教養はビジネスに役立つのか?『ゆる言語学ラジオ』仕掛け人・堀元見が考える知識の活かし方
昨今のビジネスシーンにおいて、「教養」がある種のトレンドワードになっています(本屋に行けば、関連書籍の多さに驚くはず!)。その背景には「時間をかけず、手っ取り早く知識を習得したい」というコストパフォーマンス・タイムパフォーマンス的な側面が見え隠れするわけですが……。こうした立場に対してカウンターの立場を取っているのが、YouTube&Podcastで配信中の人気番組『ゆる言語学ラジオ』の出演・プロデュースを兼任しつつ、作家としても活動する堀元見さんです。
2022年に上梓した『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』では、書名のとおりベストセラーとなったビジネス書を実際に100冊読み、成功者たちが提唱する教えを皮肉たっぷりに紹介。また自身の有料noteでは、インターネットで発見した特定の人物をアカデミックに批判することも。
「おもしろおかしくふざける」を礎にした語り口は、ときに賛否を巻き起こすわけですが、なぜ堀元さんはこうしたスタンスを取っているのでしょうか。また、教養とはどのような距離の取り方をしているのでしょうか。堀元さんに尋ねます。
おもしろおかしくふざけるの原点
━━堀元さんの「おもしろおかしくふざける」というスタンスはいつ頃からなんですか?
堀元:高校生の頃からですね。僕が通っていたのが進学校だったこともあり、授業で習った知識で笑いを取るのが仲間内で流行っていたんですよ。たとえば、世界史の授業でガンジーの「塩の行進」(※1)について習うとするじゃないですか。
このときガンジーは、たどり着いた海岸で、泥と塩の塊を掲げて「私はこれで大英帝国の土台を揺るがしたのだ」と言ったそうなんですね。で、直後の体育の時間にサッカーをしていたら、友達が転んで、起き上がるときにグランドの土を掴んで「私はこれで大英帝国の土台を揺るがしたのだ」とふざけて言うんですよ。それに対して、僕が「いや、そこに塩は入ってないやん」と突っ込むみたいな。そういう遊びをよくしていたんです。
※1インドがイギリスから独立する転機になった抗議運動。主導したガンジーは自らの手で塩をつくるため、拠点であるグジャラート州のアフマダーバードから同州南部にあるダーンディー海岸までの約386kmを行進した
━━その頃から今の活動につながる下地はできあがっていたんですね。
堀元:そうですね。なんなら大学生になっても同じようなことばかりしていたし、その後もどうやったら「ふざける事」が仕事になるのかを模索していました。その結果が『教養悪口本』であり、『ゆる言語学ラジオ』でありという感じです。
━━堀元さんにとって知識は、おもしろくふざけるための素材のような感覚なのでしょうか?
堀元:人が言ったことを受け売りで話していてもおもしろくないじゃないですか。学校の校長先生の話がつまらないのってそういうことだと思うんですよ。一方で、知識と知識を掛け合わせて上手に調理されたものってすごくおもしろくて。僕、さらば青春の光の「ぼったくりバー」というコントがめちゃくちゃ好きなんですね。
森田さんが会計をもらうときに金額を数えるのですが、その桁がどんどん増えていって、桁が1京くらいから次第に自信がなくなっていくんです。そうすると東ブクロさんが「垓(がい)」とか「穣(じょう)」とか教えてくれて。最終的に「200那由多飛んで3万円」まで膨れ上がり、お金を払うまで孫やひ孫の代まで追いかけると東ブクロさんが詰問しながら、今度は「昆孫(こんそん)」「仍孫(じょうそん)」と孫の数え方に移行して終わるっていうネタなんですけど、言ってしまえばお金や孫の桁を数えるだけのシンプルな話じゃないですか。
━━そうですね。
堀元:にもかかわらず、ぼったくりバーという場を設定するだけでこんなにおもしろくできるんだっていう感動があり、さらに勉強にもなる。そうやって自分が持っている知識を能動的に別の何かに置き換えたり、掛け合わせたりして価値にするために教養はある気がしています。
━━異なる点Aと点Bを結びつけるために教養が必要だと。
堀元:そうだと思います。しかも引き出しが多い方が、面白い確率は上がるじゃないですか。かつてサロンは、知的な会話を楽しむ社交の場でしたが、教養がないと話題に乗り遅れてしまうんですよね。
教養を身につけていくと貧乏になる
━━昨今は教養をビジネスに結びつけて、「どうやったらお金を稼げるのか」とか「稼げる立場になるにはどうすればいいか」みたいな話と結び付けられることが増えていますよね。そういう風潮について、堀元さんはどう思っていますか?
