若手起業家を育成する澤田経営道場で、起業に向けて日々勉強に励む山下楓美香さん。前回は起業のプロ・守屋実さんに「意志」の大切さを教わり、話の流れでそのまま新規事業チームで修行する機会まで手に入れました。
何が起こるかわからないこの連載、今回は本気ファクトリー株式会社代表取締役の畠山和也さんに、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」とは何か、何のためにどうやって決めるのかを詳しく教えてもらいます。
澤田経営道場とは?
株式会社エイチ・アイ・エスの創業、スカイマークの設立、ハウステンボスの再生などの実績を持つ、日本を代表するベンチャー経営者の澤田秀雄さんが2015年に設立した人材育成道場。澤田さんが経営者として学んだこと、経験したことを後進に伝え、世界で活躍できる起業家、次世代リーダー、政治家を生み出すことを目的とする。内閣府認定の公益財団法人SAWADA FOUNDATIONが運営。
澤田経営道場ホームページ:https://sawadadojo.com
ミッション・ビジョン・バリューは、ただのかっこいいキャッチコピーにあらず!
畠山先生、起業したら「ミッション」「ビジョン」「バリュー」を決めるとよいと聞きました。詳しく教えてもらえませんか?
わかりました。概要は初回に渡邊さんから聞いていると思いますが、おさらいから始めましょうか。
ミッションは「その会社や組織が何のためにあるのかを規定したもの」、ビジョンは「どんな姿や光景、世界を実現したいのか、具体的に描いたもの」、バリューは「事業活動を行う上での行動原理・価値観」、でしたね。
そうですね。なんだか名前もかっこいいし、これが決まると「なんだか俺、会社やってるぜ!」って気分になっちゃいますよね。だからかもしれませんが、“なんとなく” “とりあえず”でMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を決めて、実際には活用できていない人や会社も多いんですよ。
そうなんですね……。MVVを決めただけで満足しちゃいけないんですね。
MVVはあくまで、組織運営のための考え方の1つですからね。MVVを決めること自体に意味があるのではなくて、「社員の行動を縛る」ためにMVVを決めるんです。
MVVは会社の憲法? 組織が迷走しないためのルール
MVVって、みんなで目標を共有してモチベーションを上げるためのものかと思ってました。
そういう側面もありますし、実際モチベーションが上がる人もいるのは否定しません。でもMVVの本質は、「我々はこうする/しない」という方針を明確に掲げ、その意図に沿うよう社員の行動を縛るためのルールなんですよ。
「縛る」と聞いてびっくりしちゃいましたけど、組織が意図しない方向にいってしまわないためのルールなんですね。
MVVは企業や組織における憲法のようなものです。国も会社も、みんなが好き勝手したら成り立ちませんからね。
「会社の憲法」ですか、なるほど。あれ? でも、ルールだったら就業規則とかもありますよね。ああいうのを決めるだけではダメなんですか?
確かに就業規則も大切なルールですね。そしてMVVの下に就業規則があるように、憲法の下にも個別の法令や省令、ガイドラインがあります。でも、だからと言って憲法がいらないわけではないですよね?
そうですね……。じゃあMVVや憲法には、就業規則や法律とは別の役割がある……?
その通り。MVVや憲法の役割は、個別のルールに記載されていない事態が起こった際の指針です。
個別ルールには「〇〇の場合は△△とする」のように細かいケースごとの対応が規定されていますが、起こりうるすべてのケースを盛り込むのは実質的に不可能ですよね。だから、規定されていない事態が起こった場合に照らし合わせて判断するための抽象的なルールが必要になるんです。
どんなにがんばっていろいろなケースを想定しても、例外ってありますもんね。
例えば、電車の遅延で遅刻した場合に、遅延証明があれば定時出社扱いになるという規則があったとします。では遅延じゃなくて運休の場合はどうする? 通勤途中でケガをして遅れた場合は? 病気だったら? 熱は何℃以上を病気扱いにする?
……まあこれは極端な例ですが、いちいち全部就業規則に書いてたら、きりがありませんよね。
そうですね。すべてを個別ルールに書けない以上、書いていないケースについては各自で判断するしかありません。判断するためには指針が必要です。その指針がMVVなんです。
「私たちのMVVは〇〇だから、それに合致する行動はこうだ」と判断できるわけですね!
