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「私は私が大嫌いだった」プロップスタイリスト・遠藤歩を救った恩師・蜷川実花の言葉

「私は私が大嫌いだった」プロップスタイリスト・遠藤歩を救った恩師・蜷川実花の言葉

近年、映像や写真の世界で注目を浴びているのが「プロップスタイリスト」と呼ばれる職業。とはいえ、まだまだその呼び名が世間に浸透しているとは言い難く、名乗っている人も数えるほどしかいません。

今回ご登場いただくのは、このプロップスタイリストを10年続け、今や日本のプロップスタイリスト界を牽引する存在となった遠藤歩さん。その仕事について話を聞けば、業界のトップを走り続けてきたにも関わらず、「これまで仕事をしている自分が大嫌いでした」と言います。そんな遠藤さんに、プロップスタイリストになったきっかけや、仕事で抱えていた闇を晴らした出来事、スタイリングをする上で必要な想像力の膨らませ方などを伺いします。

舞台美術家を目指すも、挫折&プチひきこもりに……

2012年よりプロップスタイリストとして活躍する遠藤歩さん

ーーそもそも、「プロップスタイリスト」は、どんな職業なんですか?

遠藤歩さん(以下、遠藤さん):「プロップ」というのは、演劇用語で“小道具”の意味を持つんです。だからプロップスタイリストは、“小道具専門のスタイリスト”という意味になります。でも、私はもう少し広い意味で捉えていて、小道具専門というよりも、画面に映るありとあらゆる世界観を装飾する人、みたいな感じで考えています。

ーーいわゆる「美術さん」と呼ばれる職業とは違うのでしょうか?

遠藤さん:一般的に美術さんは、大人数で美術セットなどの壁や床から作るプロフェッショナルスタッフ集団といったイメージですね。私の仕事はより細かな装飾面を専門としているので、「美術さん」に対して「装飾さん」といったところです。

でも実は、私のような装飾の多い「プロップスタイリスト」は、姉弟子の尾崎愛さんと、私のアシスタントを務めていたORINぐらいで。ミニマルな装飾を手がけるプロップスタイリストさんも数名いらっしゃいますが、定義が曖昧なところがあるんですよね。なので、雑誌や広告のスチールはもちろん、映像媒体もやりますし、ショーウィンドウやショップの内装、SNSのための商品撮影、そして最近は企画のディレクションやプロデュースから携わることも多く、幅広くやらせていただいています。

※人やもの、景色などを撮影した静止画のこと

遠藤さんがスタイリングを手がけた「蜷川実花展 -虚構と現実の間に-」
写真集タイプのマガジン「Mgirl 2020-2021AW」(MATOI PUBLISHING)にも、プロップスタイリストとして参加している

ーープロップスタイリストさんって、日本ではまだ珍しい職業なんですね。

遠藤さん:そうですね。でも海外ではすごくメジャーな職種なんですよ。10年前はテーブルコーディネートやアクセサリーの商品撮影などを行う人のことでしたが、今では大きいセットの背景を手がけるプロップスタイリストもいます。長い歴史のある職業ではないので、プロップスタイリスト界の超大御所というと、ファッション写真家のティム・ウォーカー先生のセットを担当しているショーナ・ヒースさんですね。

ーー遠藤さんは、もともとプロップスタイリストという職業を目指していたんですか?

遠藤さん:いえいえ、かつては舞台美術家になりたいと思っていました。中学生の頃に劇団四季のミュージカル『キャッツ』を観に行ったんですけど、舞台上も客席も全て猫から見たスケールで装飾が施されていたんですよ。その徹底された世界観に少女時代の私の心が掴まれてしまって……。それからは、舞台美術家になるのがずっと夢でした。だから進学先も、日本大学芸術学部演劇学科装置コースという、同級生は13人だけの超マニアックなコースを選びました。

ーーえっ。本気度が違いますね。

遠藤さん:大学2年の終わり頃までは、授業も勉強もすごく頑張っていたんです。舞台美術家に本気でなりたかったし、ほかの同級生に絶対に負けたくなかった。だけど舞台美術家って、絵を描いて図面をしっかり引いて模型を作って、それを演出家さんたちが望んだ形に仕上げなければいけないんですけど……、当時はまだ若かったんですね。舞台の演出や設定、条件にしたがってセットを考えていくと、おのずと自分らしさを表現する箇所がどんどんなくなっていって、そこにジレンマを感じるようになってしまったんです。

ーー舞台美術は舞台という前提の中でのモノづくりなので、そこは難しいですよね。

遠藤さん:同級生13人みんなが優秀だったというのもあります。私も入学当初は自信があったんですけど、実習などで同級生の中から1人だけプランナーに選ばれるため、ライバルとして戦わなければいけないんですけど、戦うのも苦手だし、選ばれないし。苦手を克服することもできませんでした。当時は年功序列の世界でもあったので、将来この職業で食べていけるのかという不安も出てきて……。自分は舞台美術家に向いていないんじゃないかと気力が途切れてしまい、大学3年からはプチ引きこもり状態になりました。

憧れの蜷川実花さんと働くため、現場アシスタントに応募

ーー舞台美術家への夢半ばで、心が折れてしまったんですね。その後の大学生活はどうなったんですか?

