『大豆田とわ子と三人の元夫』プロデューサー・佐野亜裕美のパンクな半生【後編】ずっとテレビドラマに夢を見ていたい
前編では、関西テレビのプロデューサー・佐野亜裕美さんの仕事に対する熱意や、テレビ局員としての葛藤などを伺いました。後編では、転職後初めて制作し、成功を収めたドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ制作・フジテレビ系)に関するインタビューをお届け。「少数のスタッフで密度の濃いものをつくりたい」という思いを実現するまでの苦労や主題歌制作の裏話、予算における工夫など、余すところなくお伝えします!
※本文中の一部に『大豆田とわ子と三人の元夫』に関するネタバレを含みます。
「あるある」の3割は雑談から、7割は坂元さんの人間観察から生まれる
ーー『大豆田とわ子と三人の元夫』(以下、『まめ夫』)の脚本は、脚本家・坂元裕二さんとの話し合いで変わることもあったのですか?
佐野亜裕美さん(以下、佐野さん):『カルテット』(TBS系)のときは、大きなストーリーラインがあったのと、演奏シーンや各々の秘密など扱うものが明確だったので変更は少なかったのですが、『まめ夫』の脚本は結構変わっていった印象があります。初稿から準備稿になるとき、監督に「こんなに変わるんですね」と驚かれるくらい。通常、ドラマ1話分の台本って約40ページなんですが、『まめ夫』では坂元さんから60ページ、1話の初稿は80ページの脚本をいただいて。その中で「こういうシーンは観たい、もしくは観たくない」「これだと前話からの気持ちがつながらない気がする」などと話し合い、直していただくこともありました。
ーー台本の修正依頼って、信頼関係があるからできるのでしょうか?
佐野さん:うーん、どのプロデューサーもそれぞれのやり方で脚本家と向き合ってると思いますが、今回でいうと私が主人公の設定に近い点も良かったのかもしれません。
当初は主人公が男性の設定だったのですが、「男女逆にした方がおもしろそう」と話してこの設定に変わりました。40代でバツ3の男性はそこまで珍しくないけど、女性でバツが3つもつくと「何があったんだろう」「どんな人なんだろう」と、主人公自体に興味が湧くかなと思って。
それで企画書を出したら、当時の上司から「40歳でバツ3ってファンタジーやなぁ」って言われたんです。私も40歳でバツ3になる可能性だってあるから、「女40歳でバツ3の存在はファンタジーなんだな」と。その日、打ち合わせで坂元さんにこの会話を話したら、後日形を変えてセリフになっていました(笑)。
ーーそのセリフ、第1話でとわ子のお父さんが言っていましたね。作中で繰り広げられる「あるある」シーンは、坂元さんと佐野さんの雑談から生まれることもあるのでしょうか?
佐野さん:そうですね。『カルテット』の“唐揚げにレモンをかけるのが嫌だった”というシーンは、私が最初の夫と離婚するときに実際にあったことが元ネタです(笑)。坂元さんにこういうエピソードを話すと、「あ、また脚本に使ってもらえた、よかった!」っていうこともあります。あと、坂元さんはフリーの脚本家で長くやってきている方なので、組織で働いている私が上司やシステムに対する怒りや不満を話して、参考にしていただくこともあります。「あるある」の3割は雑談から、あとの7割は坂元さんの人間観察から生まれているように感じます。
ーー『まめ夫』は予告のシーンが序盤に出てきたり、テンポ良く進むので最初から最後まで楽しくって! 視聴者を飽きさせないことを意識されたのでしょうか?
