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個々が助け合う時代へ。ARIGATOBANK社長・白石陽介が目指す、相互扶助の世界観

個々が助け合う時代へ。ARIGATOBANK社長・白石陽介が目指す、相互扶助の世界観

ARIGATOBANKが提供する「kifutown」は、寄付したい人と、挑戦したい人をつなぐ新しい寄付のプラットフォーム。「寄付」という言葉にまだまだ敷居が高いイメージがある日本で、このサービスは異色の存在として、大きな話題を呼びました。

CEOを務める白石陽介さんは、前職のYahooで、Yahoo!マネーやPayPayなど、複数の決済プロダクトの立ち上げに関わってきたFintech業界のプロフェッショナルです。白石さんがkifutownで実現したいと考える、お金の循環の理想形について聞きました。

決済サービスは、金融世界におけるインフラ

——白石さんは、これまでさまざまな決済サービスに関わってきていますよね。PayPayなどがリリースされた当時は、まだキャッシュレスサービスのニーズが低くて大変ではなかったですか?

白石さん:そうですね。「日本にはキャッシュレスのニーズがない」とずっと言われていましたから。ただ、それは日本という国の現金システムが優れていることの証でもあって。海外でキャッシュレスが普及しているのは、それなりの理由があるからなんです。

——というと?

白石さん:たとえば、インドだと場所によっては最寄りのATMまで5時間かかることがあります。日本のように「現金を下ろしたいからちょっとコンビニ行ってくるわ」というわけにはいかないわけです。また中国の場合は、偽札がとにかく多い。エリアによってはコンビニでも偽札チェッカーを必ず使っています。しかも、政権が変わるたびに新しい紙幣が作られてきたので、亜種のようなお金が大量にあって、どれが本物かわかりづらいんです。

一方、アメリカではインドや中国のような問題は少ないものの、大金を持ち歩いているといきなり襲われるといったようなリスクがある。つまり海外では、現金ってとにかく不便なんですよ。

金融・決済領域で挑戦を続けている白石さん。本当にお金の力を必要としている人にその力が届くサービスをつくりたいという想いからARIGATOBANKを創業した

——確かに、日本ではコンビニで気軽にお金を下ろせますし、盗難被害に遭うことも少ないですよね。

白石さん:そうなんですよね。ただ、日本でもここ数年でようやくキャッシュレス化が進んできた印象があります。

——潮目が変わる瞬間があったのでしょうか?

白石さん:国と民間企業が一丸となって推し進めてきた成果が表れはじめているのだと思います。現金をずっと使っていると別にわざわざ変えなくてもいいと思うのですが、慣れてしまえばキャッシュレス決済のほうが便利じゃないですか。日本のキャッシュレス比率は、これからまだまだ上がっていくのではないかという実感がありますね。

——PayPayなど、自分が関わったもので世の中が変わるというのも、白石さんのモチベーションにつながっていたりするのでしょうか。

白石さん:周りの方が知っていて、実際に使ってくれるのは、素直に嬉しいです。世の中が少しでも便利になったり、キャッシュレスのほうがいいんじゃないかという議論が起きたりしただけでも、自分の仕事にも意味があったのかなと思います。

平日は仕事で忙しい日々を過ごす白石さんだが、週末は自転車のトレーニングをしているという

——金融・決済システムのような社会インフラになっている仕組みを変えるのってすごく大変じゃないですか。膨大な時間がかかりますし、困難も多い。人によってはやりたがらないことだと思います。でも逆に、白石さんにとってはやりがいになっているんですね。

白石さん:誰かが動かないと世界は変わらないという思いがずっとあって、自分が社会に貢献できることはないかと常日頃から考えているんですよね。なかでもお金は、あらゆる人が経済活動をするうえで必要な一方で、詳しい仕組みを理解している人は少ない。しかも他のサービスと比べても法律や規制などの絡みが多いので、何かアイデアを思いついても「とりあえずやってみる」というわけにもいきません。

多くの人はそれを面倒に感じるのでしょうが、僕にとってはできない状況を打破していくプロセスが楽しくて。しかも面倒が多いだけにイノベーティブな余地が多くある点にも面白みを感じます。だから、いつまでもこの領域で勝負していきたいと思えるんですよね。

寄付文化が定着していない日本で、kifutownをリリースした理由

——そんななかで、kifutownを通して「寄付」という新たな領域へ踏み出されたわけですが、これにはどのようなきっかけがあったのでしょうか。

白石さん:Yahoo!マネーやPayPayなどをリリースして、確かに行動変容のようなものは促せました。しかし、お金を上流から下流へ流すという決済業界で一般的な構造は変化していないと感じ、それとはまったく違う流れを生み出すことに挑戦したいと考えました。

——kifutownは、寄付者が「こんな人を応援したい」というプロジェクトを作り、その応募に当選した人に寄付金が支払われる仕組みですよね。これまで、寄付者、被寄付者はどれくらいいましたか?

