3,000億円でM&A!「あと払い」Paidy社長・杉江陸の「最短距離で勝つメソッド」
2021年9月、あと払いサービスを提供するPaidy(ペイディ)は、アメリカの大手決済企業ペイパルに3,000億円で株式を売却。国内スタートアップのM&Aとしては過去最高規模と言われ、大きな話題となりました。今回、Paidy社長の杉江陸さんに取材を敢行。経営者としての信念が芽生えた学生時代から銀行員、外資系コンサルタント、金融領域での社長業を経て、スタートアップ企業Paidyの社長へ転身した背景、そして、勝ち続けるためのメソッドを伺いました。ビジネスにおける金言が詰まった貴重なインタビュー、ぜひご一読ください!
Paidyは「お客さまを信じて」与信ハードルを下げ、行動に準じて信頼を確立していく
——オンライン決済のあと払い(Buy Now Pay Later)サービスの「ペイディ」はアプリダウンロード数700万を突破し、利用者が増え続けています。ペイディは、クレジットカード登録不要でメアドと携帯番号だけで買い物ができ、翌月一括払いや分割手数料無料※のあと払いが可能ですが、金銭的なリスクが高い中でこのようなサービスを実現できたのはなぜでしょうか?
※口座振替・銀行振込のみ無料
杉江陸さん(以下、杉江さん):お客さまを信じてサービスを提供しているのが、ペイディの本質です。一般的に金融機関では、顧客に職業や年収、居住地を証明できる資料を提出してもらい、虚偽がないことを確認してから取引を開始します。でも、ペイディは逆なんです。まずはお客さまを信じることを前提としてペイディを使っていただき、返済が確認できたらお付き合いを継続させていただくという成り立ちです。金融の世界で一般的な「属性与信」※ではなく、「これからどう行動するのか」という「行動与信」に重きを置いているところがペイディの一番の特徴ですね。
※個人の属性によって判断する取引の限度額のこと
——ペイディのキャッシュポイントは加盟店からの手数料ですが、なぜ、多くの事業者にペイディが支持されているのですか?
杉江さん:ペイディには手数料に相応しいバリュー・プロポジション※があるからだと自負しています。まず、ペイディを使うとクレジットカード登録が不要なのでお客さまは面倒くさい手続きなしでECサイトでスルッと買い物できる。だから、商品をカートに入れたものの買わずに離脱する「カゴ落ち」の防止になります。日本ではカード不要で買い物できる方法に代引きもありますが、実は加盟店のコスト要因になりやすい。ネットショッピングでは日常的に大量の返品手続きが発生しますが、代引きはその手続きが非常に煩雑でコストがかかるんです。でも、ペイディは簡単にクレジットカードライクに返品と返金が簡単にできるため、そういったコストはほぼない。
また、事業者にとってブランド毀損になる値引きをせずとも、ユーザーの購入機会を増やすきっかけも提供できる。たとえば、値引きを行わないブランド品を購入したいユーザーはたくさんいますよね。そういう事業者とユーザーを結びつけられるから、両者ともに満足いただいていると感じています。
※企業が顧客に提供する価値のこと
中学生の頃、「自分の人生は自分でコントロールする」と決心
——杉江さんがPaidyの社長になるまでの道のりについて、お伺いさせてください。過去を振り返って、経営者を志すきっかけとなるような出来事はありましたか?
杉江さん:きっかけと言えるかわかりませんが、僕は幼少の頃から、大人に対する怒りが人一倍ありました。自分で言うのもなんですが、僕は勉強も運動もできる子どもだったのですが、小さな田舎町の大人たちは決まったルールから僕を開放してくれなかったんです。たとえば、僕は教科書をパラパラと読めば理解できてしまうので、宿題よりも学校で教えてくれない問題に向き合いたかった 。でも、毎日宿題を強制させられる。部活はさらに不条理でした。中学で軟式テニスに打ち込みましたが、練習は非合理的なものばかり。徐々にそういう大人たちと付き合うのが嫌になり、「自分の人生は自分でコントロールする」と中学生の頃に決心したのを覚えています。
——大人への不信感が経営者への道を開いたのですね。それにしても、杉江さんの達観力は凄いですね……。
杉江さん:嫌味っぽく聞こえたかもしれないんですけど、僕はそういう人間なんです(笑)。自分がリードする環境がないと、自分は自由になれない。この発想は中学生の頃に生まれました。今でもこの信念は変わっていません。大人は子どもの本当の良さや強み、「どう生きたいか」をわかっていない。「今の時代のあなたを知ってるのは、あなた自身しかいない」という信念があり、自分の子どもにもそう思って向き合っています。
——そんな杉江さんが、東大卒業後、なぜ富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行されたのでしょう? 銀行ってとても堅くて、杓子定規な業種だと思うのですが。
杉江さん:社会でインパクトは残すには、まずは世の中でリーダーと呼ばれる層が何を考えているのかを知るべきだと思ったからです。当時、リーダーに会える確率が高く、お金の流れをすべて押さえているのが銀行でした。富士銀行に入行し、第一線で活躍するさまざまなリーダーとお会いすると、「早く同じ土俵で戦えるようになりたい」と思うようになりました。また、僕はもともと留学願望があったのですが、当時そんな機会を与えてくれるのが銀行だったのも理由の1つです。実際、富士銀行の試験を経てコロンビア大学に留学しましたが、キャリアへの大きな影響となりましたね。
——留学願望はいつからあったのでしょうか?
