かつては映画とテレビがその中心だった映像・動画業界ですが、近年はCMやミュージックビデオ、短編映画などのコンテンツのほか、YouTubeやWEBサイトといったメディアが台頭し、多彩なクリエイターが活躍できる場へと成長しています。しかし、クリエイターの多くは独学で手探りをしながら必要なことを学ばなければならず、効率が良いとは言えない状況なのも事実です。
そこに登場したのが、映像・動画制作に必要なノウハウや撮影、編集の基礎から、CGティップスや機材選びといった応用まで、その道のプロが解説するプラットフォーム「Vook(ヴック)」。さらに同サービスをベースに、2021年12月からはリアルな教室「Vook School(ヴック スクール)」も開校し、世界に通用する映像・動画クリエイターの育成を目指しています。
今回は、Vookを立ち上げ、同社の代表取締役を務める岡本俊太郎さんと、映像監督として第一線で活躍しながらVookの取締役CCOに就任し、講師も務める曽根隼人さんに、Vook立ち上げのきっかけから今後の展望までをお聞きしました。
ビジョンは、“映像クリエーターを無敵にする”こと
ーー映像や動画制作のノウハウを幅広く発信する「Vook」を立ち上げたきっかけを教えてください。
会社を創業した当初は、さまざまなCMや映像の制作を請け負っていて、ある時アメリカでCM制作をしたことがあったんです。そこで目の当たりにしたのは、制作環境やスタッフの意識の違いでした。これがとにかく衝撃的で……。
そうなんです。アメリカでは映像制作の流れを順序立てて学べる文化があるし、基礎知識を前提とした制作手順なども日本とは全然違いました。日本でも映像制作に関連する情報を探そうと思えばできなくはないですが、整理されてなくてバラバラな状態で、やっと探りあてたと思ったら、英語の情報だけというものも多かったりして。だからこうした情報を整理し、誰もが映像・動画制作を順を追って学べる環境を作ろうと思って、2016年に「Vook」を立ち上げました。
岡本さんも僕も自分で映像制作をしているので、クリエイターの気持ちがわかるという自負があるんです。だから、クリエイターから時間やお金を搾取するようなものではなく、徹底的に作り手側に寄り添ったサービスを作りたいと思っていたんですよね。
はい。だからVookのビジョンは、「映像クリエーターを無敵に。」です。私たちもクリエイターですが、Vookが目指しているのは、映像クリエイターをサポートするプラットフォーム。これまでだったら調べるのに1週間かかっていた情報を1時間で理解でき、ほかの時間でよりクリエイティブなことに注力できるような場にしていきたいと思っています。
ーーVookの記事はどのように作られているんですか?
記事は誰でも書き込めるようになっています。プロのクリエイターが自分のノウハウを書いてくれたり、編集ソフトのメーカーさんもバージョンアップするたびに使い方や解説を書いてくれたり。おかげで現在は、月間30万UU※にまで成長しました。
※ユニークユーザーの略で、WEBサイトにアクセスしたユーザー数(訪問者数)のこと。
たくさんの方々に見ていただいて嬉しいですね。だけど岡本さんは、運営はもちろん、記事制作やその内容チェックも含め、本当に休んでいないんじゃないかと言うぐらい動き回っていますよね。
ーー2021年12月には「Vook School」も開校されましたもんね。学校作りだなんて想像するだけで大変そうですが、ほかの専門学校との違いや特徴はどんなところですか?