遠藤さん:プチ引きこもりの間は、ネットでいろんなホームページを巡回したりしていました。実は私、高校生時代から蜷川実花さんオタクなんです。しかも超がつくほどの(にっこり)。だから、実花さんのホームページを毎日覗いていて。当時はまだSNSが今のように一般化していたわけでもなかったので、ホームページなんて毎日更新されないんですけどね(笑)。そしたらある日、そのホームページに「プロップスタイリストさくらのアシスタント募集」という記事がアップされたんですよ。プロップスタイリストなんて聞いたこともなかったんですけど、その記事の中に、実花さんの撮影で使われている背景のセットの写真が3枚ぐらい並んでいて、「これだ!」ってピンと来て。

ーー蜷川実花さんの元で仕事できるかも、と。

遠藤さん:はい。すぐに応募して採用していただいて、大学3年生からプロップスタイリストのアシスタントをすることになりました。

遠藤さんのアトリエには蜷川実花さんの作品集がズラり

ーー急展開ですね。大学はどうなったんですか?

遠藤さん:ほぼ行かなくなりました(苦笑)。

ーーなんと! 先生たちに叱られなかったんですか?

遠藤さん:ご存知の通り、蜷川実花さんは舞台演出家の蜷川幸雄さんの娘さんです。私の通っているのは演劇科なので、教授のみなさんから「貴重な体験になる。無理して学校に来なくていいから、そっちを頑張りなさい」と応援してくださって。それでなんとか卒業できました(笑)。もう10年以上も前の話ですけどね。

ーー実際、アシスタントとしてのお仕事はいかがでしたか?

遠藤さん:それはもう過酷でしたね。私が入った頃はちょうどAKB48全盛期で、実花さんも「ヘビーローテーション」のMV監督などされていた時ですし、師匠のさくらさんのもとには次から次へと、そんな「かわいい」を作る仕事依頼が舞い込んできていました。だから、私たちはとにかく大量にかわいいものを作り続けてましたね。たとえば、師匠のさくらさんから大きいキャンディー作りの発注がデザイン画とともに来たら、材料や色、大きさを私たちアシスタントが考えて自分たちで作れるものは作って、借りられるものはリース屋さんにレンタルして。これがもう休みなして続くわけです。それこそ、記憶にないぐらい忙しかったですね。とにかくキツくて、辞めていく人も少なくありませんでした。

「忙しかったけど、私はやる気に満ちていて(笑)。全くめげませんでした」と、アシスタント時代を振り返る遠藤さん

ーーそれは大変そうです……。でも現場を知るための勉強にもなりそうですね。

遠藤さん:そうですね。実花さんもさくらさんの現場も、どれも超一流なんです。だから、関わる人たちもみんなストイック。モノづくりに対してとても熱い人たちばかりです。中途半端に「まあいいか」で終わらせるような人は1人もいませんでした。本物の仕事のあり方、そういうモノづくりをする人たちの佇まいや姿勢を間近で見られたのは本当に勉強になりましたね。当時はアシスタントという立場だったので、師匠が何を考え、何を望んでいるかを先読みして行動する訓練も相当できたと思います。

ーーアシスタントはどのくらいの期間やられたんですか?

遠藤さん:大学3〜4年の間の約2年ですね。卒業後は、プロップスタイリストとして独立してやっていこうと決めました。まずはアシスタント時代に仲良くなった友だちと一緒に作品撮りをして、ポートフォリオを制作しました。ちょうどその時、私がすごく好きなスタイリストさんが、Twitterで「プロップスタイリストさんいませんか?」って募集をかけていたんです。当時はまだまだプロップスタイリストの名称が知られていなかったのに、そのワードを出されていて。これはもうハッタリをかまして「できます、やります!」と、作ったポートフォリオを持って売り込んで、仕事をいただくようになりました。