杉江さん:小学校低学年のときから、英語を話せるようになりたいと思っていたんです。父が若い頃にカナダでポストドクター(博士研究員)をしていたのですが、私が小学生の時にその頃の共同研究者の中国系カナダ人を家に招いたことがあったんです。その彼が話す英語を当時の僕は理解できず、むちゃくちゃ大泣きして暴れるほど悔しくて(笑)。「絶対英語を話せるようにならなきゃだめだ」と、いつか海外で勉強したいと思うようになったんです。まぁ、父の思惑にまんまと乗せられたのかもしれませんけれど(笑)。中学3年生の夏に父に頼み込み、40日間アメリカを旅したこともあります。もちろん、その程度の期間では英語を話せるようにならず、留学の際に本格的に英語を学びました。
——杉江さんはコロンビア大学でMBA(経営学修士)と金融工学修士を取得されます。金融工学とはどんな学問なのでしょうか?
杉江さん:金融商品などの将来的なリスクやリターンや価格を統計や確率を用いて数値化したり分析したりする学問です。当時の金融工学の延長線上にあるのが、今のAIでの金融ロジックです。コロンビア大学で「これからコンピューティング全盛の時代が来る」と意識して勉強したことが、今のPaidyの経営につながっていますね。
世の中の大半の人は挫折なんてしていない
——その後、杉江さんは富士銀行の経営統合に伴い、退社されます。コンサルティング会社のアクセンチュアを経て、GEコンシューマー・ファイナンスで消費者金融「レイク」の再建に尽力され、新生フィナンシャルの社長を務められます。数々の大企業で手腕を振るうなか、挫折を味わうことはなかったのでしょうか?
杉江さん:挫折の定義が「頑張って、頑張り抜いて、それでも成功できなかったこと」だとしたら、僕自身は挫折したことがないと言えます。なぜなら、勝つまでやるからです。そもそも、一般的に「仕事を挫折した」などと簡単に言いますが、世の中の大半の人は挫折なんてしていないんじゃないかと思います。
——「挫折」と言えるほど、そもそも頑張っていない、と。
杉江さん:そうです。プロ野球選手になれなかったトップクラスの甲子園球児の血の滲むような努力は、挫折と呼ぶのにふさわしいと思います。でも、勉強も仕事もそこまで努力している人は実際少ないですよね。だから、挫折なんて簡単に言うべきではない。Paidyだって、これまでデコボコ道を歩んで来たわけですが、困難があっても前進し続けたから、今があるのです。「どうしたら勝てますか?」とよく聞かれますが、僕の場合、ただただ諦めなかっただけ。戦う場所と向かうべき目標が決まったなら、そこで勝つまでやるだけなんですよ。
——なるほど。そんな杉江さんはプライベートでも挫折したことがないのでしょうか。私たちには杉江さんがあまりに無敵に見え、完全無欠の人生を送られているように感じてしまいますが……。
杉江さん:僕は自分のことを無敵だなんて思っていませし(笑)、プライベートでも挫折経験はたくさんあります。頭がいい・悪いとか、足が速い・遅いとか、わかりやすい尺度だけでなく、速く泳げるかとか上手く歌えるかとかそういった尺度が増えるほど、自分にはできないことがたくさん見つかります。そのため、Paidyでは「僕とは違う得意技を持った人」と働くようにしているんです。「1+1」が2以上にならなきゃ、チームをつくる意味がない。自分と同じ能力の人を雇うのなら、自分が今の倍働いた方が効率がいい。なぜなら、コミュニケーションコストがゼロだから。そうではなく、異なるアングルで意見を出し合って、新しいものを生むことに価値があると思います。
——杉江さんは2017年にPaidyの社長に就任されました。これまで大企業を渡り歩き、なぜスタートアップで新たに挑戦をしようと思われたのですか?
