業界のプロに悩みをぶつけ、解決していく新企画「その道のプロに聞く」。今回の相談主は、都内にいながらキャンプ気分を楽しめるバー「City Camp」を運営する松池恭佑さん。なんでも、 “キャンプバー”というユニークなビジネスを展開するがゆえ、先行する類似サービスが見当たらず、お店で提供するメニューの値付けに悩んでいるそうで……。そんな迷える松池さんの悩みを解決するため、“値付けのプロ”であるプライシングスタジオ代表の高橋嘉尋さんが「City Camp」にやって来てくれました!
「最初は会員制だったけど……」値付けのプロ・高橋さんのコンサルスタート!
お悩み相談の前に、まずは松池さんがやられている「City Camp」について聞いていきましょう。
「City Camp」は、“なんでもできる街で何もしないをしませんか”というコンセプトのライフスタイルブランドです。具体的には、恵比寿に焚き火のあるキャンプバー「City Camp」を運営していまして、この空間を拠点として、自社企画・開発のクラフトコーラ「
オフコーラ」の販売など、衣食住にまつわる事業を展開していきたいと考えています。
ビジネスは軌道に乗りつつあるんですが、まだまだ値付けを中心に迷うことは多くて……。
何もしないことをする、ということですね。お店も会社のコンセプトも素敵ですね!
値付けについてお悩みなら、私、プライシングスタジオの高橋嘉尋にお任せください。
おお、早速フレームイン(笑)。
そもそも高橋さんのプライシングスタジオって、何をされている会社なんですか?
プライシングスタジオという社名のとおり、商品やサービスの価格を決める“プライシング”のお手伝いをさせていただいております。
価格の決め方は、原価から逆算したり、競合の価格をざっくりと把握したり、経営者自身のこれまでの経験も踏まえて決めるのが一般的ですが、私たちは各種のデータに基づいた価格設定をご提案しております。
価格設定の提案といっても、いろんなビジネスがありますよね。すべての業界の価格の相場がわかるものなんですか?
はい! 案件時は事業ドメインのキャッチアップに時間を割いたりしますが、価格決定の際はどんな事業でも、顧客の支払い意欲、競合価格、原価の3つの点から適切な価格を考えるため、アプローチ自体は共通したものがあるんです。
今までどんな業種のプライシングをされたんですか? 僕のような飲食店や物販の価格設定の提案もできるんですか?
B2B事業だとクラウド会計ソフトなどのSaaS事業、B2Cサービスだとマッチングアプリやお菓子の定期便、そのほかにもペットフードなどのサブスクリプションサービスなど、これまでに弊社でサポートした案件は、スタートアップから大企業まで多岐にわたります。
松池さんの事業はキャンプバーが中心ですが、プライシングスタジオの創業期に最も多かったのが飲食店です。だから、十分お力添えできると思いますよ。
なんだか疑ってすみません。ぜひ、価格設定に迷う僕を助けてください!
それではまず、現在どのような状態なのかヒアリングをさせてください。都内で焚き火やキャンプ体験を楽しめるバーという特殊なコンセプトとなると、「City Camp」のシステムやターゲットはどんな設定にされているんでしょうか?
オープンからしばらくは会員制でしたが、今年3月からは会員制を撤廃したんです。今では誰でも入店できるように変わりました。
最初は若いクリエイター、主に20〜30代をターゲットに、彼らが集まれる場所を作りたいと思っていたんです。
そこでまず、友人や仕事の関係者にSNSでDMを一気に送りました。2,000人とか3,000人ぐらいかな。そこからさらに口コミで広げてもらって、初期の会員を集めました。
なるほど。お店を特別な空間として育てるために会員限定にした、ということですね。
そうですね。ところが、「City Camp」のLINE公式アカウントをリリースしたところ、1カ月で多くの方が登録してくださり、「来店したい」と言ってくださる方もたくさんいらっしゃって。だから会員制を撤廃したんです。
月額の会費が5,000円で飲食代は別、といった形式でした。価格設定は恵比寿周辺や競合となる会員制のバーを調べて参考にしたんですけど、今思えば当初の価格設定は雑だったんじゃないかと反省しています。
平均すると1人3,000〜3,500円といったところですね。ただ、これはあくまでも平均で、会員によって、客単価の差はすごくありましたね。
初期の会員は僕の友人が中心だったんですが、若い世代の友人たちはそこまでお金を使わないけど、経営者の先輩方はどんどん注文してくれる、というような感じでした。
プライシングで重要なのは、「誰に何をいくらで売るか」
基本的にプライシングというのは「誰に何をいくらで売るか」。これが全てなんです。
価格を設定しようとすると、「いくら」というところにばかり着目されがちですが、「誰に何を」をセットで考えなければいけません。価格が高ければこういう層に、価格が低ければこういう層に刺さるという基準があるので、誰とビジネスをしたいのか、誰をお客さんにしたいのかで価格は決まります。
松池さんは当初は若いクリエイターを対象にされていましたが、会員制を撤廃した現在のターゲットはどのあたりでしょうか?
