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料理業界を変えるエンタテイナー。sioの鳥羽周作が思い描く“食”の未来

料理業界を変えるエンタテイナー。sioの鳥羽周作が思い描く“食”の未来

業界の第⼀⼈者に、事業成功の秘訣や経営のノウハウについて話を伺う企画「THE PIONEER」。今回は、代々木上原のフレンチレストラン「sio」のシェフ兼代表取締役の鳥羽周作さんが登場。

ミシュランシェフでありながら、経営者としても手腕を発揮し、現在は異なるジャンルの飲食店を5店舗も経営(2021年7月14日現在)。テレビ出演やレシピ本の出版、企業とのコラボレーションなど、その活躍は多岐にわたります。飲食業界にイノベーションを起こし続ける鳥羽さんに、経営者としての目覚めから飲食業界が抱えている課題、4月に立ち上げた新事業まで聞きました。

シェフはプレイヤーであり総監督

異色の経歴を持つ鳥羽さん

Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、32歳で料理の世界に飛び込んだ鳥羽さん。イタリア料理店やフランス料理店で腕を磨き、2018年にオーナーシェフとしてレストラン「sio」をオープンしました。経営者として頭角を表したのは、今からたった3年前のこと。

「『sio』を立ち上げて3年経ったいま、相当ストロングになっていますが、創業当時は経営に対しては初心者でした。とはいえ、どんぶり勘定で経営するわけにもいかないので、お店や従業員のためにどうすればいいか考えるうちに、経営を事務作業として捉えるか、クリエイティブとして捉えるかで全然違うなって。アイデアや工夫を凝らした料理でお客さんを喜ばせることがクリエイティブだとしたら、経営で人を喜ばせることだってクリエイティブなのではと。単純にお金を稼ぐのではなく、経営自体をクリエイティブに捉えることで、お店の経営も楽しめるようになりました」

今年1月にスタートした「sio」の朝ディナーで提供されるスフレオムレツ/画像提供:「sio」

シェフ業を着実にこなしながらも、朝ディナー(朝からコース料理が楽しめる新サービス)や贅沢弁当(13種類の一品料理とウニすき焼きご飯などを合わせた、特別な日のためのお弁当)のテイクアウトといった時代を先読みした経営戦略を打ち立ててきた鳥羽さん。柔軟な発想とアイデアから生み出された構想を実現できるのは、かねてよりクリエイターを巻き込んだ新しい飲食店のあり方を模索してきたからこそ。

「『sio』では、店舗のロゴデザインを水野学さんに、音楽のセレクトは沖野修也さんにしていただいています。一流のクリエイターや経営者の方々とご一緒し、彼らの柔軟性と瞬発力を間近で見るたび、『なんとしてもついていかなきゃ』という気持ちになりました。そんな経験や思いがあったから、肌感で時代の流れを捉えられるようになったのかもしれません」

「sio」はクリエイティブを掛け合わせた店づくりを行っている/画像提供:「sio」

レストランの中には料理人と経営者が別々のお店もありますが、鳥羽さんはその両方を兼ねるオーナーシェフ。2つの顔を持ち合わせながらも、そこの線引きはあえてしていないそう。

「シェフと経営者、自分の中でその2つの線引きはしていないんです。ボーダーレスにしていても、誰よりも料理ができなければならないし、営業中のサービス対応から、経営マネジメント、スタッフのケアまで、すべてにおいてきちんと目を配らなければいけない。僕がオーナーシェフをやるからには、一番のプレイヤーであり、キャプテンであり、総監督であるという、極めてハイブリットな立場でなければならないと思ってます。

一つひとつの仕事をポジティブに取り組み、物事を判断するときは常に冷静で本質的に見極める。お店のすべてを把握し、細かなこともスタッフに言語化してきちんと伝える。料理人の枠を飛び越えてハイブリットに仕事をすることで、たとえ自分が現場に出てなかった場合でもゲームメイクが成功するんです」

目先の利益は求めず、その先にある幸せを追求する

誰かの笑顔を思い、幸せの種を蒔いていく

鳥羽さんが大切にしているマインドの1つに、「幸せの分母を増やす」というものがあります。これは、お店に訪れるお客さんはもちろん、自身の仲間である従業員までも幸せにするという、鳥羽さん自身の覚悟の現れのよう。

「お店をやるうちに僕らがたどり着いたのは、『人を幸せにする』というとてもシンプルな思いでした。これを叶えるには、お客さんだけでなく、従業員にも幸せになってもらわなければならないと思っていて。飲食業は安月給だなんて言われていますが、給料も働く環境もこの先もっと整えていきたいと考えていますし、この業種を飛び越えたおもしろい試みにも挑戦していきたい。『人を幸せにする』ことを体現するためなら、なんだってやっていこうと決めているんです」