佐野さん:テレビドラマ業界では、開始10分を飽きさせないことが大事とされていたのですが、いまは10分も観てもらえない。今回は、つかみの1分でおもしろいドラマだと思ってもらうことは考えました。それから、最初にCMが入るまでの20分間のテンポ感はすごく意識しましたね。坂元さんは恐らくテレビだけでなくYouTubeなども観ているので、そのテンポ感も脚本に取り入れていると思います。
坂元さんは芸大(東京藝術大学大学院)で脚本を教えているような方だから、私から脚本について言えることは少ないんですが、「今回は最初から全開で行きましょう」という話はしました。というのも、制作の前に『カルテット』を観直したら、相変わらずおもしろいけど、今の時代を考えると少し展開がのんびりしているなと感じて。制作から数年経って、YouTubeなどの動画を見慣れたからだと思うんですが。それで、テンポ感は『カルテット』の1.25倍くらいにしようと考えました。
ーー6話でとわ子の親友・綿来かごめ(市川実日子さん)に起きたことは衝撃でした。
佐野さん:数年前、坂元さんもご存知だった知人のライターさんが急逝しまして。私は翌週に仕事で会う予定でした。人はいつ何が起きるかわからないということを改めて痛感しました。今回、コロナ禍でどういうドラマをつくるかを坂元さんに相談したとき、そのときの話が出たのと、コロナ禍で家族にも会えず多くの人が亡くなっていくニュースを目にしていたこともあり、かごめに訪れる展開を決めました。
テレビ業界の慣習にとらわれない、ドラマづくりをするために
ーー今回、撮影方法や場面展開などで工夫されたことはありますか?
佐野さん:これまで指摘されたことはないのですが、個人的にこれまでのドラマと違うのは、外観のシーンを入れていない点だと思っています。外観って説明的になり、どう切り取っても素敵な画にならない。建物の入り口での芝居はありますが、たとえば病院の外観が映ってから病院内でのシーンが展開するといったことはしていません。テレビ業界になんとなく慣習としてある「わかりやすくするためにはダサくなっても仕方がない」という考えに逆らってみたかったんです。
ーーなるほど。画面の色味も温かく落ち着いていて素敵でしたね。
佐野さん:被写界深度(ピントの合う範囲)に関してはすごく考えました。海外ドラマと並んでも恥ずかしくないよう、フィルムに近い感じを目指して。最初は「暗い」と言われることもありましたが、蛍光灯のピカッとした明かりのもとでで撮ることが好きではないので、自分が本当にいいと思うものをつくりました。
ーー生活感もありつつ、舞台のような雰囲気や演技を楽しめるドラマでした。
佐野さん:坂元さんの脚本は舞台っぽいですよね。リアルでは言わないセリフが多いですし。私はテレビドラマで夢を見たいので、「こうだったらいいなという世界」をつくるようにいつも心がけています。たとえば、とわ子が社長を務める建築会社に車椅子の人や外国の人がいたり。「ト書きに整理整頓されている部屋と書いてあるのに、なぜ戸棚からパスタが落ちてくるのか?」とスタッフに言われたこともありますが、私は人間ってそういうものだと思うんです。私も坂元さんも、キャラクターの性格を一言で簡単に書けるようにはしたくなかった。とわ子は几帳面なんだけどズボラな、多面性のある人。「多面性」をキーワードに、スタッフに説明して理解してもらいました。
ーー元夫3人のキャラクターも味がありました。どうやって決めたのですか?
佐野さん:基本はあてがきなので、役者さんからキャラクターを起こしているんです。田中八作役の松田龍平さんは、実際に「やっほー」を日常で使う人なので、現場の雑談として坂元さんに話したら採用されていたり(笑)。佐藤鹿太郎役の角田晃広さんは東京03のコントでよくやっている、器が小さいキャラクターがいかされています。中村慎森役の岡田将生さんは、いままでに観たことのない岡田さんにしたいな、と。主演の松さん含め、どういう瞬間にその役者さんが魅力的に見えるかをめちゃくちゃ考えて坂元さんにあてがきしていただいたので、役者さん本人が持っている魅力の地続きにあるキャラクターになりました。
5人のラッパーと役者がコラボした主題歌の誕生秘話
ーー5人のラッパーと役者による、5つのバージョンの主題歌(STUTS & 松たか子 with 3exes「Presence」)も斬新でしたね。
佐野さん:最初は10人のラッパーさんで主題歌をつくる話もあったのですが、それだと1曲の長さが1分半になってしまう。曲として販売するときになかなか難しいんじゃないかとなって。結果、1つの曲の1番を1話に、2番を6話に……というふうに使って、10話すべて違うエンディングをつくりました。
ーーエンディングの曲も映像も毎回違うと気づいたときは驚きました! どこから着想を?