ーー凄まじい行動力ですね。

遠藤さん:神戸のファブルゼィ-ルという出版社が出している「Palm maison」というファッションカルチャーマガジンが大好きで、そこにもポートフォリオを持って営業に行きました。そしたら「わざわざ東京から来てくれるなんて」と面白がってくださって、運良く表紙を担当させていただけたんです。さらに「Palm maison」のポップアップイベントが渋谷パルコで開催されて、そこから“プロップスタイリスト 遠藤歩”という名前が口コミで広がっていったように思います。

遠藤さんが24歳の時に担当した「Palm maison 007」

案件が大きくなるにつれて、どんどん自分を嫌いになっていった

ーー遠藤さんはプロップスタイリストとしての経験を着実に積み、広告やCDジャケットなどのお仕事も手がけるようになっていったんですね。

遠藤さん:広告をやりたい、CMをやりたい、CDジャケットもやりたいみたいな野望だらけだったんですけど、それもどんどん叶っていきました。それはとても光栄で嬉しかったんですけど、事前の打ち合わせ通りに現場が進んでいるにも関わらず、後からひっくり返ることや、作ったものに対してリスペクトが感じられない扱いをされることも少なくなく、自分は一生懸命やっているのに周りが同じ熱量でついてきてくれないことへのもどかしさが積み重なって、じわじわとメンタルにきてアシスタントに対してもすごく怒るようになっちゃって……。そんな態度を取っていた自分がいけないので当然ですが、スタッフはどんどん辞めていくし、現場でもピリピリした状態が何年も続くようになってしまいました。

ーー好きな仕事を楽しくしたいだけなのに必死がゆえに、大切にすべきまわりの人を傷つけ、結果的に自分自身も傷つけちゃう。聞いているだけでも苦しいです……。

遠藤さん:夢がたくさん叶って、私のことを頼りにしてくれる方もたくさんいらっしゃって、本当にありがたい環境にいるのに、仕事をすればするほど自分を見失って、どんどん自分が嫌いになっていって……。このままでは仕事を続けていけない。そんな風に思っていたのが2年ぐらい前だったんですけど、そこに訪れたのがコロナ禍でした。大変な状況なので軽々しいことは言えませんが、仕事の延期や中止が余儀なくされて、正直、どこかホッとしている自分がいました。

コロナ禍では自分と向き合う時間がたっぷりとあったので、やるべきことを整理することができました。しっかりと情熱を注ぎたいと思える仕事だけに向き合うようにして、自分一人でできる仕事量に変えて。

ーー仕事のフォーカスを絞れたんですね。とはいえ、フリーランスとして活動する以上、売上のことが心配になりませんか? これまでの仕事量を減らすとなると、収入も減るじゃないですか。

遠藤さん:もうこれ以上、自分を嫌いになりたくなかったんです。だから、収入が減ったとしても構わない、やりたい仕事だけをやろうと、意識自体を変えました。そうしたら、またタイミングのいいことに、久しぶりに実花さんから連絡があったんです。しかも、以前から私が憧れていた雑誌「装苑」の撮影セットを担当してほしいと。本格的なセットを作れるプロップスタイリストといったら遠藤だよね、という話になったみたいで。

蜷川さんからのオファーが遠藤さんを救うきっかけに

ーーそれは嬉しいですね。

遠藤さん:泣くほど嬉しかったです。しかも、その「装苑」のお仕事で実花さんから「この10年ですごく成長したんだね」って褒めていただいて。今までもたくさんお仕事をしてきて、ありがたいことに多くの人たちにお褒めの言葉をいただきましたが、実花さんに褒められたのはもう人生最高の幸せでしたね。なにせ超がつくほど蜷川実花オタクなので、「推しに褒められた!」みたいな感じで(笑)。

そのお仕事をきっかけに実花さんからの依頼が続くようになって。毎回毎回すごい案件ばかりなんです。今まで見たこともないような世界へ連れて行ってくださるし、実花さんも毎回褒めてくださるし。古参の蜷川実花オタクとして最高の喜びですね。

 
 
 
 
 
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好きなものをとことん愛することで、自分の血肉として昇華

ーープロップスタイリストってイマジネーションが必要なお仕事だと思うんですけど、着想はどのようにしているんでしょうか?