一般的な専門学校のように、何曜日の何時限目はこの講座という仕組みではなく、3カ月ないしは5カ月の授業料をいただき、その間に用意したカリキュラムを自分のペースで進めていただくというシステムになっている点ですね。もし期間内に受講が終わらなければ、1カ月単位で延長もできます。
とはいえ、なるべく期間内に修了していただきたいと思っているので、そのために我々もしっかりと指導していくつもりです。延長はあくまでも忙しくてなかなか来られない方のための措置ですね。
自分のペースでカリキュラムを進める形式にしたのは、曽根さんのアイデアなんです。
以前、専門学校で講師をやっていたことがあって。何人も同時に講義すると、どうしても理解の速度に差が出てしまうんです。この場合、やはりどうしてもスローペースな生徒に合わせることになるんですが、そうなったら早く成長できるはずの人を止めてしまうことになってしまう。そんなジレンマを解消するために、Vook Schoolでは理解力がある人はどんどん先に進めて、そうでない人にも丁寧にゆっくり教えられる、誰も落とさない方法として、このスタイルを採用したいと思いました。
さらに、学び始める時期も選びやすくするため、入校タイミングも月2回設けることにしました。
ーー生徒が学びやすい環境づくりを徹底されたんですね。ちなみに、先日第1期生の募集がありましたが、どのような生徒さんが多いのでしょうか?
夜間と土日にオープンしているので、年齢層は割と高めですね。プロのスチールカメラマンさんが入学してくださったり、あっと驚く映画監督からも興味を持っていただいたのは嬉しい誤算でした(笑)。僕らとしては若い学生さんにももっと来てほしいと思っています。いわゆるダブルスクールのつもりで。
学生が勝手に作ったiPod touchのCMが、映像の世界に入るきっかけ
ーーここで改めて、おふたりのキャリアをお教えいただけますか?
2007年に公開されたiPod touchのCMがあるんですが、これはAppleが公式に作ったものではないんですよ。実はイギリスの19歳の学生が勝手に作ってWEBにアップしていたら、Appleのマーケティング担当の目に止まり、そのまま本家のCMに採用されたんです。私のキャリアスタートはこれを見たことがきっかけ。学生でもこれだけすごい映像が作れるんだと感銘を受け、映像の世界に身を置こうと決めたんです。当時はちょうどYouTubeが登場してきた頃で、これからのWEBは動画がメインになっていくだろうと思って、大学在学中にCMコンテストを立ち上げました。その後自分自身も映像制作を手掛けるようになり、5年ぐらいやったところで2016年にVookをスタートさせた、という流れですね。
僕は最初に一眼レフカメラを買って、自分で映像制作ができる環境を整えた上で、はじめからフリーランスとしてキャリアをスタートさせました。10年ほど前の、一眼レフで撮影するムービーが流行った頃ですね。当時は名もなきフリーランスだったので、仕事ではカメラそのものを触らなければいけないし、企画や演出、編集も全部自分でやらなきゃいけない。さらに案件によっては、制作業務やプロデューサーとしての仕事をする必要が出てくる。そこで映像制作のための会社を作ったら、今度は経営者としての仕事もやらなきゃいけなくなってしまったんです(苦笑)。
ーーそんなおふたりはどのように出会ったんですか? カップルの馴れ初めみたいな質問で恐縮ですが(笑)。
岡本さんと本格的に仲良くなったのは、2017年に長野県の小布施で開催された映像クリエイターが合宿をするイベントですね。僕は講師兼司会として参加したんですが、ちょうどその頃、映像ナレッジサイトのようなものが日本にも必要だと考えながら、でも自分自身はクリエイターとしてもやっていきたいし、二足のわらじは自分一人じゃ無理だよな、と思っていて。そんな時、岡本さんのVookを知り強く惹かれました。
曽根さんはNHK Eテレで放送されている『
テクネ 映像の教室』という、映像手法を特集したり、クリエイターを取材する番組に参加されていたので、もちろん知っていました。
自身が一流のクリエイターであると同時に、映像制作のあらゆるフローを理解されている曽根さんこそ、今後映像クリエイターの目指すべき姿なんじゃないかとずっと思ってました。だから曽根さんにVookに入ってもらいたかった。それで私からラブコールを送ったんです。
それで僕も「ぜひ一緒にやりましょう」と意気投合して。気付けば今やVookの役員の一人です。映像にまつわるスクールや会社経営など自分一人でいろいろやっていた時、肝心の映像監督としての仕事がどんどん疎かになってしまっていると感じていたんです。そんな時に声をかけてくれた岡本さんのVookは、クリエイター育成や業界の課題感を解決しながらも、自分の監督業を両立させてくれる環境があるから、僕としても願ったり叶ったりだったわけです。
制作に必要な全てを教え、仕事の紹介までサポート
ーーVook Schoolでとくに力を入れているのはどんなところでしょうか?