佐野さん:アニメの『呪術廻戦』はオープニングが少しずつ違いますし、アニメ版『新世紀エヴァンゲリオン』でもエンディングの『FLY ME TO THE MOON』の歌い手が変わっていて。「こんなに自由でいいんだ!」と、今回のエンディングへのアイデアにつながりました。
ーーラッパーの人選も佐野さんが?
佐野さん:餅は餅屋ということで、詳しい人に聞きました。TBS時代の先輩で『水曜日のダウンタウン』などを手がける藤井健太郎さんがヒップホップに詳しく、坂元さん脚本のドラマも好きだと知っていたので教えてもらって。あとは音楽に詳しい友人にも相談しながら。
ーー『カルテット』もエンディングで役者がオリジナルの主題歌を歌っていました。エンディングに対するこだわりがあれば教えてください。
佐野さん:まず、ドラマの最中、セリフの後ろで日本語の歌がかかるのがちょっと苦手なんです。それで盛り上がるドラマももちろんありますが、坂元さんのドラマはセリフがすごく多いので、視聴者はどっちを聞いたらいいのか混乱する。セリフと歌がバッティングするのは、ドラマと歌い手、どちらにとっても得ではないと思ったんです。かといってミュージシャンによる主題歌でエンディングをつくると、どうしても主題歌をみせるためのエンディングになる。そんな課題を抱えていたところ、最終的に坂元さんから「いろいろ考えたんですけど、ラップはどうですか?」と提案していただいて。その結果、いままで見たことがない松さんの姿を見せられたと思います。
ーーおもにインディーズで活躍しているミュージシャンを多く起用していますが、予算オーバーにはならなかったのですか?
佐野さん:主題歌や音楽の予算管理は自分自身でやっているわけではないのですが、結果的にメジャーシーンで長年活躍しているミュージシャン1人に頼む予算以上にはならなかったと思います。このプロジェクトに協力したいと言ってくださったみなさんが、宅録含めて色々な工夫をしながら制作してくれました。ただ、関西テレビは地方局ですし、予算はやはり少なかったです。「やりたいので、いくらでもいいです」と言ってくださる方もいましたが、それではやりがい搾取になってしまうと思って何とか予算を工面しました。
今回は「GYAO!」さんに出資いただいて、独占配信のチェインストーリー『大豆田とわ子を知らない三人の男たち』を制作しました。できるだけ本編と一緒に撮れるよう脚本を工夫して、制作費を調整して。あと、本当は自治体からお金をいただいて、その街や商店街で撮る計画もあったんですが、コロナ禍で頓挫してしまいました。次に何かつくるときは自治体と組んでやってみたいですね。
いつまでも飽きずに続けられるドラマプロデューサーは天職
ーー高視聴率を出さねばというプレッシャーはありましたか?
佐野さん:制作前に「視聴率はもちろん取ってほしいけど、話題になることが大事」と制作局長に言っていただいたこともあって、視聴率に関してシビアになりすぎずにいられました。視聴率が取れるものはなんとなくわかるけど、それをつくりたいわけじゃない。ただ、自分がつくりたいドラマをつくること、話題になるためにいろんな仕掛けをつくること、この2つは妥協したくなくて。
ーーTwitterで関連ワードがトレンド入りするなど、たくさんの反響がありましたね。話題になる仕掛けづくりのため、SNSも活用しようと考えたのですか?
