独立したてのアパレルブランドのオーナー・鈴木香澄さんが、税理士の松崎怜先生からフリーランスに必要なメソッドを教わるこの連載。第7回は、2022年の新年早々にスタートする「改正電子帳簿保存法」について。そもそもこの税制はなんなのでしょうか? 今回も松崎先生がわかりやすくレクチャーします!
■連載
第1回「独立したら依存先を増やすべき」
第2回「フリーランスには退職金がない。法人や会社員との違いを理解しよう」第3回「確定申告はゴールじゃない。ビジョンに向かう過程のマイルストーンと心得よ」
第4回「独立の手続き&役所とのコミュニケーション術」
第5回「はじめての経理。ヒト・モノ・カネを整理し、筋肉質なフリーランス経営を目指すべし!」
第6回「はじめての会計。小難しい複式簿記は会計ソフトに頼るのが正解!」
本日のレジュメ
「2022年1月にこっそりスタート!? 電子帳簿保存法の改正を知っていますか?」
2021年の税制改正で見直され、2022年1月から新しいルールの運用がスタートする「電子帳簿保存法」。電子取引でやりとりした電子データをデータのまま保存することを義務化したこの改正が、新年早々にスタート……。と思いきや、施行1カ月を切った段階で急遽「実質2年間延期」が発表された。実務上は猶予ができた改正電子帳簿保存法だが、実は電子保存するための要件はハードルが高め。だからこそ、税務調査のための法律だということを理解し、実務上は最低限で対処するといったスタンスを取るべし!
【目次】
【CHECK 01】2022年1月に施行予定の「電子帳簿保存法」改正が突如猶予に……!?
いよいよ本格的な冬がやってきましたね。そしてすっかり年末です。鈴木さん、近況はいかがですか?
毎年のことですが、あっという間に年末ってやって来ますよね。私は師走らしく、なんだかんだバタバタした日々を過ごしています。
そんなご多忙の中恐縮ですが、2021年3月にしれっと税制改正の法案が成立した「電子帳簿保存法」を学んでいただきたいと思っています。新年早々の2022年1月より新しいルールでスタートする、ということだったんですが……。
ひと言でいうと、国税関係帳簿書類を電子データとして保存することを定めた法律です。会計帳簿や決算書、領収書などを紙ではなく電子データとして保存しようとするときに則るルールですね。今回の改正では、電子取引で受け渡しした領収書や請求書、見積書、契約書などを、電子データのまま保存することが義務化されました。これまでは申請者にだけ適用されていたんですが、2022年からは法人・個人問わず全ての事業者が対象となりました。
それは初耳なんですけど……! しかも2022年1月って、もうすぐじゃないですか。
そうです。だから今回のテーマでお話ししようと思っていたんですが、12月10日に「実質2年間延期」が発表となりまして……。
うそ。そんなことってあるんですか? だって、施行日まで1カ月切ってますよね。
ええ。法施行日の22日前に覆されるのは前代未聞の出来事かもですね。この実質2年間延期というのもまだ法律として決定したものではないですが、おそらくこのまま進むと思います。実務上の全員運用開始まで猶予ができましたが、改正内容はチェックしておいて損はないと思います。
事前の承認が不要になったり、電子データがある時刻に確実に存在していたことを証明するタイムスタンプ要件が緩和になったりと、電子帳簿保存法の改正のポイントはいくつかあるんですが、今理解しておいていただきたいのは「電子取引データの書面保存の廃止」です。先ほどもお伝えした通り、電子取引の情報は電子で保存しなければならず、紙に印刷して保存しても税法上のエビデンスとして認められなくなります。これに違反していると、合わせ技で青色申告の承認の取消対象にもなり得ると言われています。
「電子帳簿保存法」改正のポイント
- 事前承認手続き
3カ月前までに税務署長などへ申請
→事前承認不要
- タイムスタンプ要件の緩和
書類受領後に受領者が自著し、3営業日以内のタイムスタンプを付与
→自著不要になり、タイムスタンプの猶予期間が最長2カ月+7営業日以内に緩和
- 検索要件の緩和
取引年月日・取引金額・勘定科目など複雑な検索条件が必須
→取引年月日・取引金額・取引先のみに緩和
- 電子取引データの書面保存が廃止
電子取引で受け渡ししたデータを紙出力しての保存も可
→電子データでの保存が義務化
なるほど、結構厳しい罰則があるんですね。でも、電子でデータを保存するなら、バックオフィス業務が楽になると思いました。違うんですか?
