでいたので、ほかのメンバーと一緒に遊びに行ったんですよ。みんなで温泉宿に泊まって、ご飯を食べて、観光して、帰ってくる。そのメンバーは父親と同じくらいの年齢で、普通に生活していたら接点はないと思うんです。でも、同じ価値観を共有してつながれたからこそ、発展性のある関係になれた。だから、オンラインサロンの運営自体は失敗に終わって恥ずかしい気持ちにもなりましたが、やってみて良かったと思っています。
——恥をかくことで失敗に対する許容が広がっていくのでしょうか?
中川さん:あると思います。僕、以前はめちゃくちゃプライドが高かったんですよ。それこそ、新入社員のときは「俺がこの業界を引っ張ってやる!」くらいの意気込みでいましたから。でも、変にプライドが高くて扱いにくいから、先輩からは可愛がられないし、ミスをしたらありえないくらい怒られるしと散々で。結果として鼻っ柱をパキッと根元から折られてしまったんですが、自分から積極的に恥をかくようになってから、変なプライドが邪魔しなくなったんですよね。
——それはカッコ悪い自分を受け入れられるようになったということでしょうか?
中川さん:恥をかくことで、良い意味で他人を気にしなくなったのかもしれません。それにカッコ悪いことでも続けていれば、いつしかその人のスタイルになると思うんですよ。僕が自撮り修行を続けているのも、それが理由で。そこから、もしかしたら書籍になるかもしれないし、海外で写真展を開催できるかもしれない。そういう可能性を信じて続けていくことが大切なんじゃないかなと思います。
テレビのオーディション番組だってそうですよね。若い子たちが感情を剥き出しにする姿なんて、すごく赤裸々ですし。でも、嘘がないから心を打たれてしまう。そういう意味で言うと、恥は魅力とも言えます。だからこそ、人気が出る。
——恥をかくことがスタイルになるって良いですね。
中川さん:ウォルト・ディズニーもジョージ・ルーカスも三浦知良も唯一無二ですが、それはスタイルがあるからだと思うんですよ。そうしたら誰も真似できないじゃないですか。
——カズダンスも自分がやるとなったら少し恥ずかしいですしね(笑)。
中川さん:でも、カズがやったらめちゃくちゃカッコ良い。スタイルがあるっていうのは、そういうことだと思うんです。
これからも恥の研究は続く
——中川さんは、これからどんなことに取り組んでいく予定なんですか?
中川さん:実は今、2冊目の本を書いていて。とは言っても今回は、恥の話ではなく、工夫にまつわる話なんですが(笑)。
——どんな内容の本になるのでしょうか?
中川さん:先ほどの大抵のことはうまくいかないっていう話にも通じるのですが、工夫って失敗から生まれると思うんですよ。失敗するから工夫するし、工夫するから自分が変わっていく。迷ったら恥ずかしいほうを選択するのも僕にとってはある種の工夫で、自分を変える手段なんですよね。
——ある意味、恥とつながっているテーマなわけですね。
中川さん:そうですね。広告代理店で働く人間が発想の本を書くのって、マジシャンがタネを明かすみたいで少し恥ずかしいじゃないですか。しかも、僕よりキャリアもスキルもある先輩たちがたくさんいるわけですし。それに対して葛藤もあったんですよ。
でも「クリエイターオブザイヤーじゃないから」とか「カンヌを獲ってないから」とか、それっぽい理由をつけて行動しないのは良くないなと思って。そもそも人ってすごく狭い範囲で自分を評価してしまうんですけど、業界における慣習なんて知らない人のほうが多いんですよね。
中川さん:それに広告業界の人たちは、もっといろんなことを発信したほうがいい気がするんですよ。広告が炎上するのって広告業界が世の中に対して閉じてるからなんじゃないかという疑問があって。広告を仕事にしている人たちが何を考えているのか、それをもっと伝えていくほうが業界にとっても良い影響があるんじゃないかなと思います。
僕自身、自分が固執しているものを捨て、外へ開いていったら、付き合う人も変わったし、出会う人も変わった。さらには仕事の質も変化しました。以前は広告宣伝部の担当者としか付き合いがありませんでしたが、現在は生産管理の担当者もいれば、人事の担当者もいますから。
——生きているとマイルールにがんじがらめになることがあります。恥をかくというのは、そういうものからの脱却を目指すものでもあるのかもしれないですね。
中川さん:そうかもしれません。でも、恥をかくって本当に些細なことでいいんですよ。そんなに真剣に考えないほうがよくて。少し話が飛びますが、恥ずかしいってやったことがないことの場合が多いんです。だから、初々しさがある。そして初々しさのあるものには、かわいさがあります。
——どういうことでしょうか?
中川さん:自分の子供を見ていて思うんですけど、はじめての体験に対する「ウワー!」というリアクションがすごくかわいいんですよ。しかも、ちょっと照れているっていう。そういう子供の恥と初々しさにまつわる絵本もいつか描きたいなと考えています。
——面白そうですね。どんな物語になる予定なんですか?
中川さん:今のところ、恥ずかしいと丸くなっちゃう「ハジマジロ」というキャラクターまでは構想を練っていて。とはいえ、話はまだ何も考えていないんですけどね(笑)。
撮影/武石早代
取材・文/村上広大
中川諒(なかがわ・りょう)
1988年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部に卒業後、株式会社電通に新卒で入社。8年目で社内の転局試験に合格し、クリエイティブ局に異動。12回目のチャレンジでようやく「カンヌクリエイティブフェスティバル」のU30プログラム、ヤングカンヌ・スパイクスの日本代表に相方のチカラで選ばれる。カンヌで負けて一人で坊主になり、悔しさをバネに翌年再度170組出場の国内予選を勝ち抜き日本代表になり世界1位に。翌年、世界の若手クリエイティブ25人が参加するヤングカンヌアカデミーに日本人としてはじめて選ばれて、全員分の筆ペンをお土産に持参して一番の人気者に。その後Googleにクリエーティブディレクターとして出向し、シンガポール、シドニー、東京オフィスでの勤務を経験。必要以上の身振り手振りを交えた英語で仕事をする。帰任後、ユニクロ、サントリー、ホンダなどの広告を沢山の人たちに助けてもらいながら制作。もらった賞はほとんど周りの人のおかげ。2021年に著書『いくつになっても恥をかける人になる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版
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