各業界に特化したキャピタリストから、日本と世界を代表する100社のユニコーン企業になり得る注目のスタートアップを先取りでピックアップする本企画。今回ご登場いただくのは、シード期・アーリーステージの起業家を支援するベンチャーキャピタル(VC)※、株式会社ANOBAKA パートナーの萩谷聡さんです。
今、萩谷さんが注目しているというのが、最新技術をいかして病気の治療や予防に取り組む事業を展開する「ヘルスケア」領域のスタートアップ。なぜ今、ヘルスケアが注目なのか。はたまたその伸びしろとは? 萩谷さんにそんな率直な疑問をぶつけつつ、ヘルスケア領域で注目のスタートアップ5社を選出していただきました。
※ 未上場のスタートアップ企業に出資を行う投資会社のこと
ANOBAKAとは?
“Empowering Mad Dreams”をビジョンとして、シード期(創業前)やアーリーステージ(創業直後)の起業家の支援を行うVC。「チャレンジ」を至高の概念とし、とくに希少価値の高い起業家の原石がいるシード領域に特化。これまでにスタートアップ120社以上へ投資とその成長のサポートを行っている。
「覚悟」「軸」「成長率」を鑑みて、シード期のスタートアップに投資
ANOBAKAさんでは、シード期のスタートアップに特化して投資を行っているそうですね。将来性を予測しにくいシード期のスタートアップへの投資ってハイリスクだと思うんですけど、どうして投資するんですか?
まわりから見たら無謀とも思えるような挑戦を続ける起業家は、これからの日本の経済を支える原石だからです。
国内のVC業界も盛り上がってきてはいますが、海外に比べたらまだまだ。だから、私たちVCこそ挑戦者であるべきですし、同じく新しい事業に挑戦する起業家たちをサポートしていきたいという気持ちが強いんです。
ええ。投資額は1,000~5,000万円ですが、それだけではありません。私たちANOBAKAのキャピタリストは、元起業家や元事業家がほとんどで、金融系出身の者はいないんです。
そのため、当事者意識で支援できるのが強み。頻繁に起業家と壁打ちしながら相談に乗りますし、採用支援や人材の紹介、事業連携の提案も行っています。
それは心強い。起業家は孤独ってよく言いますもんね。
そうなんです。だからコミュニティづくりも意識的に行っていて。評価基準やファイナンスなど、同じステージならではの悩みや課題を相談できるような勉強会やイベントを実施しているんです。投資家も呼んだりして、起業家同士がつながれるような仕組みをつくっています。
投資先である起業家たちのケアまで行うのはなぜですか?
保守的な日本社会において、起業家は貴重な人材資源。これからの日本の経済を支えていくのは間違いないと思っていますし、その勇気ある挑戦には敬意を払いたいんです。
また、日本ではシード期のスタートアップに投資する件数が、アメリカと比べて20倍以上も少ないといわれています。日本からユニコーン企業を生み出すには、こういった社会の構造を変える必要がある。だから、私たちが挑戦できる環境を整え、起業家たちが戦える土壌をしっかりと築いていきたい。そこで挑戦を続ける起業家たちから選ばれるVCになっていきたいという思いがあるんです。
そんな情熱的なANOBAKAのVCは、どんな起業家に投資したいと思うものですか?
私が投資したいと思う起業家は、自分で描いた大きな世界をブレずに語り切れる人。創業まもないシード期の起業家には、周りの人を巻き込むほどの強い思いがあればいいと思っています。それこそMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)がなくてもいい。
投資の成果がわかるには7〜10年かかるのですが、一番のリスクは起業家が事業を途中で諦めること。だから、強い使命感を持って事業で取り組む覚悟があるかどうか。起業家の言動から、私はそれを見極めています。
もちろん最初は荒い部分もあります。だけど、次に会ったときに、とてつもなく成長していることもあるんです。そういう起業家自身の成長率も投資するかどうかの決め手の一つになってきます。
ANOBAKAの萩谷聡さんが選出! ヘルスケア領域を牽引するスタートアップ5社
今回、VCとしてご活躍される萩谷さんに注目の領域として挙げていただいたのが、「ヘルスケア」でした。どうして、今「ヘルスケア」が注目なんですか?
物流、建設、保険、製造など、各業界に産業DXの波が来ていますよね。そんな中、ヘルスケアはアナログな部分が多く、DX化するにも課題がたくさんある。しかし、だからこそ伸びしろが十二分にあると思うんです。成長幅を期待できるから、この領域で勝負するスタートアップにもチャンスがあると。
コロナ禍に突入したことも、ヘルスケアに期待する要因になっていたりしますか?