白石さん:現在はリニューアルに向けてプロジェクトの新規募集を一時的に止めているのですが、リリース後約7カ月間で2,000件ほどのプロジェクトがつくられました。それらに対する総応募数は、2,000万件以上です。

2021年9月にリリースされた「kifutown」。個人間で簡単に寄付し合える

——ものすごい数ですね……!

白石さん:寄付の文化が根付いていない日本において、寄付者の声を見えるようにすることが第一歩だと考えていたので、それは実現できたと感じています。僕たちとしては、サービスを立ち上げたはいいけれどまったく話題にならない「無風」の状態を恐れていたので、風は吹いているなと。

一方で、問題がないわけではありません。応募時に寄付者のTwitterアカウントのフォローを必須にしているのですが、寄付者の方がTwitterのDM機能を使って被寄付者の方に直接やり取りしてしまうケースがありました。

個人に対してお金を渡し、それが何かいいことに使われる仕組みを、この日本社会でどうやって醸成すべきなのかは、今まさに模索しているところです。

「ありがとう」の気持ちを伝える感覚で新たなお金の流れをつくりたいと白石さんは展望を語る

——たしかに「寄付」という言葉は、少しハードルが高く聞こえます。

白石さん:日本はどうしても、「寄付」=「対価を要求しないすごく綺麗な行為」というイメージがありますからね。ですから、コンビニにある募金箱にお金を入れたとしても、それがどうなったかそんなに気にしない方がほとんどだと思います。

一方、個人間寄付が日本の10倍くらいあるアメリカでは、寄付したお金がどのように使われたのか、本当に目的のものに使われたのかを気にするケースが多いんです。たとえば、自分の街が募金を募っているので寄付したとします。その寄付金で街路樹の整備がされたとしたら、それが寄付者に明確にわかるようになっているんですよ。

——投資のような仕組みになっているわけですね。では、日本で個人間寄付が一般化せず、敷居が高いものと見られがちなのはなぜなのでしょうか。

白石さん:やはり、寄付する人と寄付される人が遠いからだと思います。寄付先がたくさんあってどこに寄付したらいいかわからないだとか、寄付したくてもテーマに共感できないだとか、いろいろな課題が挙げられますね。

——その課題を解決するのがkifutownというわけですね。

白石さん:そもそも日本には、気軽に寄付できるサービスがあまりないんですね。だからこそ、そこにニーズがあるんじゃないかと考えてkifutownをつくりました。

これはテレビで観た話なのですが、アメリカで無職のシングルマザーが、その町の警察官に感謝したいと日本円で1万円の寄付をしたというニュースがあって。その親子にとっての1万円ってすごく大きな額だと思うんです。それにもかかわらず、1万円を寄付する行動を取った。それによって何が起きたのかというと、今度は全米からその親子に寄付する流れが生まれたんですよ。これってすごくいい循環だと思うんですね。

誰かの寄付によって自分が助けられる瞬間もあれば、自分に余裕があるときに誰かを助けるきっかけになる。ダイレクトな手触り感のある寄付が増えることで、そんな相互扶助の世界がつくれないかと模索しています

変わりゆくお金の価値観。その先駆けとしてもっと気軽な寄付を

——「手触り感がある寄付をつくる」とのことですが、kifutownではただ募金箱にお金を入れるのとは全く違う寄付の体験ができるわけですよね。そんなkifutownならではの事例はありますか?

白石さん:kifutownでは、応募時にこんなコメントを書いてくださいと指定をして、応募者からメッセージをもらうことができます。弊社の取締役・山口は、応募時のコメントに自分の好きな本を書いてくださいと設定したんです。自分が一番いいと思った方に、お礼の気持ちでお金を送ります、というプロジェクトでした。そうすると、何千件も応募者自身のおすすめの本が集まってくる。そういう気軽な使い方をする方もいるんですよね。

あとは、子供たちに絵本をプレゼントしたいという方が、「絵本シリーズ」として同じようなプロジェクトを何回か実施したケースもあります。

——おもしろいですね!