コロナ禍に入ってすぐ、Twitterやnoteでレシピを公開した

SNSで自身のレシピを公開したり、ファストフードのアレンジレシピを提案したり。ミシュランシェフとは思えぬような斬新な発信も行うのも、誰かの笑顔を想像し、その誰かを幸せにしたいから。

「先日、Twitterでマクドナルドのアレンジレシピを投稿したら、想像以上の反響をいただきました。コロナの影響でファストフードのテイクアウトの売り上げが伸びていて、日本中がおうちごはんをせざるを得ない状況の中で何ができるか考えた結果、新しい味わいを楽しめるアレンジレシピを提案してみようと思ったんです。

ミシュランシェフである僕がこんな情報を発信すると、料理業界でよく思われないかもしれない。もちろんわかっていますけど、やっぱり僕は大好きな料理でたくさんの人に幸せを届けたい。そんな根底にある思いは、フレンチもファストフードも変わらないと思うんです。いま僕ら料理人に求められているのは、もっと視野を広げて食の楽しさを伝えていくことなんじゃないかって」

たくさんの反響を呼んだマクドナルドのアレンジレシピ

目先の利益を求めず、食を媒介に幸せを届けていく鳥羽さん。こうした行動は、直接的な収入にはならないけれど、最終的に自分たちに巡ってくるとも。

「収入のいいであろう講演をやって稼ごうとも思わないし、損得勘定だけで経営したくないんです。いま僕らはいろいろな企業とコラボさせていただいていますが、実は福岡のおばあちゃんが営んでいる小さなラーメン店のコンサルもやっているんです。しかも無料で。そのおばあちゃんが一生懸命働いている姿にすごく感動しちゃって、話しかけてみたら経営がうまくいっていないっていうもんだから、『僕が相談にのるよ!』ってことで始まりました。

志がある人にはお金関係なく力になってあげたい。僕、困っている人がいたらなんでもやってあげたくなっちゃうタイプで、人と会うたびに何かしらの仕事が生まれちゃうんです。スタッフには「もう誰にも会わないで」って言われてるくらい(笑)。だけど誠意と愛情を持って人に接すると、回りまわって自分に返ってくる。お金だってそうだと思うんです。そもそも僕の原動力は愛。だから目先の利益じゃなく、もっと先にある幸せに目を向けていたいんです」

実は頼まれたら断れないタイプだそう

ミシュランシェフが異ジャンルの飲食店に挑む理由

異ジャンルの飲食店を手がける理由とは?

フレンチレストラン「sio」に始まり、丸の内のビストロ「o/sio」、渋谷の洋食店「パーラー大箸」、大阪の居酒屋「ザ・ニューワールド」、奈良のすき焼き店「㐂つね(きつね)」と、鳥羽さんが経営するのは全部で5店舗(2021年7月14日現在)。すべて異なるジャンルで展開するのも、ミシュランを獲得したオーナーシェフの中でも異例中の異例です。

今年4月に奈良にオープンした「㐂つね」。すき焼きをメインに、コース料理を楽しめる/画像提供:「sio」

「僕はフランス料理のシェフですが、そもそも料理がガチで好きなんですよ。だからどのジャンルの料理でも誰よりもおいしいものがつくれ、洋食店もすき焼き店も居酒屋もすべて成功させる自信があります。誰も成し遂げられないような挑戦をしたいと思っているので、あえて異なるエリアやジャンルを選んでいるんです。

すき焼き店『㐂つね(きつね)』でいうと、奈良県って飲食業が難しいといわれているエリアなんですが、実はいま社内で一番勢いがあるのはこの店舗。なんでこんな挑戦的なことをしているのかというと、すべてはやりたいことのための下準備なんです。僕らにはファミレスというインフラを手がけて、“料理にポップの文化をつくる”という夢がある。だから、いまは『sio』のポートフォリオを作っている状態なんです。ミシュランを取っているからこそ、飲食業界に文化やポップを加えたい。『どの料理も鳥羽さんが手がけるとおいしいよね』ってお客さんに喜んでもらい、たくさんの人に幸せを届けるべく、新たなことにも挑んでいます」

コロナ禍で必要なのは、リスクヘッジの確保

コロナ禍で飲食業が生き残るのは、今までの概念をくつがえす発想の転換が必要だそう

新型コロナウイルスの感染拡大によって、これまでの日常が一変。さまざまな企業が苦難を強いられる中、とくに苦しい経営を余儀なくされているのが飲食業といえます。コロナ禍で鳥羽さんが感じた今後の飲食店経営とは?