杉江さん:当時、社長を務めていた新生フィナンシャルで働くスタッフたちに、全然違うところで新たな挑戦をしている姿を見せたかったからです。僕は40歳で新生フィナンシャルの社長になったのですが、このまま定年まで20年も権力を持ち続けたら私のせいで会社が腐敗するとわかっていたため、長く在籍する気はありませんでした。ただ、無責任に投げ出すような辞め方はしたくなかったので、然るべきタイミングで海外など新天地で新たな挑戦をしようと考えていました。
そんなとき、Paidyの創業者で現会長のラッセル・カマーを知人から紹介され、「すごくおもしろいことやってるな」とすぐに興味を持ったんです。当時、Paidyの社員は40人ほどでしたけど、6〜7割が外国人ですでに多国籍な会社でした。「これなら海外に行くより、Paidyで働く方がおもしろそう」と食指が動きましたね。また、金融知識だけではない自分の得意技がここなら生かせるとも感じました。プロダクトづくりに長けたラッセルの隣で、組織の期待値マネジメントが得意な僕が会社を経営することでPaidyはもっと伸びると確信し、スタートアップでの挑戦を決めました。
——期待値マネジメントとは、具体的にどのようなことをやるのですか?
杉江さん:事業の成長速度や失敗確率などの期待値を適正化することです。資金調達でも社員とのコミュニケーションでも、それらのステークホルダーと合意した内容に継続的にこだわることが肝心ですよね。退屈なプランを話しても無意味ですが、大ボラを吹いて、過剰に期待値を上げてもいけない。経営者がやるべきことは、いろいろな人の思いを同じベクトルに向かせることだと思うのです。
次の挑戦のために、徹底的に勝ちにこだわる
——杉江さんは投資家としてもスタートアップをはじめ、数々の経営者と対峙されていますが、経営者に必要なスキルは何だと思いますか?
杉江さん:一般的に経営者ってカリスマがあって、話がおもしろくなきゃいけないと思われていますが、必ずしもそうでなくていい。経営者に必要なのは自分について掘り下げ、強みと弱みを知ること。そして、自分が持っていない力を誰かに借りるために、「この指とまれ」とわかりやすい言葉で伝え、とまらせられることが大事だと思います。
——経営者自ら弱みを見せることはなかなか難しいと思いますが、杉江さんは抵抗感を抱かないのでしょうか?
杉江さん:弱みを隠すことはしません。たとえば、わからないことがあったら、素直に「わからない」と言って、社内外の詳しい人にどんどん聞きますね。僕自身の強みは、目的と手段を交換しないこと。経営者の目的は、さまざまな人に説明責任を果たしたり、会社の魅力を伝えることですが、そのための手段はたくさんあるわけです。僕はその目的を果たすためであれば、誰にどう思われようと気にしない。目的よりも手段を優先させるということは、若い頃から絶対しないと決めています。だから、「わからないことを聞くのは恥ずかしい」という感情はどうでもよく、目的に対する関心しかないんです。
——最短距離でゴールを目指すのですね。
杉江さん:江戸時代の武士で例えるなら、流儀を重んじる佐々木小次郎ではなく、宮本武蔵ですね。武士にとっての目的は、敵に勝つことでしたが、いつしか武士道が生まれ、格好いいことが目的になりました。でも、二刀流の宮本武蔵は太刀だけでなく、切腹のための脇差も武器として使って敵に勝つべきだと唱えました。本来の武士の仕事は、格好いい悪いに関わらず、勝って次の挑戦権を獲得することだから。Paidyは徹底的に「勝ちにこだわる」を掲げ、僕もそれを信念にしています。なぜなら、勝たないと次に挑戦できない。すなわち生きていけないからです。
——杉江さんは今までに負けたことはないんでしょうか?
杉江さん:そんなことはないですよ(笑)。でも、「勝とう」と思って、勝てなかった試合はあまりないですね。とくにスタートアップは勝たなきゃいけない世界。がっつり勝って、がっつりお金持ちになって、新たな企業や事業にがっつり投資する。東京にこうしたスタートアップエコシステムをつくることが、次のイノベーションを支えるためには必要だと思っています。
M&Aを経て、国内スタートアップと世界の架け橋になりたい
——2021年9月、Paidyはアメリカの大手決済企業ペイパルに3,000億円でM&Aされました。一般的にスタートアップはエグジットの手法としてIPOかM&Aを選ぶ際、経営のコントロール権を握り続けるか、手放すかが大きな悩みとなります。こうした決断する際、杉江さんのならではの考え方のメソッドはあるのでしょうか?