白石さん:僕自身がやった寄付プロジェクトのなかでは、「親孝行をしよう」というものがありました。僕の母親が割と早くに亡くなったこともあって、孝行しようと思ったときにはもう遅かった、だから今あなたも親孝行しませんか、という内容のプロジェクトでした。

当選したらどういうことをしたいか書いて応募をしてもらったのですが、当選前の応募期間中にもかかわらず、僕のプロジェクトに共感してくれた方から「数年ぶりに親に連絡しました」とか「今日一緒に食事に行こうと思います」とか、コメントが届きました。これは、寄付を通してつながった誰かの行動変容のきっかけをつくるという意味で、寄付者にとってもプラスの体験ができたと思います。

——寄付したいというマインドをどう醸成するのかと思っていたのですが、寄付者にはそういう利点もあるのですね。

白石さん:そうですね。「ありがとう」という気軽な気持ちでこの輪が広がっていけばいいなと思います。今は1万円からの寄付しかできませんが、今後は100円から寄付ができるようにしたいとも考えています。とにかく気軽な形で、結果的に、必要なお金が、必要な人へ届くというのがゴールなので。

「『寄付』という言葉をサービスの枕詞に置いていますが、捉え方は『カンパ』でも『チップ』でも『投げ銭』でもなんでもいいんです」と白石さんは説明する

——白石さんたちの取り組みは、大きな定義で言うと、お金の流れや価値観をどう変えていくかということだと思いますが、決済や経済の動きの観点から、これからの日本はどのように変化すると思いますか。

白石さん:これからは、個々が主権で成り立っていて、自分たちが必要なときに必要なものを融通し合うような社会に変容していくのではないかと考えています。そうでないと、国の予算や税収が減少している現状では、経済が成り立たなくなっていくと思うんですよ。

——でも、日本はどうしても高いところから低いところへお金が流れるという動きがあるので、すぐには変わりづらそうではありますよね。

白石さん:いきなり社会全体を変えるのは難しいので、まずは小さなエコシステムのなかで自分たちであれこれ試しながら、みんなが主権を持つようなデジタルツール、たとえばDAO(※分散型自律組織)のようなものを使った事例が新たにたくさん生まれるのではないかと。

僕らが実現しようとしている相互扶助の世界は、これからメジャーな考え方になっていくと思います。その先駆けとして、僕らは今後もkifutownを育てたいと考えていますし、それ以外にもお金にまつわる課題解決につながるプロダクトを次々と産み出していきたいとも思っています。

「世界がどうなっていくのかを誰かに任せておくほうが楽だけど、自分で選択肢を選んでいきたい」と白石さん。お金の仕組みを変えるための挑戦は続く

白石陽介(しらいし・ようすけ)

株式会社ARIGATOBANK 代表取締役CEO
株式会社MZ Cryptos 代表取締役 / 株式会社HashPort 社外取締役 / JCBA ステーブルコイン部会長 / 東京都デジタルサービスフェロー
インターネットイニシアティブにエンジニアとして入社後、SBIグループへの出向を経て、2012年ヤフー株式会社入社。Y!mobile、Yahoo!マネー等の立ち上げを経て、決済プロダクトの統括責任者に就任。PayPayを立ち上げる。2019年株式会社ディーカレットにCTOとして参画。デジタル通貨事業を立ち上げる。 2020年株式会社スタートトゥデイにFintechのプロとして参画。世の中に新しいお金の流れをつくるべく株式会社ARIGATOBANKを設立。代表取締役に就任。また、株式会社MZ Cryptos代表取締役、株式会社Hashport社外取締役として、Web3関連事業にも従事。JCBA ステーブルコイン部会長として業界団体としての提言や、東京都デジタルサービスフェローとして東京都のICT政策に関する助言なども行っている。

ARIGATOBANKのWebサイト:https://www.arigatobank.co.jp/
白石陽介さんのTwitterアカウント:https://twitter.com/YosukeShiraishi


撮影/武石早代 
取材/村上広大
文/瀬口あやこ(アニィ)

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