とくにカリキュラムは、めちゃくちゃ本気で作りました。カリキュラムは全部で160項目あるんですけど、教科書は1項目あたり30〜40ページ、合計4,000ページぐらい。それを各分野のプロに書いてもらい、僕らで全てチェックしました。これがもう大変でしたね。
本当に死ぬ気で作りました(笑)。映像の歴史から始まって、機材や撮影、照明、録音、編集、ソフトでの調整の方法まで一通り理解できるように考えて、iPadなどでいつでも見られるようにテキストと動画をふんだんに盛り込んで構成して。とにかく映像・動画制作に関する技術や知識を全方位的に学べるように考え抜きました。
ーー各分野を細かく深く学べるようにしたのはどうしてですか?
映像制作はそれぞれの担当部署でやることが異なりますが、まずは全体のフローをわかってもらうことが大切だと考えたからです。それこそプロデューサーであれば全体を把握していなければ現場で話が通じませんし、スケジュールを組み立てることも難しいですよね。ディレクターも照明がわかっていなければ照明スタッフに指示を出しづらくなりますし、データフォーマットを理解していなければ編集作業もできませんからね。
それに映像も動画も作品の方向性は多彩じゃないですか。めちゃくちゃかっこいい映像で魅せる作品もあれば、セリフ中心のコントのような面白い映像だってある。正解はないというか、どれも正解ですよね。なので、Vook Schoolではそうした多彩な映像・動画というものの全体像を学んでいただき、その上で自分にとっての正解を見つけてもらえればいいかなと。何かに特化するにしても、ほかの知識が邪魔をすることはありませんから。
そういった知識を踏まえた上で、やはり映像・動画クリエイターのためのスクールなので、今回開講したビデオグラファーコースでとくに重視しているのは「撮影」です。映像の専門学校の多くは編集を重視しているところが多いですが、うちは撮影テクニックから、撮影後のカラーグレーディングまで含めて、広い意味での撮影を学びたい方、仕事に繋げたい方に適した環境だと思います。
さらには請求書の書き方なんて項目も用意していて。フリーランスでやっていると必要になる知識ですが、案外聞きづらかったり、教えてくれる人もいなかったりするので、そういう経理まわりもきちんとお伝えしたいと考えました。これらは僕がフリーランスでの活動や、会社経営する中で身をもって調べながら学び、実践してきたことですけど、けっこう遠回りしちゃったなと思っていて。だからVook Schoolで学んで、近道していただければいいなと。
基礎から応用まで実用的なことを一通り学んでいただいたら、キャリアサポートもしっかり用意しています。映像スタッフを募集している企業を紹介したりと、キャリアサポートもVookとして力を入れているので、Vookスクール受講生にもしっかりサポートしていきたいと考えているんです。映像系、動画系問わず、進路相談もできるので、仕事に繋げたい方にぜひ活用してほしいですね。
卒業後の仕事につなげるため、実践に活かせるような作品集づくりも行っていただきます。こうしてスクール内で生徒同士で切磋琢磨しながら制作と向き合うことで、新たなクリエイティブチームが出てくることにも期待しています。
アメリカや韓国と肩を並べるライバルを育成する
ーー今後の目標や展望をお聞かせいただけますか?