そう。社員が不適切な判断をして明後日の方向にいってしまわないよう「縛る」んです。
ミッションは、「はるか遠くに見える目的」
「ミッション」「ビジョン」「バリュー」それぞれについて、もっと詳しく知りたいです。
ではまずミッションから。ミッションは「その会社や組織が何のためにあるのかを規定したもの」でしたね。これは「目標か目的か」で言うと「目的」にあたります。
だから逆に言うと、ミッションが実現してしまうと会社の存在意義がなくなってしまうんですよね。目的を果たしてしまったわけですから。
役目を終えたとして解散するか、新たなミッションを設定するか、ですね。基本的にミッションは、永久に達成されない、遠い遠い目指すべき場所みたいなイメージです。
そう簡単に会社が役目を終えてしまっても困りますもんね。
例えば、私の個人ミッションは「若者が未来に希望を持てる社会を作る」です。難しそうでしょう?
社会を変えるのは簡単ではなさそうです。個人ミッションというのは初めて知りました。畠山先生が仕事をする意義、ということですよね。
そうですね。今はこれを目的にしています。
でも、ミッションだけだと抽象的すぎると思いませんか? 具体的にどういう社会なのかが分からないし、今どれだけ達成に近づいているかも測りにくい。
そこで、目指すものをもっと具体化したのが「ビジョン」です。
ビジョンは、「具体的に描いた理想像」
私の個人ビジョンは「2030年までに若者が人生を自分で切り開いていけるような学校を作る」です。ミッションに比べると、だいぶ具体的になったでしょう?
ビジョンは「実現したい世界を具体的に描いたもの」というのは、こういうことなんですね。
ゴールを具体的にすると、実現にどれだけ近づけているかが明確に分かります。それにもし、2030年までに学校を作れなかったとしても、「教師陣を集められた」「事業計画を作った」「教育カリキュラムを作った」など、ビジョンの一部分だけでも達成度を評価することができますよね。
ミッションは達成が遙か遠くなので、途方もなさすぎますもんね。
ミッションが「目的」ならば、ビジョンは「目標」とも言えます。
バリューは、「組織で働く人達の判断基準」
そしてバリューは「事業活動を行う上での行動原理・価値観を規定したもの」ですから、当然事業内容によって変わりますし、ミッションやビジョンによってもあるべきバリューは変わります。私がよく例に出すのは「高級ホテルと格安ホテルのバリューの違い」です。
高級ホテルのバリュー、つまり行動原理は「快適な宿泊体験やゆき届いたサービスを提供すること」、格安ホテルの場合は「低価格で宿泊場所を提供すること」ですよね。どちらの従業員も、就業規則に細かく書いていないことについてはこの原理に基づいて行動することになります。
同じ「ホテル」という業態でも、事業内容が違うとバリューが全然違いますね。行動原理が違うと、どういう判断をして、どういう行動をするかも変わってくるということですよね?
そうですね。例えば、チェックアウト後もホテル内に泊まっている顧客がいて、どうやら財布をなくしたようだ、というケースを想像してみてください。高級ホテルならば、快適な宿泊体験のためにスタッフ自ら声をかけ、泊まっていた部屋を探しに行くといった行動をとるはずです。
さらに、そのスタッフが1人の顧客にかかりっきりになっていてもほかの接客に影響が出ないくらい、十分な人的リソースも用意してあるはずです。
なるほど! その場のふるまいだけではなくて、日頃の運営や判断にもバリューが影響してくるんですね。
一方格安ホテルの場合、バリューに沿って低価格でサービス提供するには効率性を最大限発揮しなくてはなりません。ホテルに責任がある場合を除けば、探し物よりほかの顧客のチェックアウト業務を優先するでしょう。
コストを最小限に抑えていれば、人的リソースの余裕もないでしょうからね。
そうですね。この2つのどちらが良い・正しいというわけではなく、「目指すものによって適切なバリューは異なるし、バリューによって実際にとる行動も異なる」という話です。
MVVの決め方に正解はない。起業前に決める必要もない
ミッション・ビジョン・バリューはどのように決めるものなんですか? どこから考えていいのかわからなくて……。
これはですね、正解があるわけではないんですよ。決める順番も場合によりけりです。
前回学んだ「意志」の話を覚えていますか? 「こういう世界を実現したい!」という意志で起業する人ならば、それがそのままミッション・ビジョンになりますよね。そこからバリューもすんなり導き出せるでしょう。
最初から理想像を持っている人は、それをビジョンにすればいいわけですね。
でも、意志の形ってそれだけではありませんよね? 「NFT事業をやりたい!」「金持ちになりたい!」という強い意志で起業する人だっています。別に最初の動機は何でもいいんですから。
ただ、この意志をそのままMVVにするわけにはいきませんよね。会社のミッションが「社長を金持ちにする」じゃ、誰もついてきませんから。
そういう場合、どうやってMVVにつなげていくんですか?