今の「City Camp」のターゲットは少し年齢層が上がって、30〜40代でお金をそれなりに持っている経営者さんですね。
実際、当初のターゲットだった若い世代はそれほどバーに足を運んでくれないんですよね。自分の若い頃を振り返ってみても、バーを利用するのは30歳を超えてからだったよな、と。
5,000〜6,000円ですね。単純なんですけど、ターゲットが変わることでお金のある人たちが来るようになり、これまで1人1杯だったアルコールの注文が1人2杯になったとか、そういう基本的な要因が大きいですね。競合のお店の価格も気にしつつ、ターゲットを考えながら価格を試行錯誤しています。
それはめちゃくちゃ大事なことですね。私の会社のメンバーにもバーを経営していた者がいますが、どんなに頑張っても赤字だったんです。いろいろ分析してみたら、1杯のみの注文で長居するお客さんが原因でした。そこで、そういうお客さんが注文する商品の価格帯のメニューを撤廃し、別の価格帯のメニューばかりにしたところ、1杯の注文で長居する客層が減り、黒字に転換しました。
だから、ターゲットを見て価格を変えていくというやり方はすごく正しいんです。
それは良かった。「そんなのありえない!」なんて怒られたらどうしようかと(笑)。
まさか、怒りませんよ(笑)。
ちなみに、お客さんにも価格について意見を聞いたりしたんですか?
めちゃくちゃしましたね。積極的にヒアリングしたというより、僕自身が店に立っているので、自然と意見や指摘をいただけたという感じです。
だけど、今のように単純に客単価を上げていく方向でいいのかどうか。正直迷っていますね。
確かに、客単価を上げることで儲かるイメージがありますが、必ずしもそれが正解とはいえません。結局、お客さんにお店に来てもらうことが一番大事。
だから、今のお客さんに継続的に来て欲しいならその方々が望む価格に向き合うべきですし、新しい客層を開拓したいならそちらへのヒアリングも必要です。松池さんがどちらを選ぶかで、プライシングの方向も変化するんですよ。
お客さんが買ってくれるのは、「安過ぎて質が低いと感じる価格よりは高く、高過ぎて検討に乗らない価格より安い金額」のもの
適正なプライシングをするためには、競合の価格を知ることと、お客さんからのヒアリングがとにかく重要です。
ただ、どちらにも注意すべき落とし穴があるんですよ。
えっ。プライシングの落とし穴って、どういうことですか?
まず競合の価格について。競合の価格を参考にして自社の価格を決めているとしますよね。でも競合がいきなり価格を下げたら、自社は競合と比較して高額になってしまう。そうなると、売り上げを競合に取られてしまうし、そこに合わせて自社も値下げすると売り上げが減ってしまいます。
だから、なんとなくの価格帯もわからないビジネスを立ち上げる時には、競合の価格を参考にすることになりますが、軌道に乗ってきたら自社の提供価値ならではの価格戦略を打ち出し、競合の価格と切り離していくべきでしょう。
な、なるほど。「City Camp」も競合のバーの価格を参考にしすぎているところがあるので、考え直さないとです……。
さらにお客さんにヒアリングする方法も注意が必要です。なぜなら、「いくらならこれを買いますか」みたいな聞き方をすると、お客さんは安ければ安いほど嬉しいので、聞かれなければ普通に支払っている金額より安い価格を回答することもありますから。
そうかと思えば、買ったことや使ったことがない新しい商品やサービスについて価格設定の意見を聞くと、商品への期待値が高まりすぎて、本来支払うであろう価格より高めに回答するケースもあるんですよ。安すぎると不安という心理も働きますからね。
だから私たちがお客さんにヒアリングする場合、PSM分析という直接的に価格対する感想を聞かない形でアンケートを行うようにしています。
そのPSM分析によるアンケートって、どんな方法で行うんですか?
例えば、商品の価格調査をする場合、いくらから高いと思い、いくらから安いと思うか。さらに、いくらから高過ぎて買えない、いくらから安いと品質に不安を感じるか、といった感じですね。
その方法で導き出された価格帯には、何かしらの法則のようなものがあるんでしょうか?
はい。「安過ぎて質が低いと感じる価格よりは高く、高過ぎて検討に乗らない価格より安い金額」というのが、お客さんが支払ってくれる価格ということになるんです。
「安過ぎて質が低いと感じる価格よりは高く、高過ぎて検討に乗らない価格より安い金額」です。要するに、お客さんは価格を見て品質の基準を推測してるんですよね。
こうしてアンケートで得られた価格帯と、回答された方々の年齢層や収入などを紐付けて、自社のターゲットとなる客層に見合った価格を決めていくんです。
ほうほう。ただ、「City Camp」は時間帯によって客層が異なるんですよ。その場合はどうしたらいいのでしょうか。
早い時間帯は若いお客さんが多いんですが、23時過ぎから徐々に年齢層高めの経営者クラスの方々が多くなるんです。時間帯でざっくり二世代に分かれている、といった状態です。
となると、客層が変わる23時を境に、実際に二部制にしてはどうでしょう。23時からは提供するメニューを変えたり、会員制にしてみたり。23時からは客単価が上がるように工夫をしてみるんです。
先ほどの「質が低いから安いと感じる価格よりは高く、検討できないくらい高い価格より安い金額」の範囲で。
「City Camp」は都内でキャンプ体験できることがウリなので、例えば23時以降は焚き火がある席のお客さんには焼きマシュマロができるセットを必ず出す、とか。お通しみたいな感覚で。23時からの価格は高くなるけど、それに応じてサービスもグレードアップすればいいんです。
実はスタッフ間でも「暖炉のある席には、マシュマロ出そうか?」 という話が出ていたところなんですよ。実現に向けて検討してみようかなぁ。
ぜひ、ターゲットを分けていろいろ検討されてください。
サービス過多で安くし過ぎるのも考えもの。きちんと利益を得て、次なるサービスで還元を!
