アートだけじゃない!? チームラボ取締役・堺大輔のミッションなきチーム論。「すべては最高のアウトプットのため」
デジタルテクノロジーによるアートで、国内外で数々の展覧会を開催している「チームラボ」。実は2001年の創業以来、アートだけでなくソリューションも事業の柱とし、大手企業のWEBサイトやアプリ、コンテンツ制作などを多く手がけてきました。そんな気になるソリューション事業の“裏側”を、チームラボの創業メンバーで取締役の堺大輔さんに徹底取材。営業を行わず、事業計画やミッションも作らないといった独自の方針を貫き、一流のクリエイティブを実現できたワケに迫ります。
創業以来、営業不在。全員がアウトプットを高めることだけに集中
——チームラボは、代表の猪子寿之さんをはじめとする東京大学と東京工業大学の大学院生・学部生が集まり、2001年に創業されたそうですね。
堺大輔さん(以下、堺さん):僕は猪子ともともと友達で、誘われてノリで入りました(笑)。学生だったので、「人生を決めるぞ」というよりは「何か新しいことをやってみたい」という軽い感じでしたね。
——猪子さんとはどういったきっかけでお友達に? やっぱりお互いの考えや発想に共感してとか……。
堺さん:いえ、徳島の阿波踊りがきっかけです(笑)。猪子は阿波踊りの発祥の地・徳島県の出身で東京大学の徳島県人会に、僕は阿波踊りサークルに入っていて。阿波踊りつながりで知り合い、4日間の開催期間をいかに最大限に楽しむかを話すうちに仲良くなりました。大学では学科が違ったんですが、大学院で同じ組織(東京大学大学院学際情報学府)になり、創業メンバーに誘われたという経緯です。
——まさか阿波踊りがきっかけだったとは(動揺)。ちなみに、今もお二人は阿波踊りに行っているんですか?
堺さん:コロナ禍以前までは行ってました。今年は3年ぶりに開催されたのですが、僕らは参加できなくて。来年は行けるといいですね。
——そんな阿波踊りつながりからチームラボがスタートしましたが、創業当時、堺さんはどんなお仕事を担当されていたんですか?
堺さん:創業時から事業は大きくわけてアートとソリューションの2つで、僕は今と同じくソリューションを担当していました。僕らは学生だったので資金も知名度もなく、アートだけで食べていくのは不可能。それで、いろいろな経営者の方が依頼してくださったWEBサイトの制作や開発などの仕事をしていたんです。
——お仕事を受注するために、営業活動はどのようにされたんですか?
堺さん:これが全員が理系の学生で、営業って何をすればいいのかわからなくて(笑)。いただいた仕事をがむしゃらに何とかやり遂げて。それを評価していただき、紹介で案件がどんどん増えていったという感じです。今も営業の部署を設けず、ご紹介や問い合わせで仕事が成り立っています。
——すごいですね。そもそもアートとソリューションをチームラボの柱にしたのは、何か志があったんですか?
堺さん:志はとくにないです(笑)。当時は、いかに長く自分たちのクリエイティブ環境を維持できるかを考えていたと思います。そのために資金を作らなきゃいけないですが、僕らは営業が強くないから、アウトプットで勝負するしかなかった。アートもソリューションも目の前のアウトプットのクオリティを上げるということだけに集中して、21年やり続けてきたという感じです。気づいたら同じような会社や集団がほかになくて、今も仕事をいただけているのかもしれないですね。
——ひたすらアウトプットの質を上げて、世界的な組織に成長したんですね。
堺さん:アウトプットの質をいかに上げるか、ということしか僕らは興味がないんです。それ以外は語られることってほとんどなくて。だから、チームラボには事業戦略も売上目標もないですし。
——えっ、事業戦略も売上目標もないんですか! ものづくりだけしていたら、工数がかかりすぎて、経営が行き詰まりそうですが……。
堺さん:工数管理して利益率を出すといったことは一応してますけど、恐らく誰も見てないし、興味もないんじゃないかな。僕らの組織は「その人にしかできないこと」よりも「その人ができることをほかの人にもできるようにすること」の方を評価するんです。システム開発やワークフロー、資料のレビューなど、どんな仕事においても、ほかの人が使いやすいよう汎用化し、情報共有することの価値ってすごく高い。だから、多少コストがかかって利益率が下がるとしても、長期的に考えると有意義だと思うので積極的に行っています。
——全てのメンバーに同じクオリティの仕事をしてもらうのって、すごく難しそうです。
堺さん:確かにそんな簡単じゃないですし、実際大変なこともありますよ。ごく基本的なことだと、たとえばチームラボ内で共有しているGoogleドライブで、プロジェクトごとに1つのフォルダにまとめ、誰でも検索できるファイル名にするとか。些細なことですが、そういうひとつひとつを大事にしています。
——そういう小さな積み重ねが、作品やプロダクトのクオリティアップにつながるのでしょうか?
