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エッセイスト・りょかちの私を変えたお金のハナシ#01「お金で手に入れる『自由』の意味が変わった日」

エッセイスト・りょかちの私を変えたお金のハナシ#01「お金で手に入れる『自由』の意味が変わった日」

IT企業に務めながら副業コラムニストとして活動し、今年6月にエッセイスト・ライターとして独立したりょかちさん。お金の捉え方について伺えば、「インターネットデビューは小学生の頃のヤフオク転売だし、大学では経営学部でファイナンスを学んだので、案外お金が好きなのかもしれません」と言います。そんなりょかちさんのお金にまつわるエピソードをお届けする新連載。第1回は「浪費と自由」についてのハナシ。

自分の機嫌は自分で取る! その贅沢に溺れた日々

私には浪費癖がある。

元々の稼げる額以上にはならないこじんまりとした癖だが、これを頭の中に飼っているせいで、20代中盤まで貯金が3万円くらいしかなかった。

この癖とはもう10年以上の付き合いだから、最近では発動条件もわかってきている。無意識にZOZOTOWNやAmazonやQoo10の購入ボタンを押し続けている時はいつも、”すっごく仕事で疲れている時”なのだ。3日連続で緊張するMTGがある日とか。明け方まで原稿書いてる時とか。大きい登壇イベントが終わった日とか。

とくにひどかったのが、20代前半の頃だ。BGMは、頭の片隅から聞こえてくる、「お仕事頑張ってるんだから、いいよね」という囁きである。

ハードに働きながら浪費するのはめちゃくちゃ気持ちいい。会社員をしながら執筆をしていた頃、夜遅くまで執筆しては、その原稿料を浪費に充てていたのだが、思い出しただけで気持ちの高低差でくらくらしそうになるほど、“苦しい”と“気持ちいい”をジェットコースターのように繰り返す日々だった。

りょかちさんがタイのルーフトップバーに行った時の1枚

平日は、責任感たっぷりに早朝から夜まで働いて、その後に原稿執筆もしながら、金曜日まで駆け抜ける。そして、休日になったら、「頑張る自分のご褒美だ♪」なんて思いながら、エステで凝り固まった身体をほぐしてもらったり、子供の頃にもらったお年玉の額よりも高いレストランでお金を溶かしたりする。

表参道のエステ、美容医療、六本木の高級焼き鳥、日帰り旅行、恵比寿のお鮨、買ったのに開けてもいない大量のダンボール。

一生懸命働いて、稼いだお金で自分の機嫌を自分でとる。そのためには一瞬の道楽にでさえ、ガンガンお金を使う。そんな自分が誇らしかった。自分で、過去の自分が手に入れられなかったものを一つずつ手に入れるたび、自分の選んできた道に丸印をつけられるような気持ちになった。

このままじゃ、どこにも行けないと感じた夜

浪費と疲労を繰り返す日々を愛していた気持ちが少しずつ変わっていったのは、体力が落ちてきた20代後半に差し掛かった頃だった。大金を払ってラグジュアリーな空間に自分をじゃぶじゃぶ漬けても現実に戻ってくれば、かすかに疲労が残っている。午前中に美容室に行って恵比寿の高級店でご飯を食べた様子をInstagramにあげながら、ベッドで「癒されに行ったつもりが、なんか疲れたな」とつぶやく。時にはInstagramにあげる気力もなくなっている。今の生活を続けることに限界を感じ始めたのだ。

しかし当時の自分はそれを「アドレナリンが足りないのだ」と考えていた。だからもっと、新しくて今の自分が知らない楽しみを手に入れたい。1グレードあげた消費がしたい。そう考えて、自分の資金力を把握するためにも、ちらちらと預金残高と自分の支出を振り返るようになった。すると逆にわかってきたのが、高すぎる生活費である。月によっては、会社からもらう給与以上のお金をクレジットカードの支払にあてていたこともわかった。

そこでやっと、それはつまり、今の生活水準を継続したければ、この高すぎる生活費を自分の力で稼ぎ続けなければならないということに気づくことになる。疲労をギリギリまで貯めて、それを洗い流すために道楽に興じる。疲労のための浪費と浪費のための疲労のループ。それは終わらないマラソンを走っているような気分だった。

自分の浪費は、心や体力を削りながら働いた平日の自分への慰めなのではないか、そうでもしなければ、心が弱い私はやりきれないのではないか、と思うとゾッとした。それ以上に、そうやって、ずっとアドレナリンを出しながら傷ついて、その傷ついた心をアドレナリンを出すことで癒すような日々を続けられるのか不安になった。

さらに、自分の思い描いていたいくつかの夢のうちいくつかは永遠に叶わないようにも思えた。夢とは、仕事を辞めないといけなくなっても執筆業だけで暮らせるようにしたり、あるいは半年間学生になってみたりすることだ。休む期間もなく、フルタイムに副業を加えた形でいつも一生懸命働いていなければ、自分の生活を成立できなかった。