「City Camp」ではクラフトコーラの「オフコーラ」という商品も開発・提供しています。
現在は競合のクラフトコーラを参考に、「オフコーラ」の価格を設定しています。だけど、恵比寿周辺の競合店と比較するともう少し高額でも、と思ったりもしていて……。
一般的なクラフトコーラだからいくらというよりも、「オフコーラ」という「City Camp」さんオリジナルのブランドであることを重視して、その上で値決めをした方が良いと思いますよ。安すぎちゃうとブランドの価値も崩れますし、高すぎても買ってもらえないので、そのバランスをうまくとった価格にすることが肝ですね。
店内での提供や販売と同時にECサイトでも販売しているのですが、価格の差別化は必要ですかね?
やはり、バーという場所込みの価格と、商品のみのECでは価格に違いは必要でしょう。
ただ、単品として見た時にバーでは高く、ECでは安いというのがはっきりしてしまうのも良くありません。そこでECでは単品売りはせず、まとめ売りのみにして価格もその分安くなるという形にする、とか。販売先が変わる以上は価格も変わって当然ですが、お客さんに対して価格が違う理由を示し、きちんと理解してもらう必要はありますね。
それはいいですね。早速、「オフコーラ」の価格を考え直してみようと思います。
ただ、価格を頻繁に変えすぎるのには注意が必要です。
昨日この価格で買ったものが今日は安くなっているということが起こると、お客さんに不信感を与えてしまう危険がはらみますからね。
例えば、割引クーポンを発行してみるという手があります。クーポンを使うことで定価じゃない金額を支払うことになるので、正規の価格をお客さんがイメージしづらくなるんです。そうすると、本来の価格を上下させても気づかれにくくなる。さり気なく値上げしても、お客さんは受け入れられやすくなるんですよ。
そうです。とはいえ、価格はそれほどコロコロ変えるのではなく、年に1回見直すくらいが適当だと思います。
めっちゃ参考になります。実はこれから新しい事業にもチャレンジしたいと思ってるんですが、事業を立ち上げる時にプライシングで注意すべきことってありますか?
最初は価格を複雑にしない方が良いですね。立ち上げ時ってそのサービスや商品のニーズがあるのかどうか探る時期なので、価格帯を複数作ってしまうと受け入れられなかった時にニーズの問題なのか、価格の問題なのか判断しづらくなるんです。
ニーズがあるとわかり、ある程度お客さんが増えてきたら、改めて価格帯を見直していきましょう。
だとしたら、「City Camp」の23時からの2部制というのも複雑ですかね?
お客さんの棲み分けが見えてきた現在だからこそ実行できることなので、心配ありません。
繰り返しになりますが、プライシングで大事なのは「誰に何をいくらで売るか」。お客さんへのサービスで安く提供することは評価される反面、利益が減るので次の商品はサービス開発ができなくなってしまう。だからきちんと利益を出して、その分はさらなるサービスに投資する、というやり方で進めていくのが最良です。
僕は相手が喜んでくれるとどんどんサービスしたくなっちゃうタイプなんですけど、高橋さんのお話を参考にして価格調整に励みたいと思います。本日はありがとうございました!
松池恭佑(まついけ きょうすけ)
CityCamp株式会社 代表。
2017年4月、CyberAgentのグループ会社「CA mobile」に入社。2019年1月にpicki株式会社を創業し、10以上のアパレルブランドを立ち上げる。 2020年にCityCamp株式会社を創業。翌年、クラフトコーラ「OFF COLA」のリリースし、キャンプバー「CityCamp」をオープン。
CityCamp:
https://citycamp.co.jp松池さんのTwitter:
@citycamp_kyosuk
高橋嘉尋(たかはし よしひろ)
プライシングスタジオ株式会社代表取締役社長。
慶應義塾大学在学中に起業。これまでリクルートをはじめとする大手企業から中小企業まで数十サービスの価格決定を支援する。また、公的機関、学会などへのプライシングに関する論文提出や講演会などを通じ、プライシングに対するノウハウを積極的に発信。プライシング専門メディア【プライスハック】監修。
プライシングスタジオ:
https://pricing.co.jp高橋さんのTwitter:
@BpP_Takahashi
撮影/武石早代
取材・文/田中元