杉江さん:まず、IPOもM&Aも、資金調達という意味では一緒です。IPOを経て会社が上場してパブリックな存在になると、経営者は投資家たちに経営に関して説明する責任が生じます。説明責任は経営権を一部手放しているのと同義です。その説明責任を果たす相手となる株主が、IPOでは複数かつ流動性が高くなり、M&Aでは限定的になるという違いです。それを踏まえたうえで、IPOとM&Aのどちらが、より事業拡大に繋ぎやすいのかを真摯に議論するのが最善だと思います。中途半端にどちらを選べば誰が儲かるといった話は目的がブレてしまう。そうではなく、「IPOとM&Aのどちらがこの先の可能性を増やし、事業を拡大する筋力になるのか」に議論のセンターピンを置き、考え続ければ結論が出ます。こうしたプロセスを経たので、PaidyのM&Aという選択は間違いではないと今も自信を持って言えます。
——杉江さんはあらゆる事象をフラットに見て判断し、M&Aを選択したんですね。
杉江さん:人から預かったお金には色はついてないけれど、どのくらい成長してほしい、どんな経営をしてほしい、どんな人を連れてきてほしいといった思いはたくさん乗っている。その期待値をマネジメントするのに、今のPaidyの事業フェーズでは、多様な人の期待値よりも限られた人の期待値の方がのりやすいと判断しました。IPOも選択肢でしたが、M&Aでこそ勝ち筋をコントロールできるし、結果さえ出していれば自分たちのやりたいことも実現できる。そうしたことを踏まえて、M&Aという決断に至りました。
——M&Aを果たした今、Paidyとしての新たな目標を教えてください。
杉江さん:僕は日本という国のカルチャーも自然も大好きなんですが、日本人に限らず、日本にいるみなさん、あるいは日本のことを好きなみなさんが好きなんです。だから日本人が日本人のためにという考え方ではなく、現在Paidyには30国籍以上の社員200人が働いていますが、彼らと一緒にこの国を良くしていきたいと思っています。日本を愛する世界中の人々に向けて、日本のユニークさを発信する。これがラッセルと僕の元々の目標です。そしてグローバル企業のペイパル傘下になった今、順番として日本でまずは勝ち切ることが大前提。少なくとも日本で勝ち切らないうちは海外進出はないと思っています。
——ちなみに、杉江さんはずっと勝ち続けているなか、勝ちへの情熱を失ったり、執着が薄れることはないのでしょうか?
杉江さん:勝ちへの情熱やこだわりは今も持ち続けています。ただ、ペイパルグループ傘下になり、金銭的に余裕が出たことで、自分のためだけでなく、国内の他のスタートアップの勝率を上げるために尽力したいと思っています。もちろん、自分のコピーバージョンをつくりたいわけではありません。
日本のスタートアップのエコシステムはまだまだ狭く、今は日本人だけで構成されているので、僕が日本のスタートアップと世界との架け橋になれたらと思っています。ユニコーン企業など大それたものでなくて構わないのですが、ローカルな仲良し集団から脱皮して、どんな国の投資家が来ても胸を借りられるスタートアップに成長してほしい。成功のためには堂々と人の知恵を借りられることが大事。全く違う国で暮らしてきた全く常識の違う人から見て、あなたがやっていることは正しいのか間違っているのか。もっとできることはないのか。そういう声をちゃんと聞いて、大きく成長してほしい。そのためなら、僕は通訳だってしますから。
——それは日本中のスタートアップ経営者にとって心強いですね。
杉江さん: 1億人ではなく80億人の知恵を使えば、勝ち筋は必ず見つかります。自分が思っている以上に世界は広い。そのことを理解し、自分の視野と可能性を広げながら、世界に通用するスタートアップになるための成長をサポートしていきたいです。
杉江陸(すぎえ・りく)
1971年生まれ。東京大学教養学部卒業後、富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。その後コロンビア大学MBA並びに金融工学修士を取得し、アクセンチュアを経て、2006年GEコンシューマー・ファイナンス入社。同社が新生銀行グループ傘下となり2009年に新生フィナンシャルへ社名変更。2012年に同社代表取締役社長兼CEOに就任。2016年からは新生銀行常務も兼任。2017年11月からPaidy代表取締役社長兼CEO。2021年11月よりペイパル本社VPも務める。訳書に『スタートアップ・マネジメント 破壊的成長を生み出すための「実践ガイドブック」』。Paidy CMOのコバリ・クレチマーリ・シルビア氏との共著書『スタートアップ・ニッポン――最高に明るい未来を創る10のヒント』(いずれもダイヤモンド社)がある。
写真/武石早代
取材/おかねチップス編集部
文/川端美穂
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3,000億円でM&A!「あと払い」Paidy社長・杉江陸の「最短距離で勝つメソッド」
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