「新型コロナウイルスの影響で、昨年から飲食店がどんどん閉店していっています。そのほとんどは収入源が店舗自体の売り上げのみのところではないでしょうか。そうしたお店は、営業ができなくなると稼働ができず収入がゼロになり、やむなく店をたたむことになってしまいます。これを避けるためには、店舗以外での収入源を確保することが重要です。この財源があれば、万が一また感染症が流行しても組織を存続できる。これからの社会で、自分の店を持続して経営するためには必要不可欠なマネジメントだと思います

いままでの飲食業界では、『自分のレストランを持ちたい』と思ったら専門学校を卒業し、何年か修行して独立という流れが主流でした。しかし、これからは独立のタイミングでECサイトなど資金を集められるような事業を立ち上げるのが普通になってくるんじゃないかって。自分の店を持つときに多額の負債を抱えてオープンしても、固定費と返済でほぼ売り上げは取られる。コロナをきっかけに改めて経営を見直したときに、飲食店はデフレのスパイラルだなって。そうならないためにも、そもそもの飲食経営のあり方から変えていかなきゃいけない。そう実感しました」

「どんな状況でも自分を俯瞰で捉えることが大事」と鳥羽さん

まさにいま、飲食業界全体が変化を求められている時期。そんな状況下では、ただ闇雲に経営しても仕方がないと鳥羽さん。

「コロナ禍でテイクアウトをするレストランが増えましたが、レストランの料理をそのままテイクアウトで提供すると、うまくいかないと気づきました。肝心なのは、自分の状況をもっと俯瞰で見て考える力。同じ飲食でもテイクアウトはひとつのジャンルとして確立しているので、全く別の業種と考えてアジャストしないとうまくいかない。どんな人がどんな状況で食べるかまで想像しないと、いいものをお客さんに届けられないと思います

不安定な現在だからこそ、世の中の流れを知ることが大切だとも。

「僕は隙間時間で必ずSNSをチェックして、いま何が流行っているかリサーチします。そして、アイデアが思いついたらすぐにアウトプット。緊急事態宣言下で始めた『朝ディナー』は、朝の通勤電車で思いついてTwitterに投稿すると結構反響があったので、『やろう!』と即決意しました。その場でスタッフに朝ディナーを始めることを連絡すると、その日の夜に予約フォームができて、次の日には予約ができるようになってすぐ満席に。情報が次々と流れていき、いろんなものに振り回される不安定な世の中だからこそ、瞬発力と決断力が大事なのかもしれません」

食とクリエイティブが仕掛ける新しいビジネスモデル

世の中をシズらせていくため、新会社を設立した/画像提供:シズる

凄まじいスピードで新事業への挑戦と、料理業界の改革をし続ける鳥羽さんですが、今年4月にクリエイティブパートナーに博報堂ケトルを迎え、「シズる」を設立。その狙いが気になるところ。

「今年の夏、青山に新店舗をオープンするんですが、『sio』を立ち上げた時と同じように、クリエイティブを入れようと思いつきました。そのことを友人である博報堂ケトルのクリエイティブディレクターに相談したら、『いろんな食の事業を、博報堂ケトルを交えて展開できたら面白いかもね』ってどんどん話が膨らんで。

僕らは商品開発ができるし、飲食業界の中では発信力もあり、アウトプットを行えるお店もある。一方、博報堂ケトルはクリエイティブ全般と広報、戦略、宣伝ができる。入口から出口まですべて自分たちでできると気づいたときに、『最強のチームじゃん!』って確信しました。どうせなら、しがらみなしに楽しく運営していって、世の中を“シズらせよう”と意味を込めて『シズる』と名付けました」

鳥羽さんは次々と食にまつわるプロジェクトを構想していく

レシピ開発からパッケージデザイン、店舗の開発、PRの立案など、飲食ビジネスに関わるあらゆる課題をクリエイティブの力で解決していくシズる。飲食業を超越したプロジェクトを遂行するのは、飲食業界の明るい未来を願ってこそ。

「僕たちはただの飲食店の経営をするのではなくて、食文化として世の中にどう貢献できるかを考えています。たくさんの人に『おいしい』を届けるためにオンラインショップも構築する予定ですし、ゆくゆくは地方自治体とも繋がってそこに根差した食文化を伝承するコミュニティづくりにも携わっていきたい。僕たちが飲食業界に新しいビジネスモデルやアウトプットを浸透させることができれば、業界全体が経済的にも精神的にもすごいラクになると信じています

鳥羽周作(とば しゅうさく)

sioオーナーシェフ・シズる株式会社代表取締役。
1978年生まれ、埼玉県出身。Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、32歳で料理人の世界へ。2018年、代々木上原にレストラン「sio」をオープンし、ミシュランガイド東京で2年連続星を獲得。また、業態の異なる5つの飲食(「o/sio」「純洋食とスイーツ パーラー大箸」「ザ・ニューワールド」「㐂つね」)も運営。書籍、YouTube、各種SNSなどでレシピを公開するなど、レストランの枠を超えたいろいろな手段で「おいしい」を届けている。2021年4月、博報堂ケトルとチームを組み、食のクリエイティブカンパニー「シズる株式会社」を設立。モットーは『幸せの分母を増やす』。

sio:http://sio-yoyogiuehara.com
シズる:https://sizuru.co.jp
Twitter:https://twitter.com/pirlo05050505

撮影/酒井恭伸
取材・文/ワタナベマギー

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