このままではいけない。この生活に慣れたら、自分はどこにも行けなくなるし、お金のせいで人生の選択肢を狭めてしまっている。もっと、自由に挑戦する人生を生きたい。

そう気づいた時から、私がお金という変換装置を使って手に入れたい自由が、大きく切り替わりはじめた。

欲しい物が変わったら、生活が変わった

将来の自分に渡せる資産がないことに絶望した私は、その日からお金との付き合い方を変えた。

もちろん、普段から頑張る自分にご褒美をあげることもあったが、回数は減らして、見たい未来を積み立てるように暮らしを変えた。といっても、元々が本当に酷い生活だったので、サイズがわからない服は買わないとか、タクシーばっかり乗らないとか、むしゃくしゃしてコンビニで食べきれないお菓子を買わないとか、そんな程度である。

代わりに、習いごとをはじめたり、料理をしたり、家でドラマを見たり、お金のかからない趣味をつくると、案外、ストレスを感じるごとに溜まっていった心のモヤが解けていくような気がした。あとは、とにかく寝不足だったので、よく寝るようにもした。そもそも外出自粛が始まってしまい、趣味だったものの多くは体験するハードルが高くなってしまった。自分にとって、これはとてもラッキーだった。

とにかく、これまで鬱憤を晴らすように繰り返していた無意識の消費を、意識的に辞めてみることにしたのだ。

そうすると、少しずつお金が積み立てられていき、その蓄積を見る度に、”いつか”してみたかったチャレンジは、現実的な景色として自分の前に現れるようになった。ちょうど、落ちはじめた体力とともに、本業と執筆業を続けるのが厳しいと感じるようにもなっていた。そして、しばらく経った後に、少しずつ貯まっていった貯金を初期資金にして、人生の小さな挑戦である、独立の道を進んでみることにしたのだ。

独立しようと思ったきっかけはよく聞かれるが、実際は「どうして独立できたのか」の方が重要だったりする。私の場合、その回答は「貯金が貯まったから」だ。

独立を発表すると、「独立するなんてすごいですね!」と言われたけれど、当時、副業で仕事をもらっていた執筆業務で独立できるほどの稼ぎがあるわけでもなかった。ただ、”半年収入がなくても生きていける”と思うだけの生活費が貯まったから、「まあ、半年くらい会社を辞めてみて、ダメだったら会社員に戻ろう」と決めて、フリーランスになったのである。

臆病な私にとっては、我ながら大胆な選択だったと思う。けれど踏み出せたのは、人生で初めて、”いつかほしい”と遠い未来で手に入れると思っていたモノが、現実的に手に入る想像ができるようになったからだ。

お金で、どんな自由を手に入れるべきか

社会人になる前、お金を沢山稼いで使えるようになったら、自由になれると思っていた。

大学時代に住んでいた神戸の激安スーパーで、半額になった豚肉さえ買うのをためらっていた日。見たい映画を見に行くお金がなかった日。のどが渇いたけど、コンビニで飲み物を買う余裕もなかった日。バイト代が入るまでの残りの日数と持っている残りのお金を頭の中で計算し続けけた日。社会人になる前はとにかく、選び取れるものが限られていて、いつも選べないものが視界に入って鬱陶しかった。

そういった日々を超えて東京に来たら、知っていた遊び以上のことが沢山あったのだ。だから、何の不自由もなく、それらに躊躇うことなく入場できるようになった自分に、どうしようもなく高揚した。

その頃の日々を決して否定するわけではない。その頃の自分も変わらず好きだし、若い頃に経験できてよかったこともたくさんあるし、今でも時にはそういった贅沢をすることもある。だけど “自由になる”お金の使い方には別の方向性もあると気づいたのだ。

不必要なものを買わず、過剰に消費するのをやめる。ただ、足るを知って自分の身の丈にあった暮らしをする。そうすることで、短期的な夢を叶えるよりも長期的な夢を叶えるお金の使い方を知った。そして、給料が下がることを前提に、執筆業で独立するという小さな目標に挑戦できたのだ。

お金は未来に変わるものだ。お金は時間をつくるものでもある。

お金の使い方を変えて、自分が走り続けていた人生のレールをずらしたことで、私は新しいお金の効用を学んだ。私はやっぱり浪費家で、人生で欲しいものがたくさんあるけれど、目の前の欲しいものに惑わされず、遠くの欲しいものも見るようにしていきたいと思う。

年齢の数が大きくなるほどに、担当する仕事の規模も大きくなるように、手に入れたい未来も壮大になる。道楽までの道のりが長くなり、時に目の前の“欲しい物”に飛びつきそうになる。しかし、大人になりつつある私は知っている。自分にジャストフィットする幸せのサイズも、未来の大きな欲しい物のために努力を積み立てる楽しさも、その先手に入る未来のインパクトの大きさも。お金がくれる幸せの種類を複数味わったからこそ、これからは、近くの未来を見たり、遠い先の人生まで眺めたりしながら、うまくお金と付き合って、必要な自由を選び取れるようになっていきたい。

りょかち

1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒業。学生時代より、ライターとして各種ウェブメディアで執筆。「自撮ラー」を名乗り、話題に。現在では、若者やインターネット文化について幅広く執筆するほか、企業のコピーライティング制作なども行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎)。朝日新聞、幻冬舎、宣伝会議(アドタイ)などで記事の連載も。

Twitter:https://twitter.com/ryokachii
note:https://note.com/ryokachii/

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