遠藤さん:日頃から情報収集が趣味なので、PinterestやInstagramを延々と見たり、何かの役に立つために勉強するというより、好きであれこれ見ているうちにインプットされたものがいかされている、という感じですね。いいものをたくさん見て審美眼を鍛えるというか。

数年前に原田マハさんの「楽園のカンヴァス」という小説を読んだんですけど、画家のルソーの作品をめぐるという内容のミステリーで、この本で初めてアート作品には画家の人生や絵に込められた意味があり、それを知った上で鑑賞するとまるで奥深さが違って見えることに気づいたんです。ここからアート好きがスタートして、今ではアートを楽しむために宗教、神話、歴史、ありとあらゆるところに手を出して、ジャンルを問わずインプットしていることが仕事にも活かされていると感じています。

遠藤さんの趣味嗜好がたっぷりと詰まったアトリエ

ーー追い詰められていた頃の状態から抜け出せた感じですか?

遠藤さん:そうですね。仕事のスタイルを変えたのもそうですし、その仕事で実花さんのお役に立てているというのもあって、毎日楽しいです。そして今は自分の居場所を誰にも譲りたくないという気持ちがあります。以前は「何者かになりたい」という焦りがあったんですよね。でも今はそういう焦りがなくなり、クライアントさんが望むものをベストな状態で提供するというところにすごく燃えるんです。長くこの仕事をやっているので、遠藤歩らしさというのはおそらくあると思いますし、それを望んでくれる方もいらっしゃるでしょうけど、私は自分の作家性を追求するのではなく、クライアントさんのリクエストに応えるため、職人のようにコツコツと仕事に取り組む方が向いているんだと思うし、その上で自分らしさが自然と滲み出るのがいいんだと思います。今では、学生の頃から抱いていた「自分が自分が」という呪いからも解放された気がします。

ーーかつて自分でかけた呪いから解放されて、健やかさを取り戻せたんですね。

遠藤さん:そうですね。そのきっかけになったのは、実花さんのオタクであることや、アートにのめり込んだことなど、好きなものがあるということが大きいですし、それが今後も自分自身の大きな指標になっていくのも間違いありません。そう思えるようになったのもここ2年の話ですけどね。技術面では自分はまだまだだなと思うこともたくさんあるので、もっともっと練習も必要だと感じています。

例えば、実花さんとのお仕事ではお花をバックに使うことが多いんですが、実花さんはその中でも常に新しいものを求めています。そのために私はプロップスタイリストとして、どう新しいものを提案していくのか。自分の手癖に頼らず、マンネリ化せずにスタイリングするには、やはり練習あるのみです。時間も労力もかかるので、コスパはどんどん悪くなってますけど(笑)。

遠藤さんのアトリエには、仕事で使う小道具がたくさん

ーーちなみに、遠藤さんはこれまでの経験をいかして“遠藤歩プロデュース”みたいな、その場に置いておけば映えるアイテムの企画や販売をしようとは思わないんですか?

遠藤さん:そういう話もいただくんですが、ただかわいいとか、ただキレイとか、表面的な視覚的効果は今すごく溢れているので、それに流されてしまうとプロップスタイリストとしての価値が下がってしまうと思うんです。私はプロップの一つひとつに命が宿っていると考えているので昨今の「映え」ブームはありがたいですが、スタイリングのプロとしてはそれに流されてはいけないとも思っています。アートを好きになったのも、それにインスパイアされるからではなく、自分の血肉にしたいからなので。

ーー最後に、遠藤さんのような働き方や生き方に憧れる方へメッセージがあればお願いします。

遠藤さん:好きで選んだ職業についたのに、私は最近まで働いている時の自分自身が大嫌いでした。それでも、自分と向き合って働き方を変えて好きなことを続けてみたら、プロップスタイリストを諦めなくてよかったという瞬間が訪れました。だから、どんなにつらくてもしんどくても、ちゃんと好きなものを好きでいられることができたら、豊かでいい人生なのかなと思います。それに気づけた今、仕事もプライベートもめっちゃ楽しいです。

「好きなことを続けていたら、ひょんなことから花開くこともあります。だから焦らずに、好きなものを目一杯愛でられたらいいですね」と遠藤さん

遠藤歩(えんどう あゆみ)

1987年京都府生まれ。日本大学芸術学部演劇学科装置コース卒業。2012年より、プロップスタイリストとして活動。SHIBUYA109、資生堂などの企業広告、雑誌、CM、MV、CDジャケット、ショーウィンドーディスプレイなどを手がけ、HKT48の公式生写真のプロデュース、東京プリンスホテルにてCanCamナイトプールとのコラボルームをプロデュースするなど、空間にまつわる様々な分野でスタリングのみに留まらず、ディレクションから担うなど、幅広く活動中。著書に「Girly Prop Styling」(扶桑社)がある。
 
Instagram:https://www.instagram.com/endoayumi/
Twitter:https://twitter.com/endoayumi817

撮影/武石早代 
取材・文/田中元

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