おっしゃる通り。コロナ禍に入り、新たな診療方法として、オンライン診療が普及しましたよね。時間や交通費を節約でき、感染リスクを抑えられるからユーザーに高い利便性を提供できるし、遠方の患者にも医療を提供できるから医療機関にとってのメリットも大きい。コロナ禍でオンライン診療などが普及したことでDX化の課題が浮き彫りになったから、テクノロジーを使って効率化を図ろうという動きが国内のスタートアップのなかで起きています。
ここからは萩谷さんに、ヘルスケア領域で注目のスタートアップ5社をそのポイントとともにお聞きします。
製薬会社と患者の架け橋に|株式会社Buzzreach
製薬会社と患者の課題を解決し、両者を結びつけるプラットフォームサービスを提供。テクノロジーを用いて、新薬承認に必要な治験の情報提供を行い、患者の声を形にした薬の開発、新薬の早期承認に導く。1日でも早く患者が自由に治療法を選べる世界の創出に尽力している。
国内製薬企業の新型コロナウイルスのワクチン開発で注目を浴びたスタートアップです。ワクチンや治験薬の開発にはアナログな部分が多く、まだまだテクノロジーの力で解決できます。Buzzreachではそうした治験業務のフローを一気通貫で解決。これまで複雑だった構造を変えようとする同社は、これから医療業界全体に変化を起こしていくはず。
女性向けオンライン診療サービス「smaluna(スマルナ)」|株式会社ネクイノ
医師や薬剤師、弁護士などが集まり、2016年6月に創業。「世界中の医療空間と体験をRe▷designする」メディカルコミュニケーションカンパニーを掲げ、テクノロジーと対話の力で世の中の視点を上げ、イノベーションの社会実装を推進する。2018年6月に、婦人科領域に特化したオンライン診察プラットフォーム「スマルナ」をリリース。スマホで医師にピルの相談から診察、処方までを行える。
ネクイノ社は創業期からオンライン診療による医療環境の構築を目指し、事業に取り組んでこられました。そうした中、婦人科の診療の心理的・距離的なハードルを下げた「smaluna」のリリースは、女性が活躍する社会にとっても意義があること。診療前や服用中に、無料で薬剤師や助産師に薬とからだの悩みを相談もできるのも、オンライン診療の最適なあり方だと感じてます。
ヘルスケア×シェアリングのプラットフォーム「HANOWA」|株式会社HANOWA
歯科医療従事者と歯科医院のシェアリングプラットフォームの運営を行う。シェアリングプラットフォーム「HANOWA」は、新卒求人倍率およそ20.7倍と言われる歯科衛生士の人材不足解消を目的として2019年にリリース。人材不足に頭を抱える歯科医院へ、歯科衛生士や歯科医師を最短翌日で勤務をお願いできる。
国家資格である歯科衛生士の9割以上は女性。そのうち半分以上の28万人がさまざまな理由で離職してしまっているのが現在の状況です。そうした中、ヘルスケア×シェアリングを叶えた「HANOWA」は、出産や育児などでスケジュールが立てにくい歯科衛生士たちがスポットで働ける環境を整えたといえます。ますます柔軟な働き方が求められる昨今の世の中で、より必要とされるサービスになっていくと思います。
入退院支援クラウド「CARE BOOK(ケアブック)」|株式会社3Sunny
オンライン上で、入退院調整業務を可能にする全国初のクラウドサービス「CARE BOOK」を提供する。これまで病院のスタッフが電話やFAXで行っていた患者の退院調整をクラウド化し、リハビリ病院や介護施設、在宅クリニックなど後方施設に一括打診できるように。
500以上の病院に導入されている、医療機関向けのソリューションです。高齢化が進み、地域医療連携がより必要とされる今、それを手配する病院側の負担軽減を実現させました。医療従事者が本質的な業務に集中できるので、結果的に患者のためのプロダクトになっている点も素晴らしいですね。
咽頭画像でインフルエンザを判定|アイリス株式会社
病院や医師向けの人工知能技術(AI)関連医療機器を開発。医師の診察技術である「匠の技」をほかの医師でも再現できるよう、AI技術を用い新しい医療の実現に向け取り組む。なかでも注目は、AI化に適した咽頭撮影ができる自社製カメラの開発。こちらで撮影された咽頭画像をもとに、インフルエンザなど感染症の判定を実現させている。
医療業界の特徴として、大規模な医療機器の開発は海外の企業が得意とするところ。一方で、画像診断といった繊細な技術を宿した医療機器の開発は、細やかな技術力を誇る日本人ならでは。国内からユニコーン企業を輩出するためにも、こういった日本人ならではの技術を使ったスタートアップが飛躍していくことを期待しています。
ヘルスケア領域のスタートアップがユニコーン企業になるために
今回、萩谷さんのお話を聞いて、ヘルスケア領域のスタートアップへの期待が募りました! ちなみにヘルスケア部門で日本からユニコーン企業を生み出すには何が必要でしょうか?
グローバルでいかにインパクトを出せるかどうかだと思います。そのためには、まず日本のマーケットのヘルスケア部門で圧倒的1位になること。それからアジアに展開し、安全・安心な日本の医療サービスやプロダクトの魅力を伝えていく。そうすれば世界からも注目されるはずです。
なるほど。ヘルスケアの領域はこれからも伸び続そうですね。
日本のヘルスケアはまだまだポテンシャルを秘めていると感じています。というのも、欧米などに比べて日本は予防医療がそこまで進んでいません。だからこそ、もっともっと進化する余地がある。今がヘルスケア1.0だとしたら、これから2.0、3.0に進化していくといいなと思っていて。
個人的には、AIを使った医療機器など精密なテックを使い、社会課題の解決に導くスタートアップが増えることを期待しています。
社会課題とヘルスケアは密接な関係ということが、とてもよく理解できました。萩谷さん、今日はありがとうございました!
萩谷聡(はぎや さとし)
株式会社ANOBAKA パートナー。
2013年3月東北大学大学院理学研究科修了。在学中は自身でWebサービスを立ち上げ、運営。2013年KLab株式会社に入社後はゲーム事業部にてモバイルゲームの運用、新規ネイティブゲームの立ち上げに企画として従事。2015年4月よりKLab Ventures株式会社に参画し、複数の投資先ベンチャーの支援を実施。2015年10月に株式会社KVPに参画し、30社以上の投資実行、支援を実施。
撮影/武石早代
取材・文/おかねチップス編集部