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その欲望はどこから? 本当にあなたのもの?|りょかちのお金のハナシ#17

その欲望はどこから? 本当にあなたのもの?|りょかちのお金のハナシ#17

昔、この世に本当にドラえもんが誕生するなら、生み出すのはAmazonなのではないか、という記事を書いたことがある(幻冬舎plus「ドラえもんって超優秀な広告媒体じゃないですか?という話」参照)。

なぜそんな考え方をしたかといえば、ファンの方々には怒られるかもしれないけれど、のび太くんとドラえもんが毎回やっている「のび太くんがトラブルに陥り、ドラえもんを頼ったらひみつ道具で助けてもらえる」というやりとりはまるで、商品をPRするテレビショッピングかCMかのようだと思ったからだ。

ドラえもんは困っているのび太くんに対して、モノを買わせる(ひみつ道具は無料だけど…)絶大なパワーを持っている。

もしドラえもんが商売っ気を持っていたら、悩み相談を聞いているふりして、秘密道具をのびたくんに売りつけていると思う。

のび太くんに解決策を提案するふりをして、秘密道具を売りつけるドラえもんを「悪いやつだ」と言う人もいるかもしれない。しかし実際の私たちの毎日は、この「悪いドラえもん」に取り囲まれているのとあまり変わらない。

“お金で自分を癒すこと” が加速する先

私たちは常に「困ってませんか?」「こんな秘密道具、あるんですよ」と言われている。

瞳を開いてインターネットを見れば、昨日ダイエットサプリを探していた閲覧履歴を参考に表示されている広告が目に入る。テレビをつければ定期的に保険のCMが流れる、電車に乗れば広告に四方八方囲まれる。

コロナ前あたりから流行し始めた「ご自愛」トレンドもまた、そういった資本主義の仕組みに飲み込まれているのではないか?という議論も話題になった。ご自愛で語られがちな内容には「○○を買って癒やされよう」「○○に行ってリフレッシュ」「高級な○○で自分にご褒美」といったものも多く、ご自愛の名のもとに消費行動を促している商品も多いのではないか、という内容だったと記憶している。

私も昔、自分を癒すためにとにかくお金を湯水の如く使っていたことをこの連載で書いたことがある。当時の私は、それこそお金を溶かしてつくった温かいお湯で入浴するようにして、身体を労っていた。

平日は、責任感たっぷりに早朝から夜まで働いて、その後に原稿執筆もしながら、金曜日まで駆け抜ける。そして、休日になったら、「頑張る自分のご褒美だ♪」なんて思いながら、エステで凝り固まった身体をほぐしてもらったり、子供の頃にもらったお年玉の額よりも高いレストランでお金を溶かしたりする。


表参道のエステ、美容医療、六本木の高級焼き鳥、日帰り旅行、恵比寿のお鮨、買ったのに開けてもいない大量のダンボール。

りょかちの私を変えたお金のハナシ#01「お金で手に入れる『自由』の意味が変わった日」

心が疲れた時、お金の力を使って自分を幸せにしてあげるのは “気持ちいい”。疲れた自分を元気にするための消費行動は、充足感がある。それだけのパワーが自分にあると感じさせてくれるから、自己効力感があがるのだ。もちろん、そういったアクティビティは生活に必要不可欠だと思う。

だけど、そればかりに依存するのはよくない。家中ダンボールまみれにした私のように。私はこの後、こういった消費を自分から遠ざけるようになった。

疲労をギリギリまで貯めて、それを洗い流すために道楽に興じる。疲労のための浪費と浪費のための疲労のループ。それは終わらないマラソンを走っているような気分だった。

自分の浪費は、心や体力を削りながら働いた平日の自分への慰めなのではないか、そうでもしなければ、心が弱い私はやりきれないのではないか、と思うとゾッとした。それ以上に、そうやって、ずっとアドレナリンを出しながら傷ついて、その傷ついた心をアドレナリンを出すことで癒すような日々を続けられるのか不安になった。