いわゆる映画と、僕らのような映像・動画には分断のようなものがあり、さらに映像と動画も別物とされているところがあるんです。でも僕自身は動画からスタートし、今ではドラマの映像監督もしています。だから今後は映像と動画それぞれの壁がなくなっていくんじゃないかと感じていますし、ボーダレスにしていきたいとも思っています。
ーー曽根さんは2019〜2020年に配信された乃木坂46のオムニバスドラマ『乃木坂シネマズ〜STORY of 46〜』でも、プロデュース&監督をされていましたよね。
はい。全体のプロデュースと、1つのエピソードを監督しました。こうした作品は従来なら映像系のクリエイターが担当するんですが、僕はあえて動画系と言われるYouTubeや、WEBコンテンツを作られている方々に撮影を担当してもらったんです。実は動画系の人たちって、演出家の脳とカメラマンの脳が同時に動いているので、自分で考えて即座にカット割りまでできるんですよ。目論見は成功で、通常のドラマよりカット数が多く、テンポのいい作品に仕上がりました。
YouTuberのスタイルって、テレビのバラエティ番組が原点だったりしますからね。そこから独自の発展を遂げて、今や20代前半のクリエイターにものすごく面白い作品を作る人たちがたくさん出てきています。なかでも、動画のクオリティの高さにいつも驚かされるのは、「だいにぐるーぷ」というYouTuber。彼らもCGクリエイターと組んだり、映像ディレクターと組んだりしていて、さらに進化していますよね。
かつてのテレビって、結構めちゃくちゃなことをやっていたじゃないですか。そのノリが今、YouTubeに代わってきているのかな。
しかもクオリティは今の方がずっと高いですよね。今はまだYouTubeで稼げている人は少ないですが、オンライン市場はすごく伸びていますし、収益構造が一気に変化しているタイミングですよね。映像や動画の作り方も稼ぎ方もこれからますます増えていくでしょうから、私たちVookとしては、優れたクリエイターを増やすことに注力していければと思っています。
日本の映画やドラマはこれまで国内需要頼りでしたけど、オンラインであればNetflixのように一気に世界に出られるので、市場を広げていければ大きいですよね。だけど、アメリカや韓国の映像・動画コンテンツに比べると、日本はまだまだ撮影や照明に大きな差があるのも事実です。VookやVook Schoolでは彼らに負けない、いい意味でのライバルを育成していきたいですね。講師の立場としても若い才能を目の当たりにすると、自分も焦ってより高いところを目指せるので、ここから突破口が開けることを願っています。
そのためにも、まずは私も経営者として利益をしっかりあげて、持続的な会社にしていく必要がありますよね。映像業界を支えるために良い人材を育成して、世の中に送り出して。ここ最近は、優秀な人材がIT業界に流れていたと思うんですが、彼らを改めて映像業界に呼び戻したい。クリエイター支援を標榜していても消えてしまう組織は多いので、それだけは絶対に避けて、数年後には上場できるように今後も努力を続けていきます。
岡本 俊太郎 (おかもと しゅんたろう)
1988年生まれ。上智大学経済学部卒業。
大学在学時代、学生団体『adoir(アドワール)』を立ち上げる。adoirの最初の活動として、学生向けにプロモーションを行いたい企業のCMを大学生が制作し、日本一を決める映像コンテスト『学生CM甲子園』を主宰。2016年に映像tipsサイト『Vook』(ヴック)を立ち上げる。
Vook:
https://vook.vc岡本さんのTwitter:
https://twitter.com/shuntaro
曽根隼人(そね はやと)
1986年生まれ。 大阪芸術大学映像学科卒業。
BABEL LABEL所属 ディレクター。無印良品のパリでのプロモーション映像”TOKYO PEN PIXEL”では世界三大広告祭の一つ「ONE SHOW」や、アジア最大の広告祭「ADFEST」、「SPIKES ASIA」をはじめ多くの賞を受賞。大村市のPR動画”大村市なんて大嫌い”では、「福岡広告協会賞」「ぐろ~かるCM大賞2019」で受賞した。全国にクリエイティブな映像を伝える番組 「テクネ 映像の教室」「うたテクネ」(ともにNHK Eテレ)では、プロデュサーとして活躍中。白石麻衣、齋藤飛鳥をはじめとした乃木坂46の人気メンバー10人が出演のオムニバスドラマ「乃木坂シネマズ~STORY of 46~」では、プロデューサーとディレクターをともに担当。2022年1月スタートの新ドラマ「封刃師」(テレビ朝日系)の監督も務める。
曽根さんのTwitter:
https://twitter.com/4th_hayato
撮影/武石早代
取材・文/田中元