一見、エコでサステナブルだから悪くないように聞こえますが、電子保存するための要件ハードルが決して低くなく、けっこう面倒な作業が増えるんですよ。
うわわ。先生がそうおっしゃるからには、かなり面倒な作業が必要になるんでしょうか?
そうですね。紙で受け渡しする資料はいままでどおり紙で保存してOKなので、紙のものとデータのものと資料が混在してパニックになる場合もありますからね。だけど、そもそも電子帳簿保存法は税務調査のために生まれた法律なので、われわれ事業者が負担を増やしてまで積極的に協力するようなものではない、というのが僕の意見です。
【CHECK 02】意外と面倒な作業が多い?「電子帳簿保存法」の改正には最低限の方法で対処せよ!
では、「電子取引データの電子保存」にはどんな要件があるんですか?
抑えておいていただきたい要件は、主に4つ。電子保存に用いるソフト等の概要を記載した書類を備え付ける「概要書の備付け」、保存データを速やかに表示・印刷できるようにパソコンやプリンターを備え付ける「見読性の確保」、保存データを検索できるように検索簿を作成する「検索機能の確保」、不正防止の措置を行う「真実性の確保」です。
まず「概要書の備付け」は自社開発システムを採用する場合のみ必要なので、ほとんどのフリーランスの方は不要ですね。とくに厄介だと感じるのは、「検索機能の確保」と「真実性の確保」。まず「検索機能の確保」は、電子データのファイル名を<日付_取引先_金額>に変更して保存したり、エクセルで索引簿をつくったりと、時間と手間がかかる作業が発生します。
一方の「真実性の確保」は、電子データがある時刻に確実に存在していたことを証明する電子的な時刻証明書・タイムスタンプを導入したり、訂正削除の防止に関する事務処理規程を備え付けないといけないんです。
松崎先生が教える!「改正電子帳簿保存法」の要件ポイント
要件 | 詳細 | 前々年の売上が 1,000万円以下の場合 | 前々年の売上が 1,000万円を超える場合 |
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要件1|概要書の備付け 電子保存に用いるソフト等の概要を記載した書類を備え付ける | 自社開発のシステムで保存する場合は、備え付けが必要 | 基本的には対応なしでOK。 (自社開発のシステムを使わない場合) | 基本的には対応なしでOK。 (自社開発のシステムを使わない場合) |
要件2|見読性の確保 保存データを表示・印刷できるように | データを速やかに表示・印刷できるように以下を備付ける。 ・PC(ディスプレイ付き、サイズ不問) ・プリンター(モノクロでOK) | 仕事場に「プリンター」と「データにアクセスできるPC」があればOK。 (税務調査用の空のPCがあると、なお良し。調査時に余計な情報を提示しない) | 仕事場に「プリンター」と「データにアクセスできるPC」があればOK。 (税務調査用の空のPCがあると、なお良し。調査時に余計な情報を提示しない) |
要件3|検索機能の確保 保存データを検索できるように | 次の3つの検索機能が必要だが、ダウンロードの求めに応じられれば、2・3は不要。 1.日付・金額・取引先の項目で検索可能 2.日付 or 金額は範囲指定で検索可能 3.二以上の任意の組み合わせで検索可能(AND) | 対応不要でOK。 (ダウンロードの求めに応じられるようにしてあれば、検索機能が不要) | ファイル名を「日付_取引先_金額」に変更して保存しておく。 (ダウンロードの求めに応じられるようにしておく) |
要件4|真実性の確保 不正防止の措置を行う | 次の4つのうちいずれか 1.タイムスタンプが付与された書類の受領 2.タイムスタンプの付与 3.訂正削除ができない/残るシステムの利用 4.訂正削除の防止に関する事務処理規程を備付け | 「事務処理規程」を定めて運用する or 訂正削除ができない/残るシステムを使う。あるいはその併用。 | 「事務処理規程」を定めて運用する or 訂正削除ができない/残るシステムを使う。あるいはその併用。 |
