8年前、インターネットを通じてモノや場所、スキルなどを売買し、共有する「シェアリングエコノミー」にいち早く着目。掃除や家具の組み立て、ペットの世話といった日常のちょっとした用事のスキルシェアを提供する「ANYTIMES(エニタイムズ)」をリリースし、起業した角田千佳さん。幼い頃から20代半ばまで国連で働くことを夢見ていたものの、自由度の低い従来の働き方に違和感を覚え、まずは身近な社会課題を解決すべく、“想定外”の起業に踏み切ったといいます。「世の中を良くしたい」という思いを持ち続け、並々ならぬ行動力と柔軟性で道を切り開いてきた角田さんに仕事への思いを聞きました。
「黒柳徹子さんと国連の緒方貞子さんに憧れる小学生でした」
実は、全部で4つの法人に携わっているんです。2013年にスキルシェアサービスの「エニタイムズ」を創業。2019年には、美容と健康のプロが集まる複合型シェアサロン「Qnoir(クノア)」を運営する会社を立ち上げました。さらに、国際的なビジネスコミュニティのNPO法人「Startup Lady」の理事とIT企業の監査役も務めています。
いえ、もともと起業家になりたかったわけではなくて……。
小学生の時、黒柳徹子さんがユニセフ親善大使としての活動を綴った『トットちゃんとトットちゃんたち』を読んで、戦争や紛争が起きている地域の悲惨さを知って。さらに、日本人初の国連難民高等弁務官として当時活躍されていた緒方貞子さんの新聞記事や著書を母が教えてくれて、「自分も黒柳さんや緒方さんのような仕事をしたい。早く大人になりたい」と思ったんです。
いえいえ。祖父母とも一緒に二世帯で暮らしていたので第二次世界大戦の話は聞いていたのですが、あくまで過去の話だと思っていて。でも、自分が生きている時代にも戦争や内戦が起きている地域があると知って、すごくショックで「なぜ戦争が起きるのだろう」と疑問を持ちました。さらに、自分と同じ日本人女性の緒方さんが現地に赴き、難民支援の指揮を執っているということに感銘を受けまして。生まれ育った国から遠いところでも、困っている人々をサポートする仕事ってすばらしいな、と。せっかく同じ世界、時代に生まれたのであれば、自分もそういう仕事をしたいと漠然と思ったんです。
コスタリカにある国連平和大学の大学院に行くと決めていました。でも、大学3年の春に証券会社のリクルーターさん(採用活動をする社員)にその話をしたら、「将来的にそういう仕事をしたいなら、証券会社が最適だよ」といわれ、真に受けてしまって(笑)。ただ、グローバルな会社で金融の知識を身につけることは大きな学びになると思い、ほとんど就活せずにそのままその証券会社に決めました。将来、国連で働くために2〜3年しか在籍できないとあらかじめ伝え、採用していただきました。金融業界のことをほとんどリサーチせず入社してしまったので、いま考えるとかなり浅はかでしたね。
“楽しそうに働く人がゼロ”の社会に大ショック
予備知識もなくいきなり金融業界に入って、つらくなかったですか?
大丈夫でした。定期的に2週間の研修施設に行ったり、職場でも上司や先輩に教えて頂くことばかりで、最初の3年間は実質“研修”だったので。また、入社した年にリーマンショックが起こり、積極的に営業できない状況でした。私は「残業したくてしょうがない!」というモチベーションだったんですけど(笑)、「新入社員は早く帰りなさい」といわれ、不完全燃焼な日々でした。ただ、入社してから人生最大のショックを経験したんですよ……。
私のいた証券会社に関わらず、自分の周りの社会人を見た時に、苦しそうに働いている人が非常に多かったんです。大げさでなく、自分より上の年齢の人で、楽しんだりワクワクして働いている人がほぼゼロだった。私は将来の夢のためにいろんな仕事をして、誰かの役に立つサービスを提供したいとワクワクしていたんですけど、それとは正反対の状況が目の前にあって……。例えば、転職が悪とされ、どんなに仕事が苦しくて不満があっても、同僚や上司にいえず、かといって転職にも踏み切れず、抱え込む人が多かったり。さらには、そんなに嫌だと思っている会社の人たちと業務時間後も毎日のように会食するなど、いままで目に見えなかった文化や社会の枠に気付きました。
私のいた部署は年配の方も多く、その方々に合わせて、最新のシステムではなく、旧来のシステムに切り替えて使っていました。また、「お手洗いに行ってきます」とも大声でいわなきゃいけないという環境で。
さらには、新入社員の女性だけに「半袖禁止令」という件名のメールが来たことも(笑)。いまだったらあり得ないですけど。私は「女性だから◯◯しなさい」といわれて育ってこなかったので、余計に驚きました。そういうショックが重なって、もっと楽しく働いて生きられないのかな、これって日本の社会課題じゃないのかなと思ったんです。
この証券会社ではたくさんのことを学ばせていただき、金融はもちろん、世の中のことに対して自分があまりに無知だったと反省しました。私は営業だったので、株や債券、投資信託を売っていたんですけど、なかでも新規公開株といわれるIPO株が好きでした。当時、「グリー」や「クックパッド」がIPOして盛り上がっていたんです。若い経営者の方が世に影響を与えるサービスをつくっていて、「こんなことができるんだ!」と感銘を受けました。いままで自分が事業をつくるなんて考えたことがなかったんですけど、事業で社会課題や文化を変えられると目の当たりにして。さらに、インターネットに大きな可能性があるということも初めてわかりました。
新卒で入った証券会社は2年半で退職しました。学生時代にインターンをしていたサイバーエージェントの上司が声をかけてくれまして。インターネットの知識を身につけたり、事業をゼロからつくるプロセスを学んだりできて、服装や行動が自由なのもいいなと(笑)。上司が立ち上げた、WEB PR事業を行う子会社に出向し、まだ社員4〜5人という職場で働きました。
IT企業に転職。自由に発想し、挑戦できる仕事で才能を発揮
業種も規模もいままでとはガラッと変わった職場で働いてみて、いかがでしたか?