堀元:極端なことを言えば、愚かだなと(笑)。そもそも教養とビジネスって相性が悪いと思うんですよ。たとえば、『資本論』で有名なマルクスは「剰余価値を搾取するのが資本家だ」みたいなことを言っているわけで、そういう知識をたくさん身につけていけばいくほど働くなんて馬鹿らしくてできなくなるじゃないですか。逆に、何も考えずに走れる人のほうがお金儲けは向いていると思います。
━━どういうことでしょうか?
堀元:僕は、公に公開したらヤバいことを「堀元見の炎上するから有料で書く話」と題してnoteで販売しているのですが、「アリストテレス『弁論術』を活用した最強のナンパ術」みたいな情報商材を売るナンパ師を取り上げたことがあるんですね。
結論から言うと、アリストテレスは世の中に蔓延する軽薄なノウハウ本を否定するために『弁論術』を書いているので、このナンパ師の言っていることは矛盾の塊なんですよね。
僕はこれをバカにしようと思ったんですが、これがめちゃくちゃ大変でした。こういう人って浅い知識で文章を書くから大抵はすぐに反証できるんですけど、何もリサーチしないで相手と同じレベル感で適当に茶化すのは自分の気が済まないので、『弁論術』をひと通り読むんですよ。ものすごく分厚くて長いやつを頑張って。
でも、背景情報を踏まえつつ読み物としておもしろく成立させるためには要素が足りないから別の本も読むわけです。そうやって労力をかけて取り組むとお金も時間もかかるので、どんどん貧乏になっていきますよね。
━━とはいえ、堀元さんは手を抜かないというか、労力をかけて相手を茶化すようなことをしますよね。それはどうしてなのでしょうか?
堀元:僕にとってのエンターテインメントだからですね。自分が消費者にまわったときに、おもしろいものをつくりたい。これもアリストテレス絡みなんですが、『詩学』という本で悲劇と喜劇に関する説明が書かれていて、そのなかで喜劇を「劣った人の滑稽な姿を楽しむための娯楽」と定義しているんですよ。
━━堀元さんとしては、喜劇を楽しんでいる感覚なんですね。
堀元:そうですね。また別の事例なんですが、NewsPicksでやっている落合陽一さんの『WEEKLY OCHIAI』という番組を茶化して問題になったことがあって。
この番組のおもしろいところは、落合さんがいつも意味不明な講釈をして、周囲の人が「なるほど、そういう考えか!」とわかってる感じの返事をすることなんですよ。それってすごく滑稽じゃないですか、すれ違いコントみたいで。もしかしたら、みんな本当に理解しているのかもしれないんですけど(笑)。少なくとも僕は違和感しか感じなかったから、おもしろおかしくいじったら賛否両論が巻き起こりました。
━━どんな反応があったんですか?
堀元:面白いとシェアしてくれた人は半分ぐらい。残りは「こいつは反知性主義者だ!」とか「落合陽一という偽者を暴き立ててくれた傑作だ!」とかいう反応でした。でも、僕は落合陽一さんをこき下ろしたいみたいな思想は1ミリもなくて。『鬼滅の刃』を読んだから、『鬼滅の刃』について語りたいみたいな。それくらいの温度感なんですけど。
たまに僕のことをガーシーさんみたいな人だと勘違いしてDMを送ってくる人もいるのですが、そういうことがしたいわけではないんですよね。だから「こいつは本当に卑劣で許せないので記事にしてください!」と言われても困るっていう(笑)。そういうことを生業にしたい人間ではないので。
━━義憤があるわけではない、と。
堀元:題材こそ違いますが、僕とディズニーでやってることは多分そんなに変わらないんですよ。自分が理想と考えるエンターテインメントをつくりたいだけっていう。
逆張り大好きおじさんの考えるネクストアクション
━━「ゆる言語学ラジオ」は教養のカテゴリーで括られることも多いじゃないですか。でも、堀元さんは自分たちの番組のことを「知的ふざけラジオ」と呼んでいて、教養系コンテンツとして括られるのを避けていますよね。そういう教養と距離を取るスタンスはあえてなのでしょうか?