起業して試行錯誤しながらある程度事業内容やビジネスモデルが定まってくると、「この事業は何のためにやるのか」「何を目指すのか」を考えられるようになります。だから、MVVを決めるより先に事業の詳細を詰めていったほうがいいと思います。
MVVを決めるのが目的ではないので、必要に応じて決められるところから決めていけばいいんです。例えば「貧困家庭を救う」というミッションは決まっていても、子ども食堂をやるのか、食料配布をやるのか、必要な教育ができる施設を作るのか、事業内容が定まるまではビジョンやバリューも決められませんしね。
一方、例えば「NFTをやりたい」という意志が動機だと、存在意義や目指すイメージはなかなか固まらないかもしれませんが、おそらくバリューは早い段階から考え始めることになるでしょう。不確定ながらも組織としてNFT事業を動かしていくには、行動原理が必要になりますからね。
本当にケースによって決める時期も順番もさまざまなんですね。最終的にいつぐらいまでに決めればよいものなんですか?
組織の規模が大きくなり、起業家自身1人でマネジメントしきれなくなる前までにMVVを決めておくとよいと思います。それより前の段階ならばまだ、社員が判断に迷っても「社長、どうすればいいですか?」と聞いてもらうことができますからね。
最後に:MVVは変化に合わせて定期的に見直すべき
MVVって、起業するにあたって最初にビシッと決めておくものかと思っていたので、イメージが変わりました。
あはは。そんなことはないですよ。MVVは絶対的な金科玉条ではなく、組織を上手く運営するための決めごとです。事業を進めていると周りの環境も自分たちの組織も大きく変化しますから、それに応じてMVVも柔軟に変わり続けなくてはなりません。
途中で変えてもいいものなんですね。変えると「ブレてる」って思われそうで心配だったので、ほっとしました。
むしろ、環境や組織が変わったのにMVVが変わらない方が変だと思いません? 定期的に見直して、現状に合っていなければ更新していくべきだと思いますよ。
そもそもMVV自体があくまで会社の方向性を整理するための考え方の1つなので、本当にこの考え方が自分たちの組織にフィットしているかどうかも見直すといいかもしれません。「パーパス」や「クレド」など類似の概念はたくさんありますから、自分に合ったやり方で整理してみるといいんじゃないでしょうか。
わかりました。畠山さん、今日はありがとうございました!
「ミッション」「ビジョン」「バリュー」について詳しく学んだ山下さん。不安も少し解消できたようです。次回は株式会社フェアプライズ代表取締役の谷田脩一郎さんに、サービス立ち上げ時に必要なマーケティングの知識をお聞きします。
畠山和也(はたけやま かずや)
本気ファクトリー株式会社 代表取締役、株式会社BYD 取締役
ソフトバンクBB(現ソフトバンク)、リクルート、ラクスルなどで一貫して新規事業に携わる。2014年に本気ファクトリー株式会社設立後は、博報堂や京セラなど大企業の新規事業開発を支援すると並行して、複数の企業で働くパラレルキャリア人材として複数のスタートアップの役員を歴任。2021年以降、ハンズオンエンジェル投資家としても活動している。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。
著書に「17スタートアップ 創業者のことばから読み解く起業成功の秘訣」(早稲田大学出版部)がある。
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取材・文/内島美佳