入社前にPRの本は読んでいたんですけど、まったく役に立ちませんでした。というのも、WEB PRという新しい領域だったので、すべて自分たちで考えないといけなくて。入社初日、紙1枚を渡され「これで提案書を作成してみて」といわれたんですが、提案書なんてつくったことがない。しかも、PowerPointといわれても、昔学生時代に少しいじった程度……。その場でGoogleで「パワーポイント 文字入力」と検索したほどです(笑)。2010年だったんですけど。服も何を着ていいかわからなくて、初日にスーツで出社したら驚かれて、翌日ショートパンツを履いて行ったら笑われました(笑)。
少人数の会社ということは、営業とかもやったんですか?
肩書きは一応プランナーだったんですけど、営業からプランニング、制作、納品までいろいろやらせていただきました。私はさまざまなPR企画を考えるのが好きで、2年半の間にたくさんのお仕事に携わらせていただきました。
向いていたかはわかりませんが、「自由な発想をすること」と「失敗してもどんどん挑戦すること」をとくに学ばせていただきました。それまでとはまったく違う環境で新鮮でしたね。
その時、国連で働くという夢はまだ持っていたんですか?
はい、大学院試験の勉強もしていました。ただ、当時国連平和大学関連の仕事をしていた大学時代の友人から「千佳は向いてない気がする。いまの0から1を生み出す仕事が楽しそうで、生き生きと働いているように見えるから」といわれたんです。また、「いまから2年半大学院に通い、国際公務員試験を受けて、ようやく国際公務員のスタート地点に立てる。しかも、指示通りにこなすことが大切な仕事。新人は派遣先も選べないし、想像以上に身動きが取れない仕事だよ」と教えてくれて。それを聞いて考えが変わりました。
友人の指摘で、私とって国連で働くことは漠然としていて現実味に欠けているとわかり、むしろスッキリしました。それで、自分が実際に社会に出てから経験し、非常に違和感を感じていた、身近な社会課題である働き方の問題をまずは解決したいと思ったんです。実際私自身も、ステップアップのためにとてもポジティブに転職したのに、「転職するなんてもったいない」などといったお言葉をいただくこともあり。固定観念や社会の枠に囚われず、自分の意思で働き方を選べて、ポジティブに堂々と副業や独立もできる仕組みをつくりたいと、2013年にエニタイムズを起業しました。
チラシ配りで集客をスタート。WEB制作では苦労の連続……
どうやってスキルシェアのサービスを思いついたんですか?
いくつかの体験がアイデアに結びついているのですが、その一つは、証券会社の入社時の体験です。当時、株券電子化により、初めて証券会社に相談をする高齢者世帯、単身世帯も多く、その方々の担当もしていたんです。なので、元々積極的な投資を考えられていない方々が多いこともあって、お金よりも人生や生活、家族に関する相談も多かった。お家に呼ばれて「重いものを運んでほしい」とか(笑)。その時に「ありがとう」といってもらうことが、実は株を買ってもらうよりも私はうれしくて。高齢者や単身、共働きといった世帯が増えている中で、日常のちょっとした用事を依頼したい時、手伝ってくれる同一世帯内の家族が少なくなっていることを実感しました。また、自分自身、一人暮らしを始めたらちょっと困ったことがあっても、すぐサポートしてくれる家族は同じ家の中にはいない。日常のちょっとした用事はあふれているのに、同一世帯内の家族の人数は減っている。そうした課題と働き方の課題を解決する方法はないかと思って考えついたのが、緩やかな助け合いの仕組みの、スキルシェアのサービスなんです。
当時、シェアリングエコノミーという言葉は認知されていたんですか?