タイムスタンプの付与には期限があるので、忙しいフリーランスの人には期限内に付与するのが難しい場合も。また、タイムスタンプを導入するのは有料です。そこでご自身の事業に合わせた事務処理規程を作ることで、柔軟な運用ができるようになります。
僕としては今回の「電子帳簿保存法の改正」に対してはこの4要件のように、最低限の方法で対応するのをおすすめしたいです。
【CHECK 03】電子帳簿保存法対応機能を実装した会計ソフトも登場。ただしデメリットも……
先生のお話しを伺って、電子帳簿保存法の改正に対応するのはとても面倒だということがよくわかりました。最初はよい法案なんじゃない?なんて思いましたが、今後自分が対応できるか心配です……。
電子帳簿保存法に対応した機能を実装し始めている会計ソフトもあるので、利用するのも一つの手だと思いますよ。これを活用すると、ファイル名を変えたり、索引簿を作成したりという作業は発生しないので、作業負担をかなり減らすことができます。
ただ、デメリットもあります。本来、税務調査の際は「総勘定元帳」「仕訳帳」といった一部の必要最低限な会計帳簿を紙で見せるだけで良いのですが、電子帳簿保存法では会計ソフトやパソコンの中まで見られ得る状況を提供してしまうことになるので。
何もやましいことはないにしろ、それはやっぱり不安かも。
税務調査時の鉄則は、必要以上の情報提供をしないこと。いらぬ修正事項を発見される可能性が高まります。だから、事業の取引件数や取引内容の複雑さ、バックオフィス作業にかけられるリソースなど、ご自身の状況に合わせてよく検討してみてください。
2年の猶予ができたとはいえ、ちゃんと考えておきたいですね。
現時点では、2023年12月までの2年間はこれまで通りの紙保存の方法でもOKという結論ですが、あくまでも猶予は猶予。2年後にはもっと現実味のある保存要件に修正される可能性もありますからね。猶予が終わるころには、実践的なサービスが開発されたりとインフラ環境の整備も期待できますし、いまは猶予を受け入れるか、あるいは最低限の対応で済ますという選択で問題ないと思います。
急な税制改正に振り回されずに、本業を全うできるよう頑張りたいと思います。
最後に、「猶予」や「実質的な延期」と言っている理由を簡単に説明しておくと、2021年12月10日に発表された与党の税制改正大綱の中で「電子帳簿保存法の改正に対応が困難なひとたちのやむを得ない事情に配意して、2023年12月までは紙保存も認める経過措置を講ずる」というような文言が盛り込まれているからなんです。加えて、これまでどおり紙保存を続けるための申請や届出といった手続きも不要だと記載されているため、実務上はなんら手続きなくこれまで通りの方法でも問題ないと解釈することができます。
なるほど、なるほど。先生、本日もありがとうございました!
施行直前で延期となった「電子帳簿保存法」の改正について学んだ鈴木さんは、松崎先生から最低限の準備でOKと教わり、ほっとした様子です。次回は、いよいよ確定申告について。フリーランスの人にとって“地獄”ともささやかれる確定申告に必要なあれこれをお届けします!
松崎怜(まつざき りょう)
税理士、創業コンサルタント、財務コンサルタント。税理士事務所ASCOPE 代表、株式会社GO CFO、株式会社&FINANCE 代表、Doppio合同会社 共同代表。1983年、神奈川県生まれ。一児の父。「小商いと、社会を彫刻する」ことをミッションに、小商いがずっと続くように、経営のガイドを行っている。現在は、自身の「クリエイター」「フリーランス」「独立開業/ 創業」といった経験と実践をもとに、小商いの持続可能性を自分ごと化して探求している。
ASCOPE:
https://www.ascope-tax.net
鈴木香澄(すずき かすみ)
1984年生まれ。大学卒業後、スウェーデン発のクリエイティブエージェンシー「GREAT WORKS(グレートワークス)」に入社し、ディレクターとして活躍。2019年に「ロンドンに住むLilly Lee(リリー リー)ちゃんが愛用している服」をコンセプトにしたカジュアルブランド「Lilly Lee(リリー リー)」を創設し、2020年1月より本格始動。
Lilly Lee:
https://lillylee.theshop.jp
撮影/武石早代
取材・文/おかねチップス編集部