りょかちの私を変えたお金のハナシ#01「お金で手に入れる『自由』の意味が変わった日」

それは、永遠に続くマッチポンプのような消費行動だった。すり減った心を浪費でクールダウンする。しかしまた日常に戻れば心はすり減り始める。過去に書いたとおり、私はこの終わらないループの中を全力疾走していた。

本当に自分を救ってあげるならば、一瞬の道楽という鎮痛剤を打たなければやってられない毎日から、脱出する手立てを立てなければならなかったと今ならわかる。

心がせわしなくなると、平日の空き時間を活用したり休日をとって散歩する。せわしない日常の外側にも、生活(生き方)があることを感じて癒やされる

「ご褒美は何か」「処方箋は何か」考えることに “真剣” になることを忘れずに

心が疲れている時、あるいは何かしらの課題を抱えている時、インスタントに自分を楽にしてくれる手段を探したくなる。そんな時、お金をかけた道楽は便利だ。快楽のファストパスであり、様々な宣伝文句が「こうやればきっとよくなる」と丁寧に教えてくれる。

時にはそういった道楽も必要だとは思う。自分を少し回復させるための手立てとして。本当に疲れた心では、思考を研ぎ澄ますのも、正確な判断をするのも難しい。

しかし、いつまでも思考停止したまま、そういった快楽のオーバードーズを続けているのは良くないとも思う。「お金が続くならそれでもいいじゃないか」というかもしれないが、その前に、「どうして自分にとって快楽の過剰摂取が必要なのか」に向き合わなければ、その状況を受け入れることも、あるいは改善することもできないからである。

そして、それが自分にとって必要なのかわからなくても、永遠に一瞬満足できるほど、世の中に刹那的な快楽は溢れているし、それを肯定する宣伝文句もまた、世の中に氾濫している。

さらに、今や広告はドラえもんのように、友達を装って話しかけてくる時代だ。最近は「GPT-4」という会話ができるAIが話題だが、そういったものが生まれる前から、インフルエンサーや匿名の口コミが、親切なふりをして、あなたをよく知っている友人のような口ぶりで、購買につながるような宣伝文句を伝えてきた。

私たちの欲望は、簡単につくられてしまう。「リフレッシュに旅行」「自分を簡単に変えるプチ整形」「ワンランク上のオトナのブランド」「自分へのご褒美にぴったりのギフト」。繰り返し繰り返しどこかで聞いているものだから、その欲望が自分の内側からくるものなのか、人工的につくられたものなのか、わからなくなってくる。

手先が不器用なタイプですが、推しのために歌詞カードを使ってデコスマホケースを作成。買ったほうが速いけど、つくっている時間が愛おしい

親切な情報提供に見せかけた巧妙な宣伝文句があふれる現代に生きているからこそ、私たちが本当に自分を大切にしたいなら、疲れた時や困った時に検索窓を開いて世の中の正解を探す前に、あらゆる宣伝文句から耳を塞ぎ、自分に「本当に必要なのはご褒美なのか」「自分はどうすべきなのか」と聞いてみることが必要なのではないかと思う。

それはときに面倒で、すでにパッケージ化された解決策に手を出すよりも手間も時間もかかるかもしれないけれど、それらは全て、自分を前に進めるには必要なことのはずだ。それに、せっかくなら心が満たされるだけでなく、脳みそも納得する内容にこってりお金をかけたいものではなかろうか。

自分に優しくするなら、本気で。困るのではなく、前進を。消費を愛しているなら、どうせなら毎回真剣に。

悩むにしろ、自分を大切にするしろ、自分に今必要なご褒美や処方箋は何なのかを広い視野で捉え、たまには甘い報酬に頼りながらも、少しずつ元気を蓄えて、戦略的に、建設的に、自分に今必要なものを探り当てる切実さが、甘いノイズが多い現代を生き抜くには必要なのではないだろうか。

りょかち

1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒業。学生時代より、ライターとして各種WEBメディアで執筆。「自撮ラー」を名乗り、話題に。現在では、若者やインターネット文化について幅広く執筆するほか、企業のコピーライティング制作なども行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎)。朝日新聞、幻冬舎、宣伝会議(アドタイ)などで記事の連載も。

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