シェアリングエコノミーという言葉自体、日本にはほぼなかったと思います。2013年の3月頃にGoogleで検索したら、共有型経済について書かれた論文一つしか出てきませんでした。
シェアリングエコノミーを代表する「Airbnb」と「Uber」がアメリカで誕生したのが2008〜2009年。それから4〜5年で、アメリカでもサービスや言葉はあまり広まっていない印象でした。
シェアリングエコノミー自体が認知されてない中、サービスを普及させるのはかなり大変だったのでは?
「ランサーズ」や「クラウドワークス」は、ANYTIMESより早く始まっていたので、クラウドソーシングという言葉は普及し始めていました。そこで、最初は「生活密着型クラウドソーシングサービス」と銘打ってプレスリリースなどを配信し、2年後にようやくシェアリングエコノミーという言葉を使い始めました。おそらくですが、日本で最初に使ったんじゃないかと思います。
最初は「サポーター」と呼ばれる仕事を請け負う人はゼロですよね。どうやって募集したんですか?
最初は資金がそんなになかったので、ママさんたちが集まるイベントなどに行き、そこでチラシ配りなどをしました。WEBサイトの開設前からも、「こういうサービスがあったらどう思いますか?」と街で声をかけたり。あやしかったと思うんですけど(笑)。あと、無料掲示板の「Craigslist(クレイグスリスト)」の日本版で登録者を募集しました。オフィスもなかったので、登録希望者とカフェで1時間くらいお話しして、登録してほしいと思った方にお願いするといったやり方で徐々に増やしていきました。
そうです。ただ、通常の数十倍の制作費がかかってしまったうえ、リリースも遅れ、できあがったWEBサイトは1ページ遷移するのに20秒かかってしまうものという……。システム開発やプログラミングについてきちんと理解せず、見切り発車だったので。それから反省し、システム開発について学んでいきました。
制作し直す時間も資金もなかったので、つぎはぎをしていきました。その結果、スパゲッティコード※状態になってしまい、1〜2年後に初めての資金調達をした後に、ゼロからつくり直しました(苦笑)。制作にはクラウドソーシングを積極的に使って、メリットやデメリットを自ら体験しました。
※プログラムの実行順序や構造が複雑に入り組んでいて、処理の流れや構造が把握しにくい悪い状態になっていること。
家具組み立てサービスで成功し、IKEAと業務提携
自己資金は全てエニタイムズ社へ入れたので、エニタイムズ設立と同じ日にもう1社立ち上げました。前職で培った経験などをいかして、生活するためのPRプランニング事業等の会社も設立したんです。エニタイムズ設立の1年後に出資を受けるまではそんな感じです。
全然だったのですが、プレスリリースを積極的に出していたら、それを目にした事業会社さんから連絡をいただいて。さらにもう1f社さんをご紹介いただき、売上好調だったPRプランニングの会社を休眠するという条件で出資が決まりました。翌年にも出資いただき、これまでに2回の出資を受けています。
エニタイムズさんの収益は、サービスの利用料金の手数料なんでしょうか?
はい、利用料金から15%のシステム手数料を頂戴しています。その他、3〜4年前からBtoB事業も開始し、キャッシュフローが安定してきたという側面もあります。数年前より、さまざまな業種の企業さまから「同じようなスキルシェアサービスをつくりたい」というご相談をたくさんいただいて。「相談だけ」から「システムをつくってほしい」まで、ご要望はさまざまです。スキルシェアサービスの市場を広げることにもつながるので、OEM事業も展開することにしました。主にシステム開発を行い、スキルシェアの知見も提供するといったサービスです。
「ココナラ」や「タスカジ」など、CtoCのスキルシェアサービスがいろいろある中、ANYTIMESならではの特長とは?