堺さん:そうですね。僕らはゼロからものを作らず、もともとあるソフトウェアをアップデートして作るので。ソフトウェア開発ってゼロから作るのではなく、過去の作業からの積み重ねで完成するんです。アップデートによって、バグを修正したり新機能を追加したりする。一般的にアートはゼロからイチを作るとされていますけど、僕らは常にチームで、以前制作したリファレンスを使ってアップデートするという作り方が基本。だから、データや情報を積み重ね、共有しやすい環境づくりを大事にしています。
——なるほど。では、創業時から独自のクリエイティブ環境をブレずに続けてこられた秘訣はありますか?
堺さん:僕ら経営陣がエンジニアだからエンジニアリングを尊重している。それが理由のひとつだと思います。アートもソリューションも、クリエイティブとテクノロジーってすごく密着しているから、どちらが上とか下とか関係なく、一緒にガッツリ組んでやらないといいものはできない。21年前からそう思って続けてきたから、無理なくこの環境を維持できて、結果も出てきているんだと思います。
銀行・航空会社のアプリや自販機も開発。ソリューション事業の裏側とは?
——チームラボでは、アート事業とソリューション事業を併せてどのくらいの案件を抱えているんですか?
堺さん:アートと新規のソリューション案件で100件を超えていると思います。細かいシステムの運用と、システムに変更を加える保守を含めると400件近くになりますね。
——ソリューション事業では具体的にどんな仕事をされるんですか?
堺さん:企業やブランドのWEBサイトやスマホアプリの開発・運用、プロモーションの企画提案などを行っています。これまでに開発したスマホアプリは合計約1億ダウンロードされ、月に3,000万人くらいの方に使っていただいています。なかでも代表的なのは、「りそな銀行」のスマホアプリ。今は銀行といえばこういったインターフェースが主流ですが、実は「りそな銀行」アプリが先駆けなんです。2018年2月にリリースして約4年で500万ダウンロードを突破し、アプリストアでも高評価をいただいています。アートと同様に、アプリ開発も通知の仕方や読み込み中のアニメーションなど、細部までしっかり作り込み、いかに気持ち良くユーザーに体験してもらえるかにこだわっています。
——まさに、神は細部に宿るですね。
堺さん:そうですね。手がけた主なスマホアプリは、三菱UFJニコス「MUFGカードアプリ」や「ヒルズアプリ」「丸井」「ケンタッキーフライドチキン 公式モバイルアプリ」「ANAマイレージクラブ」など。今年7月にリリースしたJAL傘下のLCC「ZIPAIR」の公式アプリは企画、開発、UI/UX設計、デザインを担当し、Webサイトの予約システムも開発しました。
それから、JR東日本ウォータービジネスと「acure pass(アキュアパス)」というイノベーション自販機を共同開発しました。これは「そもそも自販機におけるイノベーションって何だろう」というところから開発をスタート。結果、ユーザーは連動するアプリで先に商品を購入し、その商品が自販機のディスプレーに表示され、QRコードをかざせば通勤がてら受け取れるという仕組みを考案しました。これにより、「駅構内に目当ての商品がない」というロスやストレスを軽減できるように。ユーザーは定期購入やポイント付与でお得に買え、販売者は自販機とアプリによって効果的なサンプリングができるなど、今までの自販機にはない体験や施策を可能にしたんです。
——正直、チームラボは、アートの印象だったので、ここまで多くのアプリやデジタルサービスに関わっていたとは驚きました。
堺さん:チームラボ=アートというイメージが強いので、なかなかみなさんに知っていただけてはいないんですよね。でも実はソリューション事業では地に足をつけながら、クライアントと対話を重ね、より良いユーザー体験につながるプロダクトやサービスを作っているんです。
——クライアントワークって先方と意見が合わなかったり、予算やスケジュールの都合上こだわりきれない、なんてこともありますよね。チームラボではどうしているんですか?
堺さん:うちのメンバーはエンドユーザーのためになることだったら、クライアントに遠慮せず意見を言います。それは「正義があると思うことは主張すべき」という文化がチームラボにはあるから。これが叶えられないのであれば、最悪、仕事がなくなってもいいと伝えています。こういう土壌があるだけで、メンバーの精神の安定度は高いんじゃないかな。もちろん、ほかにいろいろなストレスはあると思いますけどね。
——クライアントと対等の立場で仕事するという意識を持っているのでしょうか?
堺さん:クライアントからお仕事を受注しているので、上下で言うならばクライアントのほうが上なのかもしれません。ただ、僕らの専門性が認められ、パートナーに選んでいただいている以上、自分たちのなかに正義があるなら言うべきことを伝えることが大事。それがプロダクトのクオリティを高めることにもつながりますから。
外部スタッフなし&全員オフィスで仕事。チームで情報を共有し積み重ねる
——チームで仕事をしているとのことですが、チームラボ内にはどういったチームがあるんですか?