佐野さん:そうですね。どのシーンがTwitterで盛り上がるのかをリアルタイムでチェックしていたし、制作風景もなるべく頻繁にアップして。SNSの反響はDVD化できるかどうかの判断への影響が大きいんです。DVDを買うほど熱がある人はどれくらいいるか、という指標になるので。
『まめ夫』は視聴率こそよくなかったのですが、SNSのフォロワー数が比較的多く(公式Twitter10万人超、公式Instagram20万人超/2021年7月現在)、ドラマに関するツイート数も多かったおかげで、DVD化がすぐに決まりました。しかもDVD化において、メーカーからの入札額が近年のカンテレ史上最高額だったと聞きました。現在、ブルーレイ&DVD BOXを制作中ですが、ポスターをそのままパッケージに使わず、本棚に飾りたくなるような新たなデザインを考えています。特典映像などもたくさんつけて、1つの作品として愛してもらえたらいいなと。
ーーこれまで佐野さんはテレビドラマをつくってこられましたが、この先、映画制作はやらないのですか?
佐野さん:映画制作は自分にとってすごくハードルが高いんです。人の時間を2時間近く奪ううえに、2000円近いお金をもらわなければいけないので。その点、テレビは誰でもタダで観られるのがいいところ。いま、映画でしか描けない題材が自分の中で見つかっていないんですが、連続テレビドラマなら10時間(10話)かけてやりたいことがあるんです。
ーー今作でプロデューサーとしてのやりがいや、楽しかったことはありますか?
佐野さん:スタッフの指示系統の一番上が自分だったので、「ソファはこっちがいい」といった細かいことを含め、ドラマの全ての部分に大きく関われたことですかね。TBSはグループ会社に美術や技術を依頼していたため、私の指示は美術や技術の各プロデューサーを通してほかのスタッフに伝わるという形だったので。だけど今回は、フリーのスタッフを中心に制作チームを組み、みんなに直接指示を出すことができたので、連携が取りやすく、一定のクオリティを維持できたと思います。自分のやりたいことは『まめ夫』でほぼやったので、この先どうするかは少し悩んでいて……。自分とは別の発想を持った演出家などと組んでみたいですね。
ーーすでに次回作に入っているとか?
佐野さん:そうなんです、ありがたいことに。こんなに仕事を抱えていることがなく、どの作品からどう手をつけていこうか途方に暮れています。来年オンエアのドラマが 2つと、配信が1つあって。並行して仕事を進めるのがめっちゃ苦手なので苦労しています。
ーードラマ以外のジャンルへの興味はありますか?
佐野さん:全然ないですね。向いてないですし(苦笑)。私は一度にいろんなことができないタイプなので、飽きるまではドラマのプロデューサーでいたいんです。ドラマにはいろんな題材があるから、しばらくは飽きないかな。
この先SF作品が控えているので、いまはAIの勉強をしています。テクノロジー系が苦手なので、ため息つきながらですが(笑)。でも、普段観ないいろんなSF作品を観て、新しい発見があるのがおもしろい。取材でさまざまなジャンルの専門家の方にお話を聞けますし、いろんな出会いもありますしね。こんな感じでこの先も難しい出来事に直面しながら、ドラマのプロデューサーっていい仕事だなって実感しながら生きていくと思います。
佐野亜裕美(さの あゆみ)
「大豆田とわ子と三人の元夫」:https://www.ktv.jp/mameo/
「大豆田とわ子と三人の元夫」Blu-ray&DVD-BOXリリース情報
[Blu-ray BOX]
価格:31,680円(税込)
発売日:2021年11月5日(金)
収録:本編+チェインストーリー+特典映像
DISC:4枚組(本編ディスク3枚+特典ディスク1枚)
[DVD-BOX]
価格:25,740円(税込)
発売日:2021年11月5日(金)
収録:本編+チェインストーリー+特典映像
DISC:7枚組(本編ディスク5枚+特典ディスク2枚)
特設サイト:https://www.tc-ent.co.jp/sp/mameo/
撮影/武石早代
取材・文/川端美穂(きいろ舎)
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