特長としては、「対面でのサービス」と、依頼者にもサービス提供者側にもどちらにもなり得るクロスセルの「CtoC」となります。また、家事代行や料理代行、レッスンといった他社さまのサービスと重なるカテゴリーもありますが、ANYTIMESの依頼の7割は家具の組み立て。このニッチな領域を得意としているんです。そういった意味での競合というと、引っ越しや家具の組み立てや設置などを行う「ヤマトホームコンビニエンス」さんともいえます。
忙しくて組み立てる時間のない、時間を効率的に使いたい共働き世帯や子育て世帯が多いです。数年にわたる実証実験を経て、昨年12月にはイケア・ジャパンさまとの正式提携を発表し、正式に、IKEA家具の組み立て代行も開始しました。
どういった経緯で提携に至ったんですか? IKEAでも家具組み立てサービスを行っていますし、わざわざ他社に代行サービスを依頼するのが不思議だなって。
きっかけは、イケア・ジャパンさまからお問い合わせいただき、実現しました。従来のイケア様の組み立てサービスは、基本工費5,000円+商品代金の20%と値段が高く、予約も取りにくいという課題があったそうです。その点、ANYTIMESならサポーターとの直接の個人間の業務委託契約になるため、低価格が実現し、柔軟に当日対応もできるなど、日本各地のサポーターを集めれば、幅広い需要に応えられます。ただし、IKEAの名前を背負う以上、サポーターへの研修をきっちり行い、合格した「イケア家具組立認定サポーター」のみ請け負える仕組みになっています。2年ほど前から実証実験を始め、開始後は予想以上の効果を実感しています。
多様な働き方ができる場とシステムを提供する「複合型シェアサロン」をオープン
日本におけるシェアリングエコノミーの市場がない8年前から常にチャレンジをし続け、ANYTIMES を成功させましたが、ここに至るまで悩みや不安はありましたか?
経営者としては良くないのかもしれませんが、ビジネスとして捉える以上に、創業当初より、常に自分自身がサポーターと依頼者の両方の目線で「こういうサービスが必要だ」と心から思っていたことを形することを大切にしています。資金繰りが厳しく、なかなか売り上げが上がらない時期も長くありましたが、「ライフスタイルや人生が変わった」「このサービスがあって良かった」といってくださる方が1人でもいる限りは続けようと思い、これまでやってこられました。
2017年1月に会社をフルリモートワーク化されたそうですが、そのきっかけは?
「母国に帰って仕事したい」「里帰り出産予定で出産直前まで働きたい」という社員の声が挙がったのを機に、全員フルリモートに切り替えました。さらにオフィスをなくした分、システム開発に費やせたり、従業員の給料に還元できますからね。「コロナ禍でも仕事環境が変わらなかったのが誇らしい」と社員からいわれた時は、うれしかったですね。
社員は現在5人です。それに加えて、プロジェクトごとにフリーランスのエンジニアやデザイナーたちと業務委託契約を結んでいます。フリーランスの中には、もともと社員だった方も。フリーランスのほうが幅広い仕事ができて、所得も上がるという場合もあるので。
2019年10月には複合型シェアサロン「Qnoir(クノア)」をオープンし、株式会社Qnoirの取締役になられましたね。
エニタイムズがパートナー企業となり、Qnoirの事業運営、システム開発等を受注しています。Qnoirの運営は、私ともう1人の2人で担当しています。
たった2人でこんな大がかりなサロンを運営できるんですか?
Qnoirは、常駐スタッフのいない無人運営なんです。24時間利用可能なんですが、予約やスペース、決済、スケジュール等は全てオリジナルシステムで管理し、セキュリティカメラでも安全を管理し、エントランスも暗証番号で施錠できるようになっています。お客さまは、Qnoirアプリで、施術者(プロ)のスケジュールと該当スペースが空いている日時のみ、ご予約・事前決済でき、ご予約・事前決済完了と同時に自動で該当スペースの場所も確保されます。なので、施術者(プロ)とお客様の日程調整のやりとりやスペース確保、決済も自動で最低限のステップのみで行うことが出来る仕組みとなっています。美容師やネイリスト、アイリスト、フィットネストレーナーなどさまざまなジャンルのプロが在籍。固定費を抑えて開業・独立したい、副業として働きたいといったプロの方々の働く場となっています。
いやぁ、すごいですね! こんなサロンがあるなんて、初めて知りました。
複合型シェアサロンでこの無人運営をしているのは、おそらく弊社だけだと思います。
日本の働き方を変えるという目標を次々達成されていますね。
弊社だけでなく各社のサービスにより、シェアリングエコノミーが知られるようになり、コロナ禍で多様な働き方を認める動きも加速しました。私が働き始めた2008年頃は副業や独立、転職でさえネガティブに捉えられていましたが、大きく変化したのを実感しています。
角田さんのように、大きなビジョンを叶えるにはどうすればいいのでしょう?
私は「豊富な幸せの尺度を持った社会の実現をしたい」という思いから、エニタイムズを創業しました。NPOやボランティアではなく、ビジネスという手段を選択した理由は、スキルシェアの仕組みをより持続可能にするため。社会課題を解決するより良い手段が、たまたま起業だったということです。何かやりたいことがあるなら、かたちにこだわらず、視野を広げて最善の方法を探してみるのがいいと思っています。
ビジョンがあるなら手段やかたちに執着しないことが大切なんですね。素敵なアドバイス、ありがとうございます!
撮影/武石早代
取材・文/川端美穂