堺さん:大きくわけると、各種エンジニアが集まる「テクノロジー」、デザイナーやシネマトグラファー、3DCGアニメーターらの「クリエイティブ」、ソリューション、PM(プロジェクトマネージャー)、空間演出などの「カタリスト」という3つのチームがあります。専門性の高い3つのチームのメンバーがプロジェクトごとに集まり、チーム単位で仕事をしています。
——カタリストって聞き慣れない名称ですが、どういうチームなんでしょうか?
堺さん:クリエティブの世界で言えば、CD(クリエィティブディレクター)やプロデューサーに近い立場の集団です。カタリストは「触媒」という意味で、CDのように細かく指示を出すのではなく、触媒としてエンジニアやクリエイティブの間に入って、自分の専門性を生かしながら、アウトプットのクオリティを引き上げていくことが役割なんです。
たとえば、広告業界で言うとCDがトップで、テクニカルは下の方というヒエラルキーが多いですよね。これって技術の進歩が限定的で、限られた業種で行うプロジェクトだと成り立ちやすい。ディレクターが全部の職種の仕事を理解して、ちゃんと突っ込みを入れることでクオリティを上げられますから。でも、僕らのやっている仕事は分野があまりに広域で、多様な専門性が必要。とくにアートは、テクニカルや建築、空間運用など多様な専門性を持ったメンバーが関わるので、それを1人のトップが全部見て、細かくレビューするのはほぼ不可能。だから、専門性を持ったメンバーがプロジェクトチームに複数在籍し、構造化して情報整理する必要があるんです。
——なるほど。そんなチーム内にはフリーランスなど外部スタッフとも連携しているんですか?
堺さん:いえ、フリーの方とはほとんどお仕事していないんです。なぜなら、技術や情報の積み重ねができないから。そして、どんどんメンバーを採用しているので、いまは800人を抱えています(笑)。
——深い関係でチームの連携をスムーズにすることが良いアウトプットにつながる、と。
堺さん:そうですね。だから僕らは質の高いコミュニケーションが取るために、コロナが落ち着いてからは全員オフィスで仕事をしています。リモートワークはルーチンや1人で完結するような職種や職業であればいいですが、僕らはチームで議論したり、実物を見ながら動きをチェックする必要がある。チームラボはアウトプットが命なので、それぞれがスピーディーに膨大な量をインプットしないと、いいアウトプットはできません。業務は最大限デジタル化して、コミュニケーションは対面が効率的なんです。
——創業時の5人から800人にメンバーが増えるまで、退職者が相次ぐなど人材面での危機はなかったんでしょうか?
堺さん:それがないんですよね。チームラボではミッションやビジョンを掲げてないんです。メンバーは数十人単位のプロジェクトチームに所属して、その期間は作品やプロダクトのクオリティをいかに上げるかに集中してるから、ミッションやビジョンがなくても自然とメンバーが同じ方向を向きやすいのかもしれないですね。
——「阿波踊りの開催期間をいかに楽しむかを考えていた」という学生時代の話にも通じますね。それにしても、ミッション、ビジョンがなくプロジェクトを進めるだけでチーム力って高められるんですか?
堺さん:もちろん我々も超理想的な組織ではなく、ところどころ問題はありますよ。ただ、メンバーの大半がエンジニアで超論理的なので、議論がスムーズ。その結果、チーム力も高いのかもしれません。論理的じゃない話は全く通用しないし、誰も聞いてくれない。僕がみんなに話をするときだって論理的じゃないと誰も聞いてくれないので、ちょっと緊張するんですよ(笑)。
——それはある意味シビアな環境ですね。そんなチーム力を大事にするチームラボではアートも含め、全てのクレジットを個人名ではなくて「チームラボ」表記にしていますが、これはなぜですか?
堺さん:先ほどお伝えしたように、1つのアートやプロダクトは、過去から今までのいろいろな人の仕事の積み重ねによってできている。だから、ある1人のクレジットだけ載せるというのは違うので、「チームラボ」で統一しています。このことは採用の際にも必ずお伝えしているんです。この「チームで作る」という考えを納得して入っていただきたいので。
——では最後に、チームラボとしての今後の展開を教えてください。
堺さん:まずアートでいうと、この先4年ほどで国内外にさまざまな常設展ができる予定です。たとえば、京都駅東南部エリアにおける市有地に、チームラボが代表となり、京都・大阪を基盤とする複数の企業と共に、アートミュージアムや市民ギャラリーなどの複合文化施設の計画を進めています。海外では、アブダビ、ジッダ、ハンブルク、北京、ユトレヒトに大型常設展をオープン予定。今後も世界中に増やしていけるといいなと思ってます。
ソリューションはあらゆるデバイスでインタラクティブに使えるプロダクトを考え、空間の楽しみ方を変えていきたいと考えています。スマホが誕生して15年ほど経ち、サイネージ(電子看板)やVRなど、今後はスマホ以外のデバイスとの接点がどんどん増えるはずなので、新たな可能性を広げていきたいですね。
堺大輔(さかい だいすけ)
チームラボ:https://www.team-lab.com/
写真/武石早代
取材・文/川端美穂、おかねチップス編集部
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