堀元:僕も相方の水野太貴も逆張りが大好きなんですよ。自分たちのことを「逆張りおじさん」って呼んでいますから(笑)。
━━良い自虐ですね(笑)。
堀元:それに僕たちがやっていることは、そもそも教養ではないという認識もあって。教養は知識を受け売りにしていくのではなく、事象を主体的に読み解いていくことだと考えているので、それをやらずにわかりやすく噛み砕いてコンテンツにしている僕たちのラジオは、知識でふざけている域を超えないんですよ。
━━今後はこうしていきたいみたいな展望はあるんですか?
堀元:収録スタジオ兼イベントスペース兼店舗みたいなことができるビルが一棟ほしくて。だから、事業計画の中期目標にビルを購入することを置いているのですが、まずはスモールスタートとして賃貸からはじめました。「ゆる学徒カフェ」という名前で、今年の6月1日から開業します。
ただ、僕はお金に対する執着があまりないので、利益を最大化するという意味ではまったくやる気がないんですね。だから、経営者には向いていない。一方で、やりたいことをやるためには利益を最大化する必要があるので、自分たちの取り組んでいることをうまくお金に還元するための方法を模索しています。たとえば『ゆる言語学ラジオ』にスポンサーを付けたり、フォーマットをフランチャイズ化したり。
━━スポンサーを付ける事例では、『ジーニアス英和辞典』とのコラボがありますよね。
堀元:あれは願ったり叶ったりの企画でした。スポンサーを付けるにしても、変なノイズを入れたくないというか、僕たちの目指す方向と違う内容のものはやりたくなくて。その点、辞書をひたすら読むという企画は、水野ともいつかやろうと話していたんですよ。僕たちとスポンサーのやりたいことが一致した理想的な事例でした。
━━フォーマットをフランチャイズ化するという点では、『ゆる学徒ハウス』という新たな「ゆる◯◯学ラジオ」を生み出すためのプロジェクトを通して、『ゆる天文学ラジオ』『ゆる民俗学ラジオ』『ゆる生態学ラジオ』『ゆる音楽学ラジオ』などが誕生しています。
堀元:『ゆる天文学ラジオ』のなかに「地球から移住したい人必見! オススメ惑星物件を紹介します」っていうエピソードがあるんですね。
水星、金星、火星、木星と太陽から近い順番に惑星を物件に見立てて紹介していくのですが、メリットを話した後にデメリットについて話していくのがおもしろくて。たとえば、水星だったら季節の移り変わりが早いのでいろんな景色を楽しめるけど寒暖差が激しいとか、木星だったら衛星が4つも付いていてすごくお得だけどガスでできているから地面がないとか。
僕が思いついたら真っ先にコンテンツにしていると思うくらいにボケとツッコミの構成が美しくて。だから、すごく悔しいんです(笑)。
━━ちなみに堀元さんが新たに「ゆる◯◯学ラジオ」をやるとしたら、どんな内容にしますか?
堀元:今は忙しくて着手できていないのですが、エセ科学をエンタメ化するようなことはいつかやりたいんですよね。「5Gのせいでコロナが流行した」とか「電磁波は危険だからアルミホイルを頭に巻いたほうがいい」とか、そういう謎の論理を茶化したいなと思っています(笑)。
━━堀元さんにとっては、それも喜劇ということですよね。そこに帰結しているっていう。
堀元:さらば青春の光のコントも、情報商材を売るナンパ師の底の浅さも、『WEEKLY OCHIAI』のちぐはぐなやり取りも、僕のなかではすべてつながっているんですよね。ただ、それをエンタメ化するとなったときに、印象が悪くならないようにうまく茶化すのってすごく難しくて。『教養悪口本』はそれがうまくできた成功例になっているので、そういうものをこれからもつくっていければいいなと考えています。
堀元見(ほりもと・けん)
1992年生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業後、就職せず「インターネットでふざける」を職業に。自身が出演・プロデュースするYouTubeチャンネル『ゆる言語学ラジオ』はチャンネル登録者18万人を超える。著書に『教養悪口本』(光文社)『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』(徳間書店)、水野太貴との共著に『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(あさ出版)がある
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