line hatena

りょかちのお金のハナシ#10「物価が上昇する時代に必要な“値段への解像度”」

りょかちのお金のハナシ#10「物価が上昇する時代に必要な“値段への解像度”」

エッセイスト・ライターとして活躍するりょかちさんが、“お金にまつわるエピソード”をお届けするこの連載。今回は、価値のある安さを見極める「値段への解像度」のハナシ。

===

関西人だから、安いものが好きだ。「なんで安いのか?」を考えるのは、もっと好きだ。

ミーハーの私は最近、音声番組の流行に乗っかり、執筆業のほかにしゃべる仕事も少しずつさせてもらっている。いくつかの番組がある中で、ポッドキャストのMCとして活躍されている編集者・野村高文さんと、ビジネス書を紹介する『The Reading List』という番組で共演しているのだが、そこで久しぶりに『マイケル・ポーターの競争戦略』という本を紹介した。

経済・経営学部の卒業生は必ず読んだことがあるだろう名著で、私も当然学生時代に読んだ1冊だ。ビジネスに関する勉強をしたことがない人でも、彼が提唱し今や就活生の多くが使いがちな「5フォース分析」「差別化戦略」なら知っているのではないだろうか。

お金が好きな人にとっては、おもしろい説がたくさん語られている本なのだが、私はこの中でもとくに「コストリーダーシップ戦略」が好きだ。これは要は “ほかの企業と差別化するために、自社の製品を安く売る戦略” なのだが、戦略ということもあり、無理をして苦しみながら値下げするのではなく、あらゆる工夫で値段を安く抑える戦略が丁寧に紹介されている。

安いものにはワケがある。

それは、悪い意味だけではない。その安さの裏に素晴らしい工夫が見えてくることもある。

安いにはワケがある! その背景にあるスマートな工夫

“コストリーダーシップ戦略” を実現する手法として語られがちなものにはまず、「大量に仕入れて大量につくる」というものが挙げられる。

1人暮らしの人よりも4人家族で暮らしている人の方が1人あたりの食費が安くなるように、ものをつくるとき、原材料を大量に仕入れたほうが安くつく。なので大きな企業は、大量にものを仕入れて大量にものをつくる。それだけではなく、できるだけ少ない原材料でできるだけ多くのメニューをつくるなどの工夫もする

ファストフード店などに行って新商品を見かけたとき、「なるほど。このメニューの材料は、ほかのメニューで使っている材料の組み合わせでできているけど、味付だけ変えて、工夫して違う商品に見せてる! 賢い!」と思うとドキドキしてくる。

ほかに「内製化する」という手法もある。これも、他人に任せるより自分たちでやる、と考えると身近に感じられるのではないだろうか。あるいは、すでにある程度できあがっているものを買うよりも自分で調理したりDIYしたりするものの方が安い、という例を挙げると個人でもイメージがつきやすいかもしれない。

私もライターなので、特定の業務を “他人として” 企業から任される側だが、「後々は安くで記事を作りたいんです」という方針の人には、ライティングに関する知識を伝えたり、体制だけ整えたりして、しばらく経つと業務から離れて全部社内の人に任せるようにしている。

みんな大好きサイゼリヤは、「内製化」として自社農場や工場を活用して、おいしさと安さを両立している。「おいしくて安いものを届けたい」という思いのために奔走した人がいると思ったら、ミラノ風ドリアの前で拍手したくなる

ファミレスや回転寿司がだいすきではしゃいでる私、行儀が悪い…

あるいは、データ分析を活用して無駄を減らして原価率を保ったスシローのような例もある。こちらも、最新テクノロジー好きの自分としてはたまらない事例である。

もちろん、「安い」を維持するために、誰かを買い叩いたり、関係者に無理をさせている事例もあり、それは全く褒められたものではない。しかし、そういう人たちを「ダサい」と言うには、「安くておいしい」を維持するために、頭を捻り、奔走している人がいることを知り、「安さを健全な工夫で成立させている人たちがえらい」という解像度でものを見られるようにならなければいけないのではないだろうか。

「安い」へのモヤモヤから開放されるために、値段への解像度をあげる

最近はとにかく「値上げ」のニュースを日常的に見かける。

その話題を見るたびにため息をついてしまうのだが、うっすらと「もっと危険だ」と思うのは、とにかく「安い」ということを正義としてしまうことだ。

海外から輸入した商品というのもあるのか、カナダで日本の商品を買うと少し高い

「安いことがとにかくうれしい!」では、誰かが損することを肯定してしまう。最近は日本人が「安さ」を求め、そしてそれを叶える努力をしすぎたことで、海外との賃金や価格の格差が問題視されることが増えてきた。しかし、一方で「安いものは悪い! 高いものがみんな正しい!」では、生活していけない。

この「安いものが好きだけど、安いものばかり求めていてもいけない」という、一見どうしようもない事態を少しでも良い方向に導いていくには、解像度を一つ上げて「いい安さ・悪い安さ」について考えるべきではないかと思うのだ。

安いことは嬉しい。値段を安くして多くの人を喜ばせようとしてくれている人がいることはもっと嬉しい。でも、その方法には良し悪しがある。だからこそ「なぜこの値段なのか?」を見極めて本当に価値のある安さを選び取っていく必要がある。

「なぜこの値段なのか?」の背景には戦略があり、それを読み解くのは難しいが楽しいものだ。このクイズには身近なところで何度も出会えるし、ヒントもたくさん転がっているから。

モノ消費からコト消費の時代にというのなら、表層の値段だけではなくその文脈も含めて消費する世の中を生きていたい。そして、スマートでやさしい「安くて素晴らしい」だけを選び取っていきたいと思うのである。

りょかち

1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒業。学生時代より、ライターとして各種ウェブメディアで執筆。「自撮ラー」を名乗り、話題に。現在では、若者やインターネット文化について幅広く執筆するほか、企業のコピーライティング制作なども行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎)。朝日新聞、幻冬舎、宣伝会議(アドタイ)などで記事の連載も。

Twitter:https://twitter.com/ryokachii

知識を皆に
シェアしよう!

知識を皆にシェアしよう!
りょかちのお金のハナシ#10「物価が上昇する時代に必要な“値段への解像度”」

りょかちのお金のハナシ#10「物価が上昇する時代に必要な“値段への解像度”」

この記事のシェアをする

  1. Top
  2. りょかちのお金のハナシ
  3. りょかちのお金のハナシ#10「物価が上昇する時代に必要な“値段への解像度”」
記事一覧に戻る

こちらの記事は
役に立つはずだよ!

こちらの記事は役に立つはずだよ!

編集部のおすすめ記事

新着記事

働き者ストーリー

WORKER STORIES

働き者ストーリーとは、「働くのが大好き」で、「その道を追求する働き手」の生き様を知れるインタビューです。それぞれのストーリーを読めばあなたも新しい仕事に出会えるかもしれません。

働